【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第119話 亡霊ふたたび

 あの騒動からそれなりに日数が経って、現在七月半ば。とある平日の夜。欧州のどこかにある、マリアンヌさんの屋敷。その一角に移築されたもと黄田家。その居間にて。

 

「大変だったけど、なんとか片付いたな」

「うちの責任にならなくてよかったですねー」

「鍵を持ち出せる相手だったからな。そうでなければ、管理人としての責任を問われていた。ギリギリでしたね、社長」

 

 俺がため息を吐き、小百合が同意し、勝則がしめる。笠間が起こした事件は、どうにかこちらの過失なしということで決着した。いやはや、意外と時間がかかった。やはり県議会議員への忖度があったのだろうか? まあ今となってはどうでもいいが。

 勝則が言っている鍵とはダンジョンのある敷地に入るためのもの。普段は我が社で管理しているが、この計画のために訓練所にも二本預けてあった。常用のそれとスペアだったのだが、笠間は後者を勝手に持ち出したというわけだ。

 管理責任は預かった警察側にある。というわけでギリセーフである。これで門を開けっぴろげにしてあったら俺の管理責任となっていた。

 

「警察官も立派な人ばかりじゃない。わかっていても、やはり幻滅してしまうものがあるねえ。まあ今回は、早めに対処できてなによりだったね」

 

 お茶を啜りながら感想を述べるのは我が社の非常勤顧問、氷川(ひかわ)正吉(しょうきち)さん。未だ会社運営に不慣れな俺たちを支えてくれるベテランだ。今夜ここにいるのは彼とその妻、ダニエラさん。くわえて黄田夫妻、そしてマリアンヌさんである。

 俺はこの家を、幹部たちの休憩室として使うことにした。専用の鍵(魔方陣の書かれた木札)を使えば、会社の三階から入ることが出来る。もちろん、魔女のお力によるものだ。

 実際ここは、一般社員に聞かせられない話をするのにうってつけだ。どんな産業スパイもここには入れ込めない。まあ、そもそもそんな奴はいないんだけどね。

 

「今後はあちらさんも、研修生の選抜にはさらに注意を払ってくれるだろうね。今だって、相当な苦労をしているだろうし」

「県議会議員の息子が現行犯逮捕だからなあ……公務執行妨害もついたし」

 

 笠間のやつ、逃げるときに教官さんの脇腹を肘打ちしていたらしい。当人はその気が無かったかもしれないが、一発は一発。あいつを外すための口実は多い方が良い。

 

「幸いダンジョンに入った日数も少なく、ケイブチキンも食べる前でした。身体能力の向上も、ほぼ誤差といって良いレベルかと。……いかがでしょう?」

「私も同意見です。ダンジョンから遠ざかれば、そのうち体内のマナも定着せず抜けていくことでしょう」

 

 魔女の太鼓判により、笠間は一般人の枠で収まることが確定した。同時にさらりと、聞き捨てならない新情報も。そうかー。身体からマナが抜けると、この常識外れのパワーは無くなるのか。まあ俺たちのように、毎日ダンジョンもぐって成果を食べてる人間は気にしなくても良いかもしれない。

 あるいは、いつか引退したときに一般人に戻れる保証を得たと考えるべきか? 先の話か。今考える必要も無い。……うん、まてよ?

 

「ダンジョン入らなくなったり、食べるのを止めたらマナが抜けるなら……訓練そのものに問題が出ない? お巡りさんとか自衛隊員とか、普段はダンジョンから離れるでしょ?」

「そうですね。なので訓練がてら、各地のダンジョン管理に参加してもらえば良いかと。管理者不足、人手不足の解消になりそうですね」

「……マリアンヌさん。それ、上の人に伝えました?」

「もうとっくに伝わっていますよ。ダンジョン発生から十年……十一年ですか。それだけ経験を積めば、学びもあるというものです」

 

 なるほど。知識や経験を積むには十分な時間か。国も、そこに所属するハンターも決して無能ではないと言うことだ。

 

「まあ最悪、蟻パンだけでもマナの維持は出来ますから。この国のマナ拡散向上に期待が持てそうですわ」

「あれかあ……まあ、印象が悪い以外は問題ないですもんね」

 

 乾燥したビッグアントを粉にして小麦粉に練り込んで焼くパン。味は普通のパンとあんまり変わらない。でも栄養はあるし、マナも混ざっているという。

 

「しかし、そんな余裕があるんですかね? 警察に。いろいろ手が足りていないとずっと言われてきたわけですから」

 

 健平(けんぺい)さんがそんな疑問を口にする。確かにその通りだ。ダンジョン発生からこちら、ずっといろんな対応に追われ続けていた。状況が好転していないのに、ここで手を広げる余裕があるのか?

