【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
ぞろぞろと、無遠慮に声を掛けてきたのは大学生らしいのが五名。日焼けした肌。金髪や茶髪や赤く染めた髪。アクセサリーもそこそこ。ジムに真面目に通ったと思われる、そこそこ鍛えられた身体。うん、海辺だけじゃなくてもモテそうだな。
当然ながら、自分の恋人を連れて行かれるわけにはいかない。取引先の代表もまた同じ。なので一歩前に出る。
「すまないけど、そっちと遊ぶ気は無い。帰ってくれ」
さて。水辺では人の魅力が向上される(ように錯覚する)。海面が光を反射して、普段と違った見え方を与えるのがその理由だろうか。ともあれ、イケメンはさらにかっこよく。美女はさらに魅惑的になる。
では、たいしてツラの良くない俺にその補正はあるのだろうか。多分無い。そんな物に希望を持たない。しかし、違う方面での補正が存在する。ずばり、筋肉である。
普段の仕事で鍛えに鍛えたこの肉体。身につけているのは膝上までのアロハ柄のパンツのみ。いくつかの傷が目立つ、たるんだところなど欠片も無い身体を晒している。
こと浜辺というフィールドにあっては、顔以上に身体が物を言う。筋肉ならこいつらに負けてない。珍しくハッキリと宣言するが、俺の方が勝っている。なのでこいつらもそれを理解して……。
「うわ、なにこいつ。キモい。空気読めてねえ」
「ダセえんだよ。さっさどどこか行けよ」
「なんで一緒に居るんだよ。釣り合ってねえって分かるだろ」
……俺が甘かった。気に入らないこと、受け入れられないものは全部キモい。そうやってけなして笑って冗談に変える。そして一緒に笑わない奴は空気が読めないダメなやつとレッテルを貼る。あとは集団でこき下ろし、尊厳を踏みにじる。
そうだった。この手の連中はこういうのが普通だった。世間一般の良識など知ったことでは無いという態度。ほんの数年前まで、よく知っていたはずなのすっかり忘れていた。さて困ったぞ、どうやって追い払おう。
暴力は論外。大声も場を乱す。プラーナも下手すると警察を呼ばれる。マリアンヌさんの魔法? 確かにそれが一番楽だけど、この場で頼るのも……。
「社長さん。腕に力入れて?」
悩んでいたところに、里奈さんが変なことを言ってきた。分かりやすく、力こぶのポーズを取ってくれている。混乱を覚えるが、とりあえず彼女のリクエストなら応じる。
「腕? ……こうです?」
「そーそー。わー、かっちかちー」
ぐいぐい、と指で押される俺の力こぶ。腕は特に酷使するからどうしてもね。
「観月さんくらいなら、ぶら下がれるんじゃ無いですか?」
「多分できますねえ」
竜宮代表が呑気にそんなことを仰る。目の前の大学生だちなど眼中にないという振る舞いだ。まあ、それは他の二人もそうなんだが。一ミリたりともなびくそぶりがない。何なら顔を向けようとすらしていない。対する相手のお顔はタコのよう。
とりあえず、気持ち腕を上にあげて力を込める。……里奈さんの方が背が高いからね。上手くやらないとぶら下がれないのよね。と言うわけで実行。
「わーい、できたー」
「まあ。小揺るぎもしませんのね」
「流石に振り子のように揺られると辛いですけどね-」
竜宮代表から賞賛を受ける……実はほんのちょっとズルをしている。支えるのは筋肉だけど、こっそり
で、そうやっていると今度はマリアンヌさんが筋肉に触れてきた。ちょっとくすぐったい。
「社長、お肌が最近とても綺麗ですね。ファングツリーの実を適量で摂取している効果がしっかり出ています」
「あくまで疲労回復のためであって、お肌のためじゃないんですけどね」
「荒れていると集中力を阻害しますからね。かゆみとか。健康なのは良いことですよ」
「それは確かに」
そんないかにも真面目な話をしているのに、俺に触れる手つきは絶妙に艶っぽい。それでいて公共の場にそぐわぬ所は一切触れないのだから、流石のテクニックか。ともあれくすぐったいので本当は止めてほしい。まだ里奈さんぶら下げているんだから。
「やっぱりダンジョンで働く殿方の身体は美しさがありますね。単純なトレーニングで鍛えたそれとは、質が違う」
そしてやっと、竜宮代表が大学生達へ視線を向けた。大変冷たい、鋭い目つきで。あんな目で見られたら、この炎天下でも震えが走りそうだ。伊達に大企業のトップやってない。加えてハンターだしな。
そんな彼女に睨まれた大学生達は、少々哀れとすら思えた。まずなんと言っても、俺たちも相手らも衆目を集めている。スマホを向ける人も少なくない。片や美女を侍らせ、片やそれを奪えずにいる。
しかも女性たちからは相手にされない。コレを滑稽と言わずなんと言おう。彼らを笑う野次馬もいるくらいだ。自尊心はさぞかし傷ついたことだろう。もし彼らが本物のバカなら、ここで鬱憤を暴力で発散させようとするだろう。例えば、力尽くで彼女たちを自分たちの側へ引っ張ろうとするとか。
だが、そうはならなかった。竜宮代表が容赦なかったから。
「さて? 私の聞き間違いで無ければ、先ほどずいぶんと失礼な物言いをされましたね? それだけでも品性を疑うのですが、どうやら身の程も弁えていない様子。あなた方、一体どちらで働いていらっしゃるの?」
