【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
スペクター退治は、順調に進んでいる。理由としては、やはりまず参加しているハンターが優秀だからということが上げられるだろう。プラーナやマナが使えるのが当たり前。マジックアイテム持っていて当然。知識もプランもあり、実行する能力もある。度胸も経験もバッチリだ。
道明さん曰く、いままではこうではなかったらしい。異能を使えるのはチームの中で二、三人。マジックアイテムも少ない。そもそも、協力してくれるハンターカンパニーも少数と来る。上がなだめすかして、どうにか人数を集めるというのがいつもの流れだったそうな。
そうやってどうにか集めても、戦力になるのはごく一部。大半は手伝い程度にしかならない。対処は毎回、ドゥームブレイカーズが総力を挙げてやっとというレベルだったとか。
もう少し前、ハンターが暴れていた暗黒時代だと質はそれなりだったらしい。代わりに協調性が全くなくて、それはそれで苦労があったとか。里奈さんの顔が能面のようになっていたので、当時がいかに殺伐としていたか見て取れた。きっといっぱい斬られたんやろなあ……。
それ繋がりで、今回が順調な理由その二。各組織の協調性の良さ。まあメインが我が社で、残りが少数精鋭というのもある。前から繋がりのある面々だ。争う理由もない。むしろ仲良くしてもらっている。
我が社では、男連中の暗黒皇帝陛下への人気が順調に伸びている。ただ格好付けているだけじゃないんだよね、あの人。現場で指揮を取るし、必要ならばどんどん前に出る。人の扱いも上手い。場の盛り上げ方などは、見事なものだ。フレイムさん達が慕うのもよく分かる。
それでいてダンジョンから出ると、優しげな青年になるのだからそのギャップもまた受けているとの事。まあこの辺は歩の受け売りなんだけど。……今社内で人気投票したら俺負けるんじゃないかな。
そしてもう一方、竜宮代表なのだが……ウチの女性陣とよく交流している。その中でも特に親しいと言えるのが、意外なことにマリアンヌさん、里奈さん、そして小百合である。一体どのような話題があるのか。興味はあるが、ちょっと怖いので近寄りがたい。だって、どう考えてもアウェイなフィールドだもの。触らぬ神に祟りなし。巻き込まれたらきっと酷いことになる。
虎井さん? あの人は野球中継の度に男連中と酒飲んで騒いでいるよ。巻き込まれたよ。何度球団応援歌を歌ったか忘れたよ。歌詞覚えちゃったよ。何人か選手の名前と顔を覚えたよ……脱線した。
話を戻して。というわけで、内側に問題は無い。唯一ボトルネックと言えるのが、ファングツリーの盾である。アレがないと防御が難しい。しかしここでも、我らが魔女様がその能力を発揮してくれた。正確には、彼女の部下が。
具体的に言うと、木材加工の大部分を彼女の屋敷で請け負ったのである。ラットマンたちは器用だ。仕事も真面目で、こういった加工は得意分野とのこと。必要な精度で納品してくれるものだから、工房側も大満足。おかげで盾の納品数が大幅にアップした。
……だけどその、若干問題が出た。仕事ではなくプライベート。うん、どうやら俺は地元に帰ったら覚悟を決めなければいけないらしい。年貢の納め時というやつだ。それに否は全くない。俺も男だ。望まぬはずがない。
しかし、だ。俺は女性と本格的なお付き合いをするのはコレが初めて。当然、男女の営みについても全くの素人。クソ童貞と笑わば笑え。……つまり、何かとてつもないド失敗をするんじゃないかと怯えているわけで。それで嫌われたらと思うと夜も眠れない。
そんなわけでこっそり手引き書などを読んだりもしている今日この頃である。大きな仕事請けおってる最中に何やってんだ俺。
「今日は珍しくも懐かしいメンバーになりましたね」
勝則がそんなことを言いながらダンジョンを進む。確かにその通りだ。俺、勝則、小百合、流、宏明、歩。一樹さん抜きの初期ダンジョンメンバーだ。
