【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第118話 聞く耳持たぬは愚者の標

 月曜日。訓練生達の姿は、地下二階にあった。頭にヘルメット。アームガードにレッグガード。ボディアーマーに、強化プラスチックの盾。全員、完全防備だ。ちなみに武器はない。今日の彼らはモンスターと戦わない。地下二階を体験することだけが目的だ。

 これはダンジョンに慣れる為の、極めて効果的な手順なのだ。いきなり戦え、と言われてできる人間はまれだ。そんな状態で百パーセントのパフォーマンスを発揮できる者はさらに少ない。緊張するし、身体は強ばる。それが普通の反応なのだ。

 しかし耐えることはできる。本能による行動だからだ。そしてそれを何度も経験すれば、才能のないものであっても慣れていく。人間は適応する生き物だからだ。と言うわけで、今日明日はフル装備で地下二階に居るだけである。

 これは我が社で実際に実行している手順である。四月に入った新人たちもこれをやって、無事にダンジョンで活動を続けている。彼らも現在は元気に地下二階でケイブチキンを倒している。地下三階の補助に入る日も近いだろう。お給料アップだな。

 さてそんな訓練生達。教えられたとおりに頑張っている。壁を背にして、一人は上、二人は周囲を警戒している。目を見開き、首を左右に忙しなく振る。うん、よくできている。なので上から降ってくる脅威もしっかり認識できた。

 

「コココ、コケーッ!」

「うわあ、来たぁ!?」

 

 が、正しく対応できるとは限らない。せっかく盾を構えていたのに、逃げてしまった。これも決して、情けないとは言えない振る舞いだ。バレーボールほどのニワトリが、蹴爪を振りかざして急降下してくるのである。刺さったらただでは済まないと、見て分かるその姿。恐怖を覚えて当然なのだ。そして、安易に逃げるはやはり危ない。

 

「だあ、こっちに来るな!」

「避けろよ!」

 

 案の定、仲間にぶつかって移動が阻害される。そしてその背に迫るケイブチキン。このままでは彼は背に深手を負うことになる。

 

「はい、そのままっと」

 

 そんな時のために、俺たちがいる。俺はクォータースタッフを振り上げて、ケイブチキンの横っ腹を引っ叩く。それほど強くはしていないが、軌道修正するには十分だ。丸いニワトリが、ダンジョンの硬い地面に墜落する。

 

「俺が見ているから落ち着いて、隊列を整えて。役割をもう一度確認してくださいね」

「は、はい!」

 

 あちこちのチームで似たような状況が発生している。これも想定内だ。ビッグアント時もそうだったしね。あちらを簡単に倒せるようになっても、こちらが同じとは限らない。今までは地面だけ見ていれば良かった。今度は上に注意を払わなければいけないし、数も多いのだから。

 今回は、あえて複数のモンスターをそのままにしている。これも慣れさせるためだ。もちろん安全を考慮して、俺たちのようなハンターを周囲に配置している。倒さず、モンスターがすぐ近くで猛っている環境を長く作る。

 訓練生達にはとてつもないストレスとなるだろう。これを二度三度と体験させれば、一対一をなんとも思わなくなるというわけだ。……思い返せば、流は初ダンジョンで地下二階に放り込まれたんだよなあ。やらかしたから容赦しなかったが、あいつも良くやったもんだ。

 さて浮き足だっては居るものの、全体的には順調である。怪我をしたものはいないし、ハンター達もしっかりフォローできている。もう少ししたら一旦地上に戻る予定だ。移動そのものも、いい訓練になるんだ。

 

笠間(かざま)! お前なんでここに居る!」

「自分も訓練に参加させてください!」

 

 そんな会話が聞こえてきたのは、そろそろ戻るかと思っていた頃だった。見やれば、教官とあの笠間が言い争っている。これはいかん。

 

「リュー! ケイブチキン全部片付けてくれ。他は周囲の警戒!」

「ウッス! かっ飛べ、飛翔剣!」

 

 使用者の意思に従い、鞘に収まっていた魔法の剣が宙を舞う。飛ぶもの、地を這うもの。区別なく容赦なく、その命を刈り取っていく。地下二階では過剰な威力だ。瞬く間にケイブチキンの首が飛ぶ。そして控えていた運搬係がせっせとゴミ袋に回収していく。もったいないからね。

