【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
理解しがたい情報というのは、往々にしてある。誰かに騙されて裏切られたとか。絶望的な状況に陥れられたとか。誰にも頼れない状況になったとか。
唐突に始まった怪獣大決戦の翌日。俺は覇王
日本ではあり得ないが、こちらならそういうものだろう。そこまでは納得したのだ。問題は、その養女の名前だった。
「
我が社の取引相手。竜宮グループのトップ、
であればそれは事実であるということだ。理解不能、どういうことだと叫びたいが状況はそれどころじゃ無い。
「蛮王を集めてバトルロイヤル……これ、人間どれだけ居るんです?」
小百合の問いに、書類を眺めていた悪い魔女が答える。
「今のところエントリーされている人間は一人だけ。あとはぜーんぶ、異種族だよ。よくもまあこれだけ集まったもんだ。身体のサイズも全然合ってない。……相手によっちゃ、スプラッタなことに……おっと! そこまでだ200! ペンで人を殺す方法を私で実践しないように!」
「小百合です。それ以上番号で呼んだらコロシアムの修繕妨害してやります」
「止めて! 期日までに直さなかったらエライことになるの!」
つまり、その人物が勝たない限り竜宮代表は怪物のお嫁さんにされてしまうということか……。
「いや、流石にそれはダメだろう」
重要な取引先の代表だから、という以前の問題だ。人生、場合によっては生命の危機だ。物語なら、幸せな家庭を築く場合もあるだろう。しかしこれは現実で、しかも相手は暴力万歳な蛮王だ。ほぼ百パーセント、酷い未来が待っている。
「フジくん、なんとかならないの?」
「なんとか、と言われましても……流石に覇王との約束を破るのはリスクが大きすぎますが」
「そこまでは言ってない。ああそうか、目的をはっきりしないとダメだよな。竜宮代表が、怪物のお嫁さんになるのを阻止したい。理由は生命の危機だから。これでどうだろう?」
皆が思考を巡らせる。とりあえず反対な人はいないようだ……いや、オステアさんあたりはそっちに回ってもおかしくないな。トラブルに成る可能性があったら、確実に相手側にチクるだろう。
「手段も一応限定する。俺も覇王に喧嘩を売るのがどれだけ馬鹿げているかは理解しているつもりだ。なのでお祭りそのものを壊すのは止めておこう。オステアさんに迷惑もかかるしね」
「うん。そうしてくれると助かるね」
けん制、よし。彼女は一樹さんの仲間であって俺たちのそれでは無い。甘えは許されないのだ。そんな風に内心冷や汗を流していると、再び小百合が手を上げる。
「さっき言ってた唯一の人間、どんな人なんですか? 場合によってはその人を応援することで損害を最小限にするというプランも考えられると思うんです」
「……バトルロイヤルで婿を決めるという野蛮さの是非はこのさい置くとして。正攻法で怪物以外を婿にするならそれしかないか……特別顧問、その人物の情報はあるのか?」
「こっちも番号で呼ばないようにするから、そっちも名前で呼んでほしいね勝則君? 本来なら情報料を貰うところだけど……まあサービスしよう。ええと、ちょっとまってね? ……あ、いたいた。
その名前が脳に染み渡るまで、若干の時間を要した。またもや、予想外の名前が飛び出したから。
「ダイスケ・ハンド……
「半戸代表!? なんで代表の名前がそこででるんだよ!」
憲治が大騒ぎするのも無理はない。何せ彼がこの探索についてきた理由がまさに半戸代表の行方を調べるためだったのだから。
「そもそもあの人は、蛮王じゃないだろう!?」
「だよね? 捜索願いの行方不明者だよね? ……あー、うん。ここなら、むしろ納得かなあ。この人を推挙したのが暗母教団だ」
「暗母教団、とは?」
「
「……総本山、ではなく?」
「自分の所がオリジナルって言ってる連中、こいつら含めて三つは居るよ?」
うーん、節操がない。まあそれだけ、旨味があるんだろうなあ。
「仰る通り彼は半年ほど前、地球からこちらに飛ばされた日本人です。それが蛮王としてエントリーしている。何か思い当たることが?」
「暗母教団って連中はね、表向き宗教しているけど実際は蛮王の寄り合いなんだよね。でもってご神体として覇王を祭っている。緑玉大王ってやつ」
思わず眩暈を覚えた。よその覇王の手の者が、覇王の娘の婿になろうとしている。こんなの通って良いのか!?
