【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
オステアさんと合流した一樹さんは、戦いのための準備を開始した。とはいえ、当時の彼は高校生。とても戦える状態では無い。なので最初の一年は基礎訓練を重ねたらしい。その課程で、
「シェンシアとオステアはライバルというかずっと喧嘩する仲で、悪さをしていると思って探りに来たときに顔を合わせたんだ」
「ほんとーに迷惑なんだけど、私はこの穀潰しに勝てないから……」
「私勝てる。でも殺せない。用意周到。意地汚い」
「アンタに言われたくないんですよー!」
ちなみにそのシェンシアさん。当時日本にいた理由が、なんとサキモリ計画の手伝いのためだったとか。どうりで里奈さんが先生と言うわけだ。
「純金老師の手伝い。子供達鍛えた」
「鍛えられましたー。先生、あとで剣見てください!」
「いいよ」
「やったー!」
「おおお……武仙様になんと気安い……」
「初めて世界を渡った時に、ゲートから光の玉が現れましてね? そいつからこれを渡されたんですよ。忘れ物だって」
一樹さんの影が広がる。それはたちまち漆黒に染まり、そこから僅かながらに気配が伝わってきた。まず感じたのは死。次に怒り、憎しみ、憎悪、悲嘆。数え切れないほどの呪い。完全に制御されているから、怖いと思う程度で済んでいる。触れれば永遠に正気を失うことだろう。
「俺が前の世界で、呪い爆弾になったって話をしたでしょう? その残りがあるから使えって言われまして。実際これのおかげで、クロック・ブラック退治が数年早まったんですよね」
「後々調べた感じ、ギリギリだったねー。遅れてたら、地球侵攻再スタートだよ」
「その光る玉、とは一体?」
一体誰だ。こんなおっかないものをポンと渡せる非常識なヤツは。
「マリアンヌ・ヴァルニカの大結界。その中枢たる地球の大精霊です」
「え?」
俺たちの視線が、一斉に彼女に集まった。が、彼女は黙ったまま微笑むだけ。その姿に違和感を覚えたのは俺と……里奈さんだけのようだ。
「我が師の結界は星の意識を具現化し、それが持つ外部からの接触への拒否反応を利用している。故に地球の意識を大精霊として召喚し、結界の中枢に組み込んだ。星の力もスムーズに使えるし、およそこれ以上は望めないといっても過言ではない。人の世が始まって、あれ以上の物は今までなかっただろう。師の功績が我がごとのように誇らしい」
「弟子の面汚し」
「だまらっしゃい! あと、純金一門は基本的に国家に反逆するスタイルだから! ねえ師匠!」
「望んでそうなっているのではなくて、国家が私の存在を嫌がるだけだから……」
「免罪符にはならない」
「うっ」
さりげなく、シェンシアさんの言葉がマリアンヌさんに刺さっているな。……それにしても。
「地球の精霊……一体どんな物なのだろう」
「社長、貴方はすでにそれと出会っているではありませんか」
「え?」
そんなご立派なもの、見た覚えがないぞ? 首をかしげる俺に、一樹さんは俺の手を指さす。
「魔女殿を助けに行く時、もらった魔剣が面白いことになったでしょう? 使い魔に憑依したり。あのとき喋ったのが、大精霊です」
「あれかーーー!」
思い出した! そういえばあったわそんなこと! ドラゴンとかいろいろありすぎてすっかり忘れてた!
