【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
誘拐傷害事件から一週間後。病院で抜糸を受けた俺は、その足で目的地へ向かった。我が社が管理するもう一つのダンジョン。農地の真ん中にできてしまったそれ。そこから徒歩五分の距離にある、とある農家。
そこはダンジョン発生を受けて、農業を辞めてしまった家。住んでいた人も土地ごと売りに出していた。我が社はそこを買い上げ、色々と手を入れた。具体的に言うと住居部分を解体し、代わりに二階建てのプレハブ小屋を建てたのだ。
「お疲れ様です。遅れまして申し訳ない」
「おお、入川社長。よくぞおいでくださいました」
迎えてくれたのは、警察の制服を着た壮年の人物。警察(または自衛隊)関係の人員をダンジョンで鍛えるお仕事。そこに参加する警察側の中心人物だ。もうちょっと細かく言うと、本当の責任者は別で居る。彼は現場の責任者だ。なんでも、警察学校の先生だったらしい。
さてこの仕事、当初の計画とはいくつか変更が発生した。主にお上の都合で。と言うのも政府、警察、民間各所から『警察に関わることを一企業が主導で行うのはいかがなものか』という意見がいくつも寄せられたらしい。
それに込められた思惑は様々だろうが、確かにその通り。俺だって自分らの仕事でなければ同じように思ったことだろう。とはいえではどうするの、という話になるのだがそれに関して警察からこのような申し出があった。
本格的な訓練は国が立ち上げた組織で行う。ミナカタは、その前段階。トレーニング方法の確立を補助してほしい。元ドゥームブレイカーズの出向はそのままで。
これを受けるとどうなるか。まず、この仕事で得られる利益が減る。仕事が減るのだから当然だ。……が、別にこれは問題ない。何故かというと、こっちに人員取られる方がマイナスだからだ。
元の契約でも、一年で支払われる報酬はハウルボア二匹分に届かない。お上からの支払いは大変渋いのだ。まあ元々お金が目的で受けた仕事ではないので、その値段でいいと渋々飲んだと言う事情がある。
こちらに人手を使わない分、本業に集中できる。そっちの方がよほど儲かる。なので金銭面では損になるが、大枠で見ると得である。だからそれはいい。
仕事の大半が、向こうに取られることも特に問題は無い。大事なのはノウハウだ。我が社が未来に計画しているハンター訓練所の作成。そのための知識と手順を得られればいい。そしてそれは、変更された計画でも収集できる。
ただし一つだけ飲めない、というより譲歩させるべき所がある。元ドゥームブレイカーズ、道明さん達の出向だ。これだけ無茶苦茶言ってきたのだ。せっかくのチャンスを生かさない手はない。
もちろん、相手は素直に首を縦に振ったりはしない。この計画の目的、その半分は政府の枠組みから逃れようとする道明さん達を留め置くものだから。しかし俺の目的の半分は、皆に自由を与えること。ここで動かずしてどうするというのか。
俺は交渉して、出向人数と頻度を減らすことに成功した。具体的に言うと、交渉前にマリアンヌさんに動いて貰った。どこをどう交渉したのかは教えて貰えなかったが、実際の席についたときは凄かった。相手側、みんな青い顔してたものな。
……今思うと、俺が交渉したのではなく魔女の影響力のおかげじゃないか。まあそれはいい。海千山千の政府関係者とやり合える能力なんて俺にはない。適材適所。これで道明さん達がより良い環境を得られるのだから。
ただ……今度はどんな報酬を支払うことになるのだろうか。それが恐ろしくもあり、少し楽しみでもあり。
閑話休題。ともあれ結果だけ言えば、我が社の負担は大きく減った。土地を用意し、仕事をするための場所も建てたがこれも無駄にはならない。プロジェクトが終わったら、我が社で使えばいいのだから。
「半グレ共が怖い物なしで蛮行に走る。これも我々警察が不甲斐ないせいです。入川社長が襲われたのも、このプロジェクトが……」
「それは断定できない話じゃないですか。黒幕への情報、無かったらしいですし」
そう。推測したとおり、半グレの交渉相手は捕まえることができなかった。実行犯は捕まえたが、主犯は行方不明。捜査は続けるらしいが、おそらく結果は出ないだろう。
ちなみに連中がダンジョン関連にやたらと詳しかった件についても細かいことは分かっていない。そういう噂が流れてきているとは証言したらしいが、情報ソースを辿れなかったとのこと。一体どこから漏れているやら。
「この仕事が成功すれば、暴れるハンター崩れも減るでしょう。これからよろしくおねがいします」
「ああ、いや。こちらこそ。絶対に成功させましょう」
しっかりと握手を交わした。手の皮が厚い。労働者の、苦労人の手だった。さて、ここに居るのは彼だけではない。警察、自衛隊員、役人、大学の先生(ダンジョン、運動などを研究している人たち)、そして我が社と色々な人員が働くことになる。