 あっという間に周囲のモンスターは全滅した。あとは、余所からやってくるのを警戒するだけでいい。それは社員にまかせて、俺はトラブルの元へと向かう。当然のように古志(こし)憲治(けんじ)が、そしてそのパートナーの江畠(えばた)広美(ひろみ)も近寄ってくる。

 周囲を警戒していてほしいが……まあ、いいだろう。他にも人手はあるしね。さて、とりあえずやるべきことをしよう。

 

「えー、笠間さん。本日貴方に対してダンジョンへ入ることを許可していません。ダンジョン管理者として、即刻退去を求めます」

「うるさい! 黙ってろ!」

 

 管理者としてしかるべきことを告げたのだが、相手の反応はご覧の通り。うんまあ、分かってた。こっちのことを、道ばたに落ちているゴミ程度にしか思ってない。思わずため息が出る。本当は、憲治君がダンジョンの外で彼を暴発させて、片付ける(もちろん比喩表現)予定だったのだ。ところが今日になって自宅謹慎にさせたと通達を受けた。おかげでその手間が省けたと喜んでいたのだが……これである。

 

「笠間、いい加減にしろ!」

「教官おかしいですよ! 俺は試験をクリアーして選抜に選ばれたはずです! なのにこいつらの勝手な判断でマイナス評価をされている! ドゥームブレイカーズならいざ知らず、田舎のハンターですよ!? 一体何様なんですか!」

「うるせーぞザコ」

 

 タイミングを見計らって、憲治がヤジを飛ばした。笠間の顔はこの時点で十分怒りで赤く染まっていたが、それにドス黒いものが混ざる。

 

「……なんだって?」

「ルールを守れないクズ警官も追加するか? どっちにしても、弱い犬だからよく吠えるよな。うるさいから黙れよ犯罪者」

「誰が!」

「お前だよ。知らないとは言わせないぞ? 管理者の許可無くダンジョンに入ったんだ。しかも退去の指示にも従わなかった。俺らだって知ってるぞ。なんせダンジョンの免許取るときに試験に出るからな」

 

 ダンジョン管理人には色々な責任がある。その中の一つが入る人間の管理。管理人はその責任の内においてダンジョンへの入場を許可できる。始めの頃、免許を持っていなかった勝則たちがダンジョンで活動できたのは管理人である俺が許可したから。

 逆に、許可しないものはダンジョンに入ってはいけない。その場合は不法行為に当たるので速やかに警察に通報すること、と定められている。

 何故このような法があるかといえば、ダンジョン発生初期に起きた事件のせい。まだ管理不行き届きだった各地のダンジョンに、夢を追い求めて一部のバカが突入した。結果、当然のように大怪我や死亡事故が相次いだのだ。この法はそれを繰り返さないためのもの。

 今となってはめったに起きない事件である。誰も好き好んでダンジョンに侵入することがないからな。試験や再講習を受けなければ、普通俺たちでさえ忘れているような話だ。

 

「うるさい! お前らに決められる話じゃない!」

 

 しかし、本物のバカには理屈も言葉も通じないのだ。どんなに常識的で筋が通っていても、本人に受け入れる意思がないとこうなる。

 

「教官さん。これ、確保しますけどいいですよね?」

「いいえ。こちらでやります。笠間、今すぐ両手を上にあげて大人しくしろ!」

「だからおかしいでしょう!? 俺は選抜なんですよ!?」

「確保っ!」

 

 教官のその叫びに、周囲の訓練生が一斉に笠間に飛び掛かった。というか、盾で思いっきり体当たりを仕掛けた。体重の乗ったそれを連続で受ければ、普通の人間では耐えられない。俺もフル装備の上で重身功(じゅうしんこう)でも使わないと無理だと思う。

 あっという間に笠間は引き倒され、腕の関節を極められて捕縛された。

 

「痛い痛い痛い! 絶対おかしい! ありえない! 間違ってる! 痛い!」

「黙れ! 入川社長、申し訳ありませんが地上に戻ります!」

「はい。全員、ダンジョンから出る……」

「社長、まずい! ケイブチキンの群れが来た!」

「総員戦闘配置! 研修生は自分を守れ!」

 

 どうやら騒ぎすぎてしまったらしい。遠方から、無数の羽音が聞こえてくる。これはちょっと、大きな群れだぞ。一気に片付けないと、怪我人がでるか。

 

「ハンター! ケイブチキンの回収は考えなくていい! 撃退最優先! 大君(タイクーン)!」

 無いよりマシと、俺はアビリティを発動させた。正直今日は、皆装備が軽い。地下二階用なのだから、重くする意味が無い。重量軽減はほぼ意味が無い。スタミナ増強は、多少役立つかな? という感じ。

 ハンター達はプラーナやマナを準備し始める。残念なことに、今回は広範囲攻撃のできるハンターがいない。そういう人は、通常業務を担当しているから。ええい、ミスったな。万が一を考えておくべきだった。

 そしてケイブチキン達が到達する。多い。ざっと見ただけでも数十といった所。流石に百はいないと思いたい。これは、複数の群れが合流したか?

