【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
道中は今回のようなモンスターに遭遇することが複数あった。たとえば、以前遭遇したトロールの集団。これは上手く回避することができた。進行方向にいなかったのと、遠方で寝ていたおかげである。見張りとか、立てないのか……あるいはサボリか。
あの時ドラゴンが呼び出した兵隊、鬼モドキの集団にも遭遇した。と言っても十匹も居なかったので、あっという間に片付いたが。互いにとって不幸な遭遇だった。
「これはオーガでいいんですかね?」
「我らはただ鬼と呼んでおりますな」
歩とモーリーさんがそんなやり取りをしていた。そうかとおもえば、あの忌々しいスペクターにすらエンカウントしてしまった。それも結構な数の。流石にまともに戦っている暇はなかったので。
「先生、またお願いします!」
「「どーれー」」
「小教主様、俗世に染まっては成りませんぞ」
切り札によって瞬殺してもらった。なおハオジエさんによるお小言が十分ほど続いた模様。……部下と言うよりはお目付役みたいな感じなのかしら?
移動中のイベントは、モンスターとの遭遇だけではなかった。地形に驚かされることも多かった。一番多かったのは、落とし穴と落下物。自然のものと、罠の両方があった……らしい。斥候のおかげで引っかかることは無かった。本当に助かっている。
次に、大きな建築物。これがまたバリエーションが大きかった。ゴブリンの村で見たような廃材を組み合わせた小屋もどき。これはちらほら見かけた。それよりマシな建物も、若干あった。石造りの城塞、その一部のようなものが転がっていたのは驚いた。
「……これ、残りの部分はどこにあるんだろう」
「どこかの世界から引き込まれたのかもしれませんね。時間があれば調査したいですが……残念です」
マリアンヌさんにも判別がつかないらしい。謎の多い場所だ。だからこそ調べに来ているんだが。ぞっとしたのは、現代文明の品っぽい、つるりとした光沢をもつ部品が落ちていたときのこと。何気なく拾った三郎君が、見せに来た。
「コイツは地球から持ち込まれてきた……か、怪しいなぁ?」
「どうしたの、素っ頓狂な声を出して」
「社長これ……地球の言葉だと思います?」
部品の裏側には、何やら文字らしきものが刻まれていた。……知らない文字だ。
「俺が知っている文字じゃないな。他の方は?」
マリアンヌさんを始め、幾人かに見せるが誰もが首を横に振る。それを見て、顔色の悪い三郎君が半笑いを浮かべる。
「地球のものじゃないって事は、二パターン考えられるわけですよ。A、この世界には、これを作れる技術がある。B、別の世界から、コイツが持ち込まれた。どっちにしたって、面白くない話じゃねぇっすか?」
なるほど、どちらであっても怖い話だ。Aなら、こちらの技術力が想像以上に高いという話になる。今まで見つかったマジックアイテムから、こちらの技術力はファンタジー世界レベルだと思い込んでいた。そうでなかったら? 実は銃とか作れたら? あるいは核。地球の滅亡って言葉が容易に想像できる。
Bでも厄介だ。
「それ、いただけます? ……ありがとうございます。それじゃあ、進みましょう」
受け取った破片は、瞬く間に消え去った。魔法でどこかに仕舞ったのだろう。そうしてマリアンヌさんは皆を促した。少し心配になって、声を掛ける。
「あの……マリアンヌさん。大丈夫ですか? その、色々」
「心配してくださってありがとうございます。ええ、大丈夫ですよ。むしろ良かったとさえ言えます」
「……不安材料が増えたのに?」
「不安材料に関する明確な物的証拠が見つかった。こっちの方が大きいです。これを科学的に分析させて、報告書を各国に送りつけてやるんですよ。さあ、これも対策しなさいなって」
冗談めかして、そんなことを仰る。
「元々、異世界対策なんてものが一人でできるなんて思っていません。私は大きな一手を打ちましたが、完璧でも無ければ解決手段でもないのです。事実、結界を抜いて地球に現れるような者達が出てきました。私が時間稼ぎをしている間に、国に対策を取らせる。動かなかったら蹴り飛ばす。だから良かったのです」
