【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
そうして、街の入り口に到着した。中世ヨーロッパの街でありそうな……いやそれより遙かに高い城壁。そして巨大すぎる門があった。そちらの門は閉められていて、左右にあるもうちょっと実用的な大きさの扉が開かれている。そしてそこでも検問がされていた。
二つも入り口があるのに、長蛇の列となっている。一グループの人数が多いからこその現象かもしれない。ここまでの移動は大変だものな。どうしても人数をそろえての行動になる。
「これ、今日中に通れるんですかねー? 太陽が無いから分かりませんけど、時間的には夕方ですよ?」
小百合が森羅宮で仕入れた、蛮族の楽園専用時計を見ながら語る。俺も不安になってきた。夜になったら閉じるとか言わないよな?
「ご心配なく。通れるように交渉してきますから」
「え。そんなことできるのフジくん」
「これ、いわゆるファストパスなんですよー」
先ほど関所で見せていた札をひらひらさせて、彼は入り口へ歩いて行った。並んでいる連中の視線など、全く気にせず堂々と。そんな一樹さんの背を見送っていると、ひそひそとした話し声が聞こえる。
「フェイロン師弟。あれは一体何なんだ。天魔神教との戦いといい、関所の一件といい普通では無いぞ」
「お静かに
「そうは言うがな、いくらなんでも……」
うーん、不信が広がっている。まあ彼らは俺たちと違って、信頼の積み重ねがないからなあ。……そう思っていると、一樹さんがもどってきた。街の兵隊を十人ばかり引き連れて。皆人間じゃ無い。トロールやオーガがいるが、ほかにも羽根を背に生やした人たちがいる。白い鳥のものと、コウモリのそれ。まるで天使と悪魔だ。
「おまたせしましたー。入ってオッケーでーす」
「……よし、いこう」
先に並んでいる人々が、文句を言ってくることは無かった。よほど兵士が恐ろしいのだろう。視線を向けることすらしてこない。よくよく見れば、兵士達の装備も揃っている。普段から武器防具を見ているから分かる。よく手入れがされた、実用品だ。
つまり装備だけ渡されたハリボテではなく、しっかり訓練をした兵士であるという証。おそらく人類よりスペックが上であろう種族が、そうしている。仮にプラーナなどを身につけていたら、さぞかし手強いことだろう。
そんな部隊に先導されながら、俺たちは街の中へと入った。目に入った光景を一言で表すなら、やはり異世界の一言に尽きる。人類ではない種族。日本では無い文化と技術によって作られた街並み。光の加減、漂う匂い。何もかもが違う。
整えられた道を俺たちはひた歩く。そうしていると、歩が近寄ってきた。
「社長、ここはかなり技術とお金がある場所のようですね」
「どうしてそう思った?」
「道と下水です。ここまでの道のりもそうでしたが、よく整備されています。適当に固めて石を並べたという物でもありません。水はけが意識されています。さながら古代ローマの道です」
「ほうほう……下水については?」
「それこそ匂いです。これだけの知的生命体がいるのに、悪臭がほとんどない。香水などで誤魔化すのにも限度があります。仮に魔法を使うとしても、細部まで行き届かないでしょう。かなりしっかりとした、下水設備があると思います。そしておそらく、上水道も」
「なるほど……良くそこまで分かるな」
「ファンタジー作品でおなじみなので。あるいは重箱の隅とも言います」
最後がよく分からなかったが、実にためになる話だった。改めて道や建物を見れば、たしかに衛生的だ。昔学校で、江戸の街はゴミやトイレに対する意識が大変高かったなんて事を聞いた。あれ以上とするならば、なるほど確かに技術と金がかかっている。
移動中、それを証明するようなものを見た。荷馬車だ。馬車、という表現は適当ではないか。引いているのは四本足の巨大なは虫類だ。それが道を移動していたのだが、後ろには糞を回収する係と思われるラットマンが付いていた。スコップと汚れた麻袋を持っていたから、ほぼ間違いないだろう。嫌そうな顔を隠していなかったし。
そういった荷馬車を他にもいくつか確認できた。それをしなければ罰せられるのではないかな、と推察できる。法もしっかりしているようだ。
そんな街の事情を推察しながら歩き続けた俺たちは、中心部へと到着した。街並みのあちこちから見えていたが、巨大な宮殿がその存在を主張している。あちこちにステンドグラスじみた飾りがつけられており、全体的に派手だ。
自己主張が激しいというかなんというか、維持費が大変だろうなと思わず思ってしまう。おそらくは王の居城なのだろうけど、それにしたって限度があるだろうと考えてしまう。
