【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
慣れないダンジョンの中を、アサナギインダストリーの
「……まだつかないのか」
「もう少し、先です。匂いがしてきたら、すぐですよ」
護衛であり、案内役である
「どういうことかね迎ハンター……うん?」
試しに鼻を使ってみれば、僅かながら空腹を刺激する香ばしさが漂っていた。首をかしげていると、先頭のハンターが前を指さした。
「ああ、そろそろです。ほら、見えましたよ」
その先には、奇妙な光景が広がっていた。テントだ。獣皮で作られたらしい頑丈そうなテントがいくつも立っている。煙も上がっている。ダンジョンの、それも地下三階で。
川那部は目を疑った。ダンジョンに関わるようになってそれなりに経つが、こんな非常識は初めてだった。
「迎! 四本腕が来るぞ!」
「部長、アレです。報告した例のトロール」
「ああ……わかった。交渉は私がする。守りは任せたぞ」
そんな会話をしているうちに、それは大きな足音を鳴らして目の前に経った。異形の巨人。凶悪な武装をひっさげた怪物。川那部は震えを抑えきれなかった。
「ふん。……また来たか。今日は長を連れてきたのだな?」
「ああ……ああ! そうだ! こっちがウチのボスだ!」
迎もまた震えながらそう叫ぶ。川那部は覚悟を決めて口を開いた。
「お初にお目にかかる、私は……」
「ああ、済まんが、交渉は私の仕事ではない。ついてこい」
肩すかしを食らい、思わずつんのめる。まるで漫画のようだが、それほどまでに身体に力が入っていたのだと気付く。疲れる。政治家や他社の重役と話すよりも、よほど。
テントの近くまで来ると、いろいろな種族が居ることに気付く。四本腕より一回り小柄な同族。もちろん全員二本腕だ。そうかと思えば、大人の胸ほどの背丈の種族がせわしなく歩き回っている。どうにもこちらの方が知的らしい。服装が全然違うのだ。
「旅団長。客人だ」
「ああ! ごくろうさんごくろうさん! どうもどうも、お客人! ささ、どうぞこちらへ」
「ああ、どうも、はじめまして」
ここのトップは小柄な種族の方らしい。一番上等な仕立ての服(もちろん、地球の被服技術には及ばないが)を身につけた緑の肌の男。少し大きめの犬歯に、ややとがり気味の耳。間違いなく、人間ではない。
「遠い所をようこそおいで下さいました。私、この金鍋旅団《かねなべりょだん》を率いていますマーチャント・ゴブリンのロングトークと申します。あ、ゴブリンと聞いて気分を悪くされましたか? 申し訳ない。確かにおっしゃるとおり、ゴブリンは野蛮です。増えることしか興味が無い、卑怯者のレッサー! 戦って奪うだけの、ウォー! 神と交信するとか寝言をいって、キノコばかりかじっているマッシュルーム! しかぁし! 我らマーチャントは違います! 我らこそ、この世の真理! 金! 金の取引に目覚めたゴブリン! もっとも知恵のあるゴブリン! それが我らマーチャント・ゴブリンなのです!」
話が長い。テンションも高い。違う言語を話しているのに日本語として聞こえてくる。川那部は正直、悲鳴を上げて逃げ出したかった。何が悲しくて、ダンジョン地下三階などという危険地帯まで来なければいけないのか。
しかし、嘆いている暇はない。今まさに、世界は変わろうとしている。いよいよ、異世界から別種の知的生命体が現れた。そしてその接触の機会がある。ここで踏み出さなければ、状況に乗り遅れるのだ。
いや、すでに遅れている。田舎の小さなダンジョンカンパニー、ミナカタ。新設されて僅か一年だというのにあり得ない組織力を持っている。それに加えて、アサナギが把握していないダンジョンの秘密に触れている。
あの成長の秘密がこれに関係しているのなら、なおさら自分たちが遅れるわけにはいかない。なにせミナカタは、竜宮グループと取引を持っているからだ。自分たちと肩を並べるダンジョンカンパニーが、ダンジョンの秘密に触れる。このままでは、さらに後れを取ることになる。
自分は成り上がり者だ。会社での地位は、利益あってこそのもの。このまま業界での競争力を失うということは、会社での地位もまた失墜するということ。それは全くもって許容できないことだった。
