【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
いよいよ最後の勝負が始まろうとしている。すでに選手はそれぞれ舞台の上。試合開始の言葉を、静かに待っている。
そんな中、とわの看病から戻ってきた(追い返された)宏明が口を開いた。
「……あの人ナンパしたら、ぶっ殺されるかな」
「確実にそうなると思うから、絶対やるなよヒロっち。っていうか、思っても口にするな。見ろよあっちの厳つい皆さん、お前を睨んでるぞ」
「ひぇ」
全く命知らずという言葉はコイツのためにあるんじゃないかと思えてしまう。確かに、
だが幸いなことに、我が社の切り札は迷わない。何せ胸に妻と子の愛が満載されているのだから。彼の脳の恋愛に関する部分は、嫁の情報だけで限界まで使用されている。そんな確信が持てるほど、あの男は他の女性にそっち方面で興味を持たない。
トレーニングの時は逆なんだけどね。男女区別なく、ほどよく追い込む。ほどほどの地獄へ。勘弁してくださいお願いします。
「第三試合! 天魔神教より小教主、白黎明!」
「「「天魔不死! 万魔仰伏!」」」
お連れの皆さんが、声を揃えて吠えている。意味は分からないが、多分彼女を称える言葉なのだろうな。
「ミナカタより藤ヶ谷一樹!」
「フジくーん! 安全第一ー!」
「相手は人間ですからねー! ドラゴンじゃありませんよー!」
小百合が大変大事な忠告を叫んでいる。ほんとうにそう。かなり凄い人っぽいけど、それでも人間なのだ。加減しないと死んでしまう。
「それでは……試合、開始!」
楼主の宣言とほぼ同時に、舞台の上が爆発した。衝撃が周囲を震わせる。結界があってなお、よろめいてしまうような力が伝わってきた。しかもそれが、一度じゃない。二回三回と、絶えることなく爆発が続く。
「何事ーーー!?」
必死で耐えていると、唐突に衝撃が収まった。いや爆発は続いているのだが、それが俺たちには伝わらなくなったのだ。
「まったく……これだから天魔神教は。周囲の迷惑を考えない。まあ、それをするような者は小教主にはなれないのでしょうけど」
マリアンヌさんの手が輝いている。おそらく結界を強化してくれているのだろう。
「老師! お手間をかけてしまい申し訳ありません。我が方の結界師も全力を尽くしているのですが……」
「相手が相手ですから、仕方の無いことです。気を抜くことなく最後まで全力を尽くすように」
「はい、必ずや!」
慌ててやってきた楼主とそんなやりとりもしている。
「マリアンヌさん、大丈夫ですか? ……その、負担と舞台の上の試合。両方」
「私の方はご心配なく。ただあちらについてはなんとも。手加減なんて天魔神功には無理でしょうし。彼じゃなきゃ本当に危なかったでしょうね」
「天魔神功! あれはやはりそうなのですか、純金老師!」
「何ですか森沢さん、そんな呼び方……ああ、そういうノリなんですね。そうです、あれこそ武林に名を轟かす
なるほどなー専門用語多いなー……とか言っている場合じゃないな。舞台では未だに爆発……つまりプラーナによる攻撃が続行されている。よくもまあ、こんなに連打できるものだ。底なしにもほどがある。同じプラーナを使う俺からすると、絶望を覚えずには居られない。
こんな攻撃、俺は一回だって不可能だ。どうやってやっているかさっぱり分からないし、プラーナだって絶対足りない。どこをどうすれば、こんな頂点に上がれるのだろうか。
「
その一言は爆発音が響く中でも、よく通った。そしてそれをきっかけに、舞台の上に静けさが戻った。吹き荒れるプラーナで見えなくなっていた舞台の上が、鮮明になる。人影は二つ。なんと、両者ともに無事である。
「小教主の武功を浴びて、まだ形を保っているだと!?」
「馬鹿な。そこいらの派閥の長ですら、打ち倒すに十分な威力だったのだぞ!」
厳つい人たちが驚いている。……そんな威力を気軽に連打してほしくないんだがなあ。本当、一樹さんでよかったよ。
「貴様、呪術師か」
涼しい顔をしていたリーミンの眉根に皺が寄っている。しかしそれだけで、体調不良になっている様子は無い。……すげえ、一樹さんの呪いをレジストしたのか。
「いたって普通のハンターだよ。まあ、長いこと続けては居るけどな。それにしても、ふむ。あの程度は耐える訳か。じゃあ、これぐらいは大丈夫だよな? 『患い』『苦痛』『かゆみ』」
情け容赦ない、状態異常三連打。あれ一発ずつでも、ビッグアントは絶命する。しかも今回のは、それぞれ威力を上げているように感じた。
「小賢しい!」
しかしリーミンはこれを一喝することで弾き飛ばす。可視化されたプラーナが全身から立ち上っている。底なしかあの人。
「いいだろう、認めてやる。貴様はそこそこ腕が立つようだ。少なくとも呪術師で本座の技をここまで耐えたのは貴様が初めてだ。故にこの技を解禁する。栄誉を噛みしめながら冥府に旅立つが良い」
そんな物騒なことを口走ると、今まで以上のプラーナを右足に集中させた。
「天魔君臨歩」
一歩踏み出す。そして、天が落ちてきた。そう思ってしまうほどの、強力なプラーナだった。まさしく大いなる者が、虫けらを踏み潰すように。
「こりゃきつい」
耳を疑う、一樹さんの一言。それと同時に、真っ黒なマナが彼の身体からあふれ出た。見るだけで背筋が寒くなる、おぞましいなにか。アレ絶対、普通のマナではない。何かとてつもなく良くないものが混ざっている。なんであの人、あんなのに包まれて平然としていられるんだよ!?
