【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
程なくして、地下二階への階段にたどり着いた。案の定、そこには見張りらしき男が二人立っていた。どこにでも売ってそうな作業服の上に、ダンジョン用プロテクター。顔もフェイスマスクで隠されている。
「一人で来たようだな。上がれ」
「はい」
「おっと、装備はここに置いていけ」
言われたとおり、盾とライトメイス。バックパックと無線機を置いていく。促されるまま階段を上る。ダンジョンの階段は、いつも広めの部屋に繋がっている。ここのダンジョンも例外ではない。思った通り、連中はその部屋で待ち構えていた。
「よう、クソザコ。待ってたぜぇ」
二度と会いたくなかった大男、アントニー・アダムソン。少しばかり正気を疑う笑みを浮かべて、立っている。その足下には、我が社の社員。奴を合わせて十名ほどの侵入者がいた。プロテクターは大体同じ。動きやすさ優先でそれほど装甲は盛っていない。アントニー以外は、皆覆面をしていて正体が分からなかった。
武器はバラバラだ。剣、槍、メイス。銃はないようだが、油断はできない。……さあ、始めよう。俺は大きく息をしてから、その場に這いつくばった。
「お願いですアダムソンさん! 我が社の社員を解放してください!」
これ以上無く情けなく、声を震わせながらそう叫んだ。しばらく、間が開く。一秒、二秒、三秒……。
「ぶ、はは。ははは。あははははははは!」
アントニーが笑い出す。感極まったように、声を上げる。
「なんて情けねえ姿だ! ざまあねえ! お似合いだ! 俺はお前のその姿を、ずっと見たかったんだよ!」
だよな。プライドの高いお前が直接、間接問わず何度も俺に負けている。正気を失うレベルでぶち切れている所だろう。そんな状態ならば、当然俺の情けない姿を見たいに決まっている。だからこそ、初手からこんな姿を晒したんだ。案の定、大喜び。まずはよし。
「この通りですアダムソンさん! 謝ります! 土下座します! 社員だけは、社員だけは助けてください!」
とりあえず、この場で叫び続ける。下手に動いて刺激しない。油断して貰わなきゃ困るんだよこっちは。社員のためなら、いくらでも情けなく懇願してみせるとも。
「ぎゃはははは! 許すわけねえよなあ! 俺がどれだけ屈辱を味わったと思ってるんだ! テメエのせいで! テメエのせいで俺は全部失ったんだ! 拷問官《トーチャー》!」
「ギャァァァァァァ!」
「止めてくれ! この通りだ! やるなら俺にしてくれ!」
本気で叫んだ。思わず立ち上がり、そちらに向けて駆け出す。覆面達が一斉に武器を向けてくるが、まだ間合いじゃない。プラーナやマナの気配もないので、脅威もない。
「止まれ! 誰が立っていいって言った! もう一回、這いつくばれ。犬のようにな!」
俺だって人間だ。こんな野郎にここまで言われて自尊心が傷つけられない訳がない。普通に屈辱だと感じる。そして俺の中の冷静な部分が、これだ、と叫ぶ。その感情を思いっきり、顔に出しながら膝をついてみた。
思った通り、最高の喜びをアントニーは顔に浮かべた。
「そうだよ、そのツラだよ! その悔しそうなツラを見るために、俺はこんな所まで来たんだよ! これが正しいんだ! 今までが間違って……」
「おい、いい加減にしろ」
隣の男が、調子よく喜びの叫びを上げていたアントニーの腕を掴んだ。
「……なんだ」
最高の気分に水を差され、不細工と称していいほどに表情が歪むが歪む。喜びと怒りと苛立ち。三つの感情が混ざればこうもなる。
「なんだじゃねえ。いつまでも時間かけるな。藤ヶ谷が来たらやべえのは分かっているだろ」
その一言に、大男は明確に怯んだ。まあ彼がやってきたら、全部おじゃんになるのは間違いないからな。……ただ彼、今日はオフで家族に会いに地元に戻ってるんだよな。マリアンヌさんの力を借りても、直ぐに到着というのはちょっと難しい。
相手側がそれを把握……いや待て? こいつら、一樹さんが居ないことを前提で動いていたのか? となれば、情報が漏れていた? そもそも警察に突き出したアントニーが、こんなに組織だってやってきている時点で……。
いや、今は置いておくべきだ。現状に集中しよう。
「まだ、すぐには来ないだろう」
「その判断に理屈はねーだろ。藤ヶ谷がどこに居るかも把握できてねえのによ! ともかく、さっさと済ませて離脱する! それができなきゃ俺らの破滅だって、分かってるだろうが!」
