【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
第111話 初手誘拐イベント
目隠しをされている。猿ぐつわで言葉が話せない。鼻にきつい油の臭いが突き刺さってくる。両手は身体の後ろで、両足は足首で縛られている。
「……だぁ! 重いんだよ、ボケ!」
「このデブ野郎!」
乱雑に放り出された。固い地面に打ち付けられて痛い。正直少々、辛い。もうちょっと扱い方という物があるんじゃないだろうか。あと、デブというのは根拠のない誹謗中傷だ。贅肉など無い。筋肉が重いだけだ。
俺は努めて冷静に、静かな呼吸を繰り返す。気づかれないように、体内でプラーナを循環させる。頭部、脊椎、重要臓器といった致命的な部分を守るために。経脈が開いていなければ、こんな器用なことは無理だったな。
「おい、喋れるようにしてやれ」
「うっす」
聞こえてくる声は若い。誰もが二十代前半と言ったところだ。何人かは二十歳になったばかりか、もしかしたら十代後半ということもあるかもしれない。全員男だ。
「あー、
「はい、どうぞ……ぐっ!?」
腹を蹴られた。なんとなくそんな気配を感じたので、とっさに筋肉を締めた。おかげでたいしたダメージにはならなかった。そもそも威力が一般レベルだ。靴だって、戦闘を目的としたものではないようだ。それではたかが知れている。
「そいつは良かった……ちょっとさあ、俺らのオネガイを聞いてほしいんだけどよ」
「私ができることなら、何でも聞きます。ですので、助けてほしいのですけど」
再度蹴られた。今度は三回だ。なかなか容赦が無い。暴力自体は、慣れているようだ。
「先に、俺ら。あんたは最後。よろしい?」
「はい、もちろんです。どうぞ」
「……ッチ。おい、なぁに余裕ぶってんの? 誰も助けになんか来ないよ? お?」
さらに何度か蹴られ、あるいは踏まれた。しかも今度は複数人だ。まあ、一般人なら心が折れるよな。俺だって希望がなかったら折れてたと思う。
「余裕なんて、そんな。ただ……」
「なんだよ?」
「ハウルボアって、皆さんご存じです?」
「あ? ……スタンピードで時々出てくる、ダンジョンのモンスターだろ?」
「はい。普段からアレと戦っているんで。何なら跳ね飛ばされたりするんで」
うん、この間ね。ちょっと油断してね。社員かばって思いっきり跳ね飛ばされたのよ。三mは横に飛んだかなあ。あれはきつかった。ダメージもそうだけど、その後のお説教も。勝則と小百合が本当に容赦なくてね……。
「ホラ吹くんじゃねーよ! 車ぶっとばす所、テレビで見たぞ! 生きてるはずねーだろ、ハウルボアに引っかけられたらよぉ!」
「社員に優秀な魔法使いがいまして……」
実際は
「はいはい、ハンター様はすごいですねー! ……オラァ! 生意気ほざいてんじゃねえ! ナメんのも大概にしやがれ!」
さらに蹴られる。蹴られ続ける。うーん、しまった。言葉選びを間違えたか。反省反省。そしてうん、たしかにナメているかと問われると、ハイと答えなきゃならないかも。いやだって、ドラゴンやら四腕トロールと比べたらどうしても、ねえ。
しばらく耐えていると、息を切らせる気配が伝わってくる。お疲れのようだ。
「はーっ、はーっ、……あー、クソ! いいか! 余計なこと言うんじゃね! こっちの言うことだけ聞け! 分かったか!」
「はい」
「会社を潰せ! お前の会社! そうしたら、許してやる! できなかったら、何度でもさらってボコる! やれ!」
……ははーん? これはまた、面白い要求をしてきたな。いや、腹立たしいけどそれはともかく。ただのチンピラじゃないぞこいつら。多分、裏に誰かいる。
「質問、よろしいですか?」
頭を踏まれた。地面にガンガン当たって流石に痛い。床……これは、コンクリか? 油の臭いといい、工場かもしれないなここ。
「俺は、やれって言ってんだよ!」
「どこまで、どのようにしたら目的が達成されるのか。その質問をさせていただきたい」
「ああ?」
