【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
翌日朝。きっと疲労が抜けきらぬと思っていたのだが、すっきりとした目覚めを迎えていた。
「おはようございます春男さん、お加減はいかが?」
「おはようございます、マリアンヌさん。疲れも痛みも全くないです。……治療してもらった感じですか?」
「ええ。あの後一旦屋敷にとって返して一通り。処置が終わったのが夜中で、眠ったままこちらに運ばせていただきました」
「いつも助かっています。ありがとうございます」
深く頭を下げた。マリアンヌさんは微笑むだけだったが。
「それにしても春夫さん。先日はあの場を綺麗に収めましたね」
「ああ、あれはですね……」
身支度を調えながら、昨日考えたことを彼女に伝えた。マリアンヌさんは深く頷いてくれた。
「そうですね。極端な行動をとれば、同じほどの結果が伴います。良くも悪くも。……世界中にダンジョンを発生させている経験からの言葉です」
「ああ、うん……色々あるんでしょうね」
「色々あるんです。ですから面倒が増えても、穏やかな手段を選べるならそちらの方が良いと思いますよ」
まあもちろん、その結果より悪い事態を引き寄せるかもしれない。しかし俺たちは神様じゃ無いのだから、必ず正解を引き当てられるわけじゃ無い。もがいて、あがいていくしか無いわけだ。
話を終えて、二人で食堂へ。すでに皆が集まっていた。俺たちに気づいた勝則が、早速近くに寄ってきた。
「おはようございます社長。身体の調子はいかがでしょう?
「おはようかっつん。おかげさまですっきり爽快だ」
「それは何よりです。家の社員も、門派の皆さんも問題ないと報告を受けています」
「それは良かった」
朝食は中華雑炊だった。なんと卵はケイブチキンである。わざわざ地球のダンジョンから運んできているとは。ここが高級旅館だと改めて感じさせられた。……気絶してたせいで、この宿を全く楽しめてないんだよな、俺。まあ旅行できたわけじゃ無いから仕方が無いのだけど。
「おお、社長。問題ないようだな。なにより」
「……おはようございます。昨日はお顔を拝見しませんでしたが」
「うむ。もめ事になっていたのでな。わざわざ面倒に首を突っ込む必要もあるまい。酔っぱらい達と一緒に試合観戦させてもらったよ」
「左様ですか」
と、笑っているのは崑崙マーケットでお世話になっている鷲鼻の魔法使いさん。お名前をモーリス・ゴッドリッチ。こちら側の経験者ということで、彼も参加していただくという話になっていた。昨日はドタバタしていて顔を見られなかったが……そういうことだったか。
「いやあ、それにしても凄かったな。特にカズキ君の呪文が」
「先輩、またその話を広げようとしているぅ」
苦笑しながら現れたのは一樹さん。どうにもこの二人、ウマが合うらしい。死霊術士と呪術師。属性が似ているからかしら? まあ、仲良くやれるならそれでいい。熟練の魔法使いだ、きっと力になってくれるだろう。
食事を終え、トイレを済ませ(重要!)少し待てば集合時間となった。……本当なら、お店の邪魔にならないように入り口からちょっと離れた場所にするつもりだった。しかし楼主さんが笑顔で許可してくれたので、
「おはようございます!」
「「「おはようございます!」」」
元気な挨拶が響く。まあ、声を出したのは我が社の人間だけだが。通行人や酒楼の利用者から視線が集まる。気にしない。集まった人員の顔を確認する。ほぼほぼ、問題ないようだ。
ほぼほぼ、と表現したのは確認が取れない人が若干居るからだ。顔を隠している
三門派からはそれぞれ崋山派から李飛龍、華怜央、それから顔見知りの
「本日より
かくして探索が開始された。まずは先行部隊が前方の安全確認。それができたら本体が移動。そういう行程で進んでいく。なにせどんな者や罠が潜んでいるか分からない、天然のダンジョンである。ハンターとしての経験がどこまで役に立つのやら。
そんな風に不安を感じていたのだが、さっそく地球のそれとの違いを感じることになった。
「暗い……歩きにくい……」
当然の話なのだが、天然の洞窟には明かりは無い。つまり真っ暗だ。事前に話を聞いていたので、色々照明器具を用意してきた。なので足下の確認は問題ない。しかし光の届かない場所は闇が支配している。何も見えないというのが、とても怖い。
「いやー、便利っすねー『百万ドルのランタン』」
宏明が呑気にそんなことを言う。地球で初めて見つかったマジックアイテム、浮遊するランタン。アメリカ政府が強引に買い上げたときの値段がニックネームとなったこれは、大変便利な道具だった。持たなくて良いから、その分重さが負担にならない。高いところから照らしてくれるから、光がよく届く。
崑崙マーケットで不良在庫になっていたのを、まとめて買ってきたのだ。我が社にも三つくらいあったんだけど、全員分には足りなかったから。
「気をつけろよー。本当、足下悪いんだから」
「ういーっす……うっわ、今、変な虫いたぁ」
