【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
うっかり死にかけた日から二日後。その日の夜。蛇王宮殿では宴が開かれていた。
宮殿の外では住民と旅行者が振る舞い酒に涌いている。それに商機を見出して、様々な出店が出店していた。祭りを楽しむ気持ちは、異世界も地球も変わらないようだ。
しかし、俺たちはとても楽しめる心境では無かった。なにせ、この宴はライバルとの顔合わせを兼ねているのだ。
蛇王宮殿にいくつもある(と聞かされた)パーティーホール、その上座。まるで法王が着ていそうなローブを身に纏っているのは、身長二メートルの老人。よく通る声が、ホールに響き渡る。
「よくぞ今宵の宴に集まった、蛮王たちよ。覇王にして竜王である我、玄覧への拝謁を許そう」
居並ぶ異形の者ども、その中に頭を下げる者は一人も居ない。舐められたら終わり、武力で立つ者達。真っ直ぐ目を向けることが唯一の礼儀らしい。それはそれとして、緊張はしているようだ。震えている者もちらほら。
気持ちは分かる。とんでもないプレッシャーだ。例えるなら、虎の居る檻の中に入ったような感じ。一つ間違えば、命に関わる。本能がそう告げている。
「……暴走卿だ。今日は場を貸している。馬鹿な真似をしたら、誰であろうと殺す。覚悟して騒げ」
フル装備の一樹さんが、玄覧の隣で告げる。大きな声ではないが、十分だ。冷たい言葉が心身に届く。冗談では無く本気でやるつもりだろう。
「宴の前に、本題について語っておこう。我が養女、
その言葉に従うように、上座の下段にいた彼女が前に出た。間違いない、竜宮代表だ。水着のようなドレスの上に、様々な宝石を身につけている。腕や足などには黄金の飾り。まるで彼女がトロフィーのよう。まるで、じゃないか。そのものなんだ。……気に入らん。
「この街の闘技場にて、貴様らは戦い合う訳だが……それだけではつまらん。そこでワシは一つのルールを追加することにした」
ほんの少し、ホール内の空気がざわつく。一体何を言い出すのやら。
「
……はい? とんでもないことを言い出したぞあのじいさん。これには居並ぶ怪物達も困惑気味。そんな中、竜宮代表だけが戦意を見せていた。マナを身に纏って、戦闘力をアピールしている。……とんでもないけど、ちょっと気に入った。彼女はトロフィーじゃない。ファイターだ。
「最後に立っていたものが結衣の夫である。彼女をどう納得させるかは、貴様ら次第じゃ。勝って己の物にするのか、それ以外の手段を用いるのか。もちろん殺したら失格どころかワシの敵じゃ。三秒で灰に変えてやるからそのつもりでのう」
ふぅぅぅ、と熱がこもった吐息を吐き出す玄覧じいさん。わあ、これだけ広いホールがちょっと暖まったぞ。直撃食らったらあれだけで大ダメージになりそう。……いや、今の俺は違うか。ともあれ、この脅しで蛮王たちの気は引き締まったようだ。
「最後に注意事項じゃ。必ず三日後の試合開始時間に集合すること。遅刻は失格じゃ。それからこの街、愚者楽土に迷惑を掛けないこと。住民を殺したり、財産を奪ったりもだめじゃ。重要設備の破壊とかものう」
薄く笑いながら、玄覧が俺たちを見回す。……なんだろう、ちょっと引っかかる。
「伝えるべきことは以上だ。もう一度繰り返しておくが、闘技場に集まれなかったら即失格じゃ。よーく覚えておくように。では、宴を楽しんでいくと良い。結衣に挨拶も忘れるなよ?」
竜王が椅子に戻る。同時にスタッフ達が酒を配り始めた。……乾杯とかは無いみたいだな。うん、協調性を蛮王に求めるのは間違いだからな。
「社長、あとでお話があります」
お供として付いてきてくれた勝則が、後ろからそう囁いてきた。
「え、何かっつん? 説教?」
「そこでどーして、すぐに説教って単語がでてくるんですか。何か身に覚えでもあるんですか」
小百合がいつもどおり、呆れた視線を投げてくる。ちなみに俺たち三人、着飾っている。何というか、インドの民族衣装っぽい。何枚も色とりどりの布を身体に巻いている。なんでも、色の多さが裕福さを示すんだとか。