 

「飛翔剣!」

 

 流の操る魔法の剣が、一直線に飛んで行く。次々切り裂かれ、床へと落下する。素晴らしい威力だが、流石に数が多すぎる。ほとんどが俺たちへと到達した。

 

「おりゃあ!」

「ザコがよ!」

「うぜぇ!」

 

 威勢のいい連中が、ケイブチキンへ挑んでいく。全員、武装はクォータースタッフだ。彼らほどの腕ならば、この武器で十分。一撃一撃が致命傷。何せ普段はハウルボアと戦っている連中だ。この程度できて当然。

 

「ふんっ!」

 

 で。俺もそんな中の一人だ。苦手だった軽身功(けいしんこう)もだいぶマシになった。おかげで空飛ぶニワトリの速度にも対応できる。スタッフを振り回し、ケイブチキンの首をへし折っていく。

 

「うあぁぁ! 来るな、来るなぁ!」

 

 ハンター達はよく戦っている。苦戦もしていない。しかし、訓練生への到達を防ぎきることができなかった。やはり数がどうしても多い。地下一階での経験と、複数人での死角を補う陣形。これでどうにか耐えてくれている。こちらの手が空くまで耐えてくれれば……。

 

「教官、危ないっ!」

 

 しかしどうしても、望み通りには行かない。俺たちの足下をすり抜けた一羽が、笠間を捕縛していた教官に突撃した。

 

「コケーッ!」

「ぐぅっ!?」

 

 とっさに左腕で受け、致命傷を避ける。血は出たが、それだけ。軽傷と判断していいだろう。訓練生がフォローに入ってくれたから、彼については大丈夫。

 

「あ、あああっ!」

「笠間、逃げるな! どこへ行く!」

 

 問題はこちら。教官が手を離したので、捕まえていた馬鹿が自由になってしまった。転びそうになりながら、みっともなく逃げ去ろうとする。あれはいけない。音を立てすぎているし、目立つ。ケイブチキンはこういう奴を囲んで殴るのが大好きなんだ。

 途端に、群れの動きに方向性が発生する。逃げる笠間を、モンスター達が追いすがる。

 

「五人残れ! あとは笠間を追いながらケイブチキンを落とすぞ!」

 

 自分たちを守るだけなら、訓練生はなんとかできている。ここの護衛は最低限でいい。それよりもこのままでは笠間が血だるま、あるいは骨になる。流石にそれは我が社の責任問題に発展すると思うので、守らなければならない。

 むやみやたらと走る笠間を追いかけながら、ケイブチキンを落とすという極めて面倒くさい仕事が発生してしまった。ううん、トラブルの多い我が社でもめったにないぞこんなこと。

 

「コケッ! コケッ! ガーッ!」

「来るな! 来るな! 来るなぁ!」

「止まれ笠間! 逃げるな!」

 

 全力で軽身功を使いながら追いかける。俺を追い抜いてハンター達がケイブチキンを落としていく。今回この仕事に就いてもらっているのは、憲治と一緒にやってきた元地王カンパニー組である。彼らは軽身功などの功法、プラーナによる身体強化術を知らなかった。

 まあそもそも、世間一般ではプラーナはこの十年で発見された不思議パワーである。まさかそれに効率的な使用方法や訓練の仕方があるなんて思いもしなかったのだ。彼らにこれを伝えたときの驚きようと言ったら凄かった。あと落胆も。

 

『もっと早くに知りたかった……ッ!』

 

 血を吐くような嘆きの声だった。とはいえ、その後はすぐに前向きになった。覚えれば強くなれる。プラーナ操作に苦労していた彼らにとって、武功書の知識は神の導きに等しかった。みるみるうちに吸収し、今ではすっかり俺以上の使い手となっている。

