【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
その後は問題なく、ダンジョン研修補助を終えることができた。件の問題をとりあえず来週に先送りし、俺たちは自社に帰ってきた。だって今日は金曜日、土日はお休みだ。それは問題研修生の笠間も同じ。流石のアレも休日まで問題を起こしたりしないだろう。
むしろそうしてくれた方がこっちの責任がない分、楽だ……という本音は流石に口にしない。社会人としての節度というものがある。
さてもう少しで十七時。ここですぐ帰宅するものは実はそれほど多くない。我が社は普通のご家庭を持つ社員が少数派だ。同じ会社で共働きが多数派とか、他企業でもなかなか無いと思う。
肉体労働後に夕食の準備とか普通に辛い。結果的に夕食も社食で済ませるというのが大抵の社員の行動となっている。
「ケイブチキンの生姜焼き……なんてこった。絶対美味しい奴じゃないか」
「今回は、社員からのリクエストだそうですよー」
券売機の後ろに並んでいる小百合がそう教えてくれる。我が社の券売機はハイテクだ。社員証をリーダーにかざすと、内部に埋め込んだチップを読み込んでくれる。それで本人確認をして、購入履歴を記録するわけだ。
なお、再発行は業者に発注しなければならないため数日かかる。なので極力やるなとお達しを出しているわけだが、ミスもあれば事故もある。先日などはうっかりダンジョンに持ち込んでしまい戦闘中に破損。一流ハンターがド級に凹みながら再発行申請していた。
本人は『やっちまった~。気をつけていたのに~』と本気の半べそを見せていた。誰にでもあり得るというお話。それはさておき。
「
しれっと限定メニューながら高級食材を使ったそれが券売機に乗っていることに戦慄を覚える。以前出たパーティで食べたあの料理。こんな感じだったよと伝えたら、自身で研究して自己流の作品を完成させてしまったのだ。
もちろん同じものでは無いのだが、間違いなく美味しい。料理人の情熱と執念は素晴らしいものなのだなあ。
「最初の頃は味が安定しなかったですけど、いまは問題なしですものね。うーん、見習いたい」
「本職の影を追うのは大変だぞ、小百合」
「趣味だからいいんですよ、兄さん」
我らの食堂を任せる料理長への敬意を高める俺たちである。本当、美味しい料理をいつもありがとうございます。
各々望みの料理を受け取り、テーブルに着く。いただきますと声を合わせ、箸を取る。ううん、生姜醤油がケイブチキンに染みこんでいて、最高にご飯が進む。気を抜くとあっという間に米がなくなってしまう。ケイブチキンを食べるようになって一年以上になるが、未だによくある失敗だ。
「そういえば社長、件の訓練生についてですがいかがしますか?」
ある程度腹が膨れたところで、勝則が昼間のトラブルについて対応を聞いてきた。
「
「そうですね……まあ確かに、基本的には我が社が責任を負う案件ではありませんよね」
「でも、チンピラ警察ハンターもどきってのはどう考えても害悪ですよねー」
「それはそう」
警察権力を自分の都合で使うハンターとか地獄でしかない。……あれ? 我が社も割と近いか? 日本のダンジョン防衛の要であるドゥームブレイカーズを引っこ抜いたり、スーパーな魔女様にお願いして権力者をびびらせたり。
……まあその分、権力側の実力向上のお手伝いをするのだから勘弁してもらおう。表のハンターでは触れることの出来ない、
「まあしばらくは様子見だな。間違ってもこっちが悪者になるようなことはしない。これは絶対だ」
「割に合わないのは間違いありませんからね」
「……今後もこう言うのが増えるんですかねー」
「ああ、それは俺も思ったんだ。そういう意味では学びあるトラブルだ」
モラルのない者が異能を得たら悲劇が起きる。警察関係のみならず、俺たちが作ろうとしている訓練所もそれを生み出す可能性は十分ある。むしろ避けられないと思うべきだろうか。この段階でコレを気づけたのは大きい。