「な、ないよ? 覚えてないよ? ……まあともかく了解。……さて、どうするか」
「竜宮代表のところは……すぐにいけませんね」
勝則の言うとおり。すでに凄い行列ができている。そしてその順番争いも起きている。直接的な殴り合いにはなっていないが、今近づくのは賢くない。多少は落ち着いた後じゃないと。小百合もその騒ぎを楽しげに眺めている。
「すっごい人だかりですねー。蛮王、どうやって女性を口説くんでしょうね」
「正直ちょっと気になる……けど先に、やることがあるよな」
俺たちは近くのテーブルに向かう。山盛りの、食欲をそそらせる料理の数々……が並んでいるのだが。
「虫、だな」
「虫ですね」
「サバイバル訓練を思い出しますねー。あの頃食べたのはこんなに大きくなかったですが」
でっかい芋虫の料理が、形がのこったまま鎮座していた。……芋虫ってタンパク質とか栄養素が豊富なんだっけ? それなら、ごちそうなのかもしれない。この世界の食事事情調べてないから分からないけど。
一応、まっとうな料理(に見える)ものも多い。そんな中、ちらほらゲテモノに分類したくなるものがある。コウモリの姿焼きとか。俺の視線を追ったのか、小百合が注意してくる。
「社長、あのコウモリは食べちゃ駄目ですよ。こっちの世界の人はともかく、私たちの胃腸が耐えられるか不明です」
「……食用に適したコウモリが居るって、テレビで見たことあるけどな」
「あれは果実や花の蜜を主食にするフルーツコウモリです。それ以外は普通に危険なんですからね。ウィルスの温床です」
「分かった、食べない」
くわばらくわばら。……さて、俺たちが観るべきはゲテモノ食材ではない。ホールの隅に置かれた一つの檻。そのなかでピクリとも動かない、一人の男性だ。
「……半戸代表、大丈夫なのか?」
「仕入れた情報と一致します。包帯の巻かれた左目……竜の目を
勝則の言うとおり、彼の左目部分には汚れた包帯が巻かれている。竜の目、と聞いて思い出すのは彼がこちらに飛ばされる直前のこと。あのグラ……なんとかとかいうドラゴンの左目をアビリティの力でえぐり取っていた。
「……本当にそうか? 普通に怪我してるだけじゃないのか? だって、サイズ全然違っただろ? 人の目に入るような大きさじゃなかったはずだ」
「いいえ、間違いないかと。あの包帯が巻かれた左目から、異常なマナを感じます。垂れ流しです。アビリティ使いの彼がマナを放っているのはおかしい。憲治さん達にも尋ねましたが、彼が魔法を使った事はなかったそうですし」
「一体誰がそんな無茶を……ドラゴンの目って、普通に考えて貴重品ですよね?」
俺も小百合と同じ疑問を覚えた。そして同時に、あるひらめきが脳裏をよぎる。
「……貴重品、しかも戦利品。そしてここは孤立無援の場所。そんな状態で、ドラゴンの目を安易に手放すだろうか。あの半戸代表が」
彼と話した時間は短い。しかしあのバイタリティの高さは、忘れようとしてもできるもんじゃ無い。ドラゴンを詐欺に引っかけようとしたほどの胆力の持ち主なんだぞ。
「あのアビリティの力は奪う、って感じのものだった。それを拡大解釈して、奪った者を自分の力に変えるとしたら……根拠はないが」
「自分でやった、と社長は仰るわけですか。それは流石に……いやでも、ここの者達が彼に力を与えるとは到底思えない。であれば、消去法になりますが、ありえる……ということになるのか?」
「二人とも。答えの出ない事をいつまでも考えている余裕なんてないでしょう? それより今後についてですよ」
小百合にたしなめられて、気持ちを切り替える。
「とりあえず、半戸代表については皆に任せればいいんだよな?」
「はい。彼の状況は、どこかに隠れている魔女殿も確認しているはずです。外で待機している三郎達が、宴の後に追跡します。場所を確認した後に、襲撃し彼を確保する予定です……いえ、予定でした」
「うん? どうした?」
「さっき言った『お話』に、関係します。詳しくはまた後で」
「お、おう」
