【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「利用ってどういう?」
「もちろん、対モンスターの戦士として。国や人と争っている暇も余裕もない。だからそう言うのを国の金で作らせて、全部まるごとぶんどる計画だったらしい。それを大きな国全部で一度にやってたんだと」
「はっはっは。そりゃいい。良い面の皮だな」
リーハンは笑う。実際にその計画は実行され、素質のある若者達が世に放たれた。一樹もその全てについては知らない。しかしハガクレの面々がどうなったかについては、よく知っていた。
それについてはあえて語らず、一樹は話を続ける。
「十一年前、世界が巻き戻ったあの日。俺はあの人に会いに行った」
多くの苦労があった。その時の一樹はただの学生に戻っていた。左腕は戻ってきたが、身体はひ弱な一般人。経済力は言うに及ばず。それでもどうにかやりくりをして、秘密の訓練所にたどり着いた。
魔法使いに会う方法は、移動中に考えた。世話をしているとき、手慰みに教えられた簡単な呪い。それを使えば、使用者を調べに来るだろうと。案の定、その人物は一樹を見つけ出した。なお、呪いは返されたのでそれはそれで痛い目を見た。
信じてもらうのも大変だった。覚えている限りのことを話し、ギリギリの所で信用を得た。『円錐塔の夢』があったのも大きかった。アレを疑問に思っていたからこそ、一樹の話が受け入れられる余地があったのだ。
魔法使いの協力を得たことで、一樹の計画は大きな飛躍を得た。もう一度、クロックブラックを殺す。そのための道を歩き始めることができたのだ。
身体を鍛え、ダンジョンに潜った。マナを蓄え、アイテムを集めた。知識は魔法使いから得て、呪術を学んだ。
「へー。その人の弟子になったんだ」
スコットの言葉に、当人は首を横に振る。
「いや、そうじゃないんだ。その人の専門は死霊術でな。俺にはその才能がないって言われた。呪いも、知識はあるけど専門じゃないって。だから弟子じゃないし、門派のものでもない。割と厳格だから弟子っていうと怒られる」
「そういうものだ。軽いものじゃないんだ」
リーハンはその手の文化をよく知っているので、深く頷いて同意した。めんどくさいね、というスコットの感想に、本人も大きく頷いた。
「あとはまあ、ひたすら訓練と準備についやした。そして……何年前だ? 四……五? まあともかく、だいたいその辺りにあっちに渡って暴れて。最後にクソ蛇ぶっ殺したって訳だ」
「おい。めちゃくちゃ大事なのになんでそんな曖昧なんだよ」
「勘弁してくれ。ぶっ殺す前は全力。そしてその後は完全に脱力。あの頃の記憶がマジで曖昧なんだよ。燃え尽きて復帰するのに時間もかかったし」
「あ、そうだ! さっきのアレ、何!? 時間竜の技でしょ?」
戦友の問いかけに、一樹は再び小さな銀の輪を作ってみせる。よく見ればそれは、己の尾を食む蛇だった。
「その通り。これが奴をぶっ殺せた最大の理由。俺は十一年前の体験で、あの魔法の秘密に触れたんだ。もっといえば、感覚だな。……二人なら、分かるんじゃないか?」
「……これか」
リーハンは、傍らに置いた鱗に再び触れる。なんとも言えぬ、一般的には感じ得ぬ何か。コレが時間の秘密の一端であるというなら、なるほど分かる。彼も一度体感したからだ。
「え? もしかして、この感覚を研ぎ澄ませば俺も時間を操れるの?」
「スコットはプラーナ使いだからな……。魔法という形では無理だと思うけど、出来ないとは思わないな。少なくとも、時間使いには対抗できるはずだ。訓練は必要だけど」
「おお! よーし、頑張るぞー! ……あ、それでこの魔法であいつの時間を操ったの?」
「まさか。相手はエルダードラゴン。千年以上生きる化け物だぜ? 俺のちっぽけなマナで対抗できるもんかよ。でも、相手の時間に乗っかることは出来た。同じ時間の中ならば、加速も減速もされない。あとは竜殺しの武器を片っ端からぶち込むだけだった」
「……うん? 呪いはどうした?」
首をかしげるリーハン。一樹はこれでもかと苦い顔を浮かべた。
「あのクソドラゴン。十一年前の敗北を教訓として、呪いの対策を山ほど立てていやがった。だから戦闘始まってしばらくは、それをぶち壊す仕事に追われたよ。仲間が居なかったら、正直負けてた」