「力を持った相手を排除するのは手間がかかる。それ以前の段階でなんとか……ああ、いけるか?」
「何かネタがあるのか、かっつん」
「……これは一般的に知られていない、広めてはまずい話なのですが。論理魔術には、超能力と同じように人の心を読むものがありまして」
「知ってる」
「「ええ!?」
二人とも、やたらと驚くな。そんなに意外なことか? ともあれ俺は、自分の胸を親指で指してみせる。
「俺の中にはマリアンヌさんの剣があるからな。あれで俺の考えていることは全部筒抜けなんだとさ」
「……よくそれで平然としていますね、社長」
信じられないものを見る目を小百合が向けてくる。俺はそれを笑い飛ばした。
「はっはっは。最初は戸惑ったが、今はいろいろ便利だぞ。隠し事ができないというのは、あきらめもつく。うっかり悪いことを思いついても、マリアンヌさんに知られると理解していれば自制もできる。あと、この間みたいに手も足も出ない状況で助けも呼べる」
「ああ、この間のからくりはそれでしたか……てっきり使い魔を使ったものと思っていましたが」
納得と諦めの両方を勝則が飲み込む。めきめきと腕を上げていても、先人の影は遠いらしい。さっきの料理の話と似たものを感じるな。
「それに、心を読む魔法なんて珍しくないじゃないか。そこに超能力使いがいる」
「唐突にデッドボールが飛んできた」
隣のテーブルで食後の茶を啜っていた
「話を戻すが、訓練生の精神をあらかじめ調べておけばモラルの低い奴を弾ける。かっつんのアイデアはそう言うことだろう?」
「おっしゃるとおりです。ダンジョンに入っていない一般人なら、抵抗される心配もありませんしね」
「勝則くん、無茶苦茶言い過ぎ。他人の精神のぞき見するのって、めちゃくちゃキツいんだよ? 俺はもう二度とやりたくない」
実はこの男、それで一度酷い目にあっている。金が入るようになって、合コンに参加するようになった宏明。そこで良い感じの女性に出会ったらしい。これならば、と思ったがどうにも疑いを覚えずに居られなかった。そこで、良くはないと思いつつもテレパシーを使って考えを覗き込んだところ……。
「他人の精神なんてドブ底、汚染されきった海底のごとし。胃の中のもの全部ぶちまける羽目になるんだからね! そして合コン出禁になる」
吐き気を思い出して、宏明は舌を出す。案の定、その女性は宏明の財産だけが目的だったらしい。その悪意は彼のメンタルを大いに害した。
「一から十まで自業自得じゃないですか。そりゃ魔女殿も叱りますよ」
「おかげで強制的に一週間森の中で修行コースでしたけどね。まあ、メンタルデトックスはなったけど」
結果的に、おろそかだった精神的修行をする羽目になったというオチである。主力の一人が欠けて、仕事回しがちょっと大変だった。その後パワーアップして帰ってきたけど。まあそんな話はさておき。
「ご安心下さい。超能力者のテレパシーは心をつなげる魔法。我々のそれは読むだけ、情報収集です。こちらのメンタルが侵害されることはありません」
「ずるーい! 超能力者ばかりババを引いているー!」
「その分、読める情報がこちらとは段違いに強いじゃないですか。精神に関しては、全ての系統の中で超能力がトップだって聞いてますよ?」
「メリットがなーい!」
小百合のフォローも使用者には届かない。確かに、モンスターには効果が薄いからなあ……。でも、向こう側の連中なら? と頭の片隅にそんな考えが浮かぶ。まあ、素人の思いつきだし、その辺は本業に任せるが。
「負担がないなら、俺たちはそれで行こうか。今の事業に関しては、あっちの判断で。多分同じ方法はできないだろうけど」
「親方日の丸も、善し悪しですねー」
「国が自分で定めたルールを破りだしたら、それこそお終いだろう」
勝則が皮肉気味にそう言ってのける。秘密裏に実行されたハガクレ計画の被験者だった彼からすれば、そんな振る舞いにもなるだろう。