特に多いのはやはり警察関係だ。訓練する教官達、それを受ける訓練生達。その両方がそれぞれ十名弱、集められている。役人の人は、ここで行われることの記録係。我が社からは道明さん達と、その補助人が交代で参加することになっている。
とりあえずの計画としては、まず我が社のやり方をそのままなぞる。つまりダンジョン管理だ。一階でこけ玉とビッグアント退治。それに慣れたら、ケイブチキンを倒して回収してくる。そして倒したそれを、訓練生に提供するという流れだ。
俺たちの経験からすれば、これで間違いなく底上げされる。あとは対ハンター用の戦闘、または捕縛についての訓練だがこれも大丈夫。なんといっても、その道で最前線にいたドゥームブレイカーズが対応するのだ。きっと多くを学べるだろう。酷い目にもあうだろうけど。
我々の担当はこれくらい。あとは警察や自衛隊、その他専門家が考えるだろう。協力を求められたら、その都度検討するだけだ。とはいえ、決して楽だとは言えない。
プレハブの中では、複数人が忙しくしている。トレーニング方法を作るというのは、ただそれを漫然と行えばいい訳じゃない。それで効果が発揮したと、しっかり証明できなくてはいけない。
なのでまず、ダンジョンに入らない状態での身体能力を記録する。好調不調のブレを考えて、何回も取るらしい。訓練前の記録だけで三日かけるとか。
その後ダンジョンでの訓練を開始して、一週間ごとに同じデータを取るのだという。手間を掛けすぎている気もするが、お国の仕事だから仕方が無いのだろう。データが足りない、もう一度なんて言われたらたまったものじゃないからな。
そうやって実績を作り、本格的な訓練へ反映させる。……うん、我が社の仕事、少なくなって良かった! これ全部家だけでやれっていわれたら、面倒くさすぎて付き合いきれないや!
……そう考えると、道明さん達大丈夫かなと心配になる。誰か手の空いている人はいないだろうか。そう思って周囲を見渡すと、丁度良く近寄ってくる人影があった。
「社長さん。病院、終わったんですか」
いくつものダンジョンブレイクを鎮めた日本の英雄。引退宣言後も芸能、モデル業界からの呼び声が止まぬ美貌とカリスマの持ち主。我らが『断神』
「はい。抜糸も済んで、ご覧の通りです」
俺は額の大きな絆創膏を指さした。途端に笑顔だった彼女がへの字口を作る。里奈さんは、俺が怪我したことを大変ご立腹だったのだ。そもそも、知らされたのも遅かった。あの日は遠方に出張していた。知らせたら、仕事を放り出して戻って来かねない。
なのでまあ、帰ってきたときは一騒動だったよね。ドゥームブレイカーズの皆さんで壁作って貰ったもの。怒れる断神をなだめすかせるのは、幼なじみ達にしかできないと思うし。いや、当事者の俺もやろうとしたけど皆に止められたよ。
「やっぱり下手人、私が斬っちゃだめですか」
「マリアンヌさんがしっかりお仕置きしてくれたから十分ですよ」
「ぶー」
彼女が望めば、この場から一歩も動かず対象を傷一つ付けずに斬撃できる。殺さずに、斬られる痛みだけをいくらでも与えられるというわけだ。聞いた話によれば、実際に斬ることもできるのだとか。単純な攻撃面では日本一、世界有数のアビリティ。断神は文字通りなのだ。
「中の様子、どんな感じです?」
「みんな忙しくしてますねー。私、退屈なんで出てきちゃいました。香ちゃんもそれでいいって」
確かに、数字云々の状況では里奈さんの出番はないだろう。訓練であろうと実戦であろうと、彼女は剣を振ってナンボなのだから。
「道明さん達の様子はどうです? 目が回る感じだったり?」
「え? んー……普通? いろいろお話したりはしてるけど、そこまでじゃない感じでした。本当にヤバかったら、ここからでも分かりますから」
それならまあ、とりあえず安心か。立ち上げたばかりの仕事だ。トラブルはあって当然。しばらくは細かく報告を聞きながら対処していこう。
「里奈さん、これからほかにお仕事あります?」
「ないでーす。……ん、良いこと思いつきました。社長を家に送りながら帰るってみんなに伝えてきますね」
そこまで言い放って、彼女は颯爽とプレハブへ走って行く。……まあ俺、本当は今日お休みだし。最低限のご挨拶も済ませたし。これ以上は邪魔になるか。
「社長、家にお戻りに?」
「うん。今日はそうするよ」
「わかりました。車回します」
ハガクレの一人が、駐車場に走って行く。……ボディガードは、納得した。流石に、運転手まで付けることないと思うんだけどなあ。しかも、車まで特注で。なんか勝則が竜宮さんに声かけて用意したとかで。かなりのお値段だったよ。必要だってみんなに力説されちゃったんでOKしたけどさ。
「三郎くん。警察の人たち、どれくらいになれると思う?」
「……社長。護衛ってのは話し相手にゃならないもんなんですぜ?」
