【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
春夫達が海辺へ足を運んでいる頃。藤ヶ谷一樹は、一人でとあるホテルへ出向いていた。地元でも有名であり、値段も一般人ではやや辛い。海外旅行者やVIPが利用するような場所だった。
彼は受付で部屋番号を告げ、己の到着を伝えてほしいと願い出た。あらかじめ利用者から話を聞いていたスタッフは、直ぐに対処する。許可を得た一樹はエレベーターへ向かった。
外の風景を楽しめるそれに乗り、教えられた最上階へのボタンを押す。程なくして到着したので、清潔感あふれる廊下を進む。受付で教えられたスイートルームの扉をノック。即座に開かれた扉から現れたのは、鍛えられた身体をもつ白人青年だった。
「ブラザー!」
青年は弾けるような笑顔でそう叫ぶと、一樹の両肩を掴んだ。
「よう、久しぶりだな、ヒーロー」
「ああ、ああ! 間違いなく君だ! やっと会えた! さあさあ中へ!」
引きずり込まれた室内は、ラグジュアリーな空間となっていた。足音が立たないほどに柔らかな絨毯。落ち着いていて、品のある調度品。バルコニーからは海が一望できる。スイートルームという扱いにふさわしい装いだった。
その中心のソファーに、一人の東洋人が深く腰を掛けていた。年齢は一樹と同じくらいだが、恰幅が良い。不健康なほどではないが、太っている。その男がにやりと笑みを浮かべた。
「名前を聞こうか、日本人」
「藤ヶ谷一樹だ。そっちは?」
「
「もちろん。アメリカの英雄。ニューヨークの救世主。ホワイトコメット。スコット・クレイヴン。お目にかかれて光栄だ、っていえばいいか?」
「そんなこと言わないでくれよカズキ! 俺らは戦友だろう? あ、名前で呼んでいいよね? リーハンもそうしているし」
一樹だけでなくリーハンも頷き、それぞれがソファーに座る。
「ああ、何から話そう。言いたいことが一杯あったんだ」
「まて、スコット。まずは乾杯からだ。冷蔵庫からビールを取ってくれ」
「おいおい、アメリカの英雄様を小間使いにするなよ」
「いいよいいよ。僕がやるよ。最近、地元じゃ堅苦しくて。こういうときじゃ無いとハメを外せないしー」
テーブルの上にスイートルームに似つかわしくない、ありふれたビール缶が置かれる。リーハンは感慨深げに息を吐くと、それを手に取った。
「高い酒はいくらでもある。しかし、再会の乾杯はこれにすると決めていた。……あの頃は飲みたくても手が出なかったからな」
「手が出るもなにも、そもそもなかったでしょ? 嗜好品なんて初期の頃に生産中止になってたじゃない」
「いいや。廃墟から見つかったのがいくつもあった。俺は一時期補給品に携わっていたから知っているんだ。だってのに、下には回ってこなかった。シェルターの上の連中が全部飲んでやがったのさ。クソッタレ」
悪態をつきながら、プルタブを上げる。炭酸ガスの抜ける心地よい音が響く。二人は苦笑しながら、それにならった。
「何に乾杯する? カズキ、お前が決めろ。ゲストだからな」
「いいのかよ。それじゃあ……うん、ありきたりだけどやっぱり再会に」
「はじめてでもあるけどね」
「混ぜっ返すな、スコット。……まあ、いいだろう。再会に」
「「乾杯!」」
男達は缶を打ち合わせ、ビールを喉に流し込んだ。ありきたりな味だが、どうしようもなく美味に感じた。男達は缶をテーブルに置き、しばし無言となった。リーハンがルームサービスにオードブルを注文し、スコットが冷蔵庫から新しい酒を引っ張り出す。
落ち着いてから口を開いたのは、リーハンだった。
「それで、夢は叶えたのか? 日本人」
一樹はにやりと笑うと、スマホを取り出して操作する。そして表示された画面を二人に見せた。
「嫁さんと、娘だ。今年生まれたんだぜ」
「ほう。やり遂げたか」
「おめでとーう! やったじゃないか!」
スコットが感極まって背を強く叩く。一般人ならむせていたが、一樹はそれほど柔ではない。目に涙を浮かべて祝福してくれる友人のそれを、ありがたく受け取った。
