【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
ちょっと意識が飛びそうになった。春の終わり頃に遭遇した、四腕トロールの戦士クワット。彼が唯一無二の例外などとは考えていなかった。
対処しなくてはいけない。俺たちだけではとても無理だから、知識だけでも得てそれを関係者に伝えなくてはいけない。だからこそ遠征計画を準備していたのだが。俺たちが動く前に、またもあちら側がアクションを起こしたらしい。
やっぱり、所詮我が社は地方の一企業。組織力はあちらの足下にも及ばない。そもそも、どれだけの組織、人員が動いているかもさっぱりなのだ。やはり早急にあちらへの偵察は行わなくてはいけない。
「侵攻は、そんなに多いんですか?」
「幸いにも、それほどでも無いです。今のところ北と南、二カ所ずつ。ただまあ、これは発見できた場所なので見落としがあるかもしれない。人手はその確認に費やされているという感じです」
「うーん、なるほど」
それならば、この人手不足も納得だ。納得だが……本当にやばいぞ。果たして、我が社だけで対応しきれるのか? いやまあ、切り札たるマリアンヌさんと一樹さんがいるから、最悪の事態は回避できる。それはほぼ間違いは無い。
問題はそのあとで、確実に今後の活動に支障が出るんだよな……。だけどここでイモ引くのも間違っている。会社の名誉も傷つく。やっべえ、マジで詰んだか?
「それにしても、社長が来てくれて助かりました。アサナギと竜宮が主力を送ってくれたんで、皆で力を合わせれば打開できるかもしれません」
「え?」
脂汗流してたら、道明さんがそんなことを仰る。ほぼ同時に、音を立てて天幕の仕切りを越えて複数のハンター達が入ってきた。
「お。ミナカタさん、来てるぅ! いっやー、助かった」
「貴方たちは……アサナギの」
見覚えのある人たちだった。それこそトロールと戦ったとき、一緒にダンジョンに入ったアサナギ所属のハンター。しかも彼らは、大変特徴あるエースの周囲で騒がしかった……もとい、戦っていた人たち。
「たしか、皇帝陛下の……」
「押忍。自分ら、こういうものです」
なんと彼らは、ハンターには珍しく一斉に名刺を取り出して差し出してきた。なんと横一列に並んで。なんと整った差し出し方か。絶対練習してたぞこの人達。しかし、一斉に取り出されると誰から受け取れば……。
「社長さん。俺たちの名刺を見てください」
「え? あ、はい。えーと……んんん!?」
そこには、このように書かれていた。
『アサナギインダストリー ダンジョン対策部 暗黒四天王フレイム
『アサナギインダストリー ダンジョン対策部 暗黒四天王フロスト
『アサナギインダストリー ダンジョン対策部 暗黒四天王ウインド
『アサナギインダストリー ダンジョン対策部 暗黒四天王ソイル
「名字かぶりが二名ずつ……あ、名前もなんだか似ている!?」
「というわけで、会社でももっぱらあだ名の方で呼ばれてます。ぶっちゃけ俺らもその方が楽なので」
「俺らの他にも鈴木や佐藤はいるんですよ。鈴木さーん? どの鈴木ー? フロストの方ー。あ、俺ね、と。ガキじゃねーかって笑われますけど、ここまで来るともう持ちネタですよ」
明るく笑う鈴木……いや、フレイムさんとフロストさん。他の方々も笑顔を浮かべている。ちょっと分かる。我が社も人が増えてきたから、ぼちぼち名字かぶってる人いるもんな。特に日本で一番多い三つは。
そしてふと、四名の後ろで気持ちうつむいている男性がまだ名乗っていないことを思い出した。なんというか、普通の人である。十人集めれば一人は居そうなくらい。痩せても太ってもいない。背が高くも低くも無い。ハンターだから多少鍛えていると思うけどマッチョじゃない。
顔も悪くないが、ハンサムでもイケメンでもない。強いて言えばちょっとだけ可愛い? 二十代後半っぽく見えるが……うん? どこかで見たような……あ。
『アサナギインダストリー ダンジョン対策部 暗黒皇帝
気づいたのと、名刺が差し出されたのは同時だった。
「皇帝陛下!」
「すみません。ダンジョンの外なのでどうかご勘弁を。妻も子供もいるんです……」
おおっと、羞恥心で赤くなった顔を両手で覆ってしまった。フレイムさんたち、それ見てゲラゲラ笑っている。部下じゃないんか……ないんだろうな。どちらかと言えば友人か。それにしても、若く見えるな佐藤さん。前に聞いた話じゃたしか三十過ぎているはずなのに全然そう見えない。
とりあえず皆様の名刺を両手で受け取り、自分の物をお渡しした。持ってて良かった。数も足りて良かった。補充しておかないと。
「とりあえずここには、俺ら五人が来ました。家も通常の仕事もあるんで突発の方に全力は厳しいって感じなんですよ」
「いえいえ。大変心強いですよ……えー、ソイルさん」
「ははは、俺だけ三文字だからちょっと覚えやすいでしょ?」