「直接見たわけでもないのに、よく知ってますね」
「独特な気配だったから、思わずちょっとのぞき見を。申し訳ない」
小百合からのツッコミにそう答えている。……そういえばあのとき、一樹さんは契約のせいで不参加だったな。後になって超高速で乗り込んできたけど。
「ともあれ、その助力もあって俺たちはクロック・ブラックを退治。地球侵攻を食い止めた……というのが、一連の流れです」
「結果フジガヤは
「私腹を肥やす。悪事を働く」
「人聞きが悪いなあ! 都市を運営するのがどれだけ大変だと思ってるの? そりゃあ、街の有力者の弱点調べて強請ったり呪ったりは通常業務だけどさ。死人に口なしって言葉は死霊術士には通用しないって、みんなやられてから知るんだよね」
……なるほどな。ここまで一樹さんが俺たちに全てを語らなかった理由がよく分かった。あまりにも荒唐無稽。漫画やアニメの話のような内容だ。コレを何の証拠も無い状態で聞いても、とても飲み込めない。たとえ一樹さんの戦闘力を知っていても、である。
そして覇王を倒して成り代わったって話については……正直、あまり驚きは無い。ただ納得だけがある。ドラゴンを軽々倒した彼だ。その親玉だって、頑張れば倒せるのだろう。想像が及ばないけど。
周囲の反応を見るに、特に反発的な表情をしている者は居なかった。武侠の皆さんが大小様々に驚いている程度か。我が社の人間は俺と同じように納得しただけといった感じだな。……しかしまあホームセンターで偶然雇ったハンターが、実は世界を救ったヒーローとか一体どんな偶然なんだよ。
「すみません、一つ質問いいでしょうか」
俺が運命についてちょっと真面目に悩み始めようとした時、歩が手を上げた。
「なにかな、メガネ君」
「森沢です。先ほどオステア先生は、一樹さんはタイムトラベルしていないと仰いました。記憶を過去に送り、パラレルワールドを作る。その魔法に巻き込まれたのだと」
「うん、そうだね」
「ではなぜ、別世界となった場所で作られた呪いが、一樹さんの手元にやってきたのでしょう? 我々の世界ではまだその呪いは作られていないし、その予定もないはずです」
その問いかけに、オステアさんは目をそらした。一樹さんも口をへの字にして首をかしげた。シェンシアさんは……無反応だ。
「お三方は分からない、と。では秘書さん、おわかりでしょうか?」
歩の追求は終わらなかった。今度はマリアンヌさんに矛先が向かう。
「……ウォーカー、そこ大事な点か?」
「はい。設定の矛盾は放っておくと大惨事になります。……失礼間違えました。時間の巻き戻しは不可能かもしれない。ですが地球と
がたんと椅子を弾き飛ばして立ち上がったのは一樹さん。当事者だからな、思うところは大きいのだろう。こんなに驚いた表情初めてみた。
マリアンヌさんはしばらく瞳を閉じて険しい表情をした後、右手を上に向けた。そこに、光の玉が現れる。
「聞いていましたね? どういうことですか?」
「できたからやった。それだけだ」
光の玉から聞こえてきたのも、やはりマリアンヌさんの声。そして、その口調には覚えがあった。あれこそ、地球の精霊なのだろう。
「平行世界への移動など、私の術には無いはずですが?」
「そんなに面倒なことはしていない。私を地球の精霊と定義したのはお前だ。地球にとって、十年などほんの僅かな時間にすぎない。近くの物を、持ち主に戻した。それだけだ。あちらの地球でも難儀していたのでな。廃棄物を有効活用、リサイクルだな」
「そういう、重大なことを、どうして勝手に、何の報告もなく……!」
「貴様の主観と私の主観は違う。私にとっては些細なことだった。以上だ、忙しいから帰るぞ」
「あ、ちょっとお待ちを精霊さん!」
なんか消えそうだったので思わず呼び止めた。
「何の用だ」
「あの時は大変お世話になりました! おかげさまでマリアンヌさんを助けることができました。今までお礼を申し上げることもできず、かつ忘れていたという大変失礼を……」
そう言って頭を下げた。光る玉には当然、表情が無い。なのに少しだけ、雰囲気が柔らかくなったように思えた。
「……瞬くように終わるのが人の生だ。悔いの無いように生きろ。ではな」
それだけ言って、精霊は消えてしまった。そしてマリアンヌさんが大きくため息をつく。
