【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
春夫達が到着した翌日、二人の覇王が蛇王宮殿の庭園で向かい合っていた。異界から取り寄せた花が、何十種類と並べられている。前の主が、ただただ己の財を誇るために作り上げた庭園だった。
「やっと会えたのう、
二メートルの身長をもつ老人が、堂々と椅子に座っている。老いという言葉が似合わぬ男だった。肌つやは良く、筋肉もある。あげくに服装が派手だ。日本の着物、紋付き袴姿なのだが袖を通している長着は真っ赤。袴は黒字に金の模様。まるで成人式で目立とうとする若者のような出で立ちだった。
「……その格好は何だ」
こちらも覇王ならば、それなりの格好をしなくてはいけない。周囲(ミナカタ社員)に説得され、ブランド物のオーダーメイドスーツに身を包んだ一樹は、挨拶もせず聞いてしまった。
「これかの? 実は最近日本にいったのじゃが、そこで一目惚れしてしまってのう。店主に無理言ってしつらえてもらったんじゃ。いやあ、ワシの背丈に合わせるのに時間がかかるとか言われたときは焦ったのう。もっと余裕を持って行動せんとだめじゃな」
からから、と笑う老人。一樹は内心焦りを覚えた。覇王が、地球に足を伸ばしていたのだ。平常心で居られなくて当然のことだった。
覇王にして竜王、
「いやあ、この街はええ感じに変わったのう。街に活気があるし、食い物が美味い。地上の品も出回っている。ちと高いのが玉に瑕じゃが、輸送料を考えれば当然か。ともあれクロック・ブラックの小僧が支配していた時と大違いじゃ。天晴れ天晴れ」
まるで好々爺であるかのように振る舞っているが、長い間この蛮族の楽園に君臨してきたドラゴンだ。油断などできるはずも無い。最悪、即座に戦闘開始できるように一樹は覚悟を決めいていた。
「要件は、何だ」
「んん? 貴様の名代に伝えておいたはずじゃがのう? 友好を深めるために挨拶に来たんじゃ。えーと? ないすとうみーちゅー、じゃ」
もちろん、オステアから聞いていた。しかし当然、そのまま信じられる話では無かった。一樹はやり辛さを感じていた。
始めから敵対的の方が、よほど楽だった。蛮王なんてものはどいつもこいつもお山の大将。自分が強くて偉い。それが全てみたいな連中がほとんどである。実際クロック・ブラックもそうだった。
このように友好的な外交をされるとは想定していなかったのだ。
「……ドラゴンから、覇王の座を奪った。そんな俺を潰しに来たんじゃないのか」
「それをやるのは、ワシじゃなくてほかの若い竜どもよ。色々喧嘩を売ってくると思うが、まあ好きにするとええ。いくらぶっ殺しても、挑んだ末ならワシは文句など言わん。ほかの竜王は知らんがのう」
「それでいいのかよ……」
「ドラゴンは挑まれてナンボよ! 戦って名を上げて、恐れられ敬われる。それが正しいドラゴンのあり方。挑んだあげく負けるようなドラゴンなんぞ、トカゲじゃトカゲ。そんな情けない連中に、なーんでワシが気を揉まねばならんのじゃ」
傲慢極まれり。ドラゴンの気質を見せつけられ、一樹はため息を吐いた。
「……この街で変な祭りをやりたいって? なんでだ。地元でいいだろうが」
「理由は三つじゃ。一つ目、新たな人材の確保。ワシの領地じゃあ、目新しいのがおらん。活きの良いのはもうツバ付けてあるからのう。フレッシュな新人を発掘したいのじゃ」
昔の求人誌みたな発言をする竜王に、一樹はチベットスナギツネのように目をすがめた。
「二つ目は、周辺へのけん制かのう。ワシが貴様に会いに来れば、ほかの覇王どもは警戒する。これでしばらくは、
「大戦?」
「覇王同士の戦争じゃよ。貴様は初心者じゃから知らんじゃろうが、ワシら覇王には暗黙の了解がいくつかある。まず基本的に、戦争そのものが禁止じゃ」
「おい、さっきの大戦はどこへ行った」
「急かすでない若人。基本的に、と言ったじゃろう? この蛮族の楽園に平和はない。必ずどこかで争っているし、それが覇王の傘下であることもしばしばじゃ。そいつらが代理戦争しているうちはいいが、そのうち大抵どっちかの負けが込む。そしてそれをひっくり返すために難癖つけて覇王が登場、というのが普通の流れじゃ」
「……それが覇王の振るまいかよ」
呆れを隠そうともせず、一樹が言い捨てる。玄覧は鼻で笑った。
「蛮王の上に、暴力で立っているんじゃぞ? 覇王だって喧嘩してナンボじゃ。舐められたら部下に反乱食らうからのう」
「獣となんも変わらねえな」
「然り、然り。知識も知恵も戦の為よ。全ては争ってでも守るべきと感じる全てのために。貴様らの国は争わなくても命と財産の保証がされると、そう嘯いているのだろう? 結構なおためごかしじゃのう。そんなきれい事を唄っているワリには、自殺者は毎年山ほどいるようじゃがな?」