「クソ、あいついっつもそれで個性出してきやがる」
「地味属性のくせしやがって」
「やっぱ炎が最高だよな」
「あ? ザコだろ?」
「やんのか? お? やんのか氷野郎、溶かすぞコラ」
「皆、その辺で。よそ様の前なんだから」
あ、皇帝陛下がじゃれ合いを止めた。うん、別にガチの喧嘩って感じじゃなかったし、ふつーに眺めてたわ。うーん、うちの歩が見たら嬉々としてネタにするんだろうな。あとで教えておこう。
しかし、陛下とそのお仲間だけか。あのドチンピラが来なかったのは……うん、やっぱり良かったと言うべきだな。アレも魔法が使えるが、和を乱すのが落ちだ。
「邪魔するでー。……なんや、ここもたいして涼しくないやんか」
そんな話をしていると、さらに二名が天幕に入ってきた。うんざりとした声をあげたのは、髪をオールバックにした三十代の男性。彼のことも、もちろん覚えている。
「あ、
「おー、ミナカタの社長さん! やー、暑くてかないませんな」
「これは入川社長。お疲れ様でございます」
そんなことを考えていたので、現れた彼女の姿を見て二度びっくりしてしまった。一つは、ここに居るべき人物ではなかったから。もう一つは、その姿にだ。
「
虎井さんの後ろにいたのは
ちなみにデザインは、里奈さんのそれに近い。かなり、男性の視線を集めるタイプだ。俺は理性を総動員して、そういった気持ちにならないように努めた。だってさ、目の前にウルトラ怖いボディガードがいるんだよ? 邪な視線を向けたら、間違いなくぶん殴られるじゃないか。
「私、これでもハンターとしての心得がありますのよ? 人手が足りないというお話ですし、ここは一つお国のために頑張らせていただこうかと」
「いやいやいや、危ないですから。……虎井さん!?」
「……お嬢のお言葉は絶対なんや」
わあ、厳ついハンターが干し柿みたいにしわしわのよれよれになってる。だめだ、当てにならん! 俺は大いに焦りながらなんとか翻意を促そうとする。いやだって、流石に止めないとダメだろう。ほんの数体のスペクターでさえ十分脅威なのに、それがみっしり居るんだぞ。どんな事故が起きるか予想も付かない。
「どうかお考え直しください。スペクターは普通のモンスターじゃ……」
「ご心配なく。これでも退治した経験がございますの」
「え。マジ……本当ですか」
首を巡らせてそちらを見れば、虎井さんが渋柿口に含んだような表情で頷いている。まじかー……止めなかったのかよ、そっちの会社の人たち。
「これでもマナは一流ハンター以上とお墨付きをいただいております。虎井さんもおりますし」
「そうは仰いますが……お立場というものがございますでしょう? 竜宮グループのトップが、ダンジョンで戦って万が一があっては」
「あら。それを仰るならご自分だって社長というお立場でしょう?」
朗らかに笑いながら竜宮代表がそう述べてくる。一瞬、言葉が詰まった。言われると確かにその通りではある。それでもここで言い負かされるわけにはいかない。さらに言葉を絞り出そうとするが、口を開いたのは相手の方が先だった。
「自分の身は守れますし……失礼ですけど入川社長より強いですよ、私」
先ほどとは違って、不敵な笑みを見せてくる。いよいよ持って、ぐうの音も出なくなった。うん、確かに俺はダンジョン経験一年ちょっと。業界ではまだ新人だ。西日本一のカンパニーのトップに物言える立場じゃ無い。ハンターとしても、社長としても。
「……失礼しました。ご無礼お許しください」
俺は深く頭を下げた。腰を九十度に曲げて、誠心誠意。冷静になってみれば、大変失礼なことをしてしまった。いくら心配でも、限度がある。日本のハンター業界を引っ張る大先輩である。ダンジョンやスペクターの危険など、理解していて当然。そんな方に危険だなんだのと、身の程知らずにもほどがある。
「いいえ。分かっていただければ十分です。それと、心配して下さってありがとうございます。ウチのおじさん達……幹部たちも、これぐらいならいいんですけど。ねえ、虎井さん?」
「お嬢……兄貴たちにお嬢を心配するなってのは、死ねって言ってるようなもんですぜ。あの人達がどんだけお嬢を思っているか」
「分かってますけど、私にだって考えがあるんです-」
「ですー、って。勘弁して下さいよお嬢」
「代表です」
どうやら、機嫌を損ねてはいないようだ。ああ、我ながらやらかしたな。ウチの社員が居ない状態で良かった……いや、道明さんはいるか。
「東西の精鋭に、ミナカタの人員。これでどうにか、状況を改善する目処が立った……ああ、よかったぁ」
日本の英雄たる剣聖殿が、胸を押さえながら大きく安堵の息を吐いた。……胃、かな? さぞかし心労が貯まっていたのだろう。心中お察しする。
「それじゃあ、さっそくですけど一回入ってみましょうか」
竜宮代表の言葉に、俺たちはそれぞれ頷いて見せた。