【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
片付けが終わった舞台の上で、次の試合が始まろうとしていた。
「第二試合。崋山派から長老
「本日ご観覧の皆は幸運に恵まれている! 我が梅華剣法の技をその目に出来るのだから!」
役者のように大きな身振りで、そう宣言する。すでに酒が回り始めている観客達は大賑わいだ。なお、まだ昼には早い時刻である。
「ミナカタより、断神、美月里奈!」
「ぶった斬ります!」
再び上がる歓声。こっち方が応援の声が多い。怜央も眉目秀麗と呼べる外見だが、里奈さんの美しさには負ける。観客が圧倒的に男の方が多いというのもあるだろうが。
「ウォーカー、また解説してほしいんだけど」
「はい、社長。フィクションの知識でよろしければお答えします」
「長老って言う割に、あいつ若くねえ?」
「……たぶんですがあの男、若返っているのではないかと。最初の頃、モーリーさんが
「マジで!? いやさすがに、それはフィクションでしょ。若返るとかいつまで経っても歳をとらないとか。そんなのは漫画やアニメの世界だ……け……」
言いながら、俺はあることに気づいてしまった。声の勢いも落ちていく。思わず視線を向けたその先には、やや青い顔をした小百合がいた。
「それはあくまで、プラーナを鍛えた先に起きる現象ですよね? マナは違いますよね?」
彼女はほんの少し、頬をひくつかせながら尋ねてくる。歩はその問いに対し、首を横に振った。
「古今東西、若返りに関する不思議な話は山のように存在します。プラーナだけの話とは断定できません。なにより魔法の力で若さを保って居るであろう人物を、我々はすでに知っているではないですか」
そう言って歩は一人の人物へ顔を向ける。全員の視線が集まる先には、両手でピースサインをしてみせる我らが魔女、マリアンヌ・ヴァルニカがいた。ウィンクまでしているぞ。
「はい。プラーナやマナによる老化防止や若返りは、可能でーす。もちろんそれにはお話にあったように、かなりの年月を掛けて訓練が必要ですけどね。……あー、でもこれはあくまで昔の環境での話なので、今はある程度短縮できるかも」
「な・る・ほ・どー……じゃあ、私は違いますよね! だってマナに触れて一年と数ヶ月って感じですし!」
必死でそう宣言する小百合。彼女としては必死だ。老化しないということは、これ以上成長もしないという意味なのだから。
しかしそれに対して、マリアンヌさんは何も答えない……どころか視線を露骨に舞台へ向け始めた。
「さあ皆さん、そろそろ始まりますよ。里奈ちゃんを応援しましょう」
「待ってください魔女殿。今私の人生に関わる重大な話の最中なんです。どうせ里奈さんが勝つんですからお話を続けてください!」
「後でしますから。今は試合に集中しましょうねー」
小百合がまだマリアンヌさんに駄々をこねているが、そんなことを気にするはずもなく楼主が試合開始を宣言する。
「それでは……試合、開始!」
その声とほぼ同時に、俺は鳥肌が立つのを感じた。よく知っている。絶対的強者が、その戦意を解放したのだ。里奈さんが、グレートソードを大上段で構えた。断つ、という意思を真正面の相手に叩き付けている。自分たちに向けられたものでないのに、恐ろしい。
「ひぃぃ!?」
「何だ!? どういう……」
「なんだあの娘は。どこかの長老か門主じゃないのか!?」
観客達の悲鳴が聞こえる。ある程度離れているから、その程度で居られるのだろう。慣れている俺たちは、腹に力を入れれば耐えられる。他の陣営の人たちも、武術に生きる人間なので悲鳴を上げない。
しかし直接叩き付けられている怜央は流石に、たまったものじゃ無いらしい。
「ぐ、ううう!? なんたる気迫か!?」
うなり声を上げつつも、構えは崩していない。さすがは長老と言っておこう。しかしこれは試合である。気迫をぶつけるだけでは終わらない。
「イィィィヤッ!」