「そっちはどうなんだ? スコットが英雄やってるのは知ってるけど」
「まだ道半ばだ。大商人への道は高く険しいからな。幸い、ダンジョンっていう新しい土地があるから、そちらに進んでいる。先駆者がほとんどいないというのが最高だ」
「俺もまだまだかなー。ヒーローって本当大変。漫画で悩んだりトラブルばっかりだったのはフィクションじゃなかったよ」
それぞれの表情は明るい。どうあれ、かつてよりは良くなっているのは間違いないからだ。
「そういえば、残りの二人は会えたのか?」
「ああ。お前ほどじゃなかったが、探すのに苦労した。ロシアのジーナ・ネラソフは、自国の田舎でハンターカンパニー運営しているよ。シングルマザーで社長だ。相変わらずタフな女だ」
「……旦那さんは?」
「それがさー。愛人作って会社の金持ち逃げしてとんずらしたんだってさ。ありえないよね」
「は?」
戦友がないがしろにされたと聞いて、一樹も心穏やかでは居られなかった。しかし、残り二人が揃って手を振ってみせた。
「安心しろ。すでに片付いている。とっ捕まえて金も取り返した。慰謝料で借金まみれにして、愛人共々マフィアに売ったんだと。今はどこかのダンジョンだろうよ」
「アジアのことわざのいんがおーほー、ってやつだよね? 俺勉強したんだ」
「合ってる。……そうか。それなら、まあ。……あ、車は?」
「無かった。だから俺があいつにお似合いの飛びっきりタフなジープを送ってやった。気に入ったらしく、よく写真を送ってくるぞ。ほら」
リーハンのスマホには、親指を立てて笑っている戦友の姿があった。ジープと、五歳ほどの男の子も写っている。幸せそうなその姿に、胸をなで下ろした。
「なによりだ。それじゃあ、インドの彼女は?」
「ハリカ・クマールも無事だ。IT企業の出世頭を捕まえて、上手くやっているとさ。旦那の出張にくっついて海外旅行もしてるんだと」
「俺の所にも来たよ。旦那さんも紹介して貰った。イケメンだったねー」
「彼女は人気あったからな……それで危険な目にもあってたから、今が幸せで良かった」
今度はスコットのスマホを見せて貰った。美しいドレス姿の戦友。その隣には、精悍な顔つきの男性が立っている。お似合いな二人を見て、一樹は顔をほころばせた。
「で、カズキはハンターだろ? 驚いたよ。この間の来日の時、こんなのがいきなりホテルのベランダに飛び込んできたんだもの。四十階だったんだよ?」
そう言いながらスコットが取り出したのは一枚の紙。飛行機の形に折り目が付いている。そこに書かれているのはシンプルだった。『元、左手ガムテープの日本人より。連絡求む』後は携帯番号だけ。
「何の変哲も無いコピー用紙だって話だし、一体どんな魔法を使ったか皆さっぱりだっていってたよ。仲間に凄腕がいるのかい?」
「ああ……魔女に会った」
一樹のその一言で、二人の表情が抜け落ちた。それを見て、一樹は荷物の中から古びた革製の鞄を取り出す。
「二人は、向こう側についてどれだけ知っている? 時間竜クロック・ブラックが住んでいた場所。
「知らん。そんな名前で呼ばれていることも、初耳だ」
「俺の方もだよ。政府はもしかしたら、って感じではあるけどこっちには教えてもらえないんだ」
「俺は向こう側に行った」
驚き目を見開く二人。そんな彼らを置いて、一樹は鞄の中に手を入れそれを取り出した。真っ黒な、成人男性の手のひらより大きな鱗を。
「そして……クロック・ブラックをぶっ殺してきた」
二人は、何も言えなかった。たった今入った情報を、脳が処理しきれていない。そんな彼らの手に、一枚ずつ鱗が握らされた。伝わってくる、不可思議な感触。そしてそれは、十年前の忌まわしき記憶を呼び覚ますに十分だった。
「本物だ……あいつの、鱗だ」
「なんてこった……なんてこった! 本当なのか! やったのか! 一樹!」
ようやく理解し震える男達に、ドラゴンスレイヤーは深く頷いて見せた。
「ああ、やった。ぶっ殺してやった。無様に、泣き言と呪いを吐きながらくたばった。ざまあない。奴にはお似合い……いや、贅沢な死に様だった。俺がもっと強ければ、さらに苦痛を与えてやれたんだけどな。すまん」
