【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
事業開始から二週間。そろそろ六月も終わりに近づいている。訓練所のダンジョン、地下一階。本日も選抜された警察官が訓練に励んでいた。具体的には、モンスター退治。それぞれクォータースタッフを手にして、三人一組でビッグアントを駆除している。
「やぁっ!」
気合いと勢い、問題なし。振り下ろされた杖の一撃で、胴体が潰される。まだもがいているが、致命傷なので程なく動きを止めるだろう。
始めは恐怖に動きの鈍かった彼らだが、実地訓練開始から五日も経つと慣れたもの。どんどん近づき、容赦なく打ち据えている……のだが。
「どう見るね、
「よくない。慣れがモンスターへの舐めになってる」
元地王カンパニーの
今週に入ってってやっとのダンジョン実習。緊張感もあったし、少しずつ実力が伸びていくのが見て取ることができた。しかしここに来て、これである。
「社長、俺言ってきますよ。教官の人も動かないし、ほったらかしたら事故る」
「いやそれは、俺が……」
「こーいうのは適材適所ですって。俺、地王でも初心者教えたことあるんで。まかせてくださいって」
「……そう? じゃあ、頼むよ」
彼がそこまで言うのなら、任せることにする。なんと言っても、ダンジョンの経験は彼の方が上なのだから。憲治はクォータースタッフ片手に、訓練生へと近づいていく。
「すみません。今の動き、もう一回やって貰っていいですか?」
口調は柔らかいが、有無を言わさぬ迫力がある。あからさまに放出していないが、彼の中ではプラーナが巡っている。特に力を発揮させなくても、ただあるだけで他者に違いを感じさせてくる。最初は不躾な言葉に顔をしかめた訓練生達も、思わず一歩後ろに下がるほど。
「え、いや……」
「もう一度、やってほしいんですよ。動きだけでいいので。よろしいですか、教官さん?」
「……構いません。おい、
彼らの訓練を監督している教官がそう答える。戸惑いながら、先ほどと同じように動く三名。そしてふと、彼らがいつぞや俺らをにらんでいた人物であると思い出す。
「はい、ストップ」
憲治から鋭い声が飛ぶ。丁度、笠間と呼ばれた訓練生がクォータースタッフを振り下ろしたタイミングだった。
「真ん中の君……笠間君? 君の仕事は何でしたか」
「……ディフェンスです。スタッフを突き出して、ビッグアントの攻撃を誘うのが仕事、です」
「何故攻撃したんですか?」
「その、丁度いい距離だったので」
「君は、赤信号でも行けそうならアクセル踏むの?」
「それとこれとは話が別です!」
「でも君のチームメイト、とてもやりにくそうでしたよ? 当然ですよね? ルーチンと違うことされたのですから」
これは彼の言うとおりだった。ディフェンス担当が殴りかかったとき、本来攻アタック担当だった人がたたらを踏んでいた。もし踏みとどまれなかったら、二人が衝突事故を起こしていたかもしれない。ビッグアントの目の前で、だ。うん、信号のたとえは意外と間違っていないのかも。
「そもそも何故正面がディフェンスで、側面がアタックか。覚えてます?」
「……ビッグアントは正面しか攻撃できない。そしてその手段は顎の噛みつきと前足のひっかきのみ。側面への攻撃はできないし、防ぐこともしない。だから攻撃をさそって隙を作り、側面から殴る。片方が攻撃で、もう片方はバックアップ」
この手法は、『民間ダンジョン管理技法』に記載されているものだ。多くの人の経験を集めて作った、もっとも安全なビッグアントの倒し方。これさえ守れば怪我なく駆除できるのだ。これを確立するために、一体どれだけの血と汗と涙がながれたのだろう。
なお、俺たちはこれをやったことが無い。何故かというと、三対一なんて有利な状況で戦えたためしがないから。大抵、相手の方が数が多いんだよ! ビッグアントの数が減少状態にある今の地下一階だからこそやれている。
ついでに言えば、今でさえ三対一になれるよう環境を整えている。我が社のハンターが適度に間引いてから、訓練生へパスしているわけだ。……なんて贅沢な状況だろうかと思ってしまう。
と、いうかだ。問題点に気づいてしまった。今はいい。本格的に訓練が始まったとき、この環境を整えてやれるのか。これはちょっと相談しなければいけないと思う。
俺が思い悩む間も事態は進む。