「なんで受付で弾かれてないんですかそれ」
「だって、他ならぬ玄覧が『蛮王ならだれでもおっけー』って……」
「あのクソジジイ……」
悪態をついたのは一樹さん。聞いた話じゃ、喧嘩してかなりボコボコにされたらしい。ドラゴンの親玉とやり合って、ボコボコ程度で済ませた時点で彼も相当なんだが。
「その……緑玉大王ってのが、代表を無理矢理出させたのかよ」
憤る憲治。それに足してオステアさんは半笑いで首を横に振った。
「いや、それはない。緑玉大王にそんな思考は無い。っていうかまともなコミュニケーションも取れない。なにせ、ばかでっかい
「こけ玉……こけ玉が、覇王?」
「馬鹿にしたもんじゃ無いんだぜー春夫君。どれだけ攻撃を食らっても再生するし、洞窟の壁すら食べるほどに貪欲。あれを倒そうとして、逆に食われたドラゴンがどれだけ居ると思ってるんだい? 覇王の中でも五指に入ると評判の怪物。移動する災厄。それが緑玉大王なのさ。俗説だけどここみたいな広い空間は、あいつが食べた痕跡なんて話がある」
最後の説明だけで、こけ玉の親玉……ダジャレみたいになったな。ともかくそのこけ玉がどれだけデカイか想像できる。なるほど、覇王だ。核兵器持ってこないと倒すの無理じゃない? あるいはナパームとか。……どこかで山ほど石炭でも採掘できないかしら。
いや、思考がずれたな。問題はそれじゃ無い。
「その覇王の意思ではないということは……暗母教団の企みということですか」
「と、なるよねえ。彼が自分の環境を少しでも良くするために先兵となった、って感じじゃない? だからと言って何故、捕まえた地球人を蛮王に仕立て上げてエントリーしたかまでは分からないけど」
ここにきて、また新しい頭痛の種が出てきてしまった。一体どうして……いや、まてよ?
「……考えようによっては、ラッキー、なのか?」
「社長?」
「だってさ。行方不明だった半戸代表が発見。しかも、今この街にいる。ここに来る前に比べたら、大いなる前進だぞ?」
「……そういや、そうだ」
憲治も強く頷いた。顔を青ざめていた広美も、すこしほっとした表情を見せている。
「もちろん状況を確認しなきゃいけないし、それによって動き方も変わるだろう。半戸代表の調査は必須事項と言って良いな」
「……では社長。半戸代表によるバトルロイヤル突破作戦を継続するのですか?」
「ううん、それは……現状で確定は無理だよな。不安材料が多すぎる」
何せ、彼の状況がまださっぱり分からない。そっちに全賭けしてこけたらリカバリーが厳しいだろう。幸い、まだ動いていない。作戦をどうするか決めるには、まだ猶予がある。
そもそも、他の手段で竜宮代表を助ける方法は無いのだろうか? ……覇王が怖いから、催し物を壊すという手は使えない。
代表自らに結婚したくないと言って貰う……いや、これも無理だ。家族間の信頼と親愛がどれほどか分からない。仮にそれが通ったとしても、もう祭りは動いている。覇王の体面もあるだろうから、今更止めるのは無理だろう。
……ばれないように、もっと大きな外的要因で潰す。たとえば話にでたこけ玉大王、じゃない緑玉大王を誘因するとか。いやいやばれたらエライことになるし、それ以前にその覇王による被害も洒落にならないだろう。工作時間も取れそうに無い。だめ。そもそも、覇王がこわいから催し物の妨害はしないって決めたでしょ、俺!
さーて、煮詰まって参りました! 正直言えば、彼女の心境を知りたい。この状況を己の意思で完全に(諦めではなく!)受け入れているなら、俺の出る幕は無い。しかし地球の一般常識に照らし合わせれば、間違いなくこれは不幸な結婚だ。私これで幸せになります! と笑顔で言える女性は皆無だろう。よほどの環境で生きてきたのなら別かもしれないが。
うん、やはり救出のために動くべきだ。会社のため、彼女のため、そして俺自身の信条のために。で、それをどうするかって話で、あー、話が堂々巡りになってきたー!
「お悩みですか、社長」
そこで、一樹さんが話しかけてきた。いつも通りの笑顔で。
「お祭りを壊さず、代表を助ける。そんな都合の良い方法を考えている」
「ありますよ。……社長が気合いと根性と覚悟を見せるのであれば」
「やる!」
俺が苦労する分は、考慮に値しない! やりたいと言っているのが俺なのだ。そのために地獄を見るのは当たり前だろう。オッケーオッケー! ……なんでウチの社員達は、そんな暖かいというか、駄目な子を見るような視線を向けてくるのかな?
「なるほど、では社長。貴方は今からミナカタという国の蛮王です」
「……はい?」
「覇王
「待って!?」
なんだかとんでもないこと言い出したぞこのイケメン。
「流石にそれは通らないだろう!?」
「覇王である俺の言うことに文句があるなら、拳でこいってもんですよ。今ここでそれができるのはのジジイとシェンシアくらいですね」
「グーなら勝てる」
そうかーあの人、一樹さんより強いのかー……。いや、だめだ。また衝撃的発言に意識を持って行かれそうになった。今はもっと重要なことがある。
「それが通ったとしても、勝てなきゃ意味ないだろう! 俺はそんなに強く……」
「ええ、分かっています。なので社長には下駄を履いて貰います。並み居る強豪と渡り合えるようになるための高下駄です。社長に気合いと根性と覚悟があれば、使えるはずです」
「そ、そんな都合の良い物が……?」
「あるんです、ここには。覇王クロック・ブラックの宝物庫には、いろんな珍品が揃ってるんで。実は前々から、社長にぴったりだなって思ってたキワモノがあるんですよ。あれを使えば、行けると思います。使えればですけど」
そう、か。そんなものがあるのか。……そういう
ものすごい力を得たとき、俺はその誘惑に耐えられるだろうか。強者になったと、うぬぼれてしまわないだろうか。……いや、杞憂か。
「フジくん。その高下駄を俺が完璧に使いこなしたとして……俺フジくんに勝てる?」
「無理っすね。五秒で行動不能に追い込む自信があります」
「ありがとう、うん、だよね」
高下駄履いた所で、本物の強者には勝てない! 所詮ズルはズルでしかねぇのよ! 良きかな! ……まあそれはそれとして。根性出せば、なんとかなるなら……。
「それなら、まあ、やってもいい、のか……?」
「ちょっと待ったー!」
「ここでちょっと待ったコール!」
唐突に宏明が叫ぶ。歩が乗る。……お前らそれ、前にやらなかった?