「……フジくん、あそこのなの?」
「そうです。長らくお疲れ様でした。いよいよ愚者楽土の中心、蛇王宮殿です。……本当は改名したいのですけど、よその連中が全然覚えないんだから困ったもので」
やがて俺たちは、巨大な門の前にたどり着いた。宮殿の名前の通り、蛇が刻み込まれた金属製の門だ。それが音を立てて開いていく。
「……ウォーカー。俺はこういう文化に詳しくないんだが。こういう手間が扉が開くって言うのは、やはり特別なことだよな?」
「はい。重要なお客や、あるいは城の主でもなければわざわざ開いたりはしませんね。何せとなりに従業員用のものがあるわけですし」
「だよなー」
色々察しながら、黙ってその時を待つ。門の内側には、兵士や執事、侍女などが勢揃いして並んでいた。
「お帰りなさいませ! 覇王陛下!」
「「「お帰りなさいませ! 覇王陛下!」」」
「はい、ごくろーさん」
一樹さんは軽くそう答えて、先頭を歩いて行く。聞こえてきた称号については、今は問わない。それよりも、本当は身を縮めて歩きたい。でもここまでになるともう、みっともない真似もできない。致し方が無く、背筋を伸ばして続いていく。人によって、反応は様々だ。一番やりづらそうにしているのが閻王殿の人たち。暗殺者だもんな……。
逆に堂々としているのが天魔神教のみなさん。あれは、普段から慣れているのかな。逃げも隠れもしない、って言葉が服着てるような人たちだ。
ウチの社員達は……うん、それぞれだ。お上り丸出しな流、資料映像を脳に焼き付ける歩、綺麗な女の人に鼻の下を伸ばす宏明と、その背を睨むとわ……うう、ちょっと恥ずかしくなってきた。
幸いなことに、建物に入ればそれも終わった。それどころじゃなくなったとも言う。
「遅いよフジガヤ! なんでこんなにちんたら歩いてきたのさ!」
広々としたホールに、少女の泣き言が響き渡る。何というか、独特な服装をした少女だった。背丈は小百合と同じくらい、155cm前後。ボブカットの金髪に、碧眼。黒のスーツじみた洋服。若く見えるが、スタイルは不相応に良い。
そんな彼女が、宮殿の奥から飛ぶようにして近づいてきた。いや多分本当に飛んでいた。明らかに歩く以上の速さだった。
「こっちはとっくに連絡を送ってあったのに! どういうこと? 手紙届かなかったの?」
「手紙ぃ? 知らないよ。全然、全く」
「そんな……って、ねえ。ウチが指定した案内役は?」
「黒道に毒盛られてダウンした。セキュリティ意識、低かったな」
「嘘でしょ!? じゃあ一体誰に……あああ、天魔神教! 閻王殿! 崋山派……は、来るって行ってたっけ。あんまり良くないけど、そこはいい。それより最悪なのは閻王殿にルートを知られたってこと! ウチの独占情報だったのにぃぃぃ!」
もだえる黒いお嬢さん。そんな彼女の前に、マリアンヌさんが立った。
「一度は違うと思ったのだけど、やっぱり貴女が関わっていたのね。久しぶりね
「ああ……お久しゅうございます、大魔導士マリアンヌ。偉大なる我が師よ。弟子は喜びに打ち震えております」
恭しく傅くオステアなる少女。……弟子と言ったか。ってことはマリアンヌさんの身内になるのか。まあ、彼女ならそういう人が居てもおかしくないよな。
「それで、色々忙しいようだけど?」
「はい。実はのっぴきならない状況に……まあ、なんとかフジガヤが間に合ったのでギリギリ……」
「特別顧問! 何故貴様がここにいる!」
そう叫んだのは、なんと勝則だった。見れば小百合や三郎君たち、つまりハガクレ組が戦闘態勢を取っている。一体何事、と問いただす暇も無い。とりあえず落ち着かせなければと一歩前に出たのだが。
「君は……234か! 背が伸びたなあ! ほかにも、200に510、108に482まで! 懐かしい。健康かつ順調に成長しているようで何よりだよ」
「ふざけたことを! 答えろ、さもなくば……」
「待て待て待て! かっつん、待て!」
両手に風を集め始めた勝則の前に立つ。これはいけない。止めないとまずい。
「どいてください先輩! あいつは、あいつは……!」
「何かしらの事情があるって事はわかった! わかったが今は待て! たとえ油断ならん相手でも、なんとかなる! 俺がする!」
「ですが!」
「いいから俺を信じろ。最悪マリアンヌさんに土下座する用意はいつでもある!」
「……なんでそこでいつも通り情けないんですか先輩」
「それが俺だからだよサッチー」
冷ややかに、そしていつも通りのツッコミを受ける。その様子を見て、とりあえず皆落ち着いてくれたようだ。俺は向き直り、オステアさんに頭を下げる。
