【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
先頭の、若く華美な青年が突撃と同時に吠え立てた。現れたのは、そろいの道着に身を包んだ一団だった。皆、腰に剣を下げている。よく知った服装だったが、顔はほとんど知らない。僅かに数名、知人がいたが。
「待っていましたよフェイロン。予定よりもずいぶん多く連れてきましたね」
しかしマリアンヌさんは、叫んだ男ではなく待ち人に対して声を掛けた。いつもは泰然とした姿を崩さない彼も、今日ばかりは苦い顔をしている。
「申し訳ない……私が至らぬばかりに、この有様だ」
「謝罪の必要など無いぞフェイロン師弟! 我らは何も間違ってはいない! 強いて間違いを上げるなら、この場に邪派がいることだけよ!」
俺たちが待っていたのは、たった今しょげた顔をしているフェイロンさんである。彼とその部下、そして道案内を連れて出発するというのが本来の予定だったのだが。
「剣を振り回すことしか能のない崋山派は、ここでは場違い。大人しく本拠地の山奥に引っ込んでいると良いだろう」
「ビルの間を飛び回り、一般人を暗殺することしか能のない連中に言われる筋合いは無い! ここは魔境だ。貴様らのような者こそ、お門違いというものよ!」
邪派……閻王殿の黒ずくめと、飛龍が連れてきた男が言い合っている。一触即発の雰囲気だが、おそらく止められるだろう。全員、我が社の連中の射程内にいる。動いた途端に大惨事だ。彼らもそれが分かっているらしく、戦闘態勢を取ったりしていない。
「……これは一体どういう状況なんだよ」
憲治が武器に手を掛けながらそうぼやいている。俺も同じ気持ちだ。
「フェイロン大侠は独自に動こうとしていた。しかしそれを、門派の上役に気づかれた。あげくに閻王殿とやらに情報が漏れてしまってこの有様。そう言うことですね」
小百合が冷静に容赦なく、状況をまとめてくれた。あ、フェイロンさんがさらにしょげている。あの人のあんな姿、今まで見たことない。
「小百合ちゃん。そもそも何で、こんなに沢山押しかけてきてるわけ?」
「その理由を知っているのは、魔女殿ですよね?」
宏明からの疑問を、返答できるものにパスする。当人は小さくため息を吐いた。
「……この蛮族の楽園は、地球では容易に手に入らないような資源が豊富に存在します。マナを大量に含んだ霊草。様々な神秘金属。我々が触れたことの無いような概念の魔法。つまりは宝の山なのです。それを求めてこうして、街ができるほどに」
マリアンヌさんの言葉にモーリーが続く。
「かつて純金老師は手勢を率いて、初の異界探索を成功させました。その成果は、我々の界隈を大いに震撼させたのです」
「それにあやかろうと、多くの腕に覚えのある者がこの地を訪れているが、結果は芳しくない。怪物も、神秘も、罠も、どれもが大いなる脅威。我々は、多くの血を流しながら僅かに地図を広げていくのが精一杯だ」
飛龍がさらに言葉を重ねる。なるほど、つまりは。
「一回大成功した経験のあるマリアンヌさんにくっついていって、おこぼれに与ろうと」
「仰る通りで」
「そのような卑しい志ではない!」
モーリーは潔く認め、大声男は認めなかった。……うーん、人格や人間性が垣間見えるな。
「この洞穴は天然の迷宮! 終わりが見えず、怪物も無尽蔵! 罠も数多く、危険は数限りない! そんな場所に僅かな手勢で挑むのは自殺行為! 故に私、崋山派長老
聞いてもないのにぺらぺらと喋る大声男、リエンウー。非常にノリノリである。フェイロンさんは逆に干されたワカメのように生気を失っていく。
さて、いい加減このままじゃあ困る。一言いわねばと、俺は立ち上がった。
「えー、申し訳ありません。マリアンヌさんから依頼を受けたミナカタ社の社長をしております入川と申します。今回の探索は情報収集が目的です。戦闘はなるべく避けていく方針なので、このような大人数ではかえって目立ちます。移動や補給の計画にも問題が出るので今回はお引き取り願いたいのですが」
「貴様が決めることではあるまい!」
そして、バッサリと怜央に切り捨てられる。
「聞けばそちら、表でぬくぬくとやっている一般企業というではないか。こちら側の経験も実績も無い。そんな連中を使うなど、純金老師ともあろうお方が何をなさっているのか! 同道するのは、この森羅宮が開かれて以来、周辺調査に尽力してきた我ら崋山派こそふさわしい。そうは思われませんか」
