【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「はは……おや?」
「その通りだ200! お腹を痛めて産んだ訳ではないが、卵子提供は私だ! 逃げ出すまで育てたのだし、名実ともに母親といって問題ないだろう!」
「……何故」
「何故? 折角資金そこそこ使えるのだから、ちょっと高性能な戦士とか一から組んでみたくなったって言う好奇心からだけど。結構厳選したんだよ? ……まあでも、やっぱり難しいね。本物の天才にはなかなか追いつけないって改めて思い知らされた」
とわを見ながら悪い魔法使いが全く悪びれずにのたまう。小百合は僅かの間動きを止め、やがて一度深呼吸してから脱力した。あ、ヤバイわアレ。
次の瞬間、なぎ払う手刀がオステアさんの両目に迫った。初手、目潰しである。
「ひぃ!? ちょっと!?」
相手からの批難の声に、小百合は応えない。手刀が空振りと見るや、身体の動きをそのまま利用し、後ろ回し蹴りを繰り出す。オステアさんはこれをのけぞることで回避。しかしバランスを崩した。そして小百合はその隙を逃さない。
態勢を素早く整え、電光石火のストレートがオステアさんの顔を襲う。あれは鼻の骨がイったな……と思ったのだが。奇妙な音と共に、小百合の拳が空中で止まった。
「ははは! できる魔法使いは! いざというときの備えをしているものなんだよ!」
焦った顔で勝ち誇るオステアさん。
「小百合ちゃーん。多分マジックアイテムだけど、殴ってれば効果無くなると思うからがんばりなさーい」
「師匠ぅぅぅ!?」
無慈悲なマリアンヌさんの声援。それを受けて小百合が再起動する。身体の動くまま、流れるような連続攻撃をどんどん叩き込んでいく。マジックアイテムのせいで届いていないが、狙った場所はどこも人体急所だ。
こめかみ、両目の間、鼻の下、顎、喉、水月に肋骨、股間。一切の容赦なし。マジックアイテムが無ければ、今頃オステアさんはボコボコ……では済まないレベルで呻いていたことだろう。喧嘩のレベルではまったくない。
「少しはためらいというものを覚えないのかい!? 衝撃的事実だっただろう!?」
「任務中に動揺など、するはずがない。そう教え込んだのはお前達だろう」
勝則が淡々と告げる。
「先ほど育てた恩などと寝言を言っていたな。ああ、確かに教え込まれた技術は大いに役立った。混乱した時代に、よく適応できたよ。しかし先輩に、社長に拾ってもらえるまでの十年。俺たちがどれほど苦労したか、お前には分かるまい」
「うん、知らない!」
「だろうな。
「了解」
小百合の攻撃がさらに加速する。威力を重視しているのか、蹴りを多用し始めた。後どれくらいマジックアイテムが持つのか分からないが、それはきっと遠くは無いだろう。なにせオステアさんの顔が引きつっている。
「お、おのれ。マナを霧散させられていなければ、こんな無様は晒さないのに! 死霊術の限りを尽くしてボコボコにしてやるのに!」
「師に裏切られた己の徳の無さを恨め」
「師匠! 弟子はそこまで悪いことをしましたか!?」
「恨まれることはしたようねー。もっと上手くできなかったの?」
「効率を重視しただけ……あ、ああ!?」
そしてついにその時がやってきた。小百合の拳が頬をかすめた。赤い筋が刻まれる。そして小百合は一切躊躇わなかった。顔面を狙うストレート。
「ヒィ、……痛ぁぁぁ!?」
それはフェイントだった。身体の動きを隠し、すねを思いっきり蹴り飛ばした。なお、小百合の靴は洞窟探検用のブーツである。堅くて丈夫だ。
激痛にしゃがむオステアさん。しかし長年の経験があるのだろう。そこで終わらなかった。足を抱えたまま、団子のように横回転で転がっていく。足が痛くて歩けないなら、転がって移動すれば良い。なんと冷静な判断なのだろうか。見た目はものすごく酷いが。
「逃がし・ま・せ・ん……!?」
追いかけた小百合の動きが、一定の所で途端にスローモーションになった。……あ、そういうことか!