「俺ばかり踏んだり蹴ったりは癪なので、唐突に社長へボールを投げるんですが」
そして、今回の話題に巻き込まれ事故食らった男が幽鬼のように近づいてきた。
「なんで俺なんじゃい」
「あっちの二人を怒らせると怖いから」
「この野郎。さらっと俺ならなんとかなると舐めた発言を」
「秘書さん達と付き合ってもう半年過ぎてますよね。……進捗どうですか?」
全力で目をそらした。しかしその程度で宏明の攻撃は終わらない。
「あんたもうアラサーだろう!? 一体いつまで中学生の恋愛やってるんですか! いやもう、今時の中学生以下! 小学生並みのお付き合いでしょ!」
「う、うるせー! 金の使い方は普通の大人以上だぞ!」
「金だけじゃねーですか! 女性がいるので具体的表現は避けますが! もっとあるでしょう、大人なんですから!」
「じゅーぶんセクハラですよ」
小百合のツッコミに、食堂内の女性陣が同意を示す。それはそれとして性別問わずみんなこの騒ぎを楽しんでいやがる。ベテランから新人、バートに至るまで全員だ。てめえらこの野郎。
「うるせー! 俺だっていろいろあるんだよ! これでもいっぱいいっぱいなんだよ!」
「あんな美女二人を相手にピュアラブを継続してるの見せつけられるこっちの身にもなってほしいもんですよ! ねえ!?」
そうだそうだ、とほとんどの社員が大合唱。ほんとにこの野郎。
「外野だからそんなこと言っていられるんだよ! じゃあ聞くがよお前ら、男も女も! マリアンヌさん達と大人のお付き合いをするとしてだ……理性を保てる自信があるのかよ!」
俺の魂の叫びに対する反応は概ね二つ。赤くなるか、渋面になるかだ。自信を持って平然としている者は一人も居ない。
「ほれ見た事かよ! 俺だって好き好んで清く正しい交際を続けていると……いやまあ、これはこれで大いに楽しんでいるがそれはさておき、だ」
「のろけはどっか別の所でやってくれませんかね」
「突っついたのはお前だぞヒロっち! ……ともかく! 社長として、いや一社会人として。生活が乱れるようなことはあってはいけないと思うからこそ、こういうお付き合いをつづけているの! ご理解いただけます?」
つまるところ、二人に溺れない自信が全くないのである。いや、逆だ。百パーセント、溺れる。一人だけでも理性が飛ぶのに、もう一人である。それで無くても倫理観的に問題があるというのに……まあこれに関しては今更だ。ただ責任だけがある。
ともあれ、危険なのだ。一度深みにはまったら、息が出来ないほど沈んでそのまま浮かんでこない。あまりにも魅力的すぎる。一線越えたら、社会人に戻れる自信が全くない。昼も夜もなく、ずーっと彼女に首ったけになる。
そして、だ。コレこそ俺が、この状況を続けている最大の理由なんだが。そんな風に溺れきった土左衛門な俺を、彼女達は側に置いてくれるだろうか? お付き合いを続けてくれるだろうか? それを考えると、奈落の底に突き落とされるような恐怖を感じるのだ。
もうね、無理だね。振られたら生きていけない。いや、守らなきゃいけないものはいっぱいあるからそれじゃダメなんだと理性では分かっているんだ。分かっているけど、心情的にダメ。想像しただけで目眩がする。現状ですら、彼女無しで人生続けられる自信が無い。いやもう、もっとだ。人生続けたくない。どうしようもなく死にたくなる。
とまあ、この二つの理由があるせいというか、おかげというか。現状、宏明の言う小学生の恋愛を継続中なのである。
「でも、そういう見えている大沼に自分で飛び込んだの社長じゃないですか」
「ぐうの音も出ない」
鋭すぎる宏明のツッコミが心臓に刺さる気分。それはそう、本当にそう。
「なんで、さっさと飛び込んで見事な土左衛門になってください。今居る若い社員や、これから先の新入社員がうっかり秘書さんに横恋慕しないように、警告として見せしめにしますから」
「この野郎ヒロっち。もてないひがみか!」