なんともひどい言われよう。しかしこっちが口を開く前に、墨礼さんが静かに返す。
「華長老、
「邪派ごときが崋山派を愚弄するか!」
「事実をお伝えしたまでのこと。まあ、成果があること自体は認めます。危険地帯を力尽くで切り開き、道を繋げたのですから。もっともその見栄のために犠牲になった弟子達に、正しく報いられているかは大いに疑問ですが」
「貴様、言うてはならんことを!」
たちまち、一触即発の雰囲気が醸し出される。いやもう、迷惑なんで余所でやってくれ、という言葉が喉まで出かかっている。
「崋山派はともかく、我ら閻王殿の同道は必須ですぞ純金老師。なにせ予定していた案内役は床と厠を往復しております。発熱と腹痛だそうで、きっと何か悪い物でも食べたのでしょう。快癒を祈りたいと思う次第です。ああそういえば、他の案内人共も似たような症状だとか。宴会でもやったのでしょうなあ」
「貴様ら、やりおったな!?」
リエンウーがまた吠える。声が大きいなあ。そして、マリアンヌさんは呆れを隠しもしない。
「薬を盛っておいて、いけしゃあしゃあとよく言う」
「誓って、我らではございませぬ。この噂を聞いた他の邪派によるものです。まったく、どこで聞きつけたのでしょうか」
「白々しい嘘、という演技だけは上手いと褒めてあげましょう」
……さて困った。ここに来て早速計画にトラブルだ。今の発言をそのまま受け取るならば、依頼した案内役は来られない。できればその引き金を引いたと堂々と語る閻王殿など雇いたくないが、スケジュール的にそうしなければならないだろう。
となると当然、やかましいイケメンも連れて行けと騒ぐだろう。俺たちを完全に舐めているので、行動方針にも口を出してくる可能性が高い。ほぼ間違いなくやるだろう。
マリアンヌさんの権力でゴリ押す? いやそれも不味いんだよなあ……。
「えー、そちらの事情は理解しました。しかしこちらとしましても、すでに予定を組んで行動を開始している状態でして。これ以上の遅延は全体に問題が出ます。そこで早急に落としどころを……」
「黙れ小童! 何故貴様ごときが仕切るのか。身の程を弁えよ!」
……で、こっちを舐めてるリエンウーが遮ってくる。ずいぶん上から物を言ってくれるよ。ここでの実績がそう言わせているのかもしれないが。
「そもそもなんだ、貴様のその位置は! うらやましい! ……もとい、けしからん! 美女二人を侍らせるだと! そういうのは、この私のような華美な者にこそ許されるのだ!」
「長老」
「ええい、止めるなフェイロン師弟! 見よ、この身の程知らずを! 武骨なし! 顔は平凡! 短足! 身体は多少鍛えているようだが……それだけよ! こんな者が隊を率いる? ありえぬ! 早晩全滅がオチよ!」
ちくちく痛いことを言ってくれる。わりと聞き慣れた罵詈雑言だが、初対面の人間に言われると流石に少々腹が……。
「黙りなさい、リエンウー」
「好き勝手、言ってくれますね」
美女二人がキレた。逃げ場がないほど茨が繁茂する。刃の恐怖が展開される。危険を察知した武人たちは、慌てて回避を試みたが遅かった。ほとんどの者がなすすべ無く捕縛されていく。
しかし流石は達人。リエンウーとモーリーさんだけは難を逃れた。二人とも部屋の外に逃げ出している。たいしたものだ、余裕は全くない感じだけど。
そして、キレたのは二人だけじゃなかった。社員達のエンジンに火が入る。プラーナやマナが稼働しはじめ、剣呑極まる殺気がリエンウーへと叩き付けられる。
「社長、あれ殺っちゃっていいですよね? ここ地球じゃないし」
「ダメに決まってるでしょう。落ち着きなさいサッチー。みんなも」
「ですが社長。あの侮辱は限度を超えています」
「かっつんも落ち着いて。分かってるから。はい、ミナカタ社集合ー」
あいつミンチにしようぜ! という勢いの社員達を無理矢理集めて小声で話す。まあ武功を習得した人たちなので、小声でも聞こえてるだろうけど。
「いいか? たしかにあのとっぽいのは心底腹立つけど、袋叩きはダメ。だって相手は華山派。取引先なんだよ? 崑崙マーケットには、いーっぱい、お世話になっているだろう?」
俺がそう話してやれば、理解と共に頭にクールダウンしていくのが見える。これまでの我が社の躍進は、崑崙マーケットがあったからこそだ。そして現在も、無くてはならないパートナーに変わりない。
