【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
アントニーの武器は、金属製のクォータースタッフだった。正直、意外だと感じている。もっと殺傷力のある武器を持ってきそうな印象なのだが。……あいつはともかくグループの目的は俺の殺害ではないらしいので、あんまり凶悪なのは許可されなかったのかな?
「フッ!」
「このっ!」
鋭く突き出される棒を、盾でさばく。大男は体格に見合わず、素早い攻撃を連続して繰り出してくる。突きを防ぐのは結構辛い。それで無くても、盾はファングツリー製だ。魔法には強いが物理には弱い。真っ正面から何度も貰えば、壊れてしまうだろう。
こうやってなんとかしのげているのも山河盾法の技のおかげ。盾が無くなったら、たちまちボコボコにされる。その前になんとかして、ダメージを与えなくては。
「フゥゥゥッ!」
プラーナを練り上げる。経脈に通して循環させる。体格の差はそれと、ダンジョン食材を毎日摂取していることによる底力で補う。ハウルボアの食材は身体を、ファングツリーの実はプラーナを養ってくれた。そうそう容易くはやられない。
「
記憶に引っかかる、一言。一体何だったかと思い出す前に、勝則の叫びが聞こえてくる。
「杖が! ……貴様、去年の万引き犯!」
覆面の一人が、スペクターコアの杖を握りしめて吠える。
「覚えてやがったか、イケメンクソ野郎!」
万引き? アビリティで? ……あ、ああ! いた! 確かにいた! 去年、いつも行くホームセンターに現れた万引き犯。周囲の物を自在に移動させる能力だったはず。あの能力ならば、奪われても仕方が無い。……っていうか、あいつまで出てきたのか。どうなってんだよ警察!
「高そうな代物じゃねえか。ありがたくいただいて……」
「カット!」
「うわぁ!? て、てめえ、なにしゃが……」
「カット! カット! カット!」
「あああああああ!?」
容赦の無い勝則の連続魔法。元万引き犯は全力で逃げ回っている。……あ、珍しく勝則キれてら。そんなに杖を奪われたのがショックだったか。フォローは……無理か。俺も他も手一杯だ。負けることはあり得ないと思う。殺さないかだけが心配だ。
「くっ、この、ちょっ!」
別の所からは女性の悲鳴が聞こえてくる。発しているのは覆面の方。追い込んでいるのは小百合。魔法が目立つ彼女だが、運動もかなりやる。俺、近接戦闘で一回だって勝てたことないもの。かなり追い込んでいるので、このままならあっさり……。
「
「なっ!?」
小百合の珍しい驚く声。なんと、相手の姿が消えている。そういうアビリティなのだろうか。……魔法でできることをそっちでやるというのはちょっと、もったいなくない? とも思える。アビリティならではの強みがあったりするんだろうか。
「万引き犯が出てきているから、予想するべきでした。まさか貴女とは」
「あのときの恨み、ここで晴らしてやるから……」
「スパークッ!」
「ひぃっ!」
魔法は、見えている相手にしか使うことができない。でも、『その辺あたり』を目標にして撃つことはできるそうで。声のする方向に、とりあえずぶっ放したんだろうな。あの状況から察するに、多分当たってない。あれはちょっと時間を取られそうだな。
……それにしても、あの会話。小百合はどこであの覆面と知り合ったんだ?