「歩さん、質問の答えは『地球の精霊が好き勝手やった』です。ご満足いただけましたか?」
「はい、ありがとうございます。新たな問題点が見つかった気がしますが、見なかったことにします」
「お願いします……」
ううむ、お疲れのご様子。あとで時間を見つけてフォローしなければ。ややあってから、一樹さんが咳払いをした。
「んんっ。えー、どこまで話しましたっけ? ……あ、クロック・ブラック倒して街乗っ取ったあたりか。その後はまあ、各国の都市部で暴れていた不良ハンターどもをとっ捕まえて私兵として使っているぐらいですかね?」
……なんだって? またも突拍子もない情報にいよいよ脳が止まる。俺より性能のよい勝則が、先に再起動を果たした。
「あの行方不明事件の主犯、藤ヶ谷さんだったんですか……」
「誤解だよ勝則君! 俺は再教育係! 主犯と実行犯はこっちの悪い魔法使いと断罪仙人です!」
「ドーモ。主犯の悪い魔法使いです」
「断罪仙人。新しい」
「何故またそんなことを」
「だって放っておいたら社会秩序が崩壊しそうだったし? それって私の不利益に繋がるし。かといって貴重な上位ハンター。殺すのはもったいない。だから来たるべき戦いに備えて、再教育&訓練。立派な私兵になってもらったというわけです。リサイクル!」
この悪い魔法使い、本当に酷い。悪すぎる。何が悪いかって、自分の利益と社会公益を重ねてくるあたりが。普通だったら許されないけど、これ以上の手が浮かばないのも事実だ。他人の人権踏みにじるのが上手すぎる。
「笑ったのは、各国で開放したハガクレみたいな連中が一部混ざってたんだよねー。それも、できの悪い奴に限って。事の露見を恐れて政府は手を出してこない、なんて甘い考え持った奴ばかりでさー。逆にハガクレには一人としてそんなのが居なかったのでびっくりです。優秀で素晴らしい!」
「オステアさん。あんまり家の連中刺激しないで下さい」
「はい。私悪い魔法使いじゃないです」
どの口で言うのか。これぐらい図太くなければ盟主なんてやっていられないんだろうな。そこは感心する。腹立たしいのは間違いないのだが。
はあ、と思わず大きくため息をつく。流石に驚き疲れた。
「大体のことは分かったわ。……それでオステア。最近のこちらの状況について教えてもらえるかしら。地球では、わたしの結界を抜いてこっちの勢力が現れ始めているのだけど」
「ああ……ついにですか。どうやって大精霊の拒否反応を欺いているのやら。……えー、では詳細はあとで提出するとして、大まかなところをかいつまんで」
オステアさんは指を鳴らすと、テーブルの上に幻を作った。それは十二個の星だった。これが何を意味しているかは、なんとなく推察できる。
「この蛮族の楽園は、争いの絶えぬ場所です。何せどこまで行っても地下洞窟。上に果てはあるのか、どこまで行けば底なのか。誰にも分からぬ場所です。洞窟のあちこちに大小様々な怪物が生息し、闇の中には未知が発見されずうずくまっている」
ここまでは皆が知るところ。なので静かに話の続きを待つ。
「そんな世界に安全はなく、生きたければ力を得るしかない。そして強くなれば蛮王として祭り上げられ、また争う。その頂点がこの十二の覇王たちです」
彼女が指を鳴らすと、星が二つのグループに分けられる。六と六だ。
「覇王は長い間、六匹のドラゴンとそれ以外の種族のものに分けられていました。入れ替わりは時折おきましたが、それでもこのバランスが崩れることはありませんでした。ですが……フジガヤがクロック・ブラックを倒しました。長く続いたバランスが崩れたわけです」
片方の六から一つ、もう一方へ流れる。五と七。
「覇王のバランスが崩れ、蛮王たちの争いが加速しました。当然こちらへ攻撃する、あるいは傘下に入ろうとするなどいろんなアクションがありました」
「悪い魔法使い、本領発揮」
「そのとーり! いやあ、いい稼ぎになりました……そしてとりあえず、少し前までは小康状態と呼べる程度に落ち着いておりました」
「それじゃあ、今は違うのね?」
マリアンヌさんの問いかけに、悪い魔法使いは泣き笑いの表情を浮かべた。
「実はつい最近、とんでもない事がおきまして……覇王にして竜王である