五歩分の間合いを一瞬で詰め、鋼の剣が振り下ろされる。当たれば間違いなく、何もかもが真っ二つになる。それほどの威力が込められた一閃。怜央はたまらず大きく間合いを取った。しかし里奈さんは逃がさない。今度は下段から振り上げつつ、追撃を放つ。
グレートソードは、重量のある武器である。本来であれば、こんなに軽々と振り回すことはできない。相手としてもそのように考えていただろう。しかし里奈さんにそれは適応されない。
おそらくはアビリティの力だと思われるが、彼女は自由にグレートソードを振り回すことができる。それでいて重さはそのまま斬る相手へ適応されるというひどさ。俺が敵だったら文句の一つも言いたくなる。実際は敵どころか恋人なので良いぞもっとやれと応援するだけだ。
「くぅぉぉ!」
やはり同門だけあって、飛龍と動きがよく似ている。舞うように軽やかなステップで、恐るべき刃を避けていく。
「馬鹿な。あのような速度でどうして大剣が振れる。あの細腕で!」
「フェイロン大侠! あの娘はいったいなんなのですか!」
「達人だ。境地としては超絶頂と見ていいだろう」
「あの若さで!? ありえない! 生涯掛けてもたどり着けぬ者ばかりなのに」
崋山派陣営が、大騒ぎしている。本当ね。あの速度は反則だよね。俺が普段どれだけ肝を冷やしていると思っているんだ。
「断神様が俺TUEEEを成していらっしゃる。素晴らしい」
「盛大に暴れて、オーディエンスが驚く。このセットで始めて成立しますからね」
……綾乃さんが彼氏と同じようなこと言い始めたぞ。良いのかこれ。小百合を見る。……目をそらしやがった!
舞台の上で、金属の摩擦音が響いた。視線を向ければ、僅かに火花が見えた。迫り来る刃を、リエンウーがかろうじてその武器で凌いだらしい。
「待った! 反則だ!」
そして唐突に、そんなことを言い出した。
「この娘、明らかにこちらの命を奪いに来ている! いかに実剣を使えども、これはあくまで試合! 私の胴体を泣き別れにしそうな勢いで大剣を振ってくるのは度を超えている!」
……あの野郎、ここに至ってなんて難癖を。思わず立ち上がってこっちも批難を口にしようとしたのだが。
「否! リエンウー長老はお気づきではないが、断神は試合の枠から逸脱していない!」
そう否定したのは、まさかのフェイロンさん。同じ陣営から背を刺されて、当人の顔が真っ赤に染まる。
「フェイロン師弟、貴様何を言うか!」
「本座もその見立てに同意してやろう。そこな大剣使いは、貴様を斬ろうとしていない。貴様の剣を断とうとしている。その証拠に、間合いが一歩分常に遠い」
フォローをしたのは、天魔神教の黎明だった。……最初から思ってるんだけどあの人、一人称が独特だよね。
「その証拠に、貴様の服に刃は一度もかすめていない。本気であれば、その悪趣味な服は何度も切り刻まれているだろうよ。正直本座はその方が良いと思っている。貴様ら、言ってやれ」
「華美すぎると感じます。歳を考えろと」
「派手な服が好きな年輩もそれなりにいますが、あれは無い。慎みが無い」
「五月蠅いぞ魔教どもが!」
怜央が舞台で叫んでいるが、当然誰も取り合わない。それにしても、なんて的確な表現なんだ……。俺は思わず、親指を立ててそれを称えた。いいね! 家の社員達もそうしている。あ、小教主のお供している厳ついおじさん達が返してくれたぞ。あの人達ノリがいいかもしれない。
「その女が放っているのは、怒り八割、悪意二割だ。崋山派よ、貴様よほどその娘を怒らせたらしいな。一体何をしたのだ? まさか歳を考えずに口説こうとしたと? そうであれば本座は軽蔑を隠さない。直球で言うと、歳を考えろジジイ」
「冤罪だ! そのようなことはしていない! 全く身に覚えがないぞ!」
「春夫さんを、馬鹿にしましたよね」
激怒する怜央に、ひどく寒さを感じさせる声が掛けられた。いつもとは質の違う笑顔を浮かべる里奈さんは、グレートソードを下段に構えたまま訥々と語る。