「その通りですね。それなら君が攻撃する必要、どこにありましたか?」
「だから、行けると思ったので……」
「それで横から仲間に殴られそうになってりゃ世話ないですよ。君たちは銃を使うとか犯人逮捕の時とか、一杯厳しいルールがあるでしょう? それと一緒のはずなんですけどね」
淡々と、憲治が理詰めしていく。しかし、訓練生達は全く納得いってない様子。特に笠間君。いつの間にやら顔はうつむいているし、拳は握りしめられ震えている。まあ多分、納得以前の問題なのだと思う。
俺たちは舐められている。何せ、今はドゥームブレイカーズのメンバーが誰もいないのだ。つい先日、緊急の連絡が入って飛び出していった。現場は県内らしいのだが、日帰りするには距離があるのだとか。
里奈さんたちは泊まりがけで出張。こちらの訓練の為の人員は、我が社のメンバーを増やすことで対処している。日本を守っていた信頼できる英雄たちがここに居ない。代わりに田舎のハンターが偉そうに喋ってくる。ふざけんな、という気持ちなのだろう。
あとまあ、年齢が近いのも影響しているのだろうか。全員二十代前半だ。上から言われれば素直に飲み込めなくもなるか。
「……じゃあ、貴方はこんな風にちまちま戦ったりするんですか」
「おい!」
おっと。ついに訓練生が反抗しだした。そしてこれが、彼の本音らしい。安全に戦い続けることに飽きたようだ。慌てて教官が注意するが、それを憲治が片手で制する。
「しませんよ。ビッグアント一匹ごときに三人がかりとか、初心者ハンターでもめったにありませんし」
「なら!」
「でも君たちはハンターではないし、何よりプラーナもマナも使えない。防具を着けていない部分を噛まれれば、たちまち大怪我。そんな危ないことを、許可できるわけが無いでしょう?」
「……ッ!」
目の前で分かりやすくプラーナを吹き上げて見せられ、流石に笠間君も口を閉じる。しかしその顔から反抗的な意思は消えていない。憲治は淡々と詰めていく。
「ただ自分が強くなりたいだけなら、警察辞めてフリーのハンターになればいい。でもこれは組織で動いている事業だから、勝手は許されない。貴方が好きに動いて事故が起きたら、誰が責任取ると思っているんです? そしてそれで発生する損害、貴方が全部支払ってくれるんですか?」
「そんなの……卑怯じゃないですか」
訓練生のこの一言に、多くの者がため息を吐いた。教官、俺、そして憲治もそう。耳を疑いたくなる、どうしようもない発言だった。
「卑怯? 何が?」
「こっちがどうしようもできないことを持ち出して、こっちの自由を縛るんです。卑怯でしょう、それは」
「……アンタ、それでよく警察になれたな。じゃあ何か? 法の執行者たる警察は、犯罪者に対して卑怯なことをしているのか?」
「そんなわけないだろう!」
「だよなあ。ルールを破った相手を取り締まっているだけだ。法律って決まり事に則ってな。でも法律や国家、警察の力ってのは一人の犯罪者にとってどうしようもない絶対的な力だ。アンタの言い分からしたら、これは卑怯ってことにならんか?」
「それとこれとは話が別だ! なんでこんなアリ退治と、警察や法の話を比べるんだ! 全然違うだろうが!」
憲治は再び、大きなため息を吐いた。そして俺に振り向く。
「社長ー。すんません、これ殴っていいですか」
「ダメ。そしてもういいよ、よくやってくれた。教官さん、お願いします」
「ご迷惑をおかけしました……笠間! お前ダンジョンから出ろ!」
「そんな、教官なんで!」
「なんでじゃない! ダンジョンでは俺や皆さんの指示に従うように、散々言い渡してあっただろうが! そちらの方の言うとおりだ! 何かあったらお前、責任取れないだろうが!」
「俺たちはもう、ビッグアントなんかには負けたりしません! 次のステップに……」
「指示に従えないなら、この選抜から外すぞ! それでいいんだな!?」
「っ! ……そんなこと言っていいんですか、教官。俺の親は」
「関係ない! この計画は警察だけのものじゃない。内輪の権力が通じると思うなよ!」
教官の叱責で、笠間は怒りで顔を歪めながら口を閉じた。しかしその場からは動こうとはしない。憲治へ憎悪の視線を向けている。彼のチームメイトはどうしたらいいかと困惑している。まあ、彼らも問題にするのは違うだろう。
「さっさと動け! 所属の先輩に迎えに来て貰うよう、連絡してほしいか!」