だからこそ、この不気味な相手とコンタクトを取ることにした。覚悟を決めなければならない。全ては己の栄光のためである。
「……初めまして。ミスター・ロングトーク。私はアサナギインダストリーでハンター部門の部長、川那部と申します。お目にかかれて光栄です」
「これはこれはご丁寧に! 不勉強で申し訳ない、そのアサナギインダストリー? という組織がどこの蛮王様の国なのかとんと知りませんで。よろしければ詳しく教えていただけないでしょうか?」
「ええ、ええ。もちろんです。……そうでした、ご挨拶の品を持ってきているのです。よろしければ、お納めいただけますか?」
正直、これは賭けだった。価値観が分からない相手に、何を送るべきか。迎の話によれば、ハウルボアを食べていたという。それも美味しそうに、である。つまり味覚は人間に近い。その想定で、色々持ち込んでみた。
ハンター達に運ばせたコンテナを開く。本当に、色々持ち込んでみた。松阪牛のブロック肉。高級果物詰め合わせ。カップラーメンのセット。ケイブチキンの燻製。ダンジョンから見つかった魔法の剣。金のインゴット。
それらを並べてみせると、相手の表情が変わり出す。うさんくさい愛想笑いから、真剣な物に。目など特に顕著だ。大きく開かれ、贈り物から離れない。
「つまらな……いえ。どのようなものがお好みになるのか分からなかったものですから、なるべく貴重な品をご用意いたしました。いかがでしょう」
一瞬、日本人らしい癖で謙《へりくだ》った態度を取りそうになったが改めた。相手はこちらの文化を知らない。変に取られる可能性が高いからだ。海外の取引先とやりとりした経験が役立ってくれた。そんなことを思いつつ、ロングトークの反応を見る。
彼は真剣な表情を崩さないまま、呻くように言葉を漏らした。
「これが……贈り物? タダで、くれると?」
「はい、もちろんです。なにかお気に召した……」
「駄目だ、それは駄目だ」
明確な、拒絶の言葉。川那部はしくじったかと思ったが、直ぐに考えを改めた。ロングトークの目が品物から動かないのだ。
「取引は、公平でなくてはいけない。差異は次の取引に影響を及ぼす。タダはいけない。タダを返さなくてはならなくなる。どんな損を被るかわかったものじゃない。タダはいけない……」
独り言というよりは警句、あるいはお経のようだった。繰り返し繰り返し、声に出し続けることで覚え込むもの。ひどく真剣にそう口ずさむ小男を見て、川那部は直ぐに新たな手を思いついた。
「なるほど。そちらの風習を知らずにこのようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした。では、こちらは下げさせていただきます」
「ああ……」
これ以上無いほどの、未練からの声がロングトークから漏れた。それを聞いて川那部は、自分の思いつきが上手く行くであろう確信を得た。
「代わりと言うにはよろしくないかもしれませんが……こちらの品物で、取引させていただけませんか?」
「取……引……?」
品物に向けられていた目が、川那部に向けられる。あまりにも欲にギラついていて、ハンター達の後ろに隠れたくなった。しかし、交渉をしているのは自分なのでそうもいかない。
そして、さらに周囲のそれに気づいていよいよ喉から悲鳴が漏れかけた。見ている。ロングトークと同じ種族、その誰もが贈り物のコンテナに釘付けになっている。
「ひ、卑劣……」
いよいよハンター達の後ろに逃げようかと考えていた川那部の耳に、そんな言葉が届いた。酷い言われようだ、と思いながらロングトークを見やる。しかしその表情はこちらをなじるものでは無く、感心と敬意が表れていた。
「こんなにも素晴らしい品々を並べておいて、交渉を持ちかける……抗えない……利益が、金貨が跳ねる音が聞こえてくる……。卑劣……見事。……何だ、何が欲しい。マジックアイテムか? 霊薬か? 食料と水?」
「情報です」
半ば割り込むように、自分の目的を語る。そうしないといつまでも話していそうだからだ。