「うわあ……一樹が倒してくれなかったら、今度こそ地球終わってたかも」
「ふむ……もしや。時間竜がこちらへの攻撃を中止したのは、対策のためか?」
「お。流石リーハン、ご名答。その通り、あいつは二度と負けないように呪い対策に奔走していたのさ。しかし、時間操作を無効化されるとは思っていなかった。アレがなければ、あいつはタダでかくてタフなドラゴンだ。魔女の秘術もないし、殴って殺せる相手に落ちた。後は俺たちが根性出すだけだったと」
語り終えた一樹は、シャンパンの瓶に手を伸ばす。それを先にリーハンが取り、彼のグラスに注いだ。
「礼を言わせてくれ、戦友。本当によくやってくれた。これで安心して眠れる」
「僕からも言わせて。本当にありがとう、一樹」
「……ああ」
曖昧に笑い、グラスを傾ける。その雰囲気をいぶかしげに眺める二人に、本音を吐露する。
「正直言えば、俺諦めてたんだよ。時間竜は倒した。けれどあいつは、十二匹いる覇王のひとりでしかない。蛮族の楽園は広い。モンスターは数限りない。俺たちだけでは、勝ちきれない。地球に野心を燃やす誰かが現れたら、今度こそお終いだって」
二人は口を閉ざす。気持ちはよく分かる。一度、世界は滅んだ。その記憶を持っているからこそ、余計に。
「嫁さんと家族守って、どこかの田舎に引っ込んで……そんな風に考えてたんだ。一年前までは」
「……心境の変化があったのか?」
「良い会社に入ったんだよ、リーハン。小さいけど、前を向いて歩いている会社だ。……面白いことに、そこの社長が魔女と真剣交際してるんだよ」
「何? 魔女? 魔女というと、あの魔女か? マリアンヌ!」
「そのとーり。で、ハンターを育てる事業を始めた。……少しだけ、希望が持てそうなんだ、最近は」
一樹は微笑む。この一年は、希望という花がゆっくりと成長していくのを見守るような気分だった。本音で言えば、こんな気分に成るなどと夢にも思っていなかった。いくら彼が特別な力を有していたとしても、未来を見ることなんてできない。
ましてや世間へのいいわけと時間つぶしのために就職した田舎のダンジョンカンパニーが、あそこまで成長するなど予想できるはずも無い。確かに自分も手を貸したが、それにしても変化しすぎである。その要因はいくつもあるが……要ははやり、あの平凡で人の良い社長であると一樹は考える。彼だけでは何にもなれなかっただろう。だが彼がいなければここまでになっていなかった。
「……ううむ。理解はしたが、分からん! ハンターカンパニーなんだな? 今度紹介しろ。俺もそっち側の人間だ。商売という形で接触してみたい」
唸りながらそう言い出したリーハン。一樹の中の僅かな社会性が仕事を始めた。これはもしや、営業という奴ができるんじゃないか。俺にも、と。
「おお。いいかもな。お前の所、ハウルボアの肉って捌けるか? トン単位で」
「トン!? ……いやそもそも、そんなに仕入れられるのか?」
「いけるいける。何なら俺も頑張る。実はさ、俺強くなってるんだよ。クロック・ブラックぶっ殺した頃よりも確実に。これからも頑張れば、もっといけるかも」
「嘘でしょ。一体どんなワンダーランドなの、カズキの就職先」
思い出話と近況報告、そして未来へ向けた相談。男達の話題はいつまでも続く。いつまでも帰ってこない旦那に腹を立てた嫁が、電話を掛けてくるまで。
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東京と言えど、全ての場所が栄えているわけではない。特にダンジョンが発生してからは人が離れた場所がいくつもある。都内にあるこの小学校は、不況などの影響によって数年前に廃校となった。元々古い校舎で、建て替えも検討されていた。
夜になれば廃墟のような佇まいが、僅かに周辺に残った人々には不気味に見えていた。役所は解体も検討していたが、予算は取れずそのままとなっている。
国が災害対策のために、この学校と土地をまるごと買い上げたのは今年に入ってのことだった。役所にも住民にも良い話で、反対する者は誰も居なかった。
修繕された元学校には、作業服を着た者達が出入りする。物資の保管や移動をしていると説明されれば、誰もそれを疑わなかった。