「……クソッ!」
悪態をついてから、やっとのろのろと階段へ向かい始める。さらに教官から駆け足! と発破を掛けられやっと足を速める始末だ。
とりあえず、残った二人の実習を進めて貰う。足りなくなった一人は、我が社のハンターに入って貰うことにした。
彼らが離れた後、何度目か分からないため息が出た。思わず本音が出る。
「ありゃダメだ」
人の話を聞かない奴ほど、始末に負えないものはない。自分のエゴを他人に押しつけるだけ。そしてそれが通らなければ不機嫌をまき散らす。それを注意すれば、こうなったのは自分のせいじゃないとまた騒ぐ。
いつもだったら、もうちょっと彼の可能性などを信じて説得などを試みたりする。けど今回ばかりは、そんな気も起きない。ほんの僅かなやりとりで、思い知らされた。肌で感じた。
彼のダメさ加減は絶望的だ。あれはきっと事故る。他人を巻き込んで、取り返しの付かないやらかしをする。ああ、姉を思い出す。うんざりとした気分で階段の方を眺め続けた。
「本当に申し訳ない。……普段はあんなんじゃないんですが」
「ナメてますね。ダンジョン、モンスター、そして俺たちを」
憲治が両手を上に向けた。そう、結局それに尽きる。自分のわがままが通せる相手だと思われているのだ。そうなってしまった理由は、いくつも上げられる。複数のモンスターに囲まれないように配慮された環境。常に数的有利が取れる状況。簡単に倒せる相手。五日目という慣れ。そしてドゥームブレイカーズの不在と、田舎の無名ハンターでしかない俺たち。
それでもこれは仕事であり、上司というべき教官たちもいる。だから普通の訓練生はたとえ不平不満があったとしても暴走しない。しかし笠間は普通では無かったので、それが浮き彫りになってしまったと。
「まあここは、今の状況でアレが発見できただけプラスと考えるべきなんじゃないかと。これで訓練が最終までいって、一般ハンターと同じ能力を持ってしまったらと思うと目も当てられない」
「どこにでも居るわがままチンピラハンターが、警察官ってだけで笑えないし、しゃれにもならないですもんね」
「お恥ずかしい……選抜にあたって、色々調査してあったはずなんですが」
「テストだけで人間性は分からない。しょうがないでしょう……で、彼はどうなるんです?」
尋ねてみると、教官さんは大変渋い顔をされた。
「……今回の件だけでは、外すことはできません。厳重注意くらいがせいぜいです」
「ですよね」
一週間、データを取るのに使った。彼一人抜けるだけで損失は出る。ダンジョンの中で指示に従わなかった、の一つだけでは排除できない。たとえどれほど本人が致命的に問題があったとしても、である。
「そういえば、あいつ親がどうとか言ってましたが」
「ああ。県議会議員なんですよ、あれの親が。地方の警察の予算は県議会が決めるんです。一人でもそっぽ向かれると、県全体の警察官に迷惑がかかるという。もちろん、そんな不真面目な議員さんなんてめったにいませんがね。とはいえ、見せ札として出されるとビビる警察官は多いわけで」
「若いのが好きかってやるには丁度良い、と。アレが増長した理由が透けて見えますね……でも、本当に大丈夫なんですか?」
「はい。そもそもこの計画は国の主導ですから、県議会議員が口出しできるものじゃないですし。万が一息子の扱いにへそを曲げて予算で邪魔しようものなら、もっと上から刺されることになりますよ。その議員が」
「それなら、とりあえずは大丈夫ですか。……問題は本人の扱いか」
頭を悩ませていると、憲治が鼻を鳴らした。
「はっ。心配要りませんよ。俺の経験上、あの手の野郎は言葉で言われた程度じゃ絶対に反省なんてしない。不満を溜め込むだけです。そしてまたやらかす」
「それじゃ困るって話をしているんだけどね」
「ダンジョンでやられたら危ないって話でしょ? 別の所で爆発させてやりゃあいいんですよ。なあに、俺に任せてくださいって」
「……やけに自信がありそうだね。なんで?」
「簡単っすよ。一つはさっきも言ったとおり、新人研修の経験から。もう一つはあいつとよく似た性格の奴を知っているから。プライドが高くて、エゴが強くて、自信過剰」
そうして彼は、怒りと嘲笑が半分ずつ混ざったなんとも言えない表情を浮かべてこういった。
「あいつ、アントニー・アダムソンにそっくりなんですよ。自己中な所が特に」