「我が社の社員が失礼しました」
「いやいや、234たちの反応は当然だとも。むしろよく落ち着けてくれた。相当な信頼を得ているようだね。これはすごい」
「は……それで、ですね。申し訳ないのですが本当に色々込み入っているので……フジくん、そろそろ説明して貰って言い?」
「ええ、もちろんですとも。オステア、玉座の間を開けてくれ」
「……あそこを開けるってことは、全部説明するんだね? はあ……わかったよ」
そう言ってオステアは、奥へと歩き出す。俺たちは黙ってそれに付いていく。廊下は広かった。天井も高く、輝きに満ちている。……満ちすぎているといっていい。照明のマジックアイテムが、惜しげも無く使われている。ガラス細工がそれを反射して、まるで地上のようだ。
これに加えて金銀宝石が使用された調度品があちらこちらに飾られている。正直目が痛くなりそうなピカピカぶりだ。
「オステア、だいぶ片付けたんだな」
だというのに、一樹さんはとんでもないこと言い放った。
「だろう? 苦労したんだよ。使用人達は本当、この宮殿に関しては頑固でね。根気よく説得して、やっとここまでこぎ着けたよ。本当は外観もいじりたいんだけどね」
「だめか」
「だめだねー。どこの職人も請け負わない。この間、試しに一部ぶっ壊したらさ、どこからともなくボランティアがやってきて完璧に戻しやがったの。どれだけこの宮殿が好きなんだあいつら」
……どうやらのこピカピカぶりには、根強いファンがいるらしい。
「そういえば、
「知らないよ。私は保護者じゃないんだ。大方、どこかの宴会に潜り込んでタダ飯食ってるだろうさ」
「……なんであの強さで生活力が無いんだ」
「極まった連中はどっかおかしいものさ。気になるなら君が養ってやるといい」
「嫁に誤解されるからやだ。娘も生まれたから、余計にな」
「あ、それだ! 写真見せてよ写真!」
「あとでな」
どうにも、一樹さんと目の前の女性は仲が良いようだ。以前聞いた、こちらにいる仲間とはおそらく彼女のことなのだろう。ところで神霞という名が出たとき、武侠たちが若干反応したのが気になる。僅かな緊張を感じた。有名人なのだろうか。……まあ、後で聞けば良いか。
それより優先することがある。目的地までは少々時間がかかるらしい。今のうちに大事な点だけ聞いておくことにする。俺は勝則の隣で囁いた。
「どうしても、ぶちのめしたいか?」
「ヤツと政府のせいで、俺たちは地獄を見ました。先輩に拾ってもらえるまで、ずっとそうでした。到底許せるものじゃありません」
「他の皆も?」
振り返って目を見る。言葉は無く、ただ怒りと憎悪のまなざしがあった。
「わかった。もうすこし堪えてくれ」
……これは、穏便には片付かないな。俺は覚悟を決めた。
真っ直ぐ進んだ一同は、宮殿の入り口と同じくらい大きな扉の前に立った。この扉がまた、成金趣味の極みのようなものだった。使われている金だけで何百キロあることか。大粒の宝石も両手からはあふれるくらいはめ込まれている。こんなに豪華な蛇の意匠は、地球には絶対無いと断言できる。
オステアさんはどこからともなく冗談みたく大きな鍵を取り出し、扉に触れた。
「偉大なる蛇王陛下に拝謁を願い奉る」
敬意のけの時も無い声が響くと、音を立てて門が開き始める。同時に、形容しがたい違和感を感じ始めた。その感覚を言葉にするなら、
扉は大きさからすればかなり早く動いている。にもかかわらず、何かが遅く感じるのだ。それを何かと調べようとして、俺は見てしまった。
骨だ。巨大な骨がある。ドーム球場じみて広い空間があり、そこに巨大な骨がうずくまっている。大きすぎて一瞬では判別できなかったが、目を動かし全体を捉えてやっと理解できた。
「蛇……?」
「その通り。あれこそ時間竜クロック・ブラック。かつて地球を侵略しようとした、
一樹さんが少しばかり前に出る。するとやはり、あの感覚を覚える。遅さを、知覚する。
「このように、あいつは死んでもなお、時間に干渉している。そういう、とんでもない化け物なわけです。……今の今まで俺が皆さんに説明をしなかった理由。それはあまりにも荒唐無稽すぎて、あいつと言う圧倒的な物的証拠が必要だったのです。なにせ時間にまつわることですから」
再び歩いて、彼はこちらに戻ってきた。その感覚もだいぶ怪しい。早く移動したのか、のんびり歩いたのか。脳が悲鳴を上げている。人の感覚を超えたものに触れているせいだ。
「それでは皆様、少々長くなりますがどうぞお付き合いください。いかにして地球は一度侵略され尽くしたのか。世界がどうして、今の形になったのか。これはそういうお話です」