彼らが犯罪を犯したハンターであるという事実は、当然秘密にされた。政府内部ですら、ごく限られた人物しか知らない秘密である。存在自体、表には出ていない。
その校舎の中。元会議室に四人の人影があった。
「これが、ターゲット達のシフト表だ。確認しろ」
スーツの上着を作業服のそれにした男が、残りの三名に指示をする。表向きの彼の立場は、この作業場の上司となっている。本当の立場は、ハンター達の指示役である。
ハンター達はそれぞれ特徴的だった。金髪の外国人は筋肉質の大男。中肉中背の成人男性は目つきが鋭く、痩せている。最後の女性は、作業服に似合わぬ厚化粧だ。
「よくもこんなのが手に入ったな」
やせた男が、当然の疑問を口にした。表に出るはずのない情報だからだ。指示役は鼻を鳴らした。たいしたことでは無いから。
「連中、特に現場指揮に当たっている国友はこちら側のシステムを使っている。たやすい事だ」
「剣聖殿もお可哀想に」
作業服の男が片頬を釣り上げた。ハンター達には共通点がある。受刑者であること。限定的な自由と報酬のため、非人道的扱いを受け入れたこと。仕事が過酷であり、表沙汰にできないような者も含まれるということ。
つまりそれは、非合法活動にも手を染めるという意味である。三人は、机の上に置かれたシフト表に目を向けた。
「……藤ヶ谷一樹。まずコイツが入っている日は論外だ。100%失敗する」
金髪の大男が、吐き捨てるように告げる。
「そんなに強いのか?
「論外だ。なんたってやつは」
そこで、奇妙なことが起きた。大男が口を開け閉めする。喉は呼吸のか細い音しか出さず、いくら絞りだそうとしても声が出ない。指示役の男がため息をつく。
「もういい。こちらとしても、この男の異常性は目を付けている。今回は接触しない。そのプランでいい」
「了解了解。ダンナ、そういう話になったから」
「……クソ!」
顔を赤くしていた大男は、喉を押さえながら悪態をついた。これまで黙っていた女が、表を見ながら尋ねる。
「背の低い、魔法が使える女がいるはずなんだけど、誰?」
「少し待て……背が低い……おそらく、こいつだな。
指示役の男が、傍らに置かれていた分厚いファイルを開いてみせる。そこには小百合の写真が載せられていた。女が鼻の頭に皺を寄せて頷く。
「コイツよ。間違いない」
「ああ、いたな……あんときはよくも。あ、もう一人居るはずだぞ。顔のいい、背の高いのが」
やせた男の発言に、再びページがめくられる。
「いるぞ。これの……まあ、いいか。ともかく兄の
「ああ。こいつだこいつ。……たいした魔法は使ってこなかったが」
「それは情報が古い。今では地下四階で活動するエリートだ。生半可な覚悟で当たって貰っては困る」
「嘘だろ!? たった一年だぞ」
「ミナカタは異常な所だ。それをしっかり意識しろ」
唖然とするやせた男が叱責される。大男は苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、女も不機嫌さを露わにする。全員から否定の言葉が出ないのを確認し、指示役が促す。
「それで、実行日はいつにする?」
三人は顔を見合わせ、表を見ながら協議する。真っ先に一樹が入っている時間帯は削除され、そこから一番リスクの少ない所を探し出す。
「……だめだ。どうやっても兄妹が引っかかる。社長好きすぎだろ、この二人」
「クソ藤ヶ谷め。なんでこんなにシフトに入ってやがる。サラリーマンかよ」
「っていうか、誰も彼も魔法かプラーナ、アビリティが使えるって頭おかしいわよ。東京のカンパニーでもこんなじゃなかったのに」
悪態をつきながら、表と格闘することしばし。なんとか妥協できる日を選び出すことができた。もちろんリスクはゼロではない。しかし、これ以上もまたないという状態だった。
「……分かった。ではこの日で調整しよう。理解していると思うが、再度伝える。今回の目的は、ミナカタの社長、入川春夫を再起不能にすること。死亡までは求めていないし、あっては成らない。もしそのような事故が起きれば、責任は全てお前達に取らせる。特にお前だ。分かっているな、アントニー・アダムソン」
名前を呼ばれた金髪の大男は、凶悪な笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん。分かっているさ。しっかり、な」