 今も壁を蹴り、宙を舞い、次々とモンスターを叩き落としている。アレだ、昔の中国映画を見ている気分。ワイヤー無しでワイヤーアクションしている。

 

「やぁっ!」

 

 特に目覚ましいのは広美さん。彼女はマナ使いである。つまり武功書の恩恵はない、はずなんだけど。なんか知らんが『応用できそう』とか言い出して、自分の魔法に組み込み始めたのである。いまでは限定的ながら、プラーナを使った運動に近いようなことをやってのけている。それを見たマリアンヌさんと一樹さんはにっこりしていた。曰く、天才ではないが秀才かつ努力家。何より発想がとてもいい、らしい。

 さて、このように優秀なハンター達が全力で戦っている。となれば耐久力に難のあるケイブチキン達が抗えるはずも無い。少しすれば全滅する……はずだったのだが。

 

「社長! 右から増援!」

「ええい! 笠間ぁ! 止まれぇ! どんどん敵を引き寄せているぞぉ!」

 

 移動するだけ、エンカウント率が上がっていく。俺たちの戦闘音もそうだが、なにより笠間がまずい。怯えている。焦っている。混乱している。モンスターはそういう奴を真っ先に狙う。理由は分からない。一年以上ダンジョンに関わって得た経験則だ。

 制作者であるマリアンヌさんに理由を尋ねたが、答えは得られなかった。意図してそんな調整をしていない。獣の本能とマナによる作用が、最も倒しやすい獲物を狙わせているのではないか。そう推測をしてくれる程度だった。

 このままでは、いよいよ持って危険になる。俺たちの体力は無限ではない。いくら容易く倒せるケイブチキンが相手であっても限度がある。となれば、手荒い方法で止めるしかない。プラーナをチャージ、声と共に一気に発す。

 

「喝!!!」

 

 いつぞやのウォークライとは別。発想としてはハウルボアの咆吼に近い。あれほどの攻撃力は人の身ではとても生み出せない。しかし十メートルほど離れた相手ならば、全身を震わせる程度の衝撃を与えることが出来る。

 

「うわぁ!?」

 

 すっころぶ笠間。目標の停止により、周囲のケイブチキンの動きが乱れる。今しかない。俺はうつ伏せとなった相手の背にボディプレスを仕掛けた。走ってきた勢いと、いろんな相手に重いと罵られる体重が笠間を襲う。

 

「ごぶぅ!?」

 

 濁った悲鳴を上げる。背全体に衝撃を受けて、肺から空気が強制的に吐き出されたのだろう。もしかしたら胃からも来てるかもしれない。ここで油断せず、容赦もなく止め……ではなく捕縛にかかる。

 アントニーの野郎に襲撃されてから、コツコツと学び続けた柔道。人を殺さず無力化させる技術。右腕を相手の後ろから首に回し、左手で引く。裸締を食らうが良い。

 

「ぎゅぅ……や、やめ……」

 

 程なくして、がくりと身体から力が抜ける。激しい運動、気道と頸動脈の圧迫。気絶したのだ。ふう、実戦で使うのは初めてだったが、なんとかなった。覚えるのにも苦労したものな。一体何度、柔道の先生の手で気絶したことか。

 

「確保! 戻るぞ!」

「さっすが社長!」

「地味な技なら有段者!」

「あんまり嬉しくない賞賛ありがとう!」

 

 投げ技がね、未だに先生から合格もらえてないんだよね。相手の動きを感じ取りながら、重心を崩すってのがなかなか……。固技はそこそこ合格もらえているんだけど。

 笠間を肩で担いで(いわゆるファイアーマンズキャリー)持ち上げる。まだ周囲にケイブチキンが飛び回っている。しかしハンター達がいるから問題ないだろう。

 

「あっちと合流して、地上に戻るぞ」

 

 号令をかけて、道を戻る。宏美が周囲を確認しながら話しかけてきた。

 

「大変なことになりましたね……」

「ここまでのバカは久しぶりだなあ。地王の頃にはそこそこいたけど」

 

 ケンジがそれに乗ってくる。いたのか……地王カンパニーは人が多かったからなあ。玉石混交なら、外れも増えるか。

 

「アントニーの手下とか、こんなだったわよね……っていうか、外れをあいつが駒にしたんだけど」

「お山の大将だったからなー、あいつ」

 

 興味深い話だったが、今は移動が優先だ。俺は極力急ぎ足でダンジョンを進んでいった。

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