アントニーを押しのけて、男が一歩前に出る。……冷や汗がにじむ。どうする。どうしたらいい? この状況で、何をするのが正解だ? いや、完璧な結論など出るはずがない。今ある情報がすべてだ。手持ちのそれはごく僅か。あとは場の流れ次第だ。
「お前だって、入川に復讐したいって言っていただろう!」
「おう! だからさっさと潰して仕舞いだ! それ以外は何もしない! 時間の無駄だ!」
……復讐? 俺に? いや、今はいい。それよりも、決断の時だ。たぶん、おそらく……いや、信じよう。自分自身の決断ともう一つを。
俺は深呼吸してから、心底からの声で懇願した。
「どうかこの通りです。自分が償えるのなら何でも致します。ですからどうか、社員だけはお助けください」
土下座するように、頭を下げる。
「こう言ってるんだ。さっさと片付けるぞ」
「おい、勝手をするな!」
「勝手はてめぇだろうがアントニー! 悪いな入川! おまえにゃスクラップになって貰うぞ! 俺の人生もテメエに……」
そう言いながら歩み寄ってきていた覆面の肩に、アントニーの手が置かれた。
「拷問官」
「ぎゃぁぁ!?」
激痛に倒れ込む覆面。周囲の仲間が慌て出す。
「アントニー! てめえ何やってやがる!」
「このクソザコは、俺の獲物だ! 俺が苦しめて、俺が殺すんだ! 誰も手を出すんじゃねえ!」
「さっさと終わらせないと破滅だっていってるだろうが! あと、殺すのもNGだって……」
「知るか! コイツはぶっ殺す!」
アントニーを中心として、覆面達が騒ぎ出す。今だ。プラーナを練り上げ、声にして叫ぶ。
「喝!!!」
全力の、プラーナシャウト。この間、笠間に叩き込んだそれとは違う。一切の手加減なし、最大出力。もっとも、所詮は声。そして相手はハンター崩れだ。物理的な攻撃力は期待できない。それでも、ほんの数秒は稼げる。それで十分だった。
誰も居ないはずの場所から、勝則と小百合が飛び出した。姿隠しの魔法。一年前、東松達の蛮行を撮影するために使ったが、あのときとは精度が違う。俺の後ろに付いてきていたことも、アントニー達に気づかれずに実行できた。
二人は動けないで居る連中の足下から、捕まっていた社員をかっさらった。
「人質確保! 人質確保!」
小百合が無線機に叫ぶ。すると下の階から騒ぎが聞こえてくる。作戦通りである。アントニーに呼び出された俺は、とりあえずの方針を決めた。まず第一に優先することは当然、人質の救出である。そのために、相手の要求に従う。正確に言えば、従ったふりをする。
姿を隠す魔法を使い、勝則達が隙を見て確保するというのもここで決めた。さらに流に飛翔剣で飛び回ってもらい、仲間達を集めて貰う。無線機使うとばれるからね。
あとは人質救出後、集まった仲間が暴れるだけ。作戦はシンプルなほうが成功しやすい……というか、突発的事態でこれが精一杯だったとも言う。
鋭く風を切る音と共に、階段より飛び出してきたのは剣一本に男二人。すなわち飛翔剣に乗った流と、その柄を握りしめた宏明だ。己にテレキネシスを使って重量を軽減。飛翔剣に便乗するという荒技。
酔っ払ってやってた悪ふざけがこんなところで役に立つとは……。まあ、それはいいとして。これにより、極めて短時間であるが宏明という戦力を高速移動させることができる。そしてスペクターにはあんまり効果的ではなかった超能力が、ここで炸裂する。
「コンヒュージョン! おバカになーれ! ぴろぴろぴろ~」
世界一相手をコケにする顔芸をかましつつ、宏明が精神混乱の力を発動させる。俺のシャウトから立ち直りかけていた覆面達は、再び行動不能に追い込まれる。伊達にマリアンヌさんの特訓へ放り込まれたわけではない。パワーアップしたあいつの超能力はマジで厄介なのだ。うちの社員だと、上位レベルじゃないと抵抗できない。俺? もちろん無理。
そうこうしているうちに、ハンター達が下から駆け上がってくる。混乱中に一発入れてやりたかったが、流石に素手ではたかが知れているので自重した。
「アントニー! このクソバカ、何しに来やがった!」
元同僚である
「……半戸の兵隊が、偉そうな口利くんじゃねよ!」
「一回俺に負けてる癖にそっちこそ偉そうな口きくんじゃねえバーカ!」
「そうだ! 一回負けるとそいつとは絶対試合しない腰抜け! 負け犬野郎!」
「誰が負け犬だ!」
「お前だ負け犬アントニー!」
怒り狂って突撃しようとする大男を、周囲が必死で止める。彼が考え無しに突っ込んでやられてしまったら、もはや連中に勝ち目が無いからだ。しかし、たとえ冷静であっても相手側が不利であることに間違いは無い。数が違うからだ。
「社長、盾とメイスです」