「なる、ほど。……それならまあ」
マリアンヌさんが気落ちしたんじゃないかと思ったが、杞憂だったようだ。……と言う感情がどうやら伝わったようだ。隣を歩いていた彼女が、僅かの間寄り添ってきた。もちろん移動中で、仕事中だ。その時間は短く、他人に見とがめられるほどは長くしない。それでもまあ、嬉しく感じた。これが支え合いというものなのかな。
さて地形に関する最大の驚きは、巨大な縦穴だった。暗いし目測でしか無いのだが、東京都庁がすっぽり入りそうなほどの大きさ。いくつか水が流れ込んでおり、滝ができていた。
「あんまり水に近づかないでくださいねー。何が混ざってるか分かったもんじゃないので」
一樹さんの注意喚起に、皆が表情を引きつらせて距離を取った。幻想的な光景に、笑顔で近寄っていたので反応は大きかった。
「……上の方にも、洞窟っぽいのがいくつもあるなあ。リューさんや、ちょっと上見てこれるー?」
憲治の言葉に、尋ねられた当人が背負っていた飛翔剣の柄に手を掛ける。
「えー? 俺は良いけどー……」
「止めておこう。先行部隊は上層まで確認していない。変な物を刺激したら面倒だよ」
「うッス。というわけで、フジくんに止められたからダメ」
「そっかーそーだなー。しかし本当、どんだけ広いんだここ」
「いつだかフジくんがいってた、『広すぎて無理』って言葉が身に染みてきたッスねー」
「分かってくれて嬉しいよ。……目の前に全員並んでくれて、そいつらに呪いが通るなら俺頑張るよ? ゴリッゴリにゴリ押すよ? でもそんな都合のいい話は無いんだよねー」
「「わかるー」」
ウチの社員のそんな話が聞こえてきた。さっきの未知の破片といい、本当途方もないのだな
そうして進むうちに、やがて変化が訪れた。まず、洞窟の壁に明かりが灯されている。壁に埋め込まれた水晶のようなものが、魔法によって明かりを放っている。ランタンが多いと明るすぎるので、俺たちは持っている物をいくつか消すことにした。
次に、道の様子が変わった。平坦にならされ、石畳になっている。水はけを意識した溝まである。人の手によって整備されている証拠だった。
それらより文明を感じさせたのが、洞窟の壁にいくつも刻まれた壁画だ。戦士、戦い、財宝などが色鮮やかに描かれている。最大のものは、大きな蛇の絵だった。わざわざ足場を組んで作業したのだろう、人の手の届かぬ位置に刻まれている。
「いよいよ近い、ということですよ」
見とれていた俺たちに、マリアンヌさんの言葉が掛けられる。街が近いということは、他の誰かに遭遇しかねないと言うことだ。気を引き締める。案の定、先行部隊がこちらに戻ってきた。
「いくつかの……旅団、というべきでしょうか。我々とは種族は違いますが、大体同じようなグループが同じ方向へ向けて移動しているのを確認しました」
「目的地は同じでしょう。ここからは攻撃を仕掛けられるまで、手を出さない方針でお願いします」
一樹さんの言葉に皆が頷く。やがて往来を遮る石造りの門が見えてきた。
「関所です。大丈夫、手形はあるので」
「時代劇みたいッスねー」
流の感想に同意しておく。でもまあ、国境に検問所があるのは現代も一緒だしな。入国管理局とか。名前が変わっただけで役割は一緒だ。
関所の前には、二つのグループが先に並んでいた。どちらも地球人類ではない。片方はマリアンヌさんの屋敷でも働いているラットマン。だけど姿はだいぶ違う。
屋敷の方は清潔でふかふかの毛並みだが、こちらは大変野生に近い。服っぽい布を纏っているが、正直離れていても臭う。突き刺すような臭さが鼻に辛い。
もう片方は……鬼、か? しかしそれにしては人に近い。でも額に角があるし、牙も人より大きい。鬼が人に近くなったのか、人が鬼に寄ったのか。見ただけでは判別が付かないな。ちなみにこちらのグループもラットマンの匂いには苦しんでいた。だよね、わかるよ。
さてそんなラットマン、門番と揉めている。門番はトロールと人間のコンビ。トロールが大きな棍棒で威嚇しながら何か叫んでいる。
