【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
昼は明るく、夜は暗く。それは地下世界でも変わらない。そして後ろ暗いことは、闇に紛れて行うのも同じだ。勝則たちの推察は正しかった。宴会後、早速愚者楽土の各地で小競り合いが始まったのだ。
やり方は様々だった。闇討ち、奇襲、毒殺、買収。純粋に覇王の傘下入りを目指す者にとって、ライバルは少ない方が良い。純粋に強い者達ほど、その標的となった。
そんな中、一番多いのは決闘だった。街に被害を与えず、ライバルを蹴落とせる。腕力に自信のある蛮王は、率先して決闘に乗り出した。名まで売れるのだから、やらない手は無い。街のあちこちに即席の決闘場が設けられ、多くの観客で賑わった。
決闘には他にもメリットがあった。蛮王も無敵では無い。戦えば疲れるし怪我もする。そこを襲われては、窮地に追い込まれる。しかし決闘を望む蛮王は卑怯な真似を好まなかった。彼らにとって風評は大事な要素だ。生存競争の中で『卑怯な真似をしなければ勝てない』という情報を流されるのは大きな痛手だ。
かくして決闘場周辺に、奇妙なコミュティが形成される。決闘派なるこの派閥は、瞬く間に大きくなった。蛮王とその部下が複数、同じ箇所に集まる。その分だけ、奇襲などから身を守れる。一部の特殊な事情を持つ者(たとえは春夫)でもないかぎり、いつの間にかほとんどの蛮王がこれに合流する流れとなった。
決闘派は愚者楽土の住人達から大きく歓迎された。住民達に乱暴をしないし、金を使う。そして娯楽も提供してくれる。
目端の利く商人は賭場を開き、蛮王たちへたっぷり礼を支払った。彼らは気を良くし、さらに決闘を続け名声を勝ち取る。そして賭け試合がさらに賑わう。……なお、賭けの胴元は最終的にオステアに行き着くことを知るものはごく僅かである。
すっかりライバルを蹴落とすという当初の目的を忘れ、気分良く暴れられる場という形に落ち着いた最終日の夜。各地の決闘場で奇襲が起きた。これはミナカタが起こしたもの……だけでは無かった。
後に勝則は、春男にこう説明した。
『決闘場に蛮王達が集まってしまったため、正直非常にやりづらくなりました。……ところがよく見ると、怪しい動きをしているものが周辺に幾人も見えたんです。ええ、自分たちだけじゃ無かったんですね、奇襲を計画していたのは。そこで、
『モーリーさん、そういう仕事もできるんだ……』
『本人曰く、時代の流れで暗殺の仕事ばかりでは食べていけないとかで』
『……世の中としては、そっちの方が良いのがなんとも』
閑話休題。実際、決闘場に集まった蛮王は今回の宴に参加する者の中では上位の実力者ばかりだった。彼らをそのまま出場させるのは、他の多数の蛮王にとってあまりにもリスクが高かった。終いには決闘場で負けが込んでいた蛮王を協力者に仕立て上げ、後に前夜祭などと呼ばれる奇襲が開始される事となった。
ミナカタが襲撃したのは、数ある決闘場のひとつ。まず最初に動いたのはモーリーとその配下二名。彼らは侵入、撤退ルートの確立に専念した。見張りを排除し、隠蔽する。本職なだけあってその手際はよどみなく、トラブルもなかった。
ひとえに事前準備のおかげだが、彼らは沈黙を守った。黄金老師ことマリアンヌへ、良い印象はできるだけ与えておきたい。愚者楽土への道中で印象の悪さは撤回できた。次は好印象を稼いで、次の仕事に繋げる。モーリー達はプロフェッショナルだった。
さて、そのように功績を積み上げる者がいれば、負債を少しでも減らそうとする男もいる。崋山派長老、
危険にはいの一番で飛び込み、他者よりも多く剣を振った。処罰は免れない。それは覚悟の上だ。彼が望むのは、門派への制裁を少しでも軽くすること。敗者としての恥辱は耐えられても、人生を捧げた門派に迷惑を掛けるのは耐えがたい。
後悔に嘆き苦しみ、しかしそれどころで無いと反省し、ひたすら前に出た。……はじめはそのような気持ちだった。いや、汚名をそそぐ決意は変わっていない。しかしそれ以上の思いが、愚者楽土への道を進むうちにわき上がり始めた。