「例えば、です。ミナカタが無くなったとします。その後、施設も人材もそっくりそのまま、新しい会社ができてもよろしいのでしょうか?」
「いい訳あるかボケ!」
今度は顔を蹴られた。あー、きつい。鼻をやられた。鼻血がドバドバ出てる。これは不味いぞ、よろしくない。でも、とりあえず話は続けなきゃ。
「はい。悪いですよね。なので、貴方が望む我が社の潰れ方を伺いたいのです」
「あー……。クソ! クソクソクソッ! ちょっとまってろ。おい、見張ってろよ」
話していた相手が離れていく。足音が遠ざかる。俺はその間にプラーナで自己回復に努める。ちょっとした血止め程度ならなんとかなる、はずだ。とはいえ派手にやることはできないから、結構大変。
さて、ここでどうして俺がこんな目に遭っているかを整理しておこう。季節は六月初旬。梅雨入りしており、長雨と湿気が鬱陶しい今日この頃。休日だったこともあり、俺は気分転換に映画館へ足を運んだ。
話題の映画をのんびり楽しみ、さて帰るかと映画館を出たところ、若いお兄さん方にとり囲まれてしまった。ナイフを突きつけられ、かつ複数人。頑張ればなんとかなりそうだったが、周囲に人が居た。
暴れたら巻き込みかねなかったので、そのまま相手の言うとおりに移動。目隠し、猿ぐつわ、身体拘束という状態で車に放り込まれた。しばし走って、車から降ろされ運ばれて。地面に放り投げられて現在に至ると言うわけだ。いやはや、困ったもんだ。
「おい、シャチョーさん。あんたが戦った一番ヤベーモンスターって何?」
暇だったらしい、見張り……二人くらい居るな。さっき俺を運んだ連中かな? その片方が話しかけてきた。
「そうですね……ハウルボアの、ボスぽいのに殺されかけたことがありますよ」
とりあえず、無難なものをチョイスする。流石にドラゴンとか使い魔集合体とかは話せない。説明面倒くさいし。
「ボスぅ? どんなの?」
「普通のハウルボアより大きくて強くてタフ。あいつら吠えると凄い衝撃波を出すんですけど、それがパワーアップしてましたね。本当に死ぬかと思いました」
「ヤベーじゃん。なんで生きてんの? 倒したの?」
「その時はまだハンターになって日が浅くて。全く歯が立たなかったんですが、ドゥームブレイカーズが来てくれましてね……」
「あ、俺知ってる! 去年のブレイクの時じゃん! テレビでやってた! 断神様がきたやつ!」
「あー! あれかー」
もう一人の見張りも乗ってきた。……こいつら、地元の人間かな。移動時間を考えると、それほど遠くには来ていないようだ。
「おい社長さん。あんた、この間の大騒ぎにも関わってるんだろ? 知ってんだぞ俺ら、ダンジョンの巨人の話」
チンピラから、割と聞き捨てならない話が飛び出した。これは、本当に良くないな。
「わあ。情報通ですね。一応あれ、口外禁止ってお達しがでてるんですが」
「へ。俺たちゃよ、スペシャルだからな。この程度はどうってことねーよ」
「で? 巨人ってマジでいたの? 三メートルってのは流石に冗談だろ?」
俺も一応、話さないでくれとお願いはされている。しかし契約書を交わしたわけでも無く、命がけで守れとも言われていない。なにより、町のチンピラに漏れている情報である。業界内にどれだけ知れ渡っていることやら。
ともあれ、ここに至ってはもはや守る価値はないだろう。まあそれでも、一応大事な部分はぼかすけど。異世界のこととか。
「それはボスですね。そのボスも二メートル半くらいでした。一般的なやつは二メートルほどでした」
「はあん? んじゃそんなにデカくねえじゃん。巨人はフカしすぎじゃね?」
「でも、腕と足がごん太でしたよ。出っ腹のパワータフネスタイプ」
「げぇー、そりゃやべえわ」
「で、ボスがマジに強くてですね……」
「お前ら、何くっちゃべってんだ!」
おっと、リーダーが戻ってきたか。平手で……背中かな? ひっぱたいている音がする。
「社長さんよぉ。ご機嫌に唄ってるじゃねえか。殴られ足りねえの? お?」
「いやその、黙っていてまた殴られても怖いので」
「っち。……新しい会社を作るのは当然、ナシだ。お前は文無しになってここいらから離れろ。どっかのハンターカンパニーに入るのもナシだ。ダンジョンに入るのもダメだ」