「正気か呪術師。それは人の身に過ぎた代物だぞ」
「とんでもない化け物をぶっ殺そうと考えたら、これぐらいはできないとダメなんだよ。さて、じゃあ今度はまたこっちの番だな。済まないが、
見えた。普段はモンスターが苦しむ様だけでしか確認できない、一樹さんの呪い。今回ははっきりと目視できた。酷いものだった。人の顔のようにも見える黒い薄もやが、リーミンへ襲いかかる。
「天魔掌!」
再び、否、先ほどとは比べものにならないプラーナが爆発した。放たれているのも、ただのプラーナじゃない。より凶悪な変化が施されている。衝撃と破砕だ。打ち砕かれて、削り取られる。間違っても人に向けて良いものかない。その力によって、一樹さんの呪いが消滅する。対消滅だ。
つまり彼の呪いは、あの必滅の一撃と同等の力が込められていたということになる。
「おお、いいぞ。そうでないと困る」
「……本座を侮るか。後悔させてやろう」
互いの力がさらに上昇する。結界内に、呪われたマナと破滅のプラーナが吹き荒れる。次の一撃は、さらにとてつもない事になる。誰もがそう思った。
「没収試合!」
舞台の上に、茨が繁茂した。マリアンヌさんの魔法である。二人の力に抗い……違う、消している。ああ、魔剣と同じ力を使っているんだな。こうなっては、超人二人もどうしようもない。
「試合の範囲を超えている! この試合は、私の名において没収します!」
さもありなん、としか言えない。二人の実力はあまりにも隔絶していた。技比べなんてやっていられない。これ以上は周囲が壊滅しかねない。多分巻き込まれて俺も死ぬ。そういう代物だった。
「いやあ済みません社長。あちらさん、結構強くて張り合ってたらああなっちゃいました」
「フジ君が出てくれて本当に良かった。俺たちだったら死んでいた。ドンマイ」
恐ろしいことに、多分お互い全力じゃ無いんだよな。一樹さんの方は確実に。だってドラゴンに使ったあのクソヤバイ呪い使ってなかったし。アレ本当に、相手を殺す呪文だものな……。
「純金老師。没収試合は受け入れるが、この後はどうなる。敗北扱いは、いくらそちらの言葉といえど飲めないぞ」
「確かにそうね……では改めて代表者を選出してもう一戦、でどうかしら?」
「良かろう。……折角だ、そこの男を出せ」
そう言って彼女は、俺を指さした。
「俺、ですかぁ?」
「そうだ。どうしてあの呪術師が、貴様に従っているのか。本座は興味が涌いた。凡人にしか見えんが、そうであれば説明が付かない」
「いや、それは……」
と、言い返そうとしたら社員達に肩を掴まれた。そのまま引っ張られ、円陣に組み込まれる。
「非常に不味いですね。敗北すれば、ここまでの勝利がすべてご破算になりかねません」
勝則が渋い顔でそう語る。
「相手は強者尊の天魔神教。残りの二つも、下手に弱みを見せればまたつけ込んでくる可能性があります」
歩もまたそれに乗ってくる。あくまで深刻に、である。流石にこの状況で己の趣味を優先させるような男では無い。
「ここで嫌だー! って叫んでも、結果は同じなんだよね? 不味くない?」
「不味いです。なのでここは、社長に有利な土俵を手に入れなくてはいけません」
宏明が懸念を語り、小百合が改善案を出す。そして俺は思いついた。
「土俵、か。それならギリギリ、なんとかなるか?」
「お。シャチョー、なんスか? なんかネタでも涌きました?」
「ネタってほどじゃ無いが……ちょっと聞いてくれ」
とりあえず思いついたことを口にした。それに対して何人かが補強のアイデアを出してくれる。それでどうにか、形ができた。
「どうした、怖じ気づいたか?」
黎明が急かしてくる。ええい、細部はまとめられなかったが、後は勢いで行くしかないか。