「結構バランスがいいですからね。壁が二名、火力が二名、遊撃が二名です」
壁は俺と歩。火力は勝則と宏明。遊撃が小百合と流である。必要とあれば、歩と小百合は火力に回ったりもできる。
「スペクター相手だと、俺の火力おちてるんだけどねー」
「ナイトスターは、十分効果を発揮している。問題ないと思うぞ」
「そうは言うけどさ森沢。超能力のリソースが大分浮いてるんだよね」
「それは、いざという時の防御に取っておいてくれ。備えがあるのはいいことだ」
「ああ、なるほど。承知しました、社長」
魔法はいろんな事に使えるから、壁や遊撃の補助に回せる。腐ったりはしない。つくづく便利な能力である。そりゃエリート扱いもされるというものだ。
そんな事を考えていると、前方から風を切る音が聞こえてきた。直ぐに飛翔剣に乗った流が見えてきた。
「おーまたせしましたっと。前方にスペクターの集団発見ッス」
「お疲れ。やっぱお前がいると索敵が楽だわ」
「へっへっへ。そりゃもう、頑張ってますから」
「後輩達が、飛翔剣狙ってますものねー、流さん」
「ぜーったい、渡さないッス! 買い取るために金貯めてるし!」
ガチである。ハンター憧れの武器、飛翔剣。我が社でもそれは変わらない。一番上手く扱える者に剣を預けるという事になっているので、ライバルが多いのだ。そして流は、一位の座をずっとキープしている。本当に努力しているのだ。
その飛翔剣だが、梅雨の終わり頃に二本目を見つけた。なのでこれからは一位二位が使えるということになる。現在ライバル達がしのぎを削っていて、なかなか面白い。健全に争ってほしいものだ。
「スペクター、来ます。五体!」
この数に、驚きはない。どちらかと言えば少ない数だ。スペクターの過密状態は解消された。あの危険なみっしり具合はもうない。現在は地下三階に入り、このような小グループの排除作業を行っている。
「先制攻撃!」
「今日も理不尽、空飛ぶ鉄球!」
「ミストッ!」
勝則の生み出した霧が、敵グループを覆い尽くす。そして、宏明が操る三つのとげ付き鉄球が唸りを上げて宙を飛ぶ。意図的に一匹だけ霧に巻き込まれなかったスペクターへ、魔法の武器が叩き込まれた。
全て命中。でかい穴から、黒いもやがどんどんこぼれていく。もう少しすれば、形を保てなくなるだろう。
「距離を詰めるぞ。ゆっくり進軍」
現在の距離、十メートル以上。このまま射撃戦、というのは消耗が大きくてよろしくない。今日の仕事はまだまだ続く。コストを削るために、魔法の武器を使っていく。
霧まで五メートル。ほどよい距離だ。
「かっつん」
「はい、次を出します」
霧をコントロールし、後方へと動かす。すると中から、二体のスペクターが現れる。先に動くのは、遊撃の二人だ。
「はいっ!」
「ちょいやーっと!」
小百合が使っているのは、いわゆるショートソード。こういうと弱そうに感じるかもしれないが、間違いなく刃物だ。包丁よりも頑丈だし、刃渡りも広い。下手なナイフよりも、迫力がある。もちろんマジックアイテム。一樹さんの鑑定ならば、高品質で+1、魔法でさらに+1なんだとか。
小柄な彼女の動きは俊敏だ。瞬く間に距離を縮め、スペクターの腕に深い傷を入れる。そこを武器として使う相手側としては、一手邪魔をされた形になる。
流の攻撃は、なんとも独特だ。飛翔剣の柄を握り、そのまま飛んでいくのである。冗談みたいな姿だが、速い。こちらは腕どころか胴体を半ばまで切り裂いている。これは腕の差ではなく武器の差であろう。単純に長いから。
この後は、ほぼ消化試合となった。勝則たちが、傷ついたスペクターを撃破。残ったものは集中攻撃しておしまい。盾の出番はなかった。
「よし、お疲れ。小休憩だ」
消耗が少なくても、休みは大事だ。集中力に影響する。俺は荷物から皆にペットボトルを渡す。それぞれの名前が書いてあるから、渡し間違えはない。