なんと言っても、現在もっとも利益が出ているハウルボアとファングツリー。この二種類の解体と販売は、マーケット無くして成り立たない。
まずハウルボア。あの巨体を切り分けるのにはどうしても時間がかかる。仮に出現場所である地下四階で着手すれば、たちまち血の臭いに引きつけられた同族に囲まれることだろう。結果、僅かしか持ち帰れず人件費も回収出来ないレベルの肉しか持ち帰られないに違いない。
ファングツリーも同じくらい渋くなる。なんと言っても売却部位が大きく減る。地上で宇売り買い出来るのは実、大分金額が落ちて葉っぱだ。木材需要は全くない。しかし崑崙マーケットでは超人気商品だ。我が社の装備向上に大きく役立っている。
「今後ともよろしくやっていくためには、アレを寄ってたかってボコボコにしちゃいけないの」
「はい! じゃあ私が斬ります!」
里奈さんが邪気のない笑顔でそう宣言する。たしかに、それができるのは彼女だけだろう。俺たちの中で崋山派の技を最も知っているのが彼女だ。飛龍と何度も刃を交え、経験と対策を積み上げている。それはあのリエンウー相手でも通じるだろう。
しかしこのまま戦闘スタートは、具合が悪い。
「最低限、互いに納得が行く形でやらないと、問題だけが残るだろうなあ……」
「フェイロン大侠の顔を立てなければいけないと」
「その通りだかっつん。我が社の大切な取引先だからな」
「……本当に済まん」
彼とその部下は、茨に巻かれていない。それでも仲間を助けてくれとは言わないのは、こちらに対しての配慮と信頼故か。であればなおさら、こちらもそうしなければいけない。助け合いは大事だ。同時に、リエンウーはボコらねばならぬ。
「ずいぶんと言ってくれる! このリエンウーを侮るか! 弟子達を解放しろ!」
「黙っていろ小僧。これ以上さえずるなら、貴様らの門派をダンジョンから永久追放にしてくれるぞ」
「そ、それはできぬと今そこの小僧が……」
「同じ働きができる門派を、新たに用立てれば済むこと。その間の損失は私が埋める。しかる後に貴様らに三倍請求する」
「ご無体な……!」
マリアンヌさんが良い感じに押さえてくれている。できればこの代替案には乗りたくない。彼女が紹介してくれる新しい取引先が、崑崙マーケットと同じだけの仕事をしてくれるとは限らないのだ。家だって少なくないだけの労力を支払う羽目になるだろうし。
あのアホを上手くボコれば問題ないのだ。やりきらねばならぬ。我が社が今後も上手くやっていくために。楽をするために。
「そしてモーリーさんも。ちょっとあちらの言い分をそのままは飲めないんだよなあ」
「はい、承知しております」
彼は部屋の入り口から平然とそう返してくる。この人も部下が茨に巻かれているのになあ。
「えー……とりあえず仮の話なんですが。貴方の部下は預かった。無事に返してほしくば交渉のテーブルに着け、という発言をした場合そちらの対応は?」
「返却不要、と返しますな」
「……部下がどうなってもよろしいと?」
「閻王殿の利益と名誉の礎となるのです。しかも交渉相手は純金老師。下手な探索や任務で命を落とすよりよほどマシな死に様でしょう」
ハッタリ、だと思いたい。思いたいけど多分マジだ。捕まっている部下の方を見れば、微動だにせず状況を見守っている。抜け出そうとしてダメージ受けている崋山派とは本当に色々違うのだな。さて、とりあえずこのままでの交渉は無理、と。
となればもう、やはり腕力交渉しか無いのか? それでいいの? そんな風に頭を抱えていた時だった。
吹き抜けから、とてつもない気配を感じた。まるで唐突に山が現れたかのように錯覚させられるもの。これと同等レベルといえば、あのドラゴンを引き合いに出さなければいけない。そういう存在感。
「おや、まあ」
一樹さんが、なんとも言えない感情がこもった声をあげている。驚きと、懐かしさ? ともあれ、その人物は堂々と名乗りを上げた。
「天魔神教、小教主
燃え上がる炎の刺繍が施されたローブを身に纏った二十歳くらいの美女が、尊大にそう言い放ってきた。宙に浮いた状態で。プラーナの力だけで空に浮けるものなの? どんな気功なのそれ。
似たような格好の人たちも、後ろに見える。見下ろし用の張り出し等に立ち並んでいた。結構多い。ともあれ、ついに俺は我慢できずにこういった。
「とりあえず全員、表に出よう。狭い」