ううむ。この場では言えないということか。一体なんなのだろう。割と怖い。そうしてふと視線を巡らせると、テーブルの反対側に居た男と目が合ってしまった。人に似ているが肌は赤く、額から角が生えている。……この街に入るときにちらっと見たような気がする。
「ああ? なに見てんだオイ」
……典型的なチンピラ台詞。しかしここに居る以上相手は蛮王、またはその側近だ。俺はこの宴に出る際に、周囲から散々言い含められている。絶対に下手に出るんじゃ無いと。
「おもしろい顔してるからつい眺めちまったよ。悪いな」
すらすらと、こんな台詞が出てくる。三郎君にチンピラ言語を短期集中で叩き込んで貰った。正直、人格に影響が出そう。
「あぁ? 喧嘩売ってるのかよ。買うぞ、支払いはありがたい俺様のハンマーだ」
「おう、楽しみにしているぞ。三日後の祭りでな」
「んなとろくせぇことしてられっか。今やろうぜ、今」
「今ぁ? おいおい、自殺なら一人でやってくれよ。覇王二人に喧嘩売るとか、頭大丈夫か?」
「誰がそんな話を……ッチ!」
鬼の人が視線を上座に向ける。挨拶のため、蛮王以外の参列者が波のように押し寄せている。ここで暴れて、万が一二人のどちらかの怒りに触れれば一発アウトだ。
「クソが……てめぇ、顔は覚えたからな」
「おう。ああ三日後の祭りで俺、すごくやかましい鎧着てるから、それを目印にしてくれ」
「はっ。余裕ぶってんのも今のうちだ。ゴブリンも食わねぇくらいのゴミ肉にしてやるぜ」
そういって鬼の人は離れていった。……ふう、クリアー。これも訓練の成果だぜ。ここで難癖付けられたら、話題をこう持っていくようにレクチャー受けたからな!
「あー、緊張した」
「……あんな小物に、ですか?」
「いや、練習した事をミスらないかどうかで」
「そういう所、変わりませんよね社長。あ、そろそろ行けそうですよ」
小百合に促され、上座への行列に並ぶ。先ほどの騒ぎは収まっている。緊張感が漂っているところを見るに、覇王のどちらかがお気持ちを表明されたのかな?
一番後ろに並ぼうとしたら……大変見覚えのある背があった。いやあ、忘れられないよ、四本腕のトロールなんて。
「戦士クワット? 何でここに?」
「ぬ……!? イリカワハルオ? 貴様こそ、何故。ここは愚者楽土ぞ?」
振り返ったクワットは、大きな顔に困惑という感情をありありと表していた。まあ地球でエンカウントしたやつがこっちに居るのだから驚くのも当然か。こっちも割とそうなんだけどね。
「いやまあ、仕事と義理人情でちょっと。それより戦士クワット、貴方蛮王だったんです?」
「ぬ、う……声を潜めよ」
二メートル半の巨体を曲げて顔を近づけてくれる。なお、俺と彼との間には三人くらい並んでいるのだけどお構いなしである。流石にこのトロールとこの場で喧嘩するのはよろしくないと考えるだけど理性が蛮王たちにはあったらしい。
「俺もまた、仕事よ。傭兵のな。今回の宴は、なんというか……ゆるいのだ。色々と。ちょっと部下を連れて蛮王だと名乗ればそれだけで通る。俺は詳しくないが、半分くらいはそんな連中だと聞くぞ?」
クワットの言葉に、三人の蛮王がそろって視線をあちこちに向けた。どうやら彼らも、インスタントらしい。
「なるほど。まあ自分も似たようなものなので騒いだりしませんが」
「……それはそうだ。向こう側の貴様が、蛮王であるはずもない。うむ……ふむ? ということは貴様、三日後の祭りに参加すると言うことだな?」
「そうなります」
しばし困惑顔だったクワットの顔が、好戦的な笑顔になる。うん、こっちの方が彼らしいね。
「それは重畳。あの時の続きができるというものよ。……供回り無しで、戦えるのか? 貴様は群れを率いて戦う者であろう?」
「ご安心を。しっかり準備しております。当日、やたらとやかましい鎧が居たらそれが俺です」
「ほほう。ますますもって重畳。楽しみにして居るぞ」
「おい、トロール。前、進んでるぞ」
間に挟まれていた三人のうちの一人が、列の先を指さす。
「おおっと、話に夢中になってしまったな。気乗りしない仕事だったが、三日後が楽しみになってきたぞ」