「なんじゃい」
「社長が嫁取りに参加するってことは! また嫁さん増やすつもりってことですか!?」
「違うわボケ! なんでそうなる!」
「しかし社長。出場した怪物達を全部なぎ倒し、半戸代表に勝ってしまった場合は、そうなるのでは? まさか最後の二人になるまで半戸代表を残して、最後に負けるなどという八百長を覇王が許すとは思えません」
「ぬ、うう……たしかに。取らぬ狸の皮算用ではあるが、最終的にその懸念が発生するのか。……誰か、回避する案ないかな!?」
俺の必死な訴えに、社員達は視線をそらした。なんでや! 武侠の人たちは、完全に見物の構えである。天魔神教の人たちなんぞ、珍しいアトラクションを眺める体である。おのれぇ。
そこで、手を上げる人物あり。まあそうして当然の人物である。
「はい、マリアンヌさん。どうぞ」
「この際だから、結衣さんもうちの子にしちゃいましょう」
「マリアンヌさん!?」
何言ってるのこの魔女。
「政略結婚として見れば、こんなに美味しい話はないでしょう? あと、今回の目的はこの地の偵察です。こことは別ルートの情報ラインが構築できる可能性ができる。依頼人としてはとても満足できる成果となります」
「いや、まあ、仕事としてはそうかもしれませんけど!」
「あと結衣さんとしても、怪物のお嫁さんよりうちの子になった方が色々幸せになれるでしょうし。あの子も一般人の男性が夫だと不幸になるタイプと見ましたね私は」
「そうではなく、倫理的に!」
「倫理が彼女の幸福を守ってくれないのですから仕方が無いじゃないですか。大丈夫、基本的に不幸になる人間はいませんし、私も可愛い子が増えるのはとっても嬉しいです」
くそう、目的と欲望が合致している! この牙城を崩すには、もう一人の力が必要だ。
「里奈さん! マリアンヌさんに何か言ってやってください!」
「私は別にいいとおもいまーす」
「里奈さん!?」
待って。まさかの発言についていけないんですけど。
「だって結衣さん、私のこと全然怖がらないんですよ。この間戦ってるところを見ましたけど、あれ本気じゃないですね。もっとパワフルとみました。そんな子なら一緒にやっていけるかなーって」
「それは、何より、ですけど……こう、モラル的に」
「社長、その二人に社会的モラルを求めるのは間違っていると思います」
「サッチー、大変正しい指摘だが、耳に入れたくない」
「入れてください。ともあれ二人がOK出しているんですから、あとは社長の覚悟次第じゃ無いんですか?」
「社員的にどうよ! 三人目を抱え込もうとしている社長って駄目だろう!?」
「いっぺんに二人抱え込んだ時点で諦めました。まあ世間的に上手くやっているのでこのまま頑張ってくださいとしか」
お、おおう……なにこれ。三人嫁さん貰うのが容認される環境が構築されている。おかしい、間違っている。ええい、宏明はなにをしているんだ。さっき叫んだ後から妙に静かじゃないか。首を巡らせた俺は、驚くべき光景を目にした。
明らかに気を失った宏明と、彼に膝枕するとわ。一体いつの間に……ッ!
「……とわさん、ヒロっちはどうしてそうなっているの?」
「嫉妬で理性を失いそうだったので、シメました。健康に害はありません。ご安心ください」
淡々と彼女は語った。……いよいよそういう扱いになったか。しかし、いよいよ援軍がいない。孤立無援とはこのことか。
「まあ、アレっスよ。社長のことだから、本人が嫌がったら身を引くんでしょ?」
「そりゃあ当然だよリュー。嫌がる娘さんを無理矢理自分のものにするとか、そんな酷いことできるものかよ」
「じゃあ気にする必要ないじゃないっスか。正々堂々、優勝してハッピーエンドっスよ!」
むう。元気よく親指を立てられてしまった。まあ確かに……それが一番なのか。
「ありがとうリューよ。俺の心は定まった……それでは行動方針を発表する。俺が蛮王となって婿取り祭りに参加する。各自はそれのサポートと、半戸代表の状況確認を頼む。場合によっては救出もするので、よろしく頼みます!」
皆を見回す。やる気にばらつきはあるが、否定的な表情はない。それで十分だ。
「それでは皆さん、ご安全に!」