リエンウーは、十年以上も前からこの
ひたすら修行に明け暮れた日々の先にあった、新たな世界。表の世界で武功を披露できない彼らにとって、この場は最高の舞台だった。強さが、名声と実益を連れてくる。
どれだけ強さを磨いても、地球では実力を発揮できる場所が限定的。それに比べてこの場は制限ほぼ無し。老いも若きも、この場に夢中になった。そしてリエンウーは成果を出し続けた。その結果が長老の座であり、剣に使った神秘金属、そして数々の霊草だ。
成功の絶頂に、彼はいた。やればやるだけ、成果が出た。そうして進んだ結果が、この有様である。落ちるときは一瞬であり、目が覚めれば己の行動を恥じ入るばかり。
つまるところ、リエンウーは己を顧みたのだ。そして初心に戻ってみれば、曇った眼では見えなかった様々なそれが新鮮に映る。
未知の文明の建物。異世界の遺物。そして現地文明の壁画。彼の心はすっかり、探索を始めた頃に立ち戻っていた。愚者楽土を目の当たりにしたときは叫びたかったほどだ。もっとも、藤ヶ谷一樹が怪しくてそれどころでは無かったのだが。
そして今、彼の胸に憂いは無かった。あるのは汚名返上の意思と、侠客の心意気。友人のために、危険な戦いに挑む。そのために、あのような特訓までしている。若人ながら、なんと立派な心意気だろうか! 話を聞いたときは胸がすく思いだった。彼を見抜けなかった己の浅はかさ、愚かの極み。
ここは一人でも多くの蛮王を戦闘不能にして、明日の戦いを支援せねば。リエンウーは燃えていた。何よりそう思っていた方が、鬱々とした気分で戦うよりよっぽど良いのだし。
「とはいえ、これはちと多勢に無勢よな」
モーリーが開いた道も、乱戦が始まってしまえば意味が無くなる。あっという間にあちこちで争いが生まれ、崋山派三名は孤立してしまった。
「いかがする、長男どの。まだ二人しか蛮王を斬れていないが」
フェイロンが、今日この日だけの符丁でリエンウーに尋ねる。なお、フェイロン本人としては長男、二男、三男という安直な呼び方を気に入ってはいなかった。
「仕方なし。もともと凶手の真似事など本分ではないのだ。ここは騒ぎを大きくして、しかる後に追っ手を引き連れて逃走する。さすれば他の援護にもなろう。良いか、二男、三男」
「……承知しました」
相手に聞こえないようにため息をつき、フェイロンは己の剣を振り上げた。三男こと
さて、リエンウーたちは別働隊。本隊に当たる者達は、一直線にある場所を目指していた。決闘場として開放された場所には、いくつかの宿があった。正確には、宿の近くが決闘場として開放されたのだ。
その中の一つへ向けて、勝則を始め幾人かが急行していた。
「クソが、邪魔してんじゃねえ!」
気炎を上げるのは
憲治は半戸に恩がある。彼は東京住まいの学生だった。しかし親の会社の近くでダンジョンが発生。仕事がら移転できず、そのまま廃業となった。転職は上手くいかず、生活は困窮。己も何でもいいから働こうとしたが、良い仕事が無い。
ブラック労働か、犯罪か、ダンジョンか。最悪極まる三択の中で、憲治が選んだのはダンジョンだった。一番マシだったから、ではない。碌でなしに使われるのも、警察に追われるのも御免だったから。消去法である。
当然のことながら、楽なものでは無かった。当たり前のように命の危険があり、もっと言うなら身体欠損の危機があった。ろくに稼げず装備も持てず、僅かに手に入れた金は家に入れた。
そんなどん底に居た彼を救ったのが半戸である。根性だけでダンジョンを這いずっている彼を気に入ったのだ。ミナカタに入ったのも彼を助けるため。可能性が少しでもあるのなら、藁にもすがるつもりだった。
そして今がある。やっと本懐を遂げられるのだ。
「貴様ら!? ここをどこだと思っている!?」
宿から出てきた緑の肌の小男の叫びなど、雑音でしかなかった。ただ、血に濡れた刃を突きつける。
「邪魔するならぶった切る。逃げるならさっさとしろ。三、二、一……」
「ひい! くそ、くそ! 緑玉大王に食われてしまえ!」