「ははははは! 状況判断を誤ったね200! ここの管理をしているのは私だよ? 当然、クロック・ブラックの低速空間に対抗するための護符は作成済みなんだよ! 生まれて二十……五? 六? ……まあいいか。四半世紀程度の小娘が、魔術結社の盟主に勝とうなんて浅はかな考えなんだよ! ……ああ痛い。涙出てきた」
勝ち誇りつつすねの痛みにもだえている。小百合は心底悔しそうだが、身体の自由を取り戻せていない。……これは、詰みか。この状況で横入りはよろしくない。一対一になっただけでも御の字なのだ。手を出そうとしたら、彼女の手勢が動くだろう。それこそモーリスさんとかが。
「さてさて? 飼い犬に手を噛まれたわけだけど、ここからどうしてくれようかな? ああ、ここで降参なんて興ざめなことは言わないよね?」
「だ・れ・が……」
「ん~素晴らしい反骨精神。君は、君たちはそうで無くては。それじゃあ久しぶりに懲罰のお時間かな? なあに、かつてと同じようにギリギリまで……」
「騒がしい」
また一つ、この場に少女の声が響いた。そちらを見れば、白い道服を身に纏った美少女が立っている。その立ち姿、そしてまなざし。堂々たる姿がただ者では無いと物語っている。この場に居る時点で、常人であるはずもないのだが。
「あ、先生だ」
ぼそりと、里奈さんが少女を見てそんなことを言う。……先生? 前になんか聞いたことがあるような? しかし場の動きは、俺がそれを思い出すのを待ってくれない。
神聖さと高貴さを感じさせる翡翠色の髪を揺らしながら、彼女は小百合達に近づいていく。クロック・ブラックの低速空間の影響はないようだ。彼女も護符とやらを持っているのだろうか。
「お前の勝ち。それ以上は悪手」
「はぁ? いきなり帰ってきたと思ったら人の勝負に口出しとか何様ですかー? これは! 勝者の! 権利なんですー! おわかり?」
「じゃあ勝負。私が勝つ。お前負ける」
「ハァー!? こ、この状況で喧嘩売ってくるとか何考えてるんですか! 師匠! 師匠! お助けあれ! マナを失った弟子がピンチです!」
「そうね。じゃあ
「承知」
「全然フェアじゃなーい! この筋肉バカと華奢な私じゃ戦いにならないじゃないですか! どうかお考え直しを!」
乱入者は、どうやら顔見知りのようだ。とりあえず状況を見守る。心の中では応援する。小百合の無事がかかっているから。
「そもそもです! この弟子は望まぬ戦いを致し方が無く受けたのです! 手加減もしました! その労いはないのですか!?」
「その戦いは自業自得だし、マナを失った状況での戦闘もお粗末だったし、すねを思いっきり蹴られたし。久しぶりに指導をしなきゃいけないかなって考えている所よ?」
「ひぃ!? も、森ですか!? それとも砂漠!?」
「久しぶりに海もいいかしら?」
「お考え直しを! 海賊の黄金時代は遠い昔にございます! わかりました、わかりましたよ! 戦利品を放棄すればよろしいのでしょう? ええい、運のいい娘だ。仲間の元に帰るがいい!」
オステアさんが嘆きなら叫ぶと、低速時間に捕らわれていた小百合に自由が戻る。彼女はすぐにファイティングスタイルを取るが……それを解いて、こちらに戻ってきた。
「ごめんなさい。負けました」
「いいや、よくやった。今回は準備不足だった」
「ぶっつけ本番だったんだ。しゃーねえだろうよ」
「そうよ。すねを蹴り飛ばしたんだからポイントは取ったわ。アレ絶対青あざになってるわ」
「次は徹底的に準備して仕留めようね」
勝則、三郎君、とわ、綾乃と仲間達から暖かい(?)言葉を受けて、小百合の目に涙が浮かんでいた。オステアさんは少し震えていた。
さて、では。社会人として仕事をしよう。俺は前に出て、オステアさんに頭を下げた。
「今回は我が社の者のためにお時間を取っていただきありがとうございました」
「……けしかけておいていけしゃあしゃあとよく言ったもんだね。面の皮が厚いって言われない?」
「それはそれ、これはこれかと。貴女には勝則たちに恨まれる理由があった。もちろんそれで殴って良い理由にはなりません。さらに言えば、貴女が一対一の戦いを受ける理由にもならない。マリアンヌさんの介入があったとしても、ここは貴女の住処。小百合を叩き潰す手は他にもあったかと思いまして。たとえば……」
