【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

122 / 135
第122話 みっしり、亡霊の迷宮

 ダンジョンには、夏の暑さは入ってこれない。汗ばんだ肌も、涼やかな空気に冷やされる。下手なクーラーよりよほど涼しい。代わりに命の危険があるのが、どうしようもなく玉に瑕なのだが。

 

「闇よ……我が元へ集え……」

 

 階段を降りきったところで、アサナギの佐藤さんがうつむきながらそう呟いた。いや、今からはこう呼ぶべきなのだろう。

 

「我が名は、暗黒皇帝(ダークエンペラー)!」

 

 そうアビリティの名を叫ぶと、彼の周囲に暗闇が現れた。……改めて考えると凄いというか変というか。アビリティの能力というのは方向性がある。その名前から連想されるパワーが発現するものなのだが、彼のそれはあまりにも応用の幅が広すぎる。

 あの暗闇はいいんだ。敵へ認識阻害を引き起こす防御の力。暗黒って感じでイメージにぴったりだ。しかし、ファイアーだのサンダーだの叫んで敵を攻撃するあれはなんだ。世界の歴史を紐解いても、そんな愉快な皇帝はフィクションしか出てこないぞ。たぶん。

 おそらく彼もアビリティを成長させた人間なのだろうが……どうやればそれが出来るのやら。俺もそれができれば……。

 

「社長、それでは」

「おう。後ろは任せたぞかっつん。シールド部隊、前へ!」

 

 俺とほかの数名が、木製の盾を構えて一列に並ぶ。この盾は、ファングツリーで出来ている。制作は、崑崙マーケットの職人さん。かのモンスターを取引するようになって友好を深めた結果、こんなものを作ってくれるようになった。

 ファングツリーは、魔法の触媒としてとてもよい素材らしい。触媒、というのはまあ簡単にいえばプラス効果を与えてくれるものとのこと。でもって、これで盾を作れば魔法攻撃を防げるよ、という話だった。

 いつスペクターが現れるか分からない。「蛮族」から魔法を使う相手が進攻してくるかもしれない。迎のようなチンピラハンターにまた襲いかかられる可能性だってある。

 あって損はない。我が社はファングツリーを倒すたびに、少しずつこの盾の備蓄することにした。それが今回、日の目を見ることになったのである。

 

「社長、コレ本当にいけるんですか?」

 

 シールド部隊の予備人員として配置された東松くんがちょっと泣きの入った声で聞いてくる。うむ、信用ならないのは分かる。

 

「安心しろ。すでに実験済みだ。かっつんやサッチーの風と雷は防げたぞ」

「マジっすか」

 

 一樹さんが気合い入れて呪ったら一瞬だったけどな! というのは流石に口にしない。あれはちょっと規格外だ。まあその本人も、十分使えますねと言っていたし……いややっぱ、ちょっと怖いぞ。最悪、またマリアンヌさんの魔法の剣を使うことになるだろう。

 さて一樹さんと言えば、実はここに来る前に軽く打ち合わせしてある。

 

『今回、ちょっと火力多めでお願いします』

『おや。よろしいのですか?』

『流石に、スペクターがみっしりは洒落にならないので。タイミングなどはお任せします。とにかくこの現場を片付けるのが最優先です』

『承知しました。基本的にはフォローに回りますが、毎日必ず数を減らせるようにしてみましょう』

 

 ということになった。彼なら悪目立ちしないよう隠れながら、上手く数を減らしてくれるだろう。コレでスペクターによるダンジョンブレイクの心配は無くなったと言って良いな。

 さて、隊列の話をしよう。先ほど述べたように、最前列は俺たちシールド部隊が務める。その後ろに近接部隊。最後に魔法使い達が控えている。竜宮代表たちは近接に、皇帝陛下は魔法部隊に入ってもらった。

 とりあえず、道明さんの指示に従って地下二階へ続く階段を目指す。

 

「社長、アリどころかこけ玉すらいねーんすけど」

「ああ。スペクターが沸いたダンジョンは、一時的にこんな感じになるんだよ」

「へー……じゃあ、あいつらを上手く使えば、ダンジョン問題解決するんじゃ?」

「……東松くん。なかなか良い発想だと思うよそれは」

「え、マジっすか?」

 