「まあまあ。ここじゃ誰も襲ってこないでしょ」
「そういうのが油断に繋がるんですがね。……ぶっちゃけ、本人のやる気次第ですよ。気合いがあれば、そこそこになれる。無いやつは、警察も辞めちまうべきですね」
「それは言い過ぎ……あ」
ふと視線を感じてそちらを向けば、運動服姿の青年が三名こちらを睨んでいた。話を聞かれたか? 気分を害する発言があったのは間違いないな。ここは一つ謝罪を……と思ったのだが。
「おーい、移動だってよ」
「……ああ、今行くよ」
同じ格好の別の人に呼ばれ、そのままそちらへ向かってしまった。ただ、去り際にこちらをもうひと睨みしていった。やはりマイナス感情は持たれてしまったらしい。
「なんだあのシャバ僧ども」
「記録取りで訓練を受ける人たちでしょ。うーん、ちょっとマズったな」
「社長、神経質になりすぎじゃ?」
「お付き合いってのは、細かいところで躓いたりするもんなんだよ。会社員時代、どれだけそれで泣きを見たか」
まあ、主に上司だった田沼課長の無茶振り対応だったんだけどね。ちょっと遅れただけでアホほど詰められたりしたし。おかげで、失点しないための立ち振る舞いというのを嫌というほど学ばせて貰ったが。
「何はなくとも報告、連絡、相談。そして言った言わないを避けるためのメール。あとは振られた仕事の提出タイミングの見極めだな。早すぎると新しい仕事投げられるし、遅すぎると修正を命じられたときに泣きを見る」
「サラリーマンって、マゾっすか?」
「好きでやってたわけじゃない」
とはいえ、その知識は今に役立っているのだから世の中分からないものだ。感謝する気は全くおきないが。もっとまっとうな教育方法があっただろうと、今なら言える。その余裕が無かったとしても、あの扱いが正当化されていいはずがない。
何はなくとも一応ということで、さっきの先生を探してこちらの失言をお詫びしておいた。相手方を恐縮させてしまったが、こういうのはケジメだからな。そしてもどってくれば、車の所で里奈さんが腕を組んで待っていた。
「社長さん、どこいってたんです?」
「もうしわけない、ちょっとご挨拶を。さ、帰りましょうか」
後部座席に俺たちが、助手席に三郎くんが乗り込んで出発。車はとても乗り心地がいい。……軽トラと比べちゃいけないよな。というか、その軽トラを取り上げられてしまったのよね。一人で運転しちゃいけませんという話で。とほほ、愛車だったのに。
町中を走るので、速度はそれほどでもない。エンジン音も五月蠅すぎず、静かすぎず。つまり、身を寄せ合って小声で語れば前の席には伝わらない。そんな騒音の中、里奈さんか肩を寄せてきた。……困る。社内には社員がいるのだ。個人としては大変嬉しいが、社長としては示しが付かない。かといって邪険にもできない。困る!
「社長さん、魔女さんと何かあったんですか?」
でもって、大変鋭い一言をささやいてきた。冷や汗出たよ。……一瞬、何もなかったと誤魔化したくなった。やましいことはないはずなんだが、素直に口にするには憚れる。
「……まあちょっとその、イチャイチャした……かな?」
返答が二度三度、喉と頭を行き来してやっとなんとかこれだけ絞り出した。小声で話しているとはいえ、三郎くん達が聞こえそうな所では詳細を話したくない。
「やっぱり。私が帰ったとき、凄かったんですよ?」
くすくす、と色っぽく笑う里奈さん。あー、いけません。こんな距離でそのようにされてはいけません。貴女自分がどれだけ美人がお分かりでない。胸がときめく顔が赤らむ。うっかり変な気分になら無いように、こっちも話に乗ろう。……それも結構危ない気がするけどね。
「……具体的に……あ、やっぱ抽象的に。ボカして!」
「ボカす……? ええと、ううんと……とってもイチャイチャした、かな?」
「はい、ありがとうございます」
うん、ボカしてもらってよかった! 特大の爆弾かもしれん。あやうく信管ぶん殴るところだったぜ! ……っていうか、なにしてんだよマリアンヌさん。
「そろそろ魔女さんも、ラブラブ度を一段階上げてきそうだなーって感じですけど。社長さんはどーするんです? 私はどっちでも大丈夫ですけど」
「……大丈夫なんですか」
「はい。社長さんも魔女さんも大好きですから」
さらっと、とんでもないことを仰る断神様。真っ直ぐすぎて、こっちがさらに赤くなる羽目に。……俺は未だに、約束を果たせていないんだけどなあ。
そんな話をしているうちに、車は我が家へと到着した。うん、気まずかったから助かった。車から降りれば、梅雨の蒸し暑さがお出迎えしてくれる。早く建物の中に避難したい気持ちもわいたが、ふと今来た方向を振り返る。
ハッキリしない雲まみれの空の下には、先ほどまで居た訓練所がある。もちろん直接見えたりはしない。この空模様が、この先を暗示しているような気分になる俺だった。