【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第112話 トカゲの尻尾切り

 殺してしまうのでは? と続けようとしたらさらっと魔女が小声で教えてくれた。

 

「幻を見せる、痛みを誤認させる、体を浮かせる。この三つを合わせて、それっぽく仕上げているというわけです。このとおり」

 

 そう言って彼女は、茨に手をやってみせる。鋭い棘が刺さると思いきや、するりと通り過ぎた。うーむ、流石の手腕である。

 さて、立場が逆転した。そして報復はマリアンヌさんがやってくれている。何故こんなことをしたのかという疑問はあるが、それを調べるのは警察に任せた方がいいだろう。もちろん俺自身、解決したい気持ちはあるが……反撃が過剰になりかねない懸念がある。

 

「社長! 無事ですか!」

 

 いの一番にプラーナ吹き上げて飛び込んできたのは、ハガクレのフィジカルエリート。梧桐(ごとう)三郎(さぶろう)君。それに遅れて御影(みかげ)勝則(かつのり)小百合(さゆり)が走り込んできた。

 

「……クソッ! 秘書さんに先を越された!」

「言ってる場合か。社長、ご無事で……血が」

「おう、かっつん。ちょっと切っただけだ。止めてるから問題ないぞ」

「どこが問題ないんですか! 治療を、救急車を!」

「頼むサッチー。ついでに警察もな。あと、助けに来てくれてありがとね」

 

 我が社の社員達は優秀で、情に厚い。俺が報復だ! と意気込んでしまうと、力が入りすぎてしまうと思うのだ。事実、三人とも一般人に向ける目をしていなかった。モンスターと戦うときのそれだった。我が社は不必要に後ろ暗いことはしないようにしている。たかが半グレ程度に大騒ぎするのは割に合わないと思うのだ。

 

「それで春夫さん、こちらどうしましょう?」

「警察に任せましょう。まずは表から。ダメだったらその時は別の手段で……」

「助けてくれぇぇぇ。全部、頼まれただけなんだぁぁぁ」

 

 ……穏便に済ませようと思ってたのに、リーダーらしき男が余計なことを言い出した。ほーら、皆の目が一段と鋭くなってしまったぞぅ。

 

「あー……それはどこのどちらさん?」

「知らねえよぉ! いきなり二百万ポンってもってきて、アンタの会社潰せば倍くれるって言うからよぉ! 喋ったから、助けてくれぇ!」

「その程度じゃなあ。さっき電話してたよね? その人?」

「そうだよ! スマホがポケットの中にあるから!」

 

 なるほど。警察にはそう伝えよう。それはそれとして。

 

「追いかけられると思う?」

「ほぼ間違いなく、使い捨て番号でしょうね」

「相手の失敗を期待するのは間抜けのすること。こいつらを使った所から見ても、トカゲの尻尾切りくらいはできる相手と考えるべきですよ」

 

 勝則と小百合が、そう断定する。だよね、素人の俺でもそう思うもの。となるとやっぱり、こいつら締め上げても得るものは無い。警察につきだして法の裁きを受けてもらうのが一番だろう。

 

「とりあえず、警察と救急車がくるまで待ちだな」

「おい! 喋ったんだから助けて……」

「そんな約束をした覚えはなーい! マリアンヌさん、黙らせてもらえます?」

「仰せのままに」

「ギャ!?」

 

 おお、むごい。茨が口の中に突っ込まれている。だがまあ、散々蹴り飛ばされたので助けたりはしない。彼女も手加減を心得ているだろうから、必要以上には痛めつけないと思うし。

 倉庫の外に出て待っていると、程なくして警察車両が入ってきた。プラーナで止めていた出血をあえて解放する。うーん、だらだら流れてくるな。額と鼻から。

 その後は、つつがなく進行した。幻から解放した半グレを引き渡し、事情を説明。やってきた救急車に乗り込んで病院へ。額の傷は少々大きく、三針ほど縫うことになった。

 そしてそのまま、一晩お泊まりである。頭を殴打されたので、万が一に備えてとのこと。検査もして問題なしとのお話なんだけど、念を入れてね。

 ちなみに大きな傷はその程度で、後は打撲だけ。鼻も骨折していなかった。弾丸サンマの骨を食い続けた成果だと思いたい。揚げてヨシ、すり身に混ぜてヨシ、だ。それはさておき。

 

『お話は伺いました。また大変な事になったとか』

「ダンジョンのアレソレに比べれば、たいしたことないですよ道明さん」

 

 スマホの使用が許可された場所で、俺はドゥームブレイカーズの国友(くにとも)道明(みちあき)さんと電話していた。ただの事件だったら、日本の警察は優秀だ。しかし権力と金、そしてダンジョンが絡むと怪しくなる。

 なので、そちらに顔の利く彼に知らせておくことにしたのだ。

 

『こちらでも、知人に動いて貰います。事件をもみ消すような動きがあったら、察知できるかと。……ですが正直、今回は黒幕を見つけるのは難しいと考えています』

「でしょうね。うちの連中もいってました。トカゲの尻尾切りしておしまいだって」

『なので、次を狙ってくると思います。くれぐれも身辺にはお気をつけてください』

「ええ、そのつもりです」

 

 事件に関する連絡はこれくらい。あとは、別の仕事の件でいくつかやりとりをして電話を切った。ふう、とため息を吐く。全身に鈍い痛みがある。額と鼻にも。まあまあ、酷い目にあった。皆帰ったし、今日はもう休んでしまおう。