「私は、皆さんと、皆さんがいらした場所について知りたい。そして、できれば今後の取引に繋がるようなお話も。皆さんが欲しいものを、知りたい」
ロングトークは手で口を押さえた。その目は、周囲に忙しなく向けられる。そこに居た同族達は、壊れたおもちゃのように首を縦に振った。
一通りの同意を得た旅団長は、最初の愛想の良さを放り捨てた。油断なく、唸るように話し出す。
「……いいだろう、情報を売ってその品を手に入れる。それにしても、実に狡猾。見事な邪知。もしや、魔法で化けているだけで実は我らと同族なのでは?」
それが侮辱なのか賞賛なのか分からなかった川那部は、必死に愛想笑いを浮かべてこう返した。
「日本人で、地球人です」
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スペクターのボスを倒した後、二日かけてダンジョンを調査した。ほとんどはあの時にまとめて片付いたらしく、残りは大変少なかった。具体的に言えば十体程度だった。
道明さんは事態の解決を宣言。警報は解除され、観光地の人々は歓声の声を上げた。今回のことで痛手は間違いなくあっただろうが、夏はまだ続いている。なんとかここから、挽回してほしいものである。
我が社の分割社員旅行も、無事に予定した分を完了させた。社員およびその家族たちのリフレッシュになったのなら幸いである。
そうして俺たちは、レンタルした大型バスに乗って帰路についた。荷物にはお土産がたっぷり。これは自分たちで買ったものもあるが、ダンジョン近くの地元の方々からいただいた物も多い。ものすごく感謝の言葉も頂戴して、なんともこそばゆかった。普段はないからね、こういうこと。みんなも結構照れていたな。
サービスエリアでご当地グルメを食べながら、帰り着けばもう夕方。会社の周囲は、昼間の陽光によって暑さが凄まじい事になっていた。
「あつーい!」
「大仕事を果たした俺たちに、自然は厳しい!」
流と宏明が騒いでいる。苦笑しながらバスから降りれば、留守番組が迎えてくれた。事務の元地王組、鈴木さんが話しかけてくる。
「お疲れ様です、社長。荷物下ろし、手伝います」
「ああ、そっちも疲れてるだろうにすまんね」
「いいえ、こちらは平和でしたから」
なんとも言えぬ笑顔を浮かべる彼。アントニー襲撃の一件は伝えてある。元同僚のやらかしはそれなりに思うところもあるのか。
「戻ったばかりですみません。今週中に片付けたい書類が少々ありまして、それだけ決済していただけないでしょうか」
「ああ、了解。かっつん、ここ、任せていいかー?」
「はい、どうぞ!」
そんなわけで階段を登り、二階の事務室へ。流石にわざわざ社長室へいくのも面倒だしね。開いている机を借りて、どんどん片付けていく。……疲れている脳に、数字は辛い。大丈夫、俺にはプラーナがある。落ち着いてこれを巡らせれば、事務仕事すらたやすく……は、ならないけど頑張れるレベルになる。
うんうん唸って三十分。書類が片付く頃には、下は大分静かになっていた。
「おしまい、と。お疲れ様でした」
「社長こそ。最終調査に参加されていたのでしょう?」
「まあ、責任者としてはね。……鈴木さん、ほかに仕事は?」
「いえ。今日中のものはありません。あとは来週ですね」
「……ああ、そうか。今日は金曜日か」
ドタバタしてて曜日の感覚が抜けていた。いつもの仕事って、いろいろ結びついているからなあ。
「さーて、それじゃあ……」
「社長さーん。まだですかー? 魔女さんもお待ちですよー?」
椅子から腰を浮かせたところで、里奈さんが事務所に顔を出した。……うむ。鉄は熱いうちに打て。思い立った日が吉日か。
俺は小さく深呼吸してから……拳を己の額に打ち付けた。
「社長!?」
「社長さん!?」
「ああ、ごめん驚かせて。ちょっと気合いを入れただけ。……鈴木さん、事務所閉めたら上がってください。社屋の戸締まりは俺がやりますから」
「はい? いえ、何かあるならお待ちしますが」
「いやちょっと、時間を取るので。それで里奈さん、よろしい?」
「なんです?」
きょとんと首をかしげる彼女へ、決意を持って告げる。
「約束を果たす時が来ました。戦闘装備でダンジョンへお願いします」