 その疑問を答えるのは、やはりマリアンヌさんだった。

 

「余裕がなくなったからこそ、という話です。景気低迷、治安悪化、外国からの介入……もっと俗っぽくいうと、支持票の低下です」

 

 ああー、とその場の全員が納得と呆れを声に出す。そういやそうだった。選挙のたびに、現状の不満が政治家にぶつけられている。当然それは投票数に反映されているわけで。既存の与党も野党も軒並み支持率を落としている。

 そして代わりに台頭するのが、時代のニーズにマッチした政党だ。それがどれほどの実力かも分からずに、聞こえのいい言葉に民衆は群がってしまう。

 

「何年前だっけ? なんか胡乱な政党が議席獲得しちゃって話題になったやつ」

「ありましたね。ダンジョンへの積極的対処を掲げて、一部で熱狂的支持を受けている所です。名前はたしか、達成党でしたか」

「ぱっとしない名前だな……道理で思い出せないはずだ」

 

 よくもまあそんな名前で議席が取れたものである。いやまあ今まで日本で立ち上げられた政党の名前を調べると、結構色々出てくるんだが……それはともかく。

 達成党に関しては勝則の話の通りだ。ダンジョン管理にもっと予算をと街頭では叫び、ハンターの育成、ダンジョンアイテムの積極的収集のため法律を作ろうと活動する。ダンジョンカンパニーにとって都合の良い政党、のように見えるのだが。

 

「実際、あそこってどうなのかね?」

「ハリボテですよ。中身が何もありません」

 

 マリアンヌさんが、バッサリと切って捨てた。里奈さんもびっくりの切れ味である。

 

「ハンターやダンジョン管理者、そしてダンジョンカンパニーを票田として狙っているだけ。ちょっと時代の流れに乗れてしまったので、議席が取れてしまいました。ですが実力が全くないので、具体的な活動がろくにできていません。議会でもやってることはそこいらの野党と同じ。与党の揚げ足取りだけですよ」

「ですよねー。一応国会中継とかチェックしてましたけど、全然ぱっとしないと思ってたんですよ」

 

 小百合が首を横に振りながら同意する。やはり期待できる政党ではないらしい。

 

「そんな残念な政党が議席を取ってしまうほど、現状の支持率はよくありません。このままではさらに達成党に支持が集まり、それを操りたいと企む連中が群がってくるでしょう。その末は国の破滅。流石にもう、悠長にしていられる時間は無くなったというわけです」

 

 マリアンヌさんの説明を聞きつつ、しかし首をかしげる俺がいる。民主主義政治というのは、時間のかかるシステムである。国民の支持を受けて選ばれた政治家が集まり、国を運営していく。独裁者による暴走を止めてくれるが、即断即決はどうしてもできない。

 そして国家が片付けなければならない問題は多岐にわたり、それら一つ一つに向き合っていると時間がいくら合っても足りない。結果速度を求められる問題以外は、どんどん先送りされてしまう。そうしているうちにも新しいトラブルは発生し続ける。かくして問題は渋滞し、政治は進まない。国が動かなければ救えない民衆は放置され、不幸なまま消えていく。

 ……というのは思いっきり悲観的な考えで、実際はそこそこの効率で動いている。にっちもさっちもいかない状態で、国の支援を受けて助かったという人は決して少なくはない。もしそうでなければ、とっくにその国は立ちゆかなくなる。

 貧すれば鈍する。法と秩序が正常に稼働しなくなったとき、無法の暴力が吹き荒れる。人が法を守るのは、その方が楽に生きていけるからだ。ルールを守っても生きていけないなら、それに従う理由が無くなってしまう。