歩が持ってきてくれたそれを握りしめる。正直、メイスは人間相手に過剰な武器だ。相手がプラーナ等特別な防御手段を持っていてくれないと、大怪我以上になってしまう。いくら相手が(おそらく)法の外にいても、殺傷は殺傷。うちがマイナスを被る可能性が十分にある。
なので全体に声を掛ける。思いっきり、ふてぶてしく。
「諸君。相手はロクデナシだが、決して殺さないように。我が社の評判に関わるからな。いいか? 相手の命が大事なんじゃない。我が社の評判が大事なんだ。わかるね?」
「はい、社長。もちろんです」
この上も無く美しく、勝則が笑って見せてくれた。小百合も同じ。他のハガクレ達も、持ち前の美貌を恐ろしい方面で発揮してくれている。ははは、覆面共がびびってら。……地王組やその他も一歩引いているけど、まあ気にせずで。
「入川……ッ! てめえ、やりやがったな!」
「応ともさ! お前から社員を取り返すために、がっつり企んだとも!」
「あんな情けねえ姿晒しておいて、イキるんじゃねえ!」
「ばぁーーーか! ありゃ全部お前を油断させるための演技に決まってるだろ! 俺は! 社員のためなら! 土下座くらい屁でもないんだよ! むしろ、お前が思ったとおりの反応するから途中からだいぶ楽しかった! 笑い出さないようにするのが苦しかったまである!」
「イリカワァァァァ!」
いよいよ限界と、周りを振りほどいて一歩踏み出そうとするアントニー。その後ろで、薄いガラスが割れたような乾いた音がした。そこに居たのは、拷問官の力を叩き込まれた覆面。彼は立ち上がりながら、何かを握りつぶした右手を前に突き出していた。
同時に、周囲に何かが広がったように感じる。何か、ではない。知っている。これは
「まさか……スタンピードクリスタル!?」
「正解だぜ、入川。こっちの数が少ないってのは始めから分かってたからな。いざというときのための準備は、当然してあったのよ」
スタンピードクリスタル。ダンジョン地下二階以下から発見されるこれは、危険なマジックアイテムとして認識されている。それ自体は、ただマナが凝縮されて込められた八面体(三角形を八個組み合わせた立体)だ。
しかしこれがダンジョン内で割れると、周囲のモンスターが興奮して暴れ出す。理由は不明……とされているが、今なら分かる。ダンジョンのモンスターは、マナをその身体に蓄えている。それが目的であるとすら言える生物だ。
何であれ、過剰は毒となる。それはマナも同じで、モンスターには大きな刺激となるのだろう。結果、理性を失って暴れ回るというわけだ。。
さて。現在スペクター発生のせいで、通常のモンスターはこのダンジョンにいない(深い階層はまた別だろけど)。では、一体どんなモンスターがこれで刺激を受けるのか。
「後方警戒! スペクターがくるぞ!」
まったく、やってくれた。これで実質挟み撃ちじゃないか。一気にピンチになってしまった。
「社長、こいつらは!?」
「同数で相手取る! 残りは全部スペクター!」
なにせ、一体どれだけ押し寄せてくるか分かったものじゃない。数は多い方がいい……いいけど……いやちょっとまてよ。小細工はしよう。
「ヒロっち、ちょいと」
「え、社長。なんですか」
彼に伝言を頼む。内緒話に超能力は最適だ。さて、始めよう。ここに居る相手は十名。こっちも十人選出。俺、勝則、小百合、流、宏明、歩、三郎、とわ、憲治、広美、である。
「社長、アントニーは俺にやらせてくださいよ」
「おいおい。こっちにくれよ。あの負け犬はもう一回、いやしこたま殴ってやりたいってずっと思ってたんだ」
血気盛んに、三郎と憲治が立候補してくる。俺は首を横に振った。
「ダメ。残りの連中がどれだけ強いか分からない。魔法使いかマナ使い、アビリティもありうる。なのであいつは俺が相手する。なんせこの中で一番弱いからね、俺が!」
「あー……確かに手の内が分かってる方が安全か。じゃあしゃあねえか」
「ん、ん、ん。……社長の安全には変えられねえや。っち」
「てめえら……舐め腐りやがって……」
俺たちのやりとりを見て、いよいよ血管がブチギレそうになっているアントニー。そのまま倒れればいいのに。
「社長、スペクターが上がってきました!」
「なんとか耐えてくれ! こっちも急いで片付ける」
「調子に乗ってんじゃねえぞ、クソザコがぁ!」
突っ込んでくるアントニーを、俺が迎え撃つ。十対十の、決戦が開始された。
本日、書籍二巻が発売されます。もしよろしければ、お手にとっていただければ幸いです。また、感想をSNS等で発信していただけますと大変嬉しく思います。
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