【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
玉座の間に、いくつものソファーが運び込まれた。マリアンヌさんの屋敷にあるような高級品だ。長く歩いて来ただけに、素直にありがたかった。侍女たちがお茶や軽食を運んできてくれた。ありがたくいただく。なにせ、あまりの内容に気がついたら口の中が乾いているということが何度もあったから。それほどまでに、一樹さんの話はとんでもないものだった。
曰く、十一年前のダンジョン発生日。本来あの日に、クロック・ブラックによる侵攻がはじまった。逆さ円錐の塔が各地に突き刺さり、そこから怪物達が湧き出た。あの夢のように。
マリアンヌさんたち魔法使いはこれに対抗しようとしたが、本拠地であるあの屋敷をクロック・ブラックが強襲。皆倒されてしまい、何もかも奪われてしまった。
その後、地球勢力はなすすべも無く蹂躙。敗北に敗北を重ねた。沢山の人が死に、地球の富は奪われた。そんな中、破れかぶれの計画が実行される。
スーサイド作戦。怪我でもう助からない人間五人を選び、その身体に呪いを施す。教えられた手順に従えば、今まで怪物に殺された人々の怨嗟を集めてクロック・ブラックに特攻する。それを超上空からダイブしたのだ。一樹さんはその中の一人だったという。
結果は成功。いくら相手が時間を操る怪物でも、限界はあった。目にも止まらぬ早さで落ちてくるとてつもない呪いには、抗えなかった。かくして時間竜は命を落とす……はずだった。しかしそこでクロック・ブラックはとんでもない悪あがきをした。
何をどうしたのかは不明だが、時間を巻き戻すという前代未聞の奇跡を実行。気がつけば一樹さんは十年前に戻っていたということだった。
「私は正直、時間を巻き戻したという考え方には否定的なんだよねー。いくら地球の霊脈を押さえていたとしても、世界全てを戻したってのには無理があるよ」
オステアさんがお茶のカップ片手にそんなことを言う。俺の隣に座っているマリアンヌさんも首を縦に振った。
「世界は地球だけじゃないんだ。天を見上げれば……まあここからじゃ見えないけど、ともかく数え切れないほどの星がある。そしてそれの塊である銀河の数だってとんでもない。どうして、たかが一惑星の一ドラゴンが世界を巻き戻すなんてできるのさ」
「では、何が起きたと?」
俺がそう尋ねれば、彼女は指でくるりと円を描いてみせた。
「当人達、クロック・ブラックとスーサイダーズ。彼らの記憶を過去の自分に転写した、というのが妥当だろうね。戻ったってのはあくまで主観。それぞれはやっぱりそこで死んだのさ。なので時間が巻き戻ったのでは無くパラレルワールド……」
「オステア。興味深い話だけど主旨からずれているわよ」
「おっと。これは申し訳ありません。ええと、どこからだったかな? ああ、フジガヤの主観が件の日に戻ったところね」
本来ならば侵攻が開始された日。しかしそれは行われなかった。クロック・ブラックが、敗北を無かったことにするために中止したのだ。しかしそれは世界が救われたという意味ではない。時間竜を倒さなくては、またいつか同じ事が起きる。
それを恐れた一樹さんは行動を開始した。具体的には、当時日本に滞在していたオステアさんへ接触したのだ。彼女が居た場所は、世間から秘匿された場所。ハガクレ計画の訓練所だった。
「そこでフジガヤと接触して、荒唐無稽な話を聞かされて……まあ、色々あって納得したんだけどその辺はいいとして。実はその日、もう一つ大きい事が起きたというか起こしたんだよね……先にその話をしてもいいですか師匠?」
「ええ、本人達も限界でしょうし」
魔法使い達の視線の先にいるのは、ハガクレ組。代表して、勝則が口を開く。
「特別顧問、お前は一体何者なんだ。何故あそこで働いていた」
「我が名はオステア。魔術結社
舞台役者のように大仰な身振り、そして笑顔まで浮かべてオステアさんは語る。
「何故あそこで働いていたか。全ては我が師の偉大なる大計画のため。
「オステア、あまりからかうものじゃ無いわ」
「おっと、これは失礼。ともあれそんなわけで国が秘密裏に、対ハンター……あの頃はそんな単語無かったけど……のための部隊を育成するっていうから、ひょいひょい乗っかったわけさ。なにせ、裏金で新しい戦士を育成してくれる! 世界を守るためには、戦力は多い方が良い! だからとりあえず対ハンター部隊作らせて……
すげえ事をペラペラと語っている。ってことは、ダンジョン発生して数年後のハンターによる治安悪化。あれの間接的原因はこの人ってことになる……ああいや、止めよう。この話を掘り出すとダンジョン発生させた人の責任問題とか、そもそも国家の対応の悪さとか、そもそも人類全体の問題を個人技能で対応していることについての是非とか面倒な話が山ほど出てくる。
しかもそれを正しく判断できる人間がいないときた。うん、不毛だ。