「なんて言ってるか、聞こえる人いる?」
「身体を洗って出直してこい、だそうですよ?」
「うーん、さもありなん」
マリアンヌさんの解説に、全員が納得した。なんなら鬼のグループからもやっぱり? という感じの表情が見えた。やがて相手側も根負けしたのか、甲高い声を上げながら戻っていく。
「最悪だ! 最悪だ! 昔はこうじゃなかった!」
「マーチャント・ゴブリンにむしり取られろ!」
「呪われろ
そんな風に騒ぎながら歩いていたラットマンたちが、こっちを睨んできた。
「なんだお前ら。知らない匂いだ」
「むかつく! 良い匂い! 腹減った!」
「お前ら! 俺たちは損をした! だから身ぐるみ全部……」
「黙れザコども」
吹き上がる、真っ黒で不吉なマナ。一樹さんが一歩前に出た。
「今すぐ走ってここから去れ。さもなくば呪い殺す。五、四、三、二……」
「ひいい! 助けて、たすけてぇ!」
「暗闇の母よ、我らをお助けあれ!」
ラットマン達は、大騒ぎしながら走って逃げていった。いくつか荷物を投げ捨ててまで。よっぽど怖かったらしい。
「ふう……あ、みなさん。ここから先、ガチで力こそ全ての世界です。舐められたら死ぬので、ガンガン腕力に物言わせていきましょうねー」
「うむ。世はかくあるべきだな。本座は望むところである」
小教主殿、満足げに同意する。俺はやだなあ、毎日気を張って生きなきゃいけない世界は。とはいえ、ここではそうなのだから仕方が無い。郷に入っては郷に従え、だ。
鬼のグループは、問題なく関所を通れたようだ。いよいよ俺たちの番が巡ってきた。門番達の視線は、一樹さんに向けられている。さっきのアレがあったもの、当然か。
彼が荷物から、スマホサイズの金属札を取りだした。それを門番に渡すと……なんかスゴイ反応をした。二度、三度と手形と一樹さんを目が往復している。やがて納得したのか、彼は壁と一体になるぐらいに身を引いた。
「どうぞ、お通りくださいませ!」
相棒の振る舞いに驚いたのか、トロールもその行動に習っている。
「よーし皆さん、それじゃあ行きましょう。あと少しですよー」
そんな彼らなど気にせず、一樹さんが先導していく。俺たちは粛々と付いていくわけだが。
「シャチョー……今までなーんとなく、気にしないようにしてきたッスけど。そろそろ限界じゃないッスか?」
「リューよ。俺もそう思う。でも多分、街につけば話してくれるんじゃないかなあ。なんとなくだけど」
ぼそぼそとやり取りする。不安と期待が入り交じる。はたして、彼はいかなる秘密を抱えているのだろうか。そしてそれを語ってくれるのだろうか。
そんな思いは、百メートルも歩かないうちにどうでも良くなった。関所を抜けた先に、圧倒的な光景が広がっていたのだ。
明るい。自然洞窟内が、地上のように照らされている。広い。蛮族の楽園に入って、最も広大名空間だった。そして、立体的。いくつもの太い柱、いや塔が立っている。天井の支えなのだろう。そしてその下には街が広がっていた。地面だけで無く、壁にも建築物が見える。地球には無い光景に、目を奪われた。
「ようこそ、蛮族の楽園有数の大都市、愚者楽土へ。いやあ、酷い名前だよね。それじゃあ皆様、俺に付いてきてくださーい」
バスガイドのように俺たちを先導する一樹さん。お上りさん気分でしばし居たが、それもすぐに収まった。住民の姿があまりにも厳つい。剣やら槍やら棍棒やらを装備しているのは当たり前。トロールやオーガ、ゴブリン、その他名前の知らない連中がうようよしている。
剣呑な視線を投げかけてくる物もいれば、逆に顔をそらす者も居る。まだ街に入っていないのにこれだ。中に入ったらどうなることやら。
「……今更なんだけどさ。俺、外国行ったことないのよ。初回が異世界の街ってレアケースだよね?」
「社長。残念ながら家の社員の大半が、海外経験ありません。レアケースが大量発生しています」
「そっかー。ってことはお前も初海外旅行か、サッチー」
「できれば羽田や成田でパスポートに判子をもらいたかったですねー」
「あー。分かる。海外旅行ならそれだよなー」
本日、漫画版一巻発売となります。よろしくお願いします。