【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
幸運というものは、意識すると恵まれないものである。あれから野宿を挟んで丸一日。しばらく進んだ後のこと。
「残念ながら、件の群れのいる場所を避けては通れないようです」
先行していた墨礼さんが、本隊にもどってきてそう報告してくれた。すると周囲の視線が俺に集まった。
「先日の言葉通り、群れの殲滅と言うことで良いのだな?」
「そうですね。背後から攻められると怖いので、ここで叩いておきましょう。基本は遠距離戦闘。接近戦は最後の手段としたいのですが」
「お言葉ですが春夫大侠。奴らの皮は分厚く、体力も侮れぬものがあります。魔法の一発や二発なら、あれらは耐えてみせるでしょう」
「そうですか……であれば、もうちょっと手間を掛けますか。もちろん小教主様や一樹さんがぶっ放せば一発で片付くとは思うんですけど、この先何があるか分からない。切り札はなるべく伏せていきたいという考えです」
「貴様が責任者だ。思うようにするがいい」
「こちらも同じく。社長の判断に従います」
強者二人からOKがもらえた。さてそうなると、しっかり準備して挑むべきだな。
「モーリーさん。すみませんが、この先の地形の詳細を教えてください」
俺は彼に、簡単な地図を書いて貰った。それを皆に見せながら、作戦を練っていく。ささやかな縛りとして、魔法は各自一回限り。アビリティは未使用。プラーナも大きく消費しない。という形で。未知の相手に舐めすぎかもしれないが……。
「これは良い案かと」
「これがハンターの手並みというわけだ」
「乗ってやろう」
モーリーさん、フェイロンさん、リーミンさんとそれぞれの同意を得られたので、これでやっていこうと思う。俺たちは早速準備に取りかかった。
しばし後、全員が配置についたのを確認して行動を開始した。作戦A、スタートである。流が料理で使うスキレット、小さなフライパンの底をトングで叩き始めた。金物がぶつかり合う、耳障りな音が洞窟内に広がっていく。
目の前には、大人が五人は両手を広げて並べられるほどの空き地がある。さらに奥に、端材を組み合わせて出来たおんぼろの住居。そこがゴブリンの拠点だった。
そこから次々と、奇妙なトカゲが姿を現す。二本足で立ち、手にはかぎ爪。細長い尻尾。頭に対してやや大きいと感じる両耳。そして濁った瞳。ミミトカゲというモンスターだ。
普段ハウルボアを相手にしている身としては、小さく感じる。とはいえ、弾丸サンマより弱いとは思えない。容易く人の命を奪える戦闘力があると見るべきだろう。
俺は静かに、人差し指を天上へ向けた。流がスキレットを叩きながら、飛翔剣に乗って宙に舞う。向かう場所は空き地の真ん中、その上だ。
ミミトカゲは音で周囲を認識するという話だ。であれば、おとりは簡単に作れる。問題はそれの安全の確保だが、結果は上々。ミミトカゲはなかなかの跳躍力を見せている。助走無しで、ひと飛び五メートル以上だ。地球の生物では考えられない。
しかし幸いにもここの天井は高く、十分安全を……。
「どわぁ!?」
ミミトカゲ、ここでアクロバティックな動きを見せた。なんと壁を蹴って三角飛び。上昇距離を伸ばしやがったのだ。
「なんて器用な……あ」
うっかり感想を口にしてしまった。これはいけない。ミミトカゲが一斉にこちらを向いたではないか。
「ヒロっち、ゴー」
「アイアイサー。テレパシーあっちむいて……ほい!」
宏明の強烈な超能力が開放される。すると俺の方を見ていたモンスターが一斉に、流へ顔を向けた。
「成功、か?」
「いけてます。ちょっとは続くけど、長くはダメなんでよろしく!」
これが先日宏明に試してほしいと言ったこと。音の発生源を誤認させられないだろうか、というものである。すでに流がガンガンと金音を立てている。それに重ねるようにほかの音もそこから聞こえているように感じさせるのだ。