「というわけで国家の財布で好き放題優秀な戦士を育成した、というのが答えだけどこれでいいかな234」
「……あの日、人員が妙に少なかったのも、重要書類が放置されていたのも」
「私がやった! おおっと!?」
勝則の手から衝撃波が放たれた。しかしオステアさんは本職なだけあって、即座に防いで見せた。二発目は、俺が魔法の盾を出して立ち塞がる。
「待てかっつん! わだかまりは山ほどあるだろうが、もうちょっと待て!」
「どいてください先輩! 俺は、俺たちは!」
「冷静になれかっつん! 相手は本職の魔法使いだ! 魔法勝負で勝てるわけ無いだろう!」
「ですがそれでも!」
「とにかくちょっと待て! オステアさん! お伺いしますけど、こいつらハガクレ組にどれくらい酷いことしました? ざっくりで教えてください」
「ざっくりぃ? そうだなぁ……心身の損傷にできるだけ気をつけた上で、虐待そのものって感じのヤツ? ただ弁明させてもらうけど、この子らの大半が捨て子だよ? 当時の日本で才能のある子を集めて教育を施した。おかげでずいぶん強くなったようじゃないか。感謝されてもいいとおもうんだけどなあ」
「衣食住を保証すれば殴っていいって論理は、DVする夫と同じくらい身勝手だと思うんですが」
「うーん、それを言われちゃうと反論できないねえ」
からから、と笑う邪悪な魔法使い。うん、これはダメだな。勝則達の頭に血が上りすぎているし、相手も和解しようなんて思ってない。
俺はマリアンヌさんを見た。彼女は苦笑を浮かべつつ頷いた。はい、決まり。俺は魔法を防ぐために取りだした魔法の盾を手放す。彼女の操作により、それはたちまち……ハリセンの姿に変化した。そしてそのまま、高速回転してオステアさんに迫る。
「え? ちょ? む!? ……ああ、ま、マナが!?」
マナを霧散させる効力はここでもしっかり発揮し、邪悪な魔法使いは見た目通りの小娘になった。仕込み、よし。
「何をなさるんですか師匠!?」
「とりあえず今後のために、一度恩讐の精算をしておきなさいな」
「そんなご無体な! 弟子が可愛くないのですか!?」
「もちろん可愛いけど、ハガクレの子たちも可愛いし。色々教えているのよ? 私」
「ハァー!? 大魔導士の教えを、あんな小僧小娘どもが!?」
「ええ、基礎を簡単に。月謝五千円で」
「ごせん!?」
あっちをマリアンヌさんが押さえている間に、こちらも準備を整える。
「と、いうわけで相手の魔法は封じた。かといってこちらも魔法を使うのはフェアではない。いくら恨み辛みがあっても、一方的な袋叩きはよろしくない。これは飲んでくれるか?」
ハガクレ組の顔をしっかり見る。苦虫を噛み潰したような顔、という言葉の典型例が揃っていた。だが不平も出てこない。かろうじて飲んでくれたようだ。
「そして、かっつんや三郎君が殴りかかるのも酷い絵面だ。体格差諸々を考えて……サッチー、やれるか?」
「その言葉を待っていました、先輩。ハガクレ全員の怨念を背負ってあの女をぶちのめします」
色々な装備を外して身軽になった小百合が、鋭いジャブとフックのワンツーを打ってみせる。わあ、まるでボクサーみたい。世界が取れそう。
その速さを見て、いよいよオステアさんの顔が青白くなる。
「いやいやいや! 勘弁してください師匠! 200は訓練場でもナンバー2の性能だったんですよ!? 魔法の無い私じゃボコボコにされるじゃないですか!」
「だから昔から、杖術の一つも使えるようになっておきなさいと言っておいたじゃないの」
「今はそういう時代じゃないんですよ! 師匠の魔法でもないかぎり、私がこんな窮地に立つ事なんて無いんですから!」
「何事にも例外はあるものよ。小百合ちゃん、うちの弟子にお灸を据えてちょうだいな」
「お灸で済ませるつもりはありません。殺す一歩手前までは覚悟しておいてください」
「ちょっとぉ!?」
そんな会話をしながら、じわじわと小百合が距離を詰めていく。なお、この争いを止めようとするものは誰もいない。部外者の皆さんは知らん顔しているか、あるいは楽しんでいるかのどちらかだ。そんな中、オステアさんが俺たちの中の一人へ向けて声を上げる。
「モーリス! 何を黙って見ているんだい! 盟主様がピンチなんだよ!? 身体を張ってでも止めないか!」
「おお、申し訳ありません。私もそうしたいところですが、動けば間違いなく制圧されます。無力な私をお許しください」
「せめて助ける努力くらいして見せろぉ!」
……あの鷲鼻おじさん、オステアさんの組織に所属していたのか。そういえば死霊術士だったものな。うーん、世間は狭い。
「さて、覚悟はいいですか特別顧問。あの頃の地獄を再現はできませんが、僅かでも味わわせてあげますよ……」
「待った! 待ちなさい200!
その唐突な一言に、皆の動きが止まった。……そういえば、顔立ちは結構似ているな。髪や目の色は違うけど。