「そーだよドチクショウ! あんなバインバイン美女二人も侍らせやがってよぉ! 社長だからって許されると思うなよぉ!」
「……芦名さん。流石にそろそろライン超えてませんか」
「小百合ちゃん! よそ様の社長さんにこんな失礼なこと言うはず無いでしょ! うちの社長だから言うんですよ!」
「んんん……なら、アリ、かなぁ?」
「サッチー。そこはもっと強く止めてくれ」
うん、まあ、言われて仕方が無い部分があるのは認める。こいつなら許せると言う部分もある。それはそれとして、腹は立つ。
「そういう自分はどうなんだよ! 合コンがダメなら婚活パーティがあるだろ! お高い登録料支払う所なら、ある程度安心だって聞くぞ!」
登録無料な所だと、色々凄いらしいからな……男も女も。まあ全部、聞いた話だから本当のところは定かではない。多分一生縁の無いサービスだ。そうであってほしい。
「だれが結婚したいっていいましたか! 俺は女の子にもてたいだけです!」
うわー、さいてー。という女性陣の声もどこ吹く風。いっそ威風堂々という表現が似合うほどに胸を張ってそう叫ぶ。男共からよく言った、という感じの同意が向けられている。そいつらに向けられる女性陣の冷たい視線も見える。
ちなみに一番辛辣というか怒りの視線を宏明に似向けているのが
「おのれ、オープン助平め。そんなんだから女性にもてないと何故気付かない」
「社長みたいなへたれ助平よりはマシですよ」
「くそ、言い返せない」
「社長、さっきからなんでそう素直に受け止めちゃうんですか」
「だって自覚あるもの!」
勝則からの言葉も胸に刺さる。もうね、俺としてもどうにかしたいけど、どうにもならないのよね。誰か助けて。
「ご歓談中の所を失礼します」
俺の心の声が聞こえたわけではない……いや、もしかしたらそうなのかも? ともあれ、メイド服の猫さんが唐突に現れた。多分、猫の姿で入ってきてこの場で人に化けたのだろうな。みんなの対応は……ちょっと驚き、程度か。大分慣れたね。
「お食事も済まれたようなので、春夫様をお迎えに上がりました。それと……」
じ、と猫さんの目が宏明に向けられる。意外なほどの圧に一歩下がった。
「え、ええと? 俺が何か?」
「ご懸念されている件ですが、近々解決するかと」
「はい?」
「我が主は、表面上いつも通りですが……実際は飢えたピラニアの方がまだ慎ましいと言える状態です。ほどなく、骨も残さぬ有様となるでしょう」
「「「ひえっ」」」
容易に想像できて、皆が悲鳴を上げる。俺もそう、というか一番恐怖を覚えている。だって当事者だもの。でもって、そんな状況に切り込む勇者あり。小百合が手を上げる。
「猫さん質問です。モリモリっと食べられた場合、社長は仕事できます?」
「ご安心下さい小百合様。主はどうしようもない魔女ですが、手管は優れております。骨から復活させ、問題なく日常生活を送れるようにするでしょう」
「猫さん!?」
「ならまあ、よしですね。くれぐれも魔女殿には食べ過ぎないように釘を刺しておいて下さい」
「サッチー!?」
いろいろ言いたいことがあるが、猫さんに腕を取られ引っ張られてはそれも出来ない。やめて猫さん。マリアンヌさんと同じボディでくっつかれると俺何も出来なくなるの。いけません、ああいけません。
「えー、みなさん。そういう話なので、社長の恋愛模様については巻き込まれないよう遠くから眺める感じでお願いしますね。一般人がまねできるものではないので」
勝則がなんか酷いことを言っている。そして皆が頷いている。
「ちくしょー! やっぱりうらやましい! ちくしょー!」
そして宏明の嘆きの声。さらには誰かが歌い始める。合唱が始まる。その歌は止めてくれ。売られる子牛ってそれ、俺のことを指しているだろう!?
花の金曜日の夜だというのに、どうしてこんな悲しい気分にならなきゃいかんのか。自宅へ引っ張られながら、俺は肩を落とすことしかできなかった。