【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
数日後、時間は昼前。陽光が肌を刺すような強さで降り注ぐ。いよいよ夏本番、遠くからセミの声が聞こえてくる。俺はレンタルした大型バスから降り立ち、大きく伸びをした。
地元からバスに乗って数時間。道中は道が混んでいるということもなく、無事にここまでやってこられた。
「うっわー……人が居ない観光地って、どうしてこう寒々としてるんスかねえ。空気はこんなに暑いのに」
同じくバスから降りてきた流が頬を引きつらせながらそんな事を述べる。何十台も車を駐められる駐車場は、ガラガラの状態。周囲も、ほとんど人の気配がない。これがシーズン中の観光地の姿かと思うと、本当にぞっとするものがある。
「はやくスペクターを根絶やしにしないとな。これはあまりにも酷すぎる」
「そーッスね。エグいっスよ。笑えねー」
そんなやりとりをしつつ、ホテルの中へ。冷房が効いていて心地よい。ロビーはがらんとしていて、スタッフ以外の姿は……一人だけ。
「里奈さん、おまたせしました」
「社長さん、みなさん。おまちしてましたー」
ソファーでジュース片手にくつろいでいたのは、戦闘服をきっちり着込んだ里奈さんだった。愛用のグレートソードは……見えないな。車にでも置いてあるのか?
「チェックインして荷物を置いたら、すぐに降りてきますので」
「はーい。待ってまーす」
「あ、社長。黄田さんから連絡が入りました。あちらも無事到着だそうです」
「お。それはよかった」
小百合の報告に親指を立てる。……この仕事を請けるとき、俺は一つ思ったのだ。『観光地がガラガラなら、俺らで利用してもいいんじゃないか?』と。半分は同情である。未来の見えない不安と絶望はよく知っている。同病相憐れむと言うわけではないが、気づいてしまったからにはなにかできないかと思ったのだ。
そんなわけでとりあえず、俺たちハンターの泊まる宿は警報が出ている地域内とした。近場でアクセスしやすいし、お客がいないだろうと思ったから。連絡してみるとやはりというか当然というか。予想通り、予約は全てキャンセルとなっていた。
俺たちの宿泊予約は、大いに喜ばれた。スペクター退治のためと話したら、スマホごしに歓声が聞こえてきたくらいだものな。そこそこの人数が飛び入りで予約だというのに、即座に対応してくれた。あちらもそうだろうけど、こっちもありがたい話だった。
さて、黄田さん達の方についてだが。俺はこうも思ったのだ。『せっかくだから、社員旅行もやっちゃえばいいんじゃね?』と。こっちを話したとき、わりと賛否両論だった。いや、否の方が多かった。
『警報のせいで観光をキャンセルさせられた人たちからクレームが来そうですね。もし私が同じ立場だったらSNSで呟きます。捨てアカで』
小百合のコメント。SNS云々の所は冗談だと思うが、確かにそう思う人は間違いなく居るだろう。安易な考えすぎたか、と反省を覚えた。ところが。
『でもアイデアは悪くないと思います。警報地域が問題ならば、その近隣を調べるのはいかがでしょう。きっとそこでもキャンセルは出ていると思うのです』
ダニエラさんが助け船を出してくれた。試しに旅行サイトを検索してみれば、やはりそれなりにキャンセルは出ているようだ。滑り込みは可能だし、クレームもこない。お客さんが増えて観光地もにっこりだ。
『流石に全員は、無理なのでは? 仕事もありますし』
『スペクター退治も時間がかかりそうだから、いくつかに分かれて交代で入ればいいんじゃないかな。予定もあるだろうし』
何せ突発の思いつきだ。社員もその家族も直ぐに行けます、とはならないだろう。そういう意味でも、分けていくのはアリだと思う。というわけでその後は、各所の予定確認と調整をすることになった。
当然のことながら、みんなに驚かれた。スペクター退治と社員旅行、両方一度にやるというのだから当たり前。三郎や憲治などはストレートに「社長バカじゃねーの」とかいってたっけ。ははは、その通りだこの野郎ども。そこは認めるからパートナーからの制裁を素直に受けるが良い。ざまあみろ。
そんな突発のイベントだが、概ね喜ばれた。特に社員の家族達に。やはりこの不景気の時代、旅行なんてのはなかなか行けないもの。温泉と海、さらにはいくつかの観光スポット。それらに行けるのなら、無理な予定合わせも飲めるらしい。
まあ最大の理由はきっと、旅行費がタダだからだろうけどね。そのぐらいは出すとも。足りないというなら俺一人で弾丸サンマ何匹か撮ってきて補填するくらいは喜んでやるとも。
本音で言うと俺は、社員達の働きに正しく報いられているとは思っていない。なんと言っても、ハンターというのは普通の会社員ではない。才能と度胸を求められ、命の危険がある。給料を払えば良いというものではない。俺はそう考える。
さらに言えば、一般のハンターとは違う負担までかけている。崑崙マーケット、ダンジョンの秘密、
俺は良いんだ。俺は良いんだ。惚れた女のためならば、命を捧げて悔いは無い。……わお。俺、今本心でこれ言ったぞ。自分でも驚きだ。こんなことを思える日が来るなんてなあ。