「すみません、お望みなのは俺の実力を見ることですよね?」
「然り。本座はそう言っている」
「苦手分野であっという間にボコボコにされる俺と、得意分野で頑張る俺。どちらが見たいでしょう?」
「ふむ、何か企むか。面白い、語ることを許す」
「レスリングの勝負ってアリですか? プラーナ、マナ、アビリティ全部ありで」
「……ふむ」
小教主は僅かに考えた後、首を縦に振った。そうして出てきた天魔神教の代表者と俺は勝負して、勝った。……いやだって、あんまり語ること無いんだもの。俺と厳ついおっさんが組み合って、フォールを取り合うのだ。
とても地味。そして華がない。いやまあ、頑張ったよ?
直感がなかったら間違いなく負けていた。大変接戦だった。でも地味だった。と言うわけで割愛。その後さらに飛び入り参加というか、負けを取り戻そうと崋山派と
「本座は満足した。凡人なれど、体力と根性はある。それが確認できた」
「ど、どうも……」
プラーナも体力も空っぽ。ついでに酸素も足りてない。ぜいぜいと息をする。……本当は眠ってしまいたいくらい疲れているが、だめだ。社員達の頑張りを、利益に変換する仕事が残っている。
根性で起き上がろうとするが、身体が動かない。勝則が起こしてくれた。ありがとう。
「えー……それでは試合に勝利したということで、マリアンヌ……純金老師のご依頼は我がミナカタがやらせていただきます。ご不満のある方は?」
表情はさておき、ここで否をいう者は居なかった。流石に一樹さんの実力を見て、それを言う人間はいなかったようだ。
「はい、ありがとうございます。……ところで話は変わるのですが現在若干名、追加人員を募集しています。何せ今回の騒動で日程が一日潰れました。巻き返さなければいけないので、その分無理をすることになります。なので腕利きが必要となります。各派閥で三名づつ、そのうち一人は荷物持ち。お手伝いいただける方、いらっしゃいますか? もちろん報酬はお支払いします」
俺のこの言葉に、相手側の反応はいくつかあった。驚いて目を見開く崋山派。片眉を釣り上げる天魔神教。無反応を貫く閻王殿
はい、というわけでね。これが一番だと思うんだよ。こっちの目的から、三派の要求は飲めない。だから力尽くで跳ね返した。でもそれだけだと損なのだ。今言ったように、一日日程がダメになっている。その分は別の何かで補填したい。
だって、うちは会社だ。人件費がかかっている。今日はもう動けないから、このお宿に泊まらなくちゃいけない。それだって出費だ。
さらにいうなら、このまま帰すのもよろしくない。相手側は今回の敗北で大小の違いはあるが負債を抱えることになるだろう。その恨みはどこへ向く? 我が社だ。自業自得の逆恨みだが、人の感情はそういうもの。
だからこちらが妥協できる協力案を提示した。こういう話を出すと弱腰だと思われるだろう。この話を聞いた他の派閥も、腕力に物を言わせて押しかけてくる。残念だがそれは避けられない。間違いなく手間取ることだろう。
しかしだからといって、こちらも力に物を言わせるやり方を続けるわけには行かない。今回は勝てた。次もそうとは限らない。マリアンヌさん、一樹さん、里奈さんが動けないときに、敵対的な派閥が突っ込んできたらどうなる? 殺し合いになったら?
独裁軍事政権の末路はいつだって破滅だ。見えている落とし穴に、自分からはまりに行く間抜けにはなりたくない。以上の理由から、俺は妥協案を出した訳だが。
「崋山派、
「閻王殿、
「天魔神教、バイ・リーミン。その仕事、請け負った。本座は春夫という男を理解した。純金老師の信頼を得るに足りる人物であると」
三人の返答が返ってきたのを確認して、俺はひっくり返った。もう無理、疲れた。出発前からこれじゃあ、先が思いやられるよ本当。