「おっしゃぁ!」
「ひぃぃ!?」
元気の良いのと、身の危険を感じるもの。片方は三郎君で、もう一つは覆面だ。身長二メートルのフィジカルエリート。元々の資質に加え、プラーナとそれに適した武功を身につけた彼は、正直まっとうな手段で止めるのが大分難しい。
大概のことは筋肉で解決出来てしまうのではないか、と錯覚してしまうほどのパワーにスキルが追加されているのだ。盾を構えても、重装鎧を着込んでも、彼の進撃を止めることは出来ない。
うん、彼のスパー相手、主に俺だからね。くっそ辛いよ。でも、三郎君ったらニコニコしながら『社長、ありがとうございます!』とか『社長じゃないと重さが足りねえっすわ!』とか言うからね。断り切れないのよね。
そんな俺の犠牲の元に培われた三郎君の攻勢に、一般ハンターごときが耐えられるはずもない。防戦一方、どうしようもないようだ。あと、どうやら魔法使いらしい。マナの盾を使っている。アレがなかったらもっと早く終わってたな。
「た、助けろ! このままじゃ支援もできねえよ!」
「出来るならやってる! くそ、ケンジ! 半戸の腰巾着がよぉ!」
「そういうてめえはアントニーの手下じゃねーか。落ちるところまで落ちたなあ!」
あ。連中も来ているのか。まあ、アントニーと一緒に警察に突き出したからな。ある意味順当な流れか。ということは、元同僚同士で殴り合っているんだな。
「ヒロミ、てめえも! 俺らの誘いには乗らなかったくせに!」
「あんた達みたいな下半身バカにくっついていくほど、頭カラッポじゃないのよ!」
魔法の輝きを伴ったクォータースタッフが唸りを上げている。怒っているが、動きそのものは大変冷静だ。着実に追い込んでいる。押し込めきれないのは、相手の体力が残っているからだ。天秤が傾けば、決着は速いだろう。
「てめえら何コナかけようとしてんだゴラぁぁぁ!」
……むしろ、今のやりとりを聞いてプッツン切れたケンジ君が心配である。まあパワーも上がったようだから、それでどうにかしてくれることを祈る。
「くそ! ひらひら飛んでるんじゃねえ! 降りてきやがれ!」
覆面が、天上を見上げて叫んでいる。
「やーだよー! オラァ! 頭下げないと大変だぞぉ!」
「ひぃ!」
この場で、最大の機動力を持つのが流である。縦横無尽に空中を飛び回り、自分の相手のみならずあっちこっちにちょっかいをかけている。それがかすり傷ですむならば、脅威ではない。しかし、飛翔剣の刃は鋭い。
かすれば切り傷、刺されば重傷。しかも速度が速いから避けるので精一杯。反撃を狙おうとすれば、ほかから殴られかねない。流は見事に状況を引っかき回していた。俺たちに有利なように。
すでに何度か、アントニーの後頭部を脅かしている。おかげで俺も一息つけたりして、助かっていた。決定的ではないが、明らかに一人分以上の働きをしてくれていた。
一人で複数人分の仕事をしている奴と言えば、もう一人。
「妙技! ポルターガイストハラスメント! あ、ほい、そい、ちょいやさっとな!」
「あああ! くそ、やめろ、うざい!」
宏明が、テレキネシスでやっている事は何か。相手の装備を掴んで、適当に引っ張り回しているのである。武器だろうと鎧だろうと、身体の動きと違う方向に持って行かれてはまともに動くことはかなわない。それが真剣勝負の最中なら、もうそれだけで致命的だ。
「あいつぶっ殺せ! 後のこととか知ったことか!」
「そうは言うが……ぐわっ!」
「やらせるわけないでしょ、間抜けども」
そんな風に、行動阻害を食らっているのが三人いる。それを相手取っているのがとわさんである。さすがはハガクレの元ナンバーワン。いや、身体能力においては完全にその座を取り戻したと言っていい。
先ほど三郎君が凄いと言ったが、彼女はその上を行く。武功書に書かれた技術を最も高い精度で習得しているのが彼女だ。ぶっちゃけ、新しい技術を学ぶべきだと崑崙マーケットの達人達から助言をもらっているほど。
その突きはハンマーのごとく。その蹴りは粉砕機械の見まがうほど。乙女の身体から繰り出されてよい威力ではない。相手がハンターだからこそ大事になっていないが、そうでなければ今頃重症患者がマグロの水揚げ場のように並んでいたことだろう。
相手が弱い訳ではない。対人戦闘ができて、プラーナやマナが使える。妨害されてなお、まだ立っている。東京のハンターならば、一流の上位に数えて良いだろう。それを圧倒しているのだから、二人がいかに優れているかわかるというもの。