地球のそれとの違い、その二。道が平坦じゃない。天然地下洞窟なので、凸凹している。道の広さ、天井の高さも一定じゃ無い。場所によっては勾配がきつい所もあり、歩くだけでも困難な場所があちこちにある。
さらにその三として、環境の悪さがある。
「うひゃっ!?」
「どうした、サッチー」
「……すみません、背中にちょうど水滴が落ちてきて」
「あー……そう言うのまであるのか」
天井を見れば、鍾乳石らしきものが見えた。あれから水が伝ってきたようだ。
「水など可愛いものです」
ぼそりと呟いたのは、荷運びしている閻王殿の人。名前は教えてくれなかった。
「天井もまた、油断ならぬ場所です。毒虫、落石、奇っ怪な怪物。狙って落ちてくるときもあれば、偶然ぶつかることもあり。先発隊が最低限の確認をしておりますが、どうぞお気をつけて」
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
なるほどなあ。そういうのも地球にはない。ケイブチキンや弾丸サンマなら分かるし、そもそも明るいしな。そう思っていると、黒ずくめの覆面は説明を続けてくれる。
「これもまた、先発隊が調べた後なので過度に気にする必要はないのですが。やはり狭い場所というのは、待ち伏せされる危険があります。いかなる高手と言えども、満足に動けぬ場所では実力を発揮できぬもの。それから……ああ、壁の裏側から奇襲なんてものもありましたか」
「壁の裏ぁ?」
「その通りです、春夫大侠。天然の洞窟なので、地球のそれとは違い穴を掘れますし加工もできます。なので待ち伏せのために掘っておき、隊列の側面から奇襲するなどという行動をとる怪物もいるのです。参考までにご承知おきを」
「ふん。そんな物は片っ端からくびり殺せば良いのだ」
そう威勢の良いことを言ったのは、天魔神教のおじさん。岩のような拳を握りしめている。お名前を
なんでこんなことを知っているかというと、俺のレスリングの相手だったから。何なら、各派閥から荷物持ちとして選出された人がみんなそうだったりする。
「そして、戦闘にも気をつけねば成りません。威力が高すぎる攻撃は、洞窟の崩落を招く場合があります。それこそ小教主様の天魔君臨歩など放たれた日には……」
「ぬう。柔な天然洞窟め。本教のために根性を見せるぐらいしたらどうなのか」
ハオジエさんってば、無茶苦茶仰っている。しかしなるほどなあ。家の会社でそこまで大規模な攻撃っていうと……勝則達の魔法とかかな? あ、そうすると。
「うちのフジくん……藤ヶ谷一樹、呪いが得意なんですが。周囲を壊さない魔法は、安全に使えるって考えていいんですかね?」
「概ねその通りかと。しかしこの洞窟は人外魔境。中には生きていない魔物も存在しまして。いわゆる
「閻王殿の。亡霊に気功は通るのか?」
「はい、大丈夫です。悪霊退治に効果があるとされるものは、大抵効果があるとか。銀の十字架、塩、桃の木剣。少林寺の武僧が読経したところ、成仏したなどと言う話も耳にしましたぞ」
「……色々種類があるのは良いけど、地球じゃ無いのに宗教観どうなっているんだろう」
思わずぼやいてしまう。できればそういう厄介なものとは遭遇したくないものである。大型リュックサックの肩紐の位置を少し直しつつ、そんな風に思った。
「入川社長……いや、春夫大侠。この際なのでちょっと良いだろうか?」
今まで黙っていた崋山派の王さんが、俺に話しかけてきた。
「社長のままで良いですよ、ワンさん。どうしましたか?」
「いや……何故、長である貴方が荷物持ちをしているのだ? 下の者に任せるべきだろう」
そうだそうだ、と残りの二人も同意してきた。うむ、突っ込まれたか。
「確かに、下の者の仕事を取るなとか、トップは命令に専念するべきだとか、色々ご意見があるのは分かるんですよ」
「それでもなお、社長が運ぶ理由があると仰るか」
「はい。なんと言っても……会社の中で、俺が一番沢山荷物を運べます。ナンバーワンです」
まあプラーナ、アビリティ込みなんだけど。単純なスペック勝負になると三郎や歩に筋肉量で負けるのよね。ちなみにその二人も今回は運搬役をしている。二人は俺たちより前を歩いているので会話には参加してこないけど。
「そして、この特殊環境でリーダーシップを取れる人は他に居ます。なので俺は自分の力を最大限発揮できる仕事をするだけなのです」
「……それで良く、組織が成り立っているな」
王さんが呆れを隠さず言ってくる。それはそう。本当にそう。
「でもまあ真面目な話、腕力だと絶対勝てないんですよね。家の社員強いから」
「ああ……凄かったな」
「本教の小教主様と張り合えるとは、あの藤ヶ谷なる男なかなかの猛者よ」
俺のぼやきに、さもありなんと皆が頷く。
「なので、俺は戦闘以外の所で会社に貢献して社長として認めて貰っている訳なのです」
「しかし春夫大侠。それで下に立場を乗っ取られたらなんとするのだ?」
「俺よりしっかり社長できるなら、譲っても良いと思っていますよ」
「なんと!?」
目を見開くハオジエさん。そんなに驚くことかしら。