「何も知らないのに、身の程知らずとか勝手に言って。本当に許せない」
「いや、あの、だな……」
何か言いたげだが、彼女は聞く耳を持たない。可視化されたプラーナを纏い、刃を振り上げながら迫る。
「社長、愛されてますね」
「分かってるからいちいち言わんで良い、サッチー」
「ひゅーひゅー」
「なんで貴女がはやし立てるんですか、マリアンヌさん」
見ている俺たちは大変スカッとしている。ははは、リエンウーのじじい顔に脂汗流してやんの。
「貴方、その剣、大事でしょう?」
「と、当然だ。この剣は私自身が探索の末に手に入れた神秘金属を用いている。我が門派の名工の手で生み出されたこれは伝説に唄われし
「じゃあ、叩き斬りますね」
踏み込み、振り下ろし、どちらも一瞬。さながら罪人の首を落とすギロチンの刃のごとし。怜央が達人でなければ、この一撃で大事な剣は真っ二つになっていたことだろう。
「待て! 待て待て待てぇぇぇ! これは本当に、本当に大事な剣なのだ! 我が半身と言っても良い! だから……!」
「人に嫌なことをされたくなかったら、自分からしてはいけません」
静かに、丁寧に。里奈さんは絶対の意思を持って語る。
「子供でも知っていることなのに、貴方はやった。やったからには、罰を受けてもらう。そうしないと、分からないでしょう?」
「おおおおおお!?」
断神のギアがトップスピードに入った。いよいよ、目に追えない早さで刃が舞う。驚くべきはそれに追いつくリエンウーの技である。顔はこれ以上無く必死なのだが、動きにはやはり優雅さがある。それが崋山派の武功なのだろう。
……が、ちょっと不味いなと思う。本来、里奈さんが対梅花剣法用に習得したのはハーフソードだ。刀身の半ばを掴み、グレートソードの重さと長さから発生するペナルティを緩和。より細やかな動きを持って対抗する。
今やっているのは、身体能力とプラーナ。そしてグレートソードの威力を用いたごり押しだ。たしかに、ハーフソードによる攻撃は相手の土俵に踏み込むことになる。細かい動きはやはり軽い長剣を使うあちらの方に分がある。
こちらの強みを最大限に利用しているから、こんなにも押している。だけどこれが、何の代償も支払わず行われていない。ぶっちゃけ試合開始から今まで、ものすごい勢いでプラーナを消費しているはずだ。
幼い頃からの訓練、ダンジョン発生から今までの実戦。我が社で食べるモンスター食材。それらのおかげで彼女のプラーナ総量は日本屈指だ。簡単にガス欠になったりはしないが、さりとていつまでも走り続けられるわけでも無い。
リエンウーがこのまま、防御に専念し続けたらスタミナ負けの可能性がある。となれば、なんとかして相手の隙を突かなくてはいけない。あんなに分かりやすく、怒気を表しているのはそのための布石……じゃ、ないな。彼女はそういうまどろっこしいのはやらない。
どうすればいいのか……と、俺は悩んだのだが。
「うん、もう、面倒なんで終わらせます」
そう呟いて、彼女は大きく間合いを取った。
「ふ、ふう……ふん。やっと諦めたか。まあ、良い判断だと褒めてやろう。やはり、技は私の方に大きく軍配が上がっている。体力任せの押しの一手など……」
「
そうつぶやいて刃を振るった。凄まじい音を立てて、リエンウーの剣が大きくたわむ。取り落とさなかったのは、最後の意地だろうか。
アビリティを使えば、彼女は望んだものを断ち切ることができる。最大威力を発揮したいなら、やはりグレートソードを使うのが最適だ。しかしあのように、刃のとどかない相手にだって攻撃できる。悪意ある発信者を距離関係なくバッサバッサぶった切ったのは伊達ではない。
「何を、何をした小娘ぇぇぇ!?」
「断神」
二発目。再び金属音が舞台の上で響く。まだ折れていない。特別な金属を使ったおかげか、鍛冶師の腕が良かったのか。あるいは所有者の怜央が上手く力を逃がしているのか。……多分全部かな。とはいえ、いつまでも耐えられるものじゃ無いだろう。