思いつきが良かったのか、宏明の能力が強かったのか。ともあれこうして、相手側はこちらに突っ込んでこない状況を作り出せた。
「攻撃、開始!」
俺の号令と共に、上から一抱えもある石がいくつもミミトカゲに降り注いだ。ここはゴブリンたちの待ち伏せ場所である。なので奇襲を仕掛けるための何かがあると思っていたのだが案の定。壁に張り出しが設置されていた。それを利用させてもらったのだ。
住居はあんなにボロいのに、張り出しは結構頑丈なものだった。もしかしたら別の種族が作ったものかもしれない。それを判別する手段はないけれど。
張り出しで石を落としているのはワンさんとハオジエさんだ。あの二人凄いよ。子供の頭より大きな石をいくつも抱えて、音もなく壁を上るんだもの。おかげでミミトカゲにばれずに準備ができた。
「久しぶりの出番ッ! 戻ってくる投げナイフ!」
などと言いながら歩が愛用の品を使っている。あいつの剛速球と、ナイフの力はこの場でいい威力を発揮していた。トカゲの分厚い皮を貫通してダメージを与えている。
「道具に頼るのは二流なんですが、それでもちょっとうらやましいですねえ」
「モーリー様……」
「わかってます、わかってます」
部下に突っ込まれながらも、流星錘で攻撃を続ける黒づくめの親玉。試合の時とは違い、今は殺意百%。容赦の無い打撃で敵の頭をかち割っている。
家の社員や華山派も、順調に攻撃を重ねている。このままなら問題なく処理が終わるかな……と思っていたのだが。
「げんかーい! 5,4,3,2,1! おしまい!」
宏明がギブアップ。ミミトカゲの顔が、一斉にこちらへ向いた。なんの、これは想定済み。そのための準備もしてあるのだ。
「マリアンヌさん、ゴッドリッチさん、ゴー!」
「はーい。妖精よ、ささやかな悪戯をお願い」
「一芸披露。グッドモーニング・コープス!」
二人がそう口にすると、地面から二種類の手が現れた。片方は石の手、もう片方は骨の手だ。足を掴まれ、ミミトカゲ達はその場から動けないでいる。ふはは。今回は徹底的に相手の行動を阻害する作戦なのだ。だって毒針怖いしね。
「攻撃続行! 続行!」
「春夫大侠。そろそろ飛刀の手持ちが尽きますぞ。私はこれがあるから問題ありませんが」
「社長-! こっちの石もそろそろ終わるぞー!」
むむむ、投げ物が終わるか。流石に投石程度では、あの怪物たちにあまりダメージとならない。致し方が無し。
「作戦Bへ移行! 距離を詰めるぞ-!」
「待ってましたー!」
三郎君が獰猛な歓声をあげる。作戦Bは、ただ寄せて殴りつけるという物ではない。二人一組となり片方は毒針、片方が攻撃を担当するという段取りを組んだ。
俺は盾をもち、里奈さんとペアとなった訳なのだが。
「はいっ!」
いっそ快活と表現して良い気合いと共に、ミミトカゲの首が飛ぶ。俺が毒針を気にする暇も無いほどの早さである。俺、要らないんじゃ……いやいや、いかんよ。そういう油断が事故を起こすのだ。
なので大きく一歩前に踏み込む。すると当然、敵は俺を警戒し爪や牙、尻尾を向けてくるわけだが。
「よいしょっ!」
またも一発。ギロチンの刃のごとし。里奈さんが楽しくグレートソードを振るうと、ミミトカゲが一匹地面に倒れ伏す。そして理解した。ああ、注意を引くだけでも十分なんだ、と。これから俺でもやれるぞ。
「敵数、のこり三分の一!」
「よーし! 焦らずいこう! ご安全に!」
特に怪我をしたという報告もない。数が多いし楽ではないが、強敵でもない。おっと、油断は禁物……。
「緊急ー! 背後からミミトカゲの群れ-! たくさん!」
警戒に回っていた流が叫び声をあげた。だよね、楽には終わらないよね。しかしこんなこともあろうかと、我が社は切り札を伏せてあったのだ。二枚も!
