【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「会社として利益を出して、社員へ責任を果たせるならば俺でなくても良いのです。逆に言えば、それらができない奴には絶対渡しませんが」
「では、地位に未練は無いと?」
「生きていく分は稼げる自信があるし、固執しなきゃいけない理由も責任以外はないですね。何なら新しい会社を興してもいい」
できればやりたくないけどね、大変だから。でもやりたくなったらやるかもしれない。もう方法は知っているのだし。
「春夫大侠は徳によって人の上に立っていると。いやはや、我らには真似できぬ行いです」
閻王殿の黒ずくめさんがそんな感想を述べてくる。徳、なあ……。
「どうですかねえ? 社長業って面倒なところも多いから、押しつけてるだけかもしれませんよ?」
「そんなことを言って、野心家に乗っ取られたらいかがするのだ」
ハオジエさんの言葉には、しっかりしろという叱咤が含まれている気がする。それに対して俺はにやりと不敵に笑う。
「ご安心ください。我が社は野心家ごときが乗っ取って好きにできるような場所じゃないので。なにせどいつもこいつも曲者、強者ぞろいにござい」
「ぬ、う……確かに。並の野心家では、乗っ取る前に潰されるか」
人が三人集まれば派閥が生まれると言う。我が社も例外では無く、いくつものグループが存在する。まず御影兄妹が実質的トップとなるハガクレ組。道明さんと香さんが代表となるサキモリ組。事務の田中さんが面倒事を押しつけられる地王組。そしてどこにも所属しない、というか俺の直下と見られている流たち。忘れちゃいけない、氷川ダニエラ先生率いるパート組。最後に最強無敵、藤ヶ谷一樹。
この中の誰かがトップに立つ場合、残りの連中を上手くまとめていかなくてはいけない。そしてそれができたとしても、一樹さんを納得させるという大きなハードルが待ち構えている。外から来た人間がこれをやるとしたら相当な努力と能力、あるいは外部的パワーかチートが必要となるだろう。
マリアンヌさん? 彼女は俺の私設秘書だから社内運営に入ってきたりはしない。里奈さんに至ってはそう言うの興味ないしね。
「前に酒の席で一樹さんに家のトップになる気あります? って聞いたんですよ」
「……それはまた、剛毅な」
黒ずくめさんが呻く。その気になったらどうするつもりなのか、という感じかな?
「後進の育成に集中できる環境を手放すつもりは無い、って笑われちゃいましたよ」
「ああ……時折見るな、そういう高手。他者の才能を伸ばすのに喜びを覚える方々」
ワンさんが、納得したと頷く。しかしハオジエさんは違うようだ。
「それは本当か? かの御仁まだ若い。上を目指す野心があってもおかしくないだろう」
「……まあ究極的には、しょせん田舎の中小企業なので。社長の椅子が魅力的では無いという話も若干あったりなかったり」
等と自嘲的に言ったら、厳ついおじさんに笑顔が浮かんだ。
「ほほう。それは良いことを聞いた。小教主様もお喜びになるだろう」
「……天魔神教の。よもや、まさか」
「応よ、崋山派の。あれほどの御仁を、田舎に隠遁させておくのは天下の損失。我らが十万大山にお迎えするのが当人のためというものよ」
あー、そういう流れになるのかー。日本人仕草、こういう時には良くないよね。とはいえ、ワンチャンでっかいトラブルに成りかねないので予防線張っておこう。
「えー、日本には職業選択の自由があるのでご本人にその気があるなら止められません。良い気分では無いことははっきり主張しておきますけど」
「うむ。もちろん事が成った暁には本教より相応の謝礼を支払おう」
……この人、こういうこと言える立場なのか? 案外そうなのかもしれない。小教主って組織のナンバー二らしいからな。その補佐についているのだ、役職もちなのかも。