 いろいろギリギリだが、まだ致命的破滅には至っていない。物価は高くなっているが、店で普通に物が買える。物流トラックを襲う暴漢もいない。困窮して商店から金品を奪う物も……まあ希にはいる。平時よりは増えているとは思うけど、でも店を開けないほどではない。大半は普通に過ごしている。

 なので油断は出来ないが、切羽詰まっても居ない。……思い返すと、東京でハンターが暴れていた時代、あれが一番危なかったんじゃないか? 無法時代二歩手前、くらい。暴れてた連中がいなくならなかったら、日本はいったいどうなっていたことやら。

 さて、この国は今そんな状態である。状況は好転していないが、破綻目前でもない。この状態で、政府が国家さらなる負担を受け入れるだろうか? 訓練所? あれはドゥームブレイカーズの穴埋めだろう。ダンジョン管理に手を広げるというのは話が全く違う。

 一体どれほどの人員が必要になる? 費用は? 国民はどう反応し、それへの対応は? 正しく国家事業。一企業ごときでは想像することもできない、大きな金と労働力が動く。

 たとえ支持率が下がっていても、こんな大仕事に手を出すか? と、俺は大いに疑問を覚えるのである。……国が、諸々の面倒があるとわかっても動く理由、か。俺は、隣で澄ましたお顔をされている麗しき魔女へと視線を向けた。

 

「マリアンヌさん、政治家のケツを蹴り上げました?」

「おほほ、今回『は』何もしていませんわ。ただ……私を口実に使ったのかもしれない、という推測はできますけど」

「口実?」

「ははん、なるほどねえ」

 

 察しの悪い俺と、何か分かったらしい正吉さん。彼は思いついたことを口にする。

 

「秘書さんは上の方々に顔が利く……どころか、脅威として認識されている。そんな人が日本の一角で散見されるようになった。あげくに国が関係する仕事にうっすらと関わる始末。一体何を企んでいるんだ! と反応するのは当然と」

「そしてそんな人たちをたきつけて、今のうちに国がコントロールできるハンターをたくさん育成する。そのためならば、ダンジョン管理の手間は許容するべき手間だと……そんな風に誰か、またはどこかの政党が動いたと。まあ、与党ですかねえ」

 

 夫の推測にダニエラさんが続く。それ私の台詞、と正吉さんが残念そうな顔している。ともあれ、大変わかりやすいお話だった。

 

「まあ、私を口実にしても良いのです。上手くいけば、この国の治安が多少回復するでしょうし。先ほど申し上げましたけど、こちらの計画にも良い影響が出るのですから」

「……上の動きは、それだけに収まりますかなあ。政治の世界は魑魅魍魎がうごめいておりますから」

「そうですね。なので対応できるよう、常に備えておりますよ」

 

 正吉さんの心配も、笑顔でそう言ってのける。まったくもって、頼りになるお方である。こっち方面ばかりは、俺らも手の出しようがないからなあ。

 

「このまま訓練の方が落ち着くのでしたら、あのお話も受けるということになるのですかね?」

 

 健平さんが、湯飲みを机に置きながらそう話題を出してくる。本当は明日のミーティングで相談しようかと思っていたのだけど、今でいいか。

 

「スペクター討伐への参加依頼……いけるかな?」

 

 ダンジョンに極稀に現れるイレギュラーモンスター。それがスペクターである。非常に発生確率が低く、一年に一度か二度。国内のどこかのダンジョンで発生する。それぐらいのレアモンスターだ。最近、マリアンヌさんにその正体を聞いた。なんと、蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)から紛れ込むモンスターらしい。

 身体の全てがマナでできているこのモンスター。あちらからそれを吸収する過程で紛れ込んでしまうのだとか。一応フィルタリングをしているので、現在の出現率になっているとのこと。それでも防げない厄介な奴なのだ。

 一年前ハンターとして駆け出しだった頃、俺たちのダンジョンにこれが発生した。本当に大変だった。物理攻撃が一切効かない、厄介極まる特性を持っている。マリアンヌさんの助力をもらえなければ、今頃どうなっていたことか。

 さてそんな最悪なアレがこのたび、大量増殖しているダンジョンが発見されたとのこと。しかも県内である。どうも、洒落にならない数に増えているらしく対処に手間取っているらしい。