 へへへ、と照れて笑う彼。仲間達もつついてからかっている。俺たちでは出てこない発想だと思う。頭ごなしに否定したくないな、こういうアイデア。

 

「ですけど、肝心のスペクターがあっという間に増えるので現状では机上の空論ですね-」

 

 そして、竜宮代表が現実的な話をしてしまう。ですよねー、と東松君が肩を落とす。実際問題、マナ格差是正という隠れた目標から見るとちょっと難しいんじゃないかな。ちらりとマリアンヌさんへ視線を向ければ苦笑を浮かべていた。あ、やっぱりですか。

 さて、何事もなく地下二階への階段に到着したのだが。

 

「……いるな」

「みっしり、って言ったでしょう?」

 

 少しばかり泣きが入った道明さんの言葉。確かにそういってたけど、まさか地下二階ギリギリいっぱいまでみっしりとは思わないじゃないですかー!

 

「こーれーはー……まず開幕ブッパしないと、二階に降りることも出来ないな」

「その役目、この俺に任せてもらおう!」

 

 威風揚々、意気軒昂。覇気と暗闇を纏って後方から現れたのは暗黒皇帝陛下だった。

 

「陛下、よろしいので?」

「うむ! どうせ二階に降りてしばらくは橋頭堡の確保に注力することになろう。盾と剣がその主力となり、我らは手持ち無沙汰となる。ならばここで力を発揮しても、休憩は可能と見た。俺だけでなく、ほかの者も使うと良い」

「ヒュー! 流石陛下、なんて冷静で的確な判断なんだ!」

 

 フレイムさんが賞賛の声を上げる。我が社の社員もちょっと釣られてる。これが四天王か……戦意高揚にはアリだな。我が社じゃちょっと採用できないけど。

 

「陛下のお言葉には一理あると思うんだが、かっつん、サッチーどうだ?」

「そうですね。もちろん余力は残しますが、初手は自分たちがやるべきかと」

「どうでも良いんですけど、みんなノリが良すぎませんか?」

「だって楽しいじゃん」

 

 大変な仕事なのだ。気持ちよくやりたい。女性陣がそこそこの割合で苦笑しているけどね。まあそこは、許していただきたい。男はバカな生き物なので……それを言い訳にしすぎると見捨てられるか。気をつけよう。

 さて、そういうことになったのでまずは暗黒皇帝陛下の一発から。

 

「闇よ……闇よ……闇よ! 我に従い、愚か者共に滅びを与えよ!」

 

 おお。皇帝陛下の周囲にある暗闇が、一層濃いものに。それが数秒をかけて一点に集中していく。それを掴み、暗黒の球体を階段の下方へと投げ込む。

 

「ダークネス・バスター!」

 

 解き放たれた闇の力は凄まじいものだった。さながら塹壕に放り込まれた手榴弾のごとし。真っ黒な爆発が、階段上まで吹き上がってきた。……いや、吹き上がった分威力が逃げたか? どちらにしても、下のスペクターにはダメージになったはずだ。

 

「次! かっつん、サッチー!」

 

 素早く二人が階段を駆け下りていく。その後も、魔法部隊の一部が交代で攻撃を仕掛ける予定になっているが。

 

「あれ、陛下?」

 

 見れば、ちょっと離れた所で彼が膝を抱えてうずくまっている。纏っていた闇もすっかり消え去って、中の人がよく見えた。

 

「三十半ばにもなって、闇だの皇帝だの……娘に見られたら一体どうしよう。ご近所さんや親にも顔向けが……」

「あー。陛下の必殺技、あれレッサードラゴンもひっくり返す威力なんですけど欠点がありまして。あの通り、一発使うと三分くらい元の佐藤さんに戻っちまうんです。後その間、羞恥心で落ち込みます」

 

 フレイムさんが頭をかきながら説明してくれる。うーん、強いけど大変だな、彼。見やれば、ほかの四天王の皆さんがフォローに入り始めた。

 

「大丈夫っすよ佐藤さん。頑張って働いてるんですから、娘さんだって分かってくれますよ」

「近所とか両親とか気にするな。どうせダンジョンには近づいてこないぞ」

 

 手慣れてるな……嫌そうな顔もしていない。まあ彼の事を好んでいなければ、四天王なんてやってないか。 

 下からは冷たい風と鋭い稲妻の音が響いてきている。そうかと思えば次のメンバーが下へとまた向かう。……そろそろ出番かな。

 

「社長! 大穴が開きました!」

「ようし! シールド部隊前進! 俺に続けぇ!」

 

 えいさほいさ、と駆け下りる。今回、防具は最低限である。なにせ奴らの攻撃はマナによるものだ。普通の防具は意味を成さない。初めて見たとき、普通のプラスチックの盾で防ごうとしたっけなあ。勝則が居なければ危なかった。

 地下二階の入り口には、なんとも言えない気配が漂っていた。おそらく、倒されたスペクターの残滓だろう。盾を構えて飛び込めば、そこにはぞっとする光景が広がっていた。

 

「うわあ、みっしり」

 

 人形の黒いガス、スペクター。それがほんの十歩先に、十重二十重と居並んでいるじゃないか。多分奥にも、山のようにいるに違いない。俺は迷わず、盾を構えて突進する。相手に対応する時間を与えてはいけない。

 

「おっしゃあ!」

 

 手応えはさながら、水面を板で叩いた感じ。同時に、目の前のスペクターが大きく揺らいだ。うん、この盾はスペクターに効果ありだ。

 

「おおおっらぁ!」

 

 三郎くんなど、体格に優れた者達が次々と俺に続いてスペクターに突撃する。そして作られるのは壁だ。とにかく、戦える場所を作らないと話にならない。

 

「やぁっ!」

 

 里奈さんのグレートソードが、俺の隣をすり抜けて突き込まれる。当然その先にいるのはスペクター。魔法の剣に触れたガスが、形を失って消えていく。俺たちが防ぎ、近接部隊が横から消していく。コレが今回のフォーメーションである。

 では、魔法部隊が何をするかというと。

 

「ミスト!」

 

 魔法でできた霧が、後方のスペクター達を包み込む。ただ視界を塞ぐだけの魔法だが、これがスペクターたちにてきめんに効果的なのだ。連中はマナで構成されているから、別のマナが周囲にあると動けなくなる。かつて俺たちが自宅のダンジョンで見いだした攻略法が、ここでも効果を発揮した。

 

「うわあ。本当に効果あるんだ……もっと早く知りたかった!」

 

 道明さんが嘆いている。一応、今回の事件が発覚してから伝えてあったのだが、論理魔法を使える人が現場に居なかったそうな。

 

「とはいえこの量ですから……交代でやっても、それほど長くは出来ませんよ!」

 

 魔法を使っている勝則がやや苦しげにそう叫ぶ。普段涼しげに何でもこなすあいつがああまで言うのだ。これは悠長にしていられないな。

 

「魔法部隊はミストに注力! それ以外は撤退の時に取っておけ! 近接部隊! どんどん突け! 切れ! やっつけろ!」

「「「おおおッ!」」」

 

 奇妙に静かな戦いが始まった。何せ騒ぐのは俺たちだけ。スペクターに声はない。悲鳴もない。音もなく消えていく。しかし油断できる相手でもない。盾の壁を抜けた一匹のスペクターの腕が無造作に前に突き出される。

 そして拳のあたりのガスが、勢いよく発射された。勢いよく飛んだそれが、後方部隊の魔法使いに直撃。爆発した。

 

「うぁぁぁぁ!」

「フォロー! 救出急げ!」

 

 後方については、仲間達に任せるしかない。俺は必死で、目の前の相手を押さえ込む。しかし突如、目の前で爆発が起きた。盾が手からもぎ取られ、宙を舞う。俺自身衝撃で、ダンジョンの床を転がる羽目になった。

 

「社長!」

「穴を、塞げっ!」

 

 なんとかその言葉だけ絞り出す。苦労して首を向ければ、俺の目の前にいたスペクターの右腕が無かった。こいつらの攻撃はいくつかある。普通に殴る。腕を鞭の用に伸ばす。そして、身体の一部を飛ばして爆発させる。特に最後の攻撃が厄介なのだ。

 ナックルバスター、アームショットと勝手に俺たちが呼ぶこの攻撃。とにかく衝撃力が強い。食らえばこの通り、ひっくり返るしかない。防げなければ、大きなダメージを負う。マナやプラーナのない一般人なら、一撃死もあり得るだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。