悪態をついてそのマーチャント・ゴブリン、ロングトークは宿へと戻っていく。憲治はそれを気にもせず、大股で目的の場所へ向かっていく。宿の庭先にある納屋。扉を開ければ、そこに押し込まれていたのは人間用の檻。
「代表! 半戸代表! 俺です、憲治です!」
憲治が檻を叩くが、中の者はうなだれて反応を示さない。業を煮やした憲治は檻を開けようとするが、当然鍵がかかっている。壊すために相棒であるグレートソードを振り上げようとして手が止まる。鍵は小さい。上手く当てられるか自信が持てなかった。
「憲治、どいて!」
後れて納屋に走り込んできた
「あぶねぇな! 当たったらどうするんだよ!」
「細かいこと言わない! それより代表!」
「くっそ、代表! しっかりしてください!」
檻のドアを開けるのと同時に、半戸がバネ仕掛けのように首をあげた。その左目は変わらず粗末な布きれが巻かれ、もう片方も焦点が合っているか怪しい有様だ。
「やべえ、早く医者に見せねぇと……代表、こっちです、歩けますか?」
己へかけられる声には反応せず、ただ無骨な手かせの付いた両腕を差し出すのみ。
「外したいってことですか? 広美、なんとかなるか?」
「大丈夫、付け焼き刃だけど覚えてきた。……構造解析、合鍵作成、実行。アンロック!」
クォータースタッフの先端がほのかに光る。それで手かせを叩けば、戒めはあっさりと解けた。
「すげー! 犯罪に使えそー!」
「だから秘書さんも、本には載せなかったって言ってた! 憲治、代表お願い!」
うなだれる半戸に肩を貸す。すぐ隣で彼がぼそぼそと何かを呟いているのが聞こえるが、外が騒がしいためよく聞き取れない。
「……るせぇ……まれ……グラ……」
「もう少し辛抱してくださいよ代表、すぐ医者と魔法使いに見せますからね!」
流石にこの状態で、グレートソードは振れない。背負っている鞘に戻し、半戸の運搬に専念する。しかし納屋の出入り口に、大きな人影が現れる。筋骨隆々、赤銅色の肌、そして額の角。鬼、またはオーガ。そんなものが二体も現れた。広美だけでは対応しきれない。
半戸を下ろして己も戦うべきだ、と考えたその時。二体のオーガが、横からの攻撃に吹き飛んだ。一発はバトルハンマー、もう一発は蹴り飛ばしだった。
「憲治ぃ、ルート確保だ! パッケージをさっさと運びなぁ!」
「サンキュー、三郎君!」
「この鬼は我が貰った! さっさと行くが良い!」
「ありがとうございます、
怪物達を制圧する二人に背を任せ、憲治は道を戻る。今更ながら、大変な状況であることにいやな汗が流れ出る。半戸を守りながら敵地を抜ける。分かっていたつもりだった。つもりでしかなかった。実際の重さ以上のプレッシャーを感じる。
決闘場は、あちこちから騒音と怒号が響いている。どこで誰が戦っているか全く分からない。それでもあらかじめ伝えられた通りの道を行くしか無い。他のルートなど確保できていないし、覚えている余裕もなかったから。
「実際、蛮王退治ってどんくらいやれてんのかな?」
「この騒ぎだもの、あんまり成果でてないと思うよ!」
新たに現れた蛮王の手勢をクォータースタッフで制圧しながら広美が答える。彼女の能力はこの状況で遺憾なく発揮していた。閉所で、呪文を唱えず相手を倒せる。プラーナ使いと遜色のない働きぶりだった。
精神をすり減らしながら進むことしばし。なんとか道半ばという所まできて、立ち往生するはめになった。ルートが瓦礫で塞がれている。誰かが盛大に暴れたらしい。
「……これよ、決闘場に一度出るしかねぇんじゃね?」
「あんなに大暴れしているところを? 正気?」
「ほかの道、行ってる余裕ねえって。端っこを通り抜けるぞ」
「もう、無茶苦茶よ!」
道を引き返し、決闘場として使用されている広場に出る。案の定、そこは乱戦のまっただ中だった。刃が踊り、魔法が飛び交う。怒号と悲鳴がひっきりなしに響き、騒がしさが途切れない。端とはいえ、この中に入るのは無謀に思えた。
「でも行くしかねぇんだよなあ……フォロー頼んだ」
「地元戻ったら、高いところでデートだからね!」
「おう、どこでもな!」
たった今、