【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第14話 志を立てる

「なんのお話でしょう?」

「昼間に、先輩に申し出たのさ。本格的にダンジョンで起業しないかと」

 

 小首をかしげる妹に、兄が話す内容。それは俺たちの今後に大きな影響を与えるものだった。起業。ケイブチキンで大きな利益が見込める。であるならば、これを生業にしてもいいのではないか。勝則はあの時、俺にそう言ってきた。

 寝耳に水だったし、即座に頷けない事でもあった。俺はさておき、二人の人生にも深くかかわるのだから。そんな俺の険しい表情を見たのか、勝則は身を乗り出してプレゼンを開始した。

 

「この提案には、明確に全員にメリットがあります」

「む」

「まず、先輩についてはダンジョン管理で生活が成り立つようになります。一人では生きていくのがやっとで、大きな病気などでもしようものなら一気に追い込まれるのが現状です。ですがほかにダンジョン管理を任せられる人間が、社員が居ればそこの心配はなくなります」

 

 胸に突き刺さるような指摘だった。全くもってその通り。ソロ運営の弱点がそこにある。ケガ、病気、その他のトラブル。それが起きてしまうとダンジョンが管理しきれない。長引いてダンジョンからモンスターがあふれれば、管理責任を問われて檻の中だ。

 

「金銭面については本日の結果の通りです。今後、戦いに慣れて行けば更なる増益も考えられます。人を増やし、事業拡大。そんな事も可能かもしれません。十分に、やる価値はあるかと」

「……それで、お前たちのメリットは?」

「ダンジョンカンパニーの、創業メンバーになることができます」

「んん? それの、何処がメリットなんだ?」

 

 首をかしげる俺に、勝則は茶で口を湿らせて話を続ける。

 

「先輩は俺たちに、企業への就職を勧めてくださいました。たしかに、魔法を使えるようになった俺たちにはそういったルートが存在します。前職などより、はるかに良い待遇と給料が望めるでしょう。ですが、決して良い面ばかりではないのです。全ての仕事がそうであると言われればそれまでですが、ダンジョンカンパニーのデメリットという物がありまして」

 

 彼、語って曰く。ダンジョンカンパニーでのハンターの地位は安定したものではない。理由はいくつかある。まずは企業側の事情から。

 日本のみならず、多くのダンジョンカンパニーにとってそこでの事業というのは全体の一部でしかない。まずメインとする仕事があり、その関係でダンジョンに参加している。ダンジョンの成果物で利益を上げるが、それはメインあってこそのものなのだ。

 なので当然、ダンジョンでの働きもメインの都合が優先される。必要となれば大きなノルマを要求され、結果が出なければ評価が下がる。待遇が良い分、要求されるものもまた相応というわけだ。

 次に、待遇の頭打ちについて。成果を上げられる者であれば、待遇もまた相応でなくてはいけない。だがダンジョン事業は、企業の一部門でしかない。そんな中、いわゆる出世街道を上っている連中にとって彼らの存在は面白くない。

 熾烈な競争を勝ち残ってきた彼ら彼女らよりも、高い待遇を受ける魔法使いたち。歩いてきた人生、労働環境、能力、あらゆるものが違う。別世界の住人とすら言えてしまう。そんな者たちが、自分たち以上に好待遇を受ける。許せるはずもない。

 語弊があることを承知でいえば、エリートサラリーマンにとってハンターは格下の存在なのだ。大企業の次期重役と、ダンジョン労働者。比べるまでもない、というのが彼ら彼女らの認識である。

 当然摩擦、軋轢が発生し関係は決裂する。他所からの引き抜きや自らの契約解除などでハンターが企業から去る。一度穴が開けば水漏れは止まらない。あれよあれよと人が抜けていき、ダンジョン事業が立ち行かなくなる所も少なくないのだとか。

 デメリットは、そういった雇用面での不安定さだけではない。先ほども述べたように、ダンジョン事業は雇用側の主導で行われる。ハンターの実力が見合うものでなくても、求められるものは変わらない。

 高い実力があっても、浅層でしか働かせてもらえない。あるいは、浅層でしか戦えないのに、もっと深い階層に潜れと命令される。そのようなアンマッチが発生し、場合によっては事故も起きる。

 そんな事なら辞めてしまえばいい、というのは簡単である。散々述べたように、企業から好待遇で迎えられている。そんな者たちができませんでした、あるいはやる気が出ませんで簡単に辞められるわけがない。

 大抵、自己都合による契約解除にはペナルティがかかる契約になっているそうだ。簡単に引き抜きに合わないためのセーフティも兼ねているらしいが……まあ、ハンターにとっては不都合である。