 当然だろう。アレを倒すには、魔法、アビリティ、プラーナ、そして魔法のかかった何かが必要である。マリアンヌさん曰く、魔法さえかかっていれば日用品であっても殴れるらしい。まあそれは極端な話だけど。

 そのいわゆるファンタジーなパワーなのだが。我が社のハンターが当たり前のようにそれらを使うので勘違いしそうになるけれど、一般的にはレアなのだ。普通のハンターカンパニーでも、エース級がやっと持っているレベル。複数いるなんて、アサナギのような大きな所でないとまずありえない。

 ウチが例外的に多いのはまあ、いろんな理由がある。ダンジョン食材優先、マリアンヌさんと一樹さんの助力、崑崙マーケット、ハガクレ計画……これらが混ざった結果、こんな結果となっている。

 改めて考えると、その異常さに驚きを覚える。俺は出来ることをコツコツやっていただけなのに、気がついたらこの状況である。何なら定期的に目をそらしているまである。無理だよ怖いよなんだよこの有様。元サラリーマンの許容範囲なんてとっくにオーバーしているよ。

 でもね、人間慣れるもの。なんなら慣れなくても勝手に時間は過ぎていく。なんとなく、この先はもっとえらいことになっていそうなんて予感もしている。そしてそれも目をそらす。目の前の仕事と社員の生活が優先である。

 話が盛大にそれた。とにかく、我が社はスペクターの駆除に極めて有力な戦力を保持している。請け負うに足る実力は間違いなくある。

 問題は、労力である。まず我が社には、通常の仕事がある。ダンジョンの管理。モンスターを倒して、それを持ち出す。週に一回、マジックアイテム探しもしている。

 コレに加えて、訓練所の手伝いまである。粒ぞろいの社員だが、数がたくさんというわけではない。正直ギリギリだ。これ以上はパンクする……全部一度にやれば、だが。

 

「ダンジョン管理の方、地下二階までに限定すればかなり手は空くよね」

「そうですね。二つのダンジョンにそれぞれ五人居れば、十分です」

 

 勝則が太鼓判を押してくれる。ケイブチキンを倒し続けていれば、現状維持は可能だ。もちろん地下三階より下のモンスターは増えるが瞬く間に倍増、なんてことはない。スペクターの退治にどれほど時間がかかるか分からないが、変化があっても対応は可能だろう。

 問題は訓練所の方だが、こちらも十人程度いればなんとかなる。何なら、ダンジョン管理のメンバーも近くで活動させればいい。その分だけ、いざという時は手数になる。それこそスペクターが沸かない限りは。

 まあそれでも、撤退くらいは出来るだろう。いざとなればマリアンヌさんの魔法でひとっ飛びすればいい。ダンジョンの中ならそれも可能だ。

 

「返事を保留してたけど、何とかやれそうだしOKしようか」

「上への点数稼ぎはこまめにやっておきたいよねえ。変に絡まれたときの保険になるし」

「それもあるんですけどね、正吉さん。現場にドゥームブレイカーズが出張ってるんで、割と身内案件でもあるんですよ」

「あー、そうだった。これは失敬」

 

 そうなのだ。すでに二週間以上、里奈さん達はスペクター退治にかり出されている。他にも仕事があるので、フルメンバーでないというのも手間取っている理由の一つらしい。……こうしてみると、やはり緊急事態に対応できる手数が足りていないように思える。早く訓練所を本格稼働させて、状況を改善してほしいものだ。

 なにせ週一で帰ってくる里奈さんが、毎回ヘロヘロなのだ。笠間の件が無ければ、もっと早く参加したいと思っていた。

 

「テレビでやってましたけど、今回の……スペクター? の、お仕事はずいぶん大変なんですね。大騒ぎになってましたから」

 

 陽子さんの言葉通り、現地は大変なことになっている。何故かというと、場所が観光地だから。そんなところに、モンスターの異常発生。ダンジョンブレイクは起きていないが、相手が相手ということで警報が出てしまった。

 現在は夏の行楽シーズン。温泉と海水浴場のある場所だ。本来ならお客さんで賑わっているだろうし、予約も一杯なはず。それがこれである。ホテルもお店も、生活が立ちゆかなくなるレベルの大損害だろう。まあ政府からの支援が出るらしいので、それに頼って貰うしかない……あ。

 

「俺、思いついたんだけどさ。こんなのありかな?」

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