「先生がた、お願いします!」
「どーれー……うーん、久しぶり」
「なんだそれは?」
「こういうときの正しい作法です……それではいってみよう。『眩暈』」
一樹さんがパチリと指を鳴らせば、地響きを上げて殺到していたミミトカゲの群れがまとめて転倒する。相も変わらず、凄まじい効果だ。こっちの群れより少ないとはいえ、ちょっとしたチームを壊滅させられる戦力だろうに。
「どうぞ、小教主様」
「洞窟をなるべく壊さず、だったな。面倒だが、雇われの身だからな。飲もう。天魔君臨歩」
さながら、はえ叩きで潰れるGのよう。頑丈なミミトカゲが、まとめて踏み潰される。あれはもう、プラーナの質からして違うよな。恐るべし天魔神功。
背面の脅威が片付く頃には、俺たちの方も無事完了を迎えた。
「周囲警戒、被害確認ー!」
戦闘が終わって直ぐに気を抜く素人はここにはいない。仕事をしつつ、手分けして休憩を取る。武器の手入れや、投げ物の回収。しっかり止めを刺せているかなど、やることは多い。
「社長、ミミトカゲの戦利品はどうする?」
フェイロンさんがそう訊ねてくる。うーむ……全部捨てるのはもったいない。しかし、金銭に換えるためには森羅宮へ戻らなくてはいけない……いやまてよ?
「マリアンヌさん。ゲートで屋敷に運び込みます?」
次元を超える力に距離は関係ない。やろうと思えばそういうこともできるはずだ。そう思って提案したが、彼女は首を縦に振らなかった。
「ここでは止めておきます。緊急時はともかく、こういうことで安易にあちらと繋げるのはリスクが大きすぎますので」
「リスク……なるほど」
すでに地球にこっち側の連中が現れている。調べられたりするのは具合が悪いと。
「しっかり準備すればそれも減らせますけど、移動中にそれをするのは無駄が多いですからね。今回は止めておきます」
「承知しました。ふーむ、あとは……あ。一樹さん。愚者楽土では、こういう物の取引とかやってますか?」
「あー……うん。俺は直接取引したことないんですが、たしかに市場みたいのはありましたね。あちらで売る気ですか?」
「というか、口実に使えるかなって。これを売るために来ましたよーって」
「なる、ほど。確かに現地人への説明には使えるとおもいますよ。いいですね」
よしよし。手札は多い方が良い。ただ体力を消費しただけだと損だものな。
「それじゃあ、ちょっとだけ持って行きましょう。かさばらない程度で」
「承知した。あまり時間もかけられないしな」
そういってフェイロンさんは率先して作業に取りかかる。……出発前のトラブルに責任を感じているのだろうな。
「春夫さん。折角なので私も毒を少量、回収していこうかと思うのですけど」
マリアンヌさんの申し出に、一瞬俺は言葉を詰まらせた。一人の身勝手な行動は全体を混乱させる。ミミトカゲの毒は金になる。私も自分も、と言い出したら切りが無くなるからだ。そこまで考えてから、はたと思い出した。
「依頼主のご指示でしたら、もちろんですとも」
そう、彼女はこの行動のクライアント。彼女が吠えろと言ったらワンと鳴くのが俺の仕事である。だから問題なし、ヨシ!
「そういうお話でしたら……純金老師。今回の仕事のため、これらの毒に保有を許可願いたいのですが」
「相変わらず悪知恵がよく働くこと。いいでしょう、ただし使用しなかったものは廃棄すること」
「まあ、そうなりますな。承知いたしました」
墨礼さんがテクニカルに交渉を通した。流石に分かっていらっしゃる。
「秘書さん、私も。私も毒ちょっとほしいです」
「うーん……許可しますけど気をつけてくださいね綾乃さん。私も詳しく調べていないので、万が一味方にかかったら解毒が大変ですからね?」
まあ、うん。安全に使ってほしいものである。
「社長君! 要らない死体もらってもよいかな! 折角だから、使い捨ての自走爆発死体として使おうかなって!」
「が、外聞が悪いのでちょっとそれは……」
「安心したまえ! 普段は見えないところに隠しておくから! 私とて死霊術士としてはそれなりの男。場の空気を乱さない紳士的振る舞いくらいはできるとも」
……マリアンヌさんを見る。苦笑しながら頷いた。一樹さんを見る。にっこり笑って親指を立てた。判断付かねぇけど、二人がいいっていうなら……。
「気をつけて、ご利用ください」
「うむ、任せたまえ。……うーん、小教主が踏みつけた方は、使いようが無いな」
その後、休憩を挟んで再び移動を開始した。難所もあれば、分かれ道も多い。場所がわかっている一樹さんと、優秀な斥候である閻王殿の皆さんがいなければ間違いなく迷っていた。
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