 

「……とまあ、ざっと思いつく限り語りましたが。このようなデメリットがあるのです」

 

 勝則は説明をそう締めて、茶でのどを湿らせた。ふうむ、と唸った俺はとりあえずの感想を述べる。

 

「よくもまあ、業界の事情をそんなに知っているものだな」

「一応、その業界で働いていましたから。下請けですけど」

「営業の人が、おしゃべりでよく話していましたよね。そんな話していいのかなってレベルのものまで。年配の女性の方とかだと一体どこで仕入れてくるのか、ハンター周りの醜聞に大変お詳しくて……」

「サッチー、たとえばどんなの?」

「えー……社内不倫して追い出されたのに、別企業に滑り込んだ人の話とか? 人手が足りなくて結構ノルマきついとかそんな場所に」

「……マグロ漁船と大して変わらん気がするがそれ」

 

 まあ、ロクデナシの話はさておくとして。

 

「ともあれ、なるほど。ダンジョンカンパニーも決して極楽待遇でないことは理解した。だが、家だってそれは同じだぞ? 何より、給与面で段違いだ」

「はい。そこは理解しています。何もかも、一から始めていくわけですから苦労も当然あると覚悟済みです。それを踏まえてもなお、創業に係り仕事を立ち上げていく事にはほかにはないメリットがあると考えています」

「それは?」

「これから起こしていく会社は、ダンジョンでの成果物収集がメインの業務となります。ダンジョン管理者、ハンターの会社です。他のダンジョンカンパニーとは、そこが大きく異なります」

「……ハンターの実力と能力で、仕事を進めて行けるというわけか」

 

 先ほどの話を思い出す。企業都合ではなく、労働者の能力に合わせた働き方。能力が上がればもっと下へ。そうでなければその場で。確かに、都合がいい。

 

「これから先、事務員も雇用していく事になるでしょう。他企業との取引も、後々には発生するかもしれません。生臭い話ですが、人が集まれば派閥の発生は当然あります。社内政治で、蔑ろにされないようにするには創業から携わるのが一番です」

 

 これは俺も身に染みて理解していた。苦労ばかり押し付けられて実績を認められない。新入社員の頃ならさておき、入社して数年たつのに立場は同じ。状況を変えるには、立場の高いものに認められるしか方法はない。

 正攻法でやれればいいが、普段の仕事の量がそれを許さない。となればもう、仕事外のコミュニケーションでどうにかするしかない……が、俺はそれができなかった。逆にそれが上手いやつは、いいポジションを獲得していた。

 あの頃はそれを羨んだものだが……今は関係ない。俺が抜けた穴を彼らが埋めている事だろう。楽してたんだから頑張ってほしい。

 それはそれとして、勝則の言うことももっともだ。ダンジョン探索を主体とした企業を立ち上げるならば、よそにはないメリットは確かにあるのか。デメリットは、大きくなるまでの苦労そのもの、と。

 

「ふうーむ」

 

 考える。二人のメリット、デメリットは分かった。こいつらが幸せになる道は確かにある。俺にとっても同じ。苦労はすでにある。一人で続けても、道は険しい。こいつらが一緒に来てくれるなら、これ以上のことはない。

 断る理由など、何処にもなかった。

 

「先輩。私たちのメリットは、まだあります」

 

 俺が覚悟を決め、それを口にしようとすると小百合が手を上げた。

 

「なんと。これ以上まだあったか」

「はい。……職場まで、徒歩0分! 長時間通勤なし! 満員電車なし! チカンとのエンカウントなし!」

 

 力強くこぶしを握り締め、彼女は吠える。

 

「お野菜食べ放題! 家賃は家事およびダンジョン労働! セクハラ上司もいない! 嫌味なだけのお局もいない! 残業もない! 理不尽な早出もない! 働いただけ評価してもらえる! こんな働き先、ここのほかにないです!」

「おお……」

 

 俺は思わず顔を覆った。ブラック環境で労働する苦しみが、嫌というほど伝わってきた。ついでに似たような環境で働き苦しんだ記憶も蘇った。お辛い。ただただ、お辛い。

 

「……わかった。よーくわかった。で、あるなら是非もなし、だ」

「おお、では」

 

 二人が期待に満ちた視線をこちらに寄こす。俺は力強く頷いた。

 

「やるか、起業!」

 

 かくして俺は、自分を含め三人の人生に責任を負うことになった。自分ひとり立ち行かない状態から考えると、果たして良いのか悪いのか。

 まあ、きっと。結果がすべてなのだろう。

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