このままでも時間をかければ、こちらの勝利で終わるだろう。しかし我が社の層は厚い。厚くなったのだ。今ここに、闘魂たぎる投球が放たれる。
「
「ごほぉ!?」
ライズボール。下から浮き上がってくる軌道のボールが、覆面の一人の腹へ突き刺さった。正確にはボールではなく、水入りペットボトルだ。投げるに適さないそれを、正確にたたき込めたのはアビリティの力か。
ほかに投げるものが無かったのだろう。ナイフでは殺傷力がありすぎるしな。とはいえ、見事なピッチングだった。とわさんが、えづく覆面の後頭部に容赦の無い一撃を加えた。そのまま崩れ落ちて、一人ダウン。
そして、こちらの攻勢はそれだけに留まらない。
「ぐあっ」
腕を押さえて体勢を崩す覆面。そのまま二、三歩ふらついて倒れる。いつの間にかそこには、
「綾乃!? あんた、いつの間に! 私の獲物だったのに!」
「社長からの指示です。それじゃ、ほかのも貰いますから」
「ちょっと!?」
二人目もダウン。このままなら、あちらが片付くのもそう時間は取られないだろう。コレで天秤はこちらに傾いた。
「クソザコてめえ、またやりやがったな!?」
「応よ! 十人で相手するって口にしたあの時に思ったのよ! ここでもう一人伏兵仕込めば刺さるかなって! 大正解!」
宏明に伝言を頼んで、綾乃さんに参戦してもらったのである。ハガクレの中で最も隠れるのが上手い彼女である。この乱戦を利用して、上手く敵側の背後の入ってくれた。ぶっちゃけ俺も、彼女がどうやってあそこまで行ったのかさっぱり分からない! すごいね! 後多分、毒使ったと思うんだけどあれ大丈夫かな!?
「どこまでもコケにしやがってよぉ……身の程を弁えねえと、どうなるかわかってんだろうなあ!」
「身の程? しっかり弁えているとも! 俺社長! お前犯罪者! 俺が上でお前が下! ほらバッチリ!」
「ぶっ殺す!」
殴り合いながらこんなやりとりをしているが、どうにかそれも終わりそうだ。流のサポートもあり、お互い痛手無しという状態で拮抗している。だが後二、三分もすれば仲間が合流してくれる。あとは袋だたきにしてしまえばそれで……。
「スペクターが、飛んだ!」
唐突に、そんな叫びが聞こえた。それが終わるかどうかというタイミングで、地面をいくつもの黒いもやが転がっていく。やがてそれは、人の形を取り始めた。間違いなく、スペクターだ。そろって全員、両足が膝下から消えている。
つまり足を消費したということだ。どのように? ……たぶん、ロケットのように自分を発射したのだろう。大昔のアニメでいたね、そんなロボット。
何故こんな奇行をやらかしたのか。これも推測でしかないが、我が社のハンター達で前に進めないから、かな? あいつらを呼び寄せるスタンピードクリスタルはこの場で使われた。ここがゴールなら、そういうこともするだろう。
「くそ、まずいな」
ゆらり、と立ち上がる黒いガス人間。今はまだ三体程度だが、この敵味方入り乱れている状態では極めて厄介だ。いったいどう動くのか……。
「よそ見とは余裕だなあ!」
そして、こんな状況でもアントニーは止まらない。執拗に俺へ攻撃を仕掛けてくる。ええい、怒りで正常な判断を放棄している奴は始末に負えない! 横薙ぎの一撃を、何とか盾で受け止める。みしり、と木材が軋む音が伝わってきた。不味い、そろそろ盾が限界だ。
なんとかしてこの状況を打破しなくてはいけない。となれば、変数であるスペクターを利用するのが最適か。モンスターの攻撃に、アントニーを巻き込めば……等と考えていたのが悪かった。するりと伸びたクォータースタッフが、ほんの少しだけ俺に触れた。
距離が遠い。そこから当たっても痛くない。だから通してしまった。それが油断だった。
「
「ぎあぁぁぁぁ!?」
爪に釘。歯を抜かれる。指を潰される。目を突かれる。電気を流される。複数の痛覚が、一度に刺激される。アントニーのアビリティによる攻撃。後のことなど考える余裕も無く、地面に転がって距離を取る。プラーナを巡らせて、影響を排除しようとする。
解除するだけなら、マリアンヌさんの魔剣を使えば早い。しかしそれはだめだ。身体に溜め込んだプラーナまで霧散してしまう。周囲にスペクターがいる状況では、さらに不利になりかねない。
涙をこぼしながら、どうにか影響に抵抗する。そこに、再びアントニーが襲いかかってくる。威力を捨てた、ただただ速度重視の突き。それが今は、とてつもない危険を伴っているとよく分かる。くそ、あの野郎。武器を通してアビリティを使用できるようになったのか!