「うるせえ。関係ねえ話持ち出すな」
「我らの生き方が劣っていると言外に語ったのは貴様じゃろう。生まれたときから牙を抜かれ家畜として生き、都合良く殺される。ワシらが獣なら貴様らはそれ以下じゃ。相手を殺してでも生きる分、己の命に責任を持っておる」
「……喧嘩しに来たってんなら、始めから言えや」
一瞬で、一樹の姿が変わる。スーツ姿から、呪殺の祭服へ。影の下では、かつての世界から引き継いだ呪いが目を覚ましている。
「そう、それが三番目の目的よ。すなわち今殺すか、あとで殺すか。貴様を見定めに来た」
戦闘の意思を示した一樹に対して、竜王は座ったまま泰然と受け答えを続ける。優雅に茶まですすってみせる余裕ぶりだ。
「貴様が、安い挑発にのって喧嘩をふっかけるザコか。はたまた知恵を巡らせてワシに挑む敵か。それによって対応を変えねばならんからのう」
「ふざけやがって……」
「大真面目じゃ。まあ、楽しんでおるのは間違いないがのう。ほら、ワシって覇王で、竜王で、ドラゴンじゃろう? ちょっと睨むだけで心が折れる連中のまあ多いこと。よっぽど肝の据わった蛮王か、同格の覇王でも無い限りそうやって殺気を放ってくれることも無い。寂しいんじゃよー。構ってほしいんじゃよー」
「うぜえ」
心底からの苛立ちをこめて吐き捨てる。そして呪術師としての精神力を使い、即座に冷静さを取り戻す。手を取るべきか? それとも戦争するべきか。
言うまでも無く、前者が正解だ。現状、何の準備もできていない。クロック・ブラックと戦った時に使用した竜殺しの道具は、大半が使い捨てか再利用不能の状態になっている。新しく準備を続けているが、到底目の前の相手を殺しきれるほどではない。
かつて切り札として使った呪いも、だいぶ目減りしている。補充などできるはずも無い。残りの全てを叩き付けても、切り札としては格不足だろう。
そして一樹自身の実力。これだけは、自信が持てる。全ての手札を広げれば、竜王に劣るところなど無いと。
それらを勘案して、一樹は結論を出した。
「……条件付きで、お前の祭りを許可してもいい」
「ほほう? なんじゃ、言うてみい。金か?」
「そういう実費的な話は、オステアとやれ。俺個人としての要求は一つだ」
一樹は館の外を指さした。そこには巨大なコロシアムがある。クロック・ブラックが興業のために立てさせたもので、今もいろんな催しのために使用されている。
「あのコロシアム。クソ頑丈にできている。あの蛇野郎が暴れても平気なぐらい、って注文で作られたらしい」
「うむ。ワシがやる祭りもそこで開くつもりじゃ。で?」
「戦争はしない。喧嘩はする」
一樹は立ち上がった。骨剣と悪魔顔の盾を取り出し、全力を出せるように。
「いっちょ挑ませろよ、竜王様よ」
玄覧は一瞬、顔から邪気が抜けた。そして、笑い出した。最初は小さく、次第に大きく、最後には人の身体では出せぬほどに。
「はは……ははは……わははははははハハハ! よう言うた! 挑まれたからには受けねばな! 手加減などせんが、かまわんのだろう?」
「おう。そっちこそ、うっかり死んでも恨むなよ?」
「ガハハハハハハハハハ!」
二人の覇王は、肩を並べてコロシアムへと向かった。しばらくして、その方向から凄まじい轟音が響き始めた。それだけではない。光、熱、衝撃、なにより呪い。知恵を持たぬ獣すら、その恐ろしさを心魂から理解した。
住民達ははじめは驚き、やがて恐怖し、最後には意識を手放した。ぶつかり合う力の大きさ、怪物の争いに精神が絶えられなかったのだ。僅かな強者だけが、かろうじて状況を見守ることができた。
マリアンヌはいざという時のために結界を強めた。
そうして数十分ほどの時が過ぎた頃。覇王達はコロシアムから出てきた。玄覧の着物はすっかり消滅しており、新しくアロハスタイルを纏っていた。一樹は血まみれのボロ雑巾のようであるが、それでも両足でしっかり歩いている。
「ようし、決めたぞ。暴走卿、貴様を殺すのは最後の方にしてやる!」
「その前に俺が……寝首をかいてやるよ……」
「ガハハハハハ! 今日は良い日じゃ! 最高じゃ! ……あー、貴様が覇王じゃなかったらなー! 祭りに何が何でも出したんじゃけどなー!」
「ッチ」
人も獣も倒れ伏した大通りを、二人の覇王が進む。両者はこの状況を気にもとめない。当然だ、となりにさっきまで殺し合い寸前の戦いをした相手がいるのだ。隙を見せられる状況では無い。
「……それで、その祭りって何だ?」
「うむ? 部下から聞いてなかったか。ワシの養女の一人が年頃でのう。いっちょ婿取りをしようかと思ってな。しかし良い娘なんじゃ。普通の男では釣り合わぬ。そこで、ここいらの蛮王を集めて、殴り合いをさせようと思ってのう。一番強い奴が、婿じゃ。まあ、ちょこっとお遊びもいれるがの」
飄々と竜王が語った内容に、一樹は頭痛を覚えた。
「まじかよ」