 今晩泊まることになったのは、六人用の大部屋。満室で、入院されているのは皆俺より年上。半日お世話になりますと挨拶だけして、自分のベッドに引っ込んだ。

 しかしまあ、映画一つ見に行っただけでこの騒動だ。なんでこんなことになるのやら。……いや、当然なのか。我が社は目立ってしまった。出る杭は打たれるもの。台頭を煩わしく思った誰かが攻撃してくるのは不思議ではない。生存競争なのだから。

 加えて家にはきら星が揃っている。彼ら彼女らの輝きに、厄介な者が引き寄せられてくる。そして組織の弱点を探し、最も効率的な者をターゲットにするならばそれは俺。

 これからはこんな騒動にならないように、分かりやすいボディガードを連れて歩くべきか。なんだかなあ。身の丈に合ってないことこの上ない。身体と気持ち、両方の疲れもあったので目を閉じたらあっという間に眠りに落ちてしまった。

 その後、夕食が運ばれてきたのでそれをいただいた(うす味だった)。歯を磨き、スマホで時間を潰し、消灯時間になったのでまたベッドに横になる。しかし先ほど眠ったせいで、ちっとも意識が遠のかない。

 酒でもあればなあ、と思うが病院では無理な話。そもそも怪我をしたのだから飲酒はダメだろう。大部屋だから、動画を見て時間を潰すこともできない。

 ただただ、眠気がくるのを待って目を閉じ続ける。そしてふと、すぐ近くに気配を感じた。目を開けば、そこに居たのは妖艶なる魔女。

 

「マリアンヌさん、どうしてここに」

 

 小声で尋ねれば、彼女は優しく微笑む。

 

「魔女には容易いことですわ……なんて。実は堂々と入り口から入っただけですの。猫ならば、姿を見られず忍び込めました」

 

 右手を猫の前足のようにしてみせる。なるほど、身体は猫さんのそれを使っているのか。と、納得していたところを抱きしめられた。怪我を考えてくれたのか、強くではなかったが十分だ。たちまち天にも昇る高揚感と、いろんな焦りが心を占める。

 

「今日は本当に心配しました。いきなり助けを求められたと思ったら、あの状況ですもの」

「ご心配をおかけしました。……あと、すみません。ここ六人部屋なんで」

「ばれないように細工なんて、いつものことじゃないですか」

 

 そうだった。そういう事ができてしまう人だった。そしてそれはとってもやばい気がするんだ。大人の男女が二人、ベッドの上。しかもばっちりお付き合い中ときた。いかんいかん、エロ漫画じゃあるまいし!

 

「春夫さん。あの状況ですけど、ご自分でどうにかできたのでは?」

 

 やたらと焦っていた俺に、マリアンヌさんがそう尋ねてきた。責めている口調ではない。ただの確認のようだ。おかげで少し冷静な気分にもどれた。

 

「そうですね。全力で暴れれば、なんとでもなったと思います。でも、穏便にはならなかった。相手方は良くて怪我、悪くて一生ものの大怪我。あるいは……って考えると、手は出せませんでした。相手の狙いがそれかもしれない、とも思いましたし」

「暴力社長のレッテルで、名を貶めようとしたと?」

「憶測ですけどね。ただ、相手の要求が我が社の解散でしたから。目的がそれなら、その過程はどうでもいいでしょう。……なんて、後から考えたこじつけですけどね」

 

 最初の動機は『俺が暴れたことで会社が悪く言われるのは嫌だなあ』程度である。

 

「本当に命の危険があれば、流石に戦うつもりでしたけど……その前にマリアンヌさんが社員引き連れてきてくれるかなと思ってたので」

「……もう、仕方のない人」

 

 耳たぶをちょっとだけ強く引っ張られた。あいたたた。

 

「今日はこれぐらいで勘弁してあげます。でも、これからはまずご自分のことを第一にしてくださいね?」

「はい。とりあえず、一人で出かけるのは止めるようにします」

「よろしい。それでは……報酬を頂戴しましょうか」

「報酬?」

「魔女にお願いをしたのですから、当然ですよね?」

 

 にっこりと笑顔で言われてしまった。うーん、是非もなし。

 

「俺が支払えるものなら……」

「それじゃあ、目を閉じていただけます?」

 

 何をするんだ? と言われた通りにしたら。唇に、柔らかな感触を感じた。

 

「!?」

「……はい、ごちそうさま」

 

 ……ファーストキス、奪われてしまった。いや、男がそういうこと考えるのは気持ち悪いか? でもまあ本当だし。口元を押さえながら目を白黒していると、マリアンヌさんはこれ以上無いご機嫌な表情で迫ってきた。

 

「そんなに可愛らしいと、このまま食べちゃいますよ?」

「え」

「でも、今夜は我慢してあげます。はい、おやすみなさい」

 

 今度は額にキスをもらった。すると、唐突に抗いがたい眠気が襲ってきた。どうしようもなく、意識が眠りに落ちていく。倒れた感覚すらなかった。

 気がついたら朝で、昨晩の痕跡などどこにもなかった。その後、再度の診察を受けて問題なしとされて退院。迎えに来た勝則の車に乗って家路についた。膝に、黒猫を乗せて。

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