「馬鹿野郎! 文句なんてあるもんか! ああ、ああ! こんな日が来るなんて! 俺が! 俺たちがあいつをどれだけ恐れていたと思っている!」
「そうだよ! あいつを倒すために、コレまで一生懸命鍛えてたって言うのにさ! 教えてよ! 声かけてよ! 俺も殴りたかったよ!」
「本当に済まん。俺も奴をぶっ殺す事に全力だったから、ほかのことに目を向けられなかった」
「くそ! 死ぬほど理解できるからこれ以上文句が言えん! ああ、ああもう、乾杯だ! もう一回乾杯だ!」
リーハンは大股で歩くとシャンパングラスを三つ取ってきた。その頃には、スコットが無駄に跳びはねてシャンパンの瓶を確保していた。一樹はそれを見て、小さくため息を吐きつつ一つの準備を完了させる。
「乾杯だ! 乾杯だ! 最悪の真っ黒蛇がくたばった!」
勢いのまま、栓を抜くスコット。当然刺激されて泡立つシャンパンが、盛大に噴出する。やってしまったと驚く彼の前に、銀色のリングが現れた。
「尾を食め、時の蛇」
時間が、巻き戻る。床に落ちる寸前だったシャンパンは、全て瓶に戻った。栓もそのようになり、香りすらもうない。再び驚く二人に対して、一樹は笑顔を向ける。
「乾杯は別のシャンパンにしよう。そして話そうぜ、あれから何があったのか」
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一度目の十一年前。ある日、世界中に逆さ円錐の塔が突き刺さった。そこから現れたモンスターによって、世界は蹂躙された。たくさんの人が犠牲になった。軍隊も戦った。しかしいくら倒しても、モンスターは現れる。防衛線を敷いても、後方に塔が現れて瓦解する。
国家が機能しなくなるまで、それほど時間はかからなかった。いくつかのグループができあがり、協力することで人々はなんとか生存することができた。
魔法使いたちは初期の頃から軍や国家に協力していた。彼らは何年も前から協力関係にあり、この日のために準備を重ねてきた。しかし失敗した。防衛の要が、極めて早い段階で陥落してしまったから。
「魔女マリアンヌ。彼女の死が致命的すぎた。アレで俺たちの世界は壁を失い、そして移動手段を奪われた。魔女の転移術をクロック・ブラックが手に入れてしまった。アレでもう、ゲームセットだった」
シャンパンを手にして、一樹が思い返す。沢山の犠牲があった。以前の一樹は、今は妻であるあかりを助けられなかった。身近な人を、誰一人。逃げて逃げて、気がつけば外国に渡っていた。剣一本握りしめて、がむしゃらに戦って、左手を失った。
「だから俺たちは、あの作戦に参加した。時間を操り、あらゆる場所に移動できる時間竜。奴を殺すための奇襲攻撃。どれだけ時間を操れても、移動できても。バカみたいに加速を付けて、自分に落ちてくる呪いの塊は避けられないはず。そんな一か八かの、自殺攻撃」
「俺たちは賭に勝った。確かに奴へ致命傷を与えた……なのにあのクソドラゴンは、時間を巻き戻しやがった。まあそれは、いい。何もかも無かったことになったのは、俺たちにとってプラスでもあった」
シャンパンで口を湿らせ、リーハンは戦友に強い視線を向ける。一樹はそれを、真っ向から受け止めた。
「なあ、どうやったんだ? 何をどうすれば、あのクソドラゴンをもう一度ぶっ殺せる所までいけたんだ?」
「……二人は、全身包帯の魔法使いを覚えているか? 背の低い、男も女かもわからない」
「忘れるはずないよ。その人が俺たちにあの呪いを刻んだんだから。今でも覚えてるよ、あの最悪な感じ」
ぶるり、とスコットが震えてみせる。男達は苦笑した。たしかに、今思い返しても最悪の感覚だったから。
「左手をやっちまって戦えなくなった俺は、あの人の世話係をしていた。痛みで眠れなかったらしくてな。ひたすらいろんな事をしゃべり続けていたよ。……そしてその時、聞いたのさ。あの人、十一年前のあの日に、日本にいたって」
「ほう? 何か理由が?」
「ああ。……