「ただ、交渉には細心の注意を払ってください。一樹さん、ものすごい愛妻家です。娘も生まれたばかりです。冗談でもそちらを危険に晒すような発言をしたら一発アウトだとしっかりご理解ください。先日の試合以上の大破壊間違いなしです」
「……うむ、肝に銘じよう。ちなみに尋ねるのだが春夫大侠、かの御仁の本当の実力というものを見たことがあるのかな?」
「こっちからやってきた大型バスよりでっかいドラゴンをぶっ殺したのを見たことあります。試合以上の火力を出していたけど、あれが全力だったのかは分からないですね」
「なんと……」
ハオジエさん、顎に手を当てて唸りだした。どうやって説得するかシミュレーション中なのだろう。正直、一樹さんを引っこ抜かれるのは死ぬほど痛い。我が社の切り札だもの。でも、何より彼と彼の家族の幸せが第一だ。よそに移って、ウチ以上に幸せになれるならそっちの方が良いに決まっている。なので止めない。もちろん残れるなら残ってほしいという主張はするけどね。
そうして無言で歩くことしばし。ちょっと広めの道に出た。そこで前方から、飛翔剣に乗った流が飛んできた。
「社長ー! この先でモンスターが待ち伏せしてるそうッス。で、モーリーさんが背後から逆に奇襲して、あとは軽く潰すって話になってます」
「おっけー。それでやっちゃってー。俺らはどうしたら良い?」
「このまま歩いて来て大丈夫だって話ッス。じゃ、俺先いってまーす」
来るのも行くのも風のごとし。あっという間に見えなくなった。
「一般人にしては、なかなかの
黒ずくめさんがそんな感想を述べてくれた。
「飛翔剣乗らせたら、家じゃあナンバー一ですね。ダンジョンじゃあの早さが役に立つんですよ。主に偵察で」
「社長の所は、尖った才能の者が多いんだな……どんな人材も使いようか」
「そんな感じですねー」
等と話ながら進んでいたら、程なく鉄錆の匂いが漂ってくる。それでいて騒ぎは小さいので、すでにほとんど片付いてしまったようだ。俺に気づいた三郎が振り返った。
「あ、社長。今、ちょっと片付け中ですわ」
「どんな相手だったの?」
「あー……ごぶりん? って名前のやつらしいですね。緑の肌で、ガキみてえに小さいヤツ。クッソ弱かったみたいすよ?」
「されど、悪知恵を働かせ、道具を使える。これを侮り、命を落とした武侠は多いのです。ご注意めされよ」
黒ずくめさんがぼそりと語る。うーん、やっぱり地球とは違うものだなあ。さらに進んだら、待ち伏せが合ったと思われる地点に到着した。道が狭くなっていて、しかし天井は高い。壁に凹凸が多く、そこから奇襲できそうな張り出しもあった。
「……モーリーさん、こんな所をどうやって逆に奇襲仕掛けたんだろう?」
「闇さえあれば、たやすい事でございます」
俺のぼやきに、黒づくめさんがしれっと答える。こわーい、流石暗殺者。そして、件のゴブリンとやらも姿を見ることができた。なるほど、三郎くんの言葉通りの外見をしている。人間では無い、人型の怪物だ。
いつぞやのドラゴンが引き連れてきたやつは、近くで見る機会が無かった。こうしてまじまじと見るのは初めてだ。ここに居る間は、こんなのと戦うのか……。
「この傷は……リエンウー長老だな。ずいぶんと、働いたようだ」
王さんの言うとおり、同じような傷を負ったゴブリンが多かった。というか、ゴブリンそのものが多い。ざっと見、二十以上か? これはなかなか手間だったはず、何だが。
「そッスよ。モーリーさんが一発かましたあと、ものすごい勢いで突っ込んで一人でほとんどバッサリッス。取り過ぎだって小教主さんお怒りッス」
「フ。滑稽極まれり。失点を取り返そうと浅ましい事だな。こんな小妖、いくら潰そうとも功績には成らんわ」
ハオジエさんが鼻で笑っている。彼の視線の先には、陰鬱な表情で剣の汚れを清掃しているリエンウーがいた。お隣で文句を言い続けている小教主さんに構う余裕はないようだ。
「いや、働きには応じますよ? 出発前にそう言いましたし」
「甘すぎる。一度穴に落ちた犬は死ぬまで叩くものだ」