「反則! これこそ反則じゃ無いのか!?」
「
首を横に振る楼主。里奈さん……否、断神はプラーナを高めている。次の一発で、終わらせるつもりだ。もはや間に合わない。怜央の技をもってしても、止める前にグレートソードが振り下ろされる。長老の顔が絶望に染まった。
「断神」
「ああああああっ!」
床を裂いて大剣が振り下ろされる。過去一番の轟音が、舞台で響いた。怜央の剣は……
「剣糸の使用を確認! ファ・リエンウー、反則負け! 観月里奈の勝利!」
観客席から歓声が上がる。……しかし舞台を囲む俺たちは、誰一人として声を上げない。何故か。奴の剣から、プラーナが立ち上り続けているからだ。
「み、認めん……認められるか! この崋山派長老ファ・リエンウーが! 小娘ごときに敗北したなどと……」
「そこまでです、リエンウー長老」
誰よりも早く動いたのは、フェイロンさんだった。剣を抜き、その刃にプラーナの輝きを乗せて長老に突きつけている。
「何のまねだ、飛龍」
「長老、周囲をご覧ください」
言われやつは、やっと自分が置かれている状況に気づいた。ミナカタ、閻王殿、天魔神教、そして崋山派。四方すべてから敵意を向けられていることに。最もその質はそれぞれ違う。ミナカタは怒りと憤り。閻王殿は静かな殺意。天魔神教からは侮蔑。崋山派からは決意だ。
「後一言でも否定の言葉を口にすれば、長老は三方から袋叩きにされます。貴方が認める必要など無い。三方の合意でそれが成されます」
「そ、そんなことが許され……」
「純金老師との約束を破るのです。界隈には当然のように通るでしょう」
「……ぐ、うう」
呻くことしかできない怜央。まあ、そうだよね。ルールを守らん相手とは交渉もできない。ぶっちゃけ、飛龍が飛び込まなければ総攻撃で押しつぶしていた。
「フェイロン大侠。我が社は貴方に世話になっている。その恩があるから、待っている。しかしいつまでもは待てない。よろしいか?」
「ああ、もちろんだ。感謝する入川社長。そう言うことです、長老」
「こ、ここで私が負けを認めたら……」
「もはや、貴方や崋山派の名声が地に落ちるどころの話ではないのです、長老。とにかく責任を取っていただきます。どれだけリスクがあるか説明したにもかかわらず、同道計画を強行。相手の代表を侮辱し、無理矢理試合にもちこんだ。その上での敗北です。崋山派が被る被害は甚大となるでしょう。純金老師は、そうされるはずです」
そこまで聞かされ、やっと怜央の剣から光が消えた。そして恐る恐るといった体でこちらを見てくる。正確には、マリアンヌさんを。
「醜態極まったな、小僧。それで、どうする? 己の尻も拭けない者が長老とは、崋山派の名も地に落ちたな」
マリアンヌさんがそう言い捨てる。その後の怜央の動きは速かった。剣を鞘に戻す。服の埃をはたき落とす。そして目にも止まらぬ早さで、俺たちの前で土下座して見せたのだ。位置の関係で、地面ではなく舞台の上となったが。
「申し訳ございません、純金老師! 全ては私の不徳の致すところにございます。どうかお許し願いたい。この通り!」
なんとまあ、呆れるほどの身軽さである。超高速土下座。気がつけばそこに居た。
「貴様と崋山派への沙汰は後で言い渡す。さっさと舞台から降りろ。後がつかえているのだ。それとも、試合妨害も罪状に加えてほしいか?」
「滅相もございません!」
再び風のように姿が消えると、自陣にて正座を始めた。お寺の和尚さんでも文句が付けられないほど、背筋がしっかり伸びている。反省のポーズがお上手なこと。
「……どうします、マリアンヌさん?」
「春夫さんのお望みの通りに。地獄を見せる、金を引っ張る、使い捨ての駒にする。どのようにでもあつらえてご覧に入れますわよ?」
「よーしそれじゃあ、たっぷり地獄を見て貰おうー……ってわけには、行かないんだよなあ」
大きく息を吐く。まあとりあえず、あの迷惑ジジイは片付いた。それでいいとしよう。次。