「社長、毎度思うんですけど邪魔にならないんですかその荷物」
宏明にそう尋ねられて、俺は首を横に振る。
「慣れた。重さもそんなでもないしな」
「六人分の水分や道具って、普通に重いはずなんですけどねー」
「弾丸サンマに比べればたいしたことないぞ」
「それはそうでしょうが……」
勝則が苦笑している。だって実際そうなんだもの。ダンジョンにいると、時々それを背負った状態でケイブチキンと戦う羽目になるんだぞ。アレに比べればこれぐらい屁でもない。
「というか、この話題わりとループしている気がする。俺が荷物持ちやると」
「それはそうですよ。自社社長に荷物持ちさせる企業がどこにあるんですか」
「世の中には自社ビルのトイレ掃除する社長さんもいると聞くぞかっつん。それの似たようなものじゃないか」
「うーん、世の中には意外と突飛な社長さんがいるッスね」
ともあれ我が社の社員に能力を発揮させるためならば、荷物持ちなど苦ではない。むしろ、俺の数少ない得意分野を取らないでくれといいたくなるまである。
そんな雑談をしつつ休憩を終えて、荷物をまとめる。次へ移動しようとしたとき、無線機が通信を受けた。
『緊急! 緊急! 未確認集団がダンジョンへ侵入! 攻撃を受けている! 繰り返す、攻撃を受けて……ああっ!』
ダンジョンの中では、携帯で通話が出来ない。単純に電波の問題で。なので登録が必要なレベルの無線機を使うのが一般だ。大人の男でも手に余るような大型の無線機を握る。
「こちら入川! 応答願う! 場所はどこだ!」
返事はない。周囲から争う音は聞こえない。三階で起きているとは考えず辛い。
「上に戻るぞ。トラブルが起きている」
「社長、俺先に行きます!」
流が飛翔剣に飛び乗る。たしかに、この中ではこいつが一番速いし、単独行動刺せても問題ない。モンスターを振り切れるスピードがある。
「任せた。無理をするなよ」
「押忍!」
あっという間に、流の姿が見えなくなる。隊列を整え、彼の後を追う。……一体何が起きているのか。ここを襲撃して、何のメリットがあるというのだ。このダンジョン自体に、特別な価値はないだろう。
スペクターボスのコアは確かに魅力的かもしれないが、犯罪を犯すほどとは思えない。追い詰められた人間なら可能性はあるかもしれないが、その程度の連中にハンター達が後れを取るとも思えない。
もっと可能性があると考えられるのは、個人への攻撃だ。日本の英雄、ドゥームブレイカーズ。竜宮グループのトップ。どちらも、大きな影響力をもつ。攻撃する理由はある。……しかし、どうにも、それだけではない気がする。
ほかに誰がいる? 何がある? 何か見落としている気がする。思い悩んでいると、再び無線機が受信し音声が流れ始める。
『テス、テス……おーい、クソザコ社長。聞こえるかー。聞こえたら返事をしろや』
それは、二度と聞くはずのない声だった。二度と聞きたくない声だった。無線機を握りしめ、返信する。
「……アントニー・アダムソン。お前か」
『よう、クソザコ。元気そうで何よりだ。それじゃあ早速、地下一階まで上がってこい。一人でな。変なまねをしたら、こうなるぜ。
『ぎぃぃぃっ!?』
全身を絞るような悲鳴が聞こえてきた。うちの社員の声だった。瞬時に頭に血が上り、視野が狭まる。心臓の鼓動は早くなり、はらわたが煮えくり返る。
「社長」
勝則の声に、ギリギリの所で踏みとどまる。そうだ、俺は社長なんだ。行動に責任がある。責任を取らなくてはいけない。冷静に対処しなくてはいけない。大きく深呼吸。冷静になったという自己暗示をする。
「分かった。今から一人で行く」
『お利口だな。急げよ、社員の悲鳴を何度も聞きたくないだろう?』
『あ"ぁぁぁぁぁぁ!』
再び、濁った悲鳴が無線機から響く。もはや怒りは限界に達している。あのクソ野郎を一分一秒でも早くぶちのめしたい。だけどそれ以上に、社員を助けなくてはいけない。
「移動しながら作戦を伝える」
俺は上階へ向けて歩き出した。