触れただけで行動不能にされる。やはり、あの拷問官というアビリティは本当にやばい。クォータースタッフを持ってきたのはそういうことか。あの長さは、脅威だ。
「社長、危ない!」
「くぅっ!?」
とっさに身を翻す。マナの爆発が、至近距離で発生した。スペクターのアームショットだ。流の警告のおかげで直撃だけは避けられた。それでも、風に煽られた空き缶のように転がる羽目になったが。プラーナで強化していたとはいえ、体中が痛い。
でもプラスもあった。アントニーから離れることができたのだ。
「……くそ、こっちに来るんじゃねえ!」
さらに、攻撃を放ったスペクターが、あっちへターゲットを移した。ほんの少しだけ、猶予を得られた。これは最後のチャンスだ。ここでどうにかしなければ、負ける。
猶予は、アントニーがスペクターを倒すまで。さあ、何ができる? 仲間達は? ……だめだ。残りの覆面と、どんどん増えるスペクターの対処で手一杯。こっちを気にしてくれているが、手を回す余裕は無い。
小手先のごまかしでは駄目だ。一瞬の変化は得られても、その先がない。必要なのは、大きな力。そんなもの、普通だったら望んだときに現れたりはしない。そういうものは普段から訓練して準備するものだから。
しかし俺はダンジョンに関わってからずっと、己を鍛え続けてきた。素質がない。時間も短い。覚えも悪い。戦士としては大きなハンデだ。しかし、ダンジョンのマナ、モンスター食材の栄養、そして武功書の知識。これらを吸収し、実戦に明け暮れた。
その結果アビリティ、大君《タイクーン》という俺だけの力を得た。そしてこれは、己の意思を反映し力を発揮する。成長する能力だ。
今だ。今しかない。この追い込まれた状況、命の危険。何より社員達が危険に晒されている。ここでどうにかしなくては、あいつらに顔向けできないではないか。
やるんだ。俺にはできる。俺の望み。俺の意思。
「入川ぁぁぁ!」
スペクターを蹴散らして、アントニーが迫る。クォータースタッフが振り上げられる。俺は拳を握りしめた。かつて、最初に感じたあの感覚。魂が大きく脈打った。
「
「ご、ほぉ……な、なんだ……!?」
奴が状況を理解する前に、さらなる追撃をかける。クォータースタッフで防ごうとしているその上から、思いっきり蹴りつける。
「
杖がへし折れ、破片が飛び散る。二歩後退するアントニーの脇腹に、剛力のフックを突き刺す。
「
内臓を吐き出しそうなほどにえづく相手へ、止めの蹴りをお見舞いする。
「
衝撃を吸収し破損するプロテクター。その破片をまき散らしながら、ハントニーは壁に叩き付けられた。そのまま動かない。生きてはいる。しぶといやつだ。……俺に相手を即死させられるだけの能力がまだ無いだけとも言う。
「皆さん、ご無事で!?」
「でっかいスペクターが来たぞ!」
そして、状況はいよいよ最終局面へ。アビリティを使ったらしい道明さんが現場に到着。同時に、下の階から3mほどのスペクターが現れた。その体積はあの四本腕トロール、戦士クワットを思い起こさせる。
ほぼ間違いなく、スペクターのボスだ。こんなのまで引っ張ってしまったのか。……皆、疲労している。短期決戦で行かないと、全員危うい。やるしかない。
俺は道明さんの目を見た。彼は頷いた。俺はボスを指さし、叫ぶ。
「総員、全力攻撃!
一瞬だった。ハンター達は、目の前のスペクターを一撃で葬った。魔法使い達は、最大火力の魔法をボスへと放った。そしてそれが到達する前に。
「
目にも留まらぬ早業で、ボスは全身を切り刻まれた。一切の反応を許されず、巨大な亡霊は魔法の雨に打たれて消滅した。……バレーボールほどのコアが地面に触れる寸前、道明さんの手によって回収された。ナイスキャッチ。
怠け者、日陰者の二人はメロンブックス様の特典小説に登場したキャラクターです。