「えー……その要求には、いくつもの達成困難な問題点があります」
蹴られる。踏まれる。これをランダムに何度かループされた。
「やれって! 言ってんだよ! ナメてんのか!」
「……一つ目。自分はダンジョンのある土地の所有者です。ダンジョンを管理する義務があります。逃げた場合は、罰則があります」
「知るかボケ!」
「二つ目。我が社は先ほど、警察官、自衛官などのトレーニング業務を請け負いました。警察関係者から目を向けられています。変な行動をすれば、すぐにバレます」
「うるせえ!」
「三つ目。我が社は竜宮カンパニーと大きな取引をしています。会社をたたむと、そちらに迷惑がかかり……」
もう返事もない。怒りにまかせて暴力を振るってくる。プラーナで耐える。うーん、普通だったそろそろ重傷になるんじゃないか? リーダーとしても交渉役としても足りてないなコイツ。
まあ、おそらく半グレだろう。暴力でわがままを通すのが関の山。話し合い、交渉なんてものは始めから望むべくもなかったのだ。これ以上は話すだけ無駄だな。耐えるのに集中しよう……と、思っていたのだが。
カラスの鳴き声が聞こえたのだ。
「そして最後。これが最大の問題点」
「はーっ、はーっ……ンだぁ!? 言ってみろや!」
「怖い魔女が来たぞ」
「あ?」
甲高い、ガラスが割れる音。続いて、何羽……何十羽と思われるカラスの鳴き声が建物の中に響き渡る。
「カァー!」「カァカァ!」「カァァァァ!」
「ひっなんだ!? ぎゃぁ!」
「棘!? 茨!? なんだよ、なんだよこれ、痛てぇぇぇ!」
「助け、助けて、ああああああああ」
阿鼻叫喚。ちょっと離れた所から別の悲鳴も聞こえる。三人だけじゃなかったのな。そんなことを思っていると、手足を縛る圧迫感が消えた。そして目隠しも外れると、そこには愛しい彼女の姿があった。
「お待たせして申し訳ありません、春男さん」
大魔導士、純金のマリアンヌが何故俺の居場所を見つけられたのか。理由は簡単、彼女の魔法が俺の中にあるから。マナとプラーナを霧散させる魔法の剣。これは彼女の力によって成り立っている。場所の発見も、意思の受信(発信は一手間かかる)もたやすいことらしい。
なので、俺は捕まった時点から心の中でひたすら彼女に助けを求めたのである。俺が余裕を持っていられたのもこれのおかげ。
「ありがとうございます、助かりました。……今度は俺が命を助けて貰ったと。これで貸し借りなしですか」
「とんでもない! この程度で返せる恩ではありませんよ。まったく、意地悪を言わないでください」
軽口を叩いたら、抱きしめられてしまった。豊満な胸元に、顔が埋まるという大変なご褒美……なんか、ヌルっとしたな? 驚いて離れてみると、彼女の大きく開いたそこが真っ赤に染まっているではないか。
「うああ!? 血!? ナンデ!? あ、なんか目に入った!?」
……あ、しまった。気が緩んでプラーナの守りが薄れたのか。で、血止めも緩んで傷から出血したと。これは俺のミスだな。気づかないうちに額も結構深く傷が入っていたらしい。全身痛みがあるからどうしても確認がおろそかになる。
「ああ!? こんなに血が!? す、すぐに治します!」
「おおっと、医者に診てもらって診断書貰わないと傷害で訴えられなくなるのでこのままで。血止めはプラーナでやりますから」
さて、マリアンヌさんの力で目に入った血を拭ってもらい周囲を見渡す。思った通り、ここは古い自動車修理工場だったらしい。それっぽい機材が少数、錆びたまま放置されている。
廃工場内には、魔女の呪いにより茨が繁茂していた。それこそ壁や床を覆い尽くすほど。俺をさらった犯人達はそれに縛られ、釣り上げられている。
「痛ぇ、いてぇよぉ、助けてくれぇ」
「もうやらない。なんでもする。謝るから」
茨は身体に食い込んでいる。棘が刺さっている、というレベルではない。体内に潜り込んでいるのだ。手足、胴体、そして頭まで。
「……マリアンヌさん。流石にこれは」
「ああ。あれ全部幻です」