俺は、玉座の間の中央にある巨大な蛇の骨を指さした。
「貴女が本気になったら、アレ動かせるんじゃありませんか? 死霊術士なのですから」
俺の言葉が終わると、僅かの間物音一つ立たなくなった。俺の言葉はなかなか衝撃的だったらしい。そしてオステアさんが笑い出す。
「はははははは! 目の付け所がいいねえ君ぃ! うんまあ、ちょっとでも200達が一線越えたら、色々やるつもりではあったよ!」
ケラケラと笑う悪い魔法使い。やはり、あの情けない振る舞いは演技だったか……。だよなぁ、一樹さんとツルんでる魔法使いが、柔なわけないよなぁ。
「なんだい君、お礼とか言っておいてこの私をけん制するつもりかい? 若いのに大胆なことだねえ。命知らずにもほどがある! ……
薬品と腐臭が混ざったマナが漂い出す。どうやらマリアンヌさんの魔剣の効果が終わったらしい。なるほど、やはりとんでもない。俺は腹に力を込めて、再度頭を下げる。
「いいえとんでもない。あくまでお礼を申し上げているつもりです。今は手持ちが無いので、後日手土産をもって改めてご挨拶させていただきます」
「ふぅん? この足の痛みの代償を払ってくれると?」
「いえ。それは試合の結果なので私の関知するところではありません。あくまで試合をしてくれたことに対するささやかなお礼です」
「ははは! ……やっぱ舐めてるでしょ。一辺痛い目を見ぃーーー!?」
「はしゃぎすぎ」
電光石火の一撃だった。白い道服の少女が、刈り取るようなローキックをオステアさんに見舞ったのだ。普通は太ももを狙うのだが、彼女はすねを蹴り上げた。そう、小百合がぶち込んだあそこだ。再び足を抱えてもだえて転がる。
「この、この、穀潰し女! よりにもよってすねを、じゃない、変なところでくちばし突っ込んできて……!」
「悪い魔法使い、恨まれて当然。いちいち騒ぐな」
「それなら、因縁つけて新しい稼ぎを得ようとするのも悪い魔法使いの仕事ですよねぇ……」
「悪手。老師を見ろ」
「……え?」
はい。俺もね、何の勝算もなくこんなことしないんですよ。でも火消しはしておかないと、後で何されるか分からない。だって悪い魔法使いらしいし。なので、恋人の立場を利用しました。弟子なら、師匠には喧嘩売らないだろうって。
「オステア。私の恋人に何か文句でもあるのかしら?」
「いいえ師匠。まったくございません。ははは、礼儀正しい好青年ですね! ……恋人?」
彼女は姿勢を正して、矛を収めた。これでとりあえず、良し。この件で直接的な難癖は付けてこないだろう。とはいえ(汚い言い回しだが)鼻くそと難癖はどこにでも付く、と言う。油断すれば刺してくるに違いない。警戒は続けよう。
「よう、シェンシア。良いところに帰ってきたな」
状況が落ち着いたところで、一樹さんが声を掛けた。シェンシアと呼ばれた少女も小さく頷く。
「藤ヶ谷。娘見せろ」
「はいはい。……ほら、これだ」
「……人相良し。将来安泰」
「おお、そいつは嬉しいな。……でも赤ん坊の顔ってどんどん変わるもんじゃないか?」
「待って! 私も見たい、私も!」
「あのー、お話中の所を済みません。一樹さん、そちらの方は?」
和気藹々としているところに話かけるのは気が引けたが、一応尋ねておきたかった。なにせ、彼女が現れてからずっと武侠たちの様子がおかしい。緊張感を漂わせている。
「ああ、こいつはシェンシアといいます。一緒にクロック・ブラックに殴り込んだ戦友です。シェンシア、俺が世話になっている会社の社長、入川春夫さん。それと会社の人たちと、あとは……」
「シェンシア武仙にご挨拶申し上げる!」
勢いよく立ち上がった
「崋山派、邪派、天魔神教。よく来た」
当人は気負いなく鷹揚に頷くだけ。
「一樹さん、こちらの方は、どのような?」
「さっき長老が言ったように、武侠の世界じゃ武仙なんて称号で呼ばれてるプラーナ使いです。ぶっちゃけ単純な戦闘能力だと俺以上だったりします」
「ええ……?」
ここに来てまたとんでもない人が現れたぞ……? いやまあ、覇王と呼ばれた竜を退治したのだ。それぐらいなのが当然なのかもしれない。
「それじゃあその辺の説明を含めて、話の続きをお願いできるかしら?」
マリアンヌさんの一言で、俺たちは再び机に戻ることになった。