「約束を守れないヤツ、という汚名は我が社の看板に泥を塗るんですよ」
そして、俺や我が社が穴に落ちた時に死ぬまで叩かれる、と。人にやられて嫌なことをはしない。里奈さんもそういってた。それはさておき。
「リュー。だれか怪我とかなかった?」
飛翔剣に乗ってふわふわ近づいてきた彼に尋ねてみる。
「ナシっす。あっという間に終わったんで。今、ヒロっちがボスっぽいやつの頭の中覗いてるッス」
「うわあ……それは大丈夫なのか? 前みたくゲロるんじゃないか?」
「それは過去の俺。地獄の特訓でレベルアップした俺は違う」
「おおう」
心配していたら、当の本人が平然とした顔でひょっこり現れた。
「心と心を直接繋げると地獄なので、その間にバリアーを張る技を身につけました。おかげで快適に相手の精神をのぞき見できます。やったね」
「それ、表じゃ言うなよ? めっちゃ引かれるからな?」
「うす。俺も言いながらやべーヤツだと思いました。で、ちょっと分かったことがあるんで情報共有、全員集合だそーです」
調査や周囲への警戒で散っていた人員が、声の届く範囲まであつまる。……ランタンの数も多くなるから、ちょっと明るすぎだな。まあ今だけ我慢すれば良いか……とおもったら、割と皆同じ考えだったようだ。それぞれがちょっと遠ざけている。
「えー、ゴブリンの親玉を生け捕りにできた……できていたので頭の中を覗きました。八割方、食欲と繁殖欲だけだったんですが、ちょっとだけ情報を抜けました」
「それは信用できるのか? 小妖にまともな知能があるとは思えん」
「はい、小教主様。ぶっちゃけ俺もあんまり信用できないな、と思うのがそこそこあったのでそれは除外します。ほぼほぼ確実な、鮮明なものだけお伝えします」
流石は宏明、触らぬ神に祟り無しと相手の尊大さを全く気にしていないように語る。いやまあ、あの実力を見せられれば、気にならなくなるか。普通に怖いものな。
「あいつら本当は、もっと別の場所が本拠地だったらしいんです。この先の奥へいった辺り」
「それが移動してきたと? 理由は分かりましたか?」
「はい、秘書さん。怪物の群れに、居場所を占領されちゃったそうです。その時に手勢に損害が出たとか何とか」
「怪物についての情報は?」
「えっとですねぇ……なんて言ったら良いんだろう。恐竜、いるじゃないですか。映画で出てきた、群れで狩りをする、ダチョウみたいに二本足で速く走る……」
「ヴェロキラプトル、だな。シリーズで結構出番があったヤツだ」
「流石は森沢。そうそう、それ。大きさも形も大体あれぐらいで、でっかい耳があって、目がほとんど見えなくて、尻尾に毒針がある。そんなモンスターの群れらしいです」
「ミミトカゲ、ですな。これは厄介ですぞ」
説明を静かに聞いていたモーリーさんが、難しげに声を上げた。
「ご存じなんですか?」
「ええ。界隈では厄介な怪物として知られております。数が多く、素早く、得物を囲む。鋭い牙と爪、それから尾に仕込まれた毒針。光を必要とせず、コウモリのように音で得物を判別する。剣を持ってえいや、と切り結ぶのはおすすめできぬ相手です」
なるほど、確かにそれは厄介だ。
「避けられるなら、避けていくべきですな。皮や毒が良い値段で取引されておりますが、今回の目的ではありませぬし」
「否。そのような群れを放置する方が厄介よ。まとめて殲滅するのが上策」
ハオジエさんが逆の意見を出す。ふうむ。俺は短く考えて答えを出す。
「モーリーさんの言うとおり、目的は別です。なので避けられるならそれでいい。でも近場を通るようなら、潰したいですね。背後から襲われたら困りますし」
「おお社長。なんて八方美人な決断!」
「やかましいよヒロっち。……もし戦うことになったら、お前に一つやって貰いたい事を思いついた」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。さてできれば、穏便に進みたいものだが。