話がそれた。ともかくそんな感じで、もっと報いるべきだと考えている。この社員旅行が、少しでもそれになってくれれば良いのだが。
……あと、不安が一つあったんだ。社員の家族達は、スペクターの警報が出ている地域の近くで楽しく観光してくれるだろうか。そもそも旅行に来てくれるだろうか。……杞憂だった。どうしても予定の合わない一部以外はほぼ全員参加くらいのレベルだった。
『ハンターの家族はキモが太くなるのかね?』
この集まり具合にそう俺が漏らすと、少し呆れたような声が返ってきた。
『単純に、慣れただけかと。これまで幾度か食事会もしましたし、ダンジョン食材も渡しています。一般人よりもダンジョンに関するものに触れる機会があった。そして信用もされている。……もうすこし、ご自分のなされていることに自覚をもってください、社長』
『十分持っているつもりなんだがな、かっつん』
『足りておりません』
とまあこのように叱られてしまった。ううむ。と、まあそんな流れで突発社員旅行は計画され実行となったのである。家族たちは黄田夫妻の先導で楽しくやってくれるはずである。あ、もちろんパートや食堂の面々も招待しているよ。仲間はずれなどない。
それどころか、今回はおまけまでいるのだ。
「うーし、頑張って働くぞぉ」
荷物を部屋に置いて、装備を調えロビーに集合。社員達の中に、とびきり軽装の者達がいる。
普通、他社の社員旅行によその人間が付いてくるか? と疑問を持つだろう。だけど彼らは半分身内みたいなもの。土日に細々とした手伝いをしてくれるし、ダンジョンにも入ってくれる(コレが正直とても大きい)。
無理矢理有給とって来たことだし、今更ダメというのも気が引ける。ダンジョンの手伝いするなら、一泊二日ぐらいの旅行費ぐらいもつよ、ということにした。あ、これ俺のポケットマネー。流石に会社の財布からは出せないもの。まあ内緒だけどね。
「うっす。ちっとやべーモンスターって話ですからね。気合いを入れます」
隣で気炎を上げるのは、四月に入った新入社員の
「はーい、それではダンジョンに移動しまーす。車まで着いてきて下さーい」
里奈さんの先導で、社員達が移動を開始する。さてさて、久方ぶりのスペクターだ。……かつては本当に苦労した。今回はどうなるか。
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ダンジョンは観光客の訪れる場所からやや離れた場所にあった。不幸中の幸いだろう。これがど真ん中だったらそこの集客は絶望的となっていただろうから。
「おまちしていました、みなさん」
「道明さん、お疲れ様です」
今回もドゥームブレイカーズのリーダーとして彼が現場を取り仕切っているようだ。天幕の中に大型のエアコンが置かれている。しかし夏の暑さには対抗し切れていないため、なんとも生暖かい空気が充満している。外よりはかろうじてマシ、かな。
見知った顔はあまりない。やはり今回は人手が足りていないようだ。そりゃ里奈さんもあんなに疲れるはずだよ。
「それで、状況はどうなんですか?」
細かい状況は現場で、という話だったのでここで早速問う。彼は額に皺を寄せて絞り出すように答えた。
「……地下二階から、みっしりです」
「みっしり」
聞きたくない表現が出たな。……そうかー、スペクターがみっしりかー。
「やばくないですか?」
「正直、自分がダンジョンに関わり初めてトップレベルのヤバさです。レッサードラゴンが地上に出てきたときよりもまずい」
「わお」
日本の歴史にがっつり刻まれてしまった大惨事。戦車が何台もぶっ壊され、被害者も多数出た。ついでに言えば、里奈さんの名声が不動のものになったのこの事件を解決したから。レッサードラゴンに正面から挑み、首を落としたのが全国中継されたのだ。
……そういえば去年、それの編集された番組を録画したっけ。もはや懐かしさを覚える。ともあれそうして彼女は勝利の女神、日本の守護神、我らが断神様、となったのである。
「とにかく、増殖が押さえきれていません。このままでは、地下一階にまででてきかねない。日本初の、スペクターによるダンジョンブレイクが目の前まできています」
「……なんでこんな状況なのに、ドゥームブレイカーズとほかのハンターが少ないんですか」
いや、ダメだろ。コレ本気で、日本の危機だぞ。まあスペクターはマナが無いと増えられないから、地上で倍々になったりはしないだろう。この先、マナ格差が是正されたら別かもしれないけど、今じゃない。
俺の疑問に対して、道明さんはさらに険しい顔になった。あらやだ嫌な予感。
「……これは秘密にしておいてほしいんですが」
「聞かないことにしていいですか」
「すみませんが、ご容赦願いたい。場合によっては、魔女殿のお力を借りる事態ですので」
「あら、そこまでですか」
ここまで静かにしていたマリアンヌさんが答える。魔法で気配を消しているあたり、何かに気をつかっているようなんだが……。
「向こう側のモンスターらしきものが、日本各地で確認されています。ウチのメンバーの大半とアサナギ、そして竜宮グループはそっちに出張っているんです」