「お、俺たちはまだ大学生で……」
「まあ! それで生活費や大学費用はご自分で?」
大げさに驚く竜宮代表に対して、彼らはばつが悪そうに口をつぐんだ。そしてこのやりとり中、俺はやっと鉄腕ブランコから開放された。腕がちょっと痛い。
「あらまあ。それでよく社長を侮辱できたこと。恥を知らぬというのは哀れですわ。己の滑稽さを理解できないのですから」
「あの、代表。ちょっとその、手加減を」
流石に見かねて口を出したのだが……左右の二人に止められた。あげく、腕を取られた。何をするのと思ったら、なんと自分の腰に回させたのだ。わあ、両手に花! 完璧なバカ社長の完成じゃないか。額に入れて飾るべきかも。これも一種に恥さらし。
「自ら汗を流して金銭を稼ぎ。仕事を得て雇用を作り。社員に給与を支払ってその家族を養う。社長業とは尊いもの。それをなさっているからこそ、彼を認めた女があのように侍るのです。何もしてない、成せていない男共が並び立てるなどと思い上がりも甚だしい」
ふふふ、冷や汗が止まらない。過分な評価をもらっているし、罵倒の鋭さが洒落にならない。コレがそこいらの連中や、俺の口から出ればタダのケンカになるだけ。しかし竜宮代表のカリスマと美貌があれば、たちまち公開処刑となる。
「で、でも。俺らの方が背も顔も足も……」
「親からもらった特徴でしょう。己の努力がそこにありますか? 見苦しくない格好をするなどというのはマナーです。誇るまでもない。身体的特徴しか口に出来ない時点で負けていると気付きなさい」
あー。いけません代表。完全なオーバーキルです。ダンジョンならモンスターがミンチ肉になってます。持って帰れません。……さて、この状況どうしよう。どうすればコレ解散できるかしら。あと、マリアンヌさんたちがこれでもかと見せつけるように身体を寄せてくるのも精神および肉体によろしくない。ステイ! ノットスダンダップ!
「……こりゃあ一体なんの騒ぎですかの、お嬢」
そして、のっそりと野生の虎が現れた。訂正、野生の虎と見まがう気配を漂わせる男が現れた。西日本最強のハンター、虎井さんである。
「あら、遅かったですわね。混んでましたの?」
「へい。荷物預かり所、大賑わいでしたわ。家族ずれがぎょーさんで。……で? なんじゃおどれら」
「ひぃ、失礼しましたぁ!」
虎に睨まれたら逃げる。当たり前の反応である。大学生たちも野次馬も、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。うーん、貫禄が違う。背丈もあるし、それであの筋肉だものな。
「お手間をおかけしました。虎井さん」
「気にせんでください、入川社長。……それにしても、両手に花で結構なことですな! ぶはははは!」
「いや、これは……あの、マリアンヌさん? 里奈さん?」
「さあさあ、そろそろ海へいきましょう、社長」
「そーですよー。いーかげん暑さで限界でーす」
両手に花状態、強制続行。そのまま、海へ歩くことに。……お嬢様方の機嫌が良いなら、それでいいか。で、ついでなのでちょっと聞いておく。
「マリアンヌさん。認識阻害、弱い感じでやってます?」
「ええ。流石に断神や竜宮代表に気付かれてしまうと大騒ぎでしょうから。個人特定出来ないように軽く。カメラについても、同じように」
「いつもありがとうございます」
できれば、もっとその阻害能力を上げてほしかった。周囲の視線が痛い痛い……んんん? あからさまなパワーを感じるぞ? これは……。
「うごごごごご。うらやましい妬ましい腹立たしい!」
圧を感じてそちらを向けば、悪鬼の形相で俺を睨む宏明の姿が。お前かーい! ええい、無意識に超能力を垂れ流している! 俺で良かった! 一般人が相手だったら事故ってたぞ! とりあえず二人から拘束を解いてもらい、魔剣をビーチボール型にして装備。
「正気に戻れっ!」
「グワーッ!」
宏明の顔面に全力で投げつけてやった。マリアンヌさんの魔剣は物理的威力を持たない。なので怪我もしないのだが、代わりに体内のマナやプラーナを根こそぎ吹き飛ばす。唐突な虚脱感で、宏明は立っていられなくなっている。
「……俺が最後の非モテ男ではない。この世にモテモテ男がいる限り、第二第三の俺が」
「何をバカやってるんですか情けない! 世間様の邪魔です! さあ、こっちいきますよ!」
「え。とわさん。なんでここに……あー、引きずらないで-」
……なんか、いつの間にか居たとわさんが宏明を回収していった。ナンパ部隊も、その後ろについて行く。どうやら、成果は無かった模様。そのまま女性陣と合流しそうだな。
「……なんだか分からんが、とにかく良し、と」
「さー、社長。海ですよ海」
竜宮代表に押されて波打ち際へ。その後は普通に海を楽しんだ。泳いだり、水のかけっこをしたり。……途中でヒートアップして、断神VS関西の猛虎というドリームマッチが発生していたけど。いけません。プラーナの使用はいけません。アビリティなどもってのほか。
ともあれ、大変楽しかった。うん、男として正直に申し上げれば目の保養にもなった。いやあ、ダイナミックにぶるんぶるんしてた。虎井さんに睨まれないよう理性を保つの大変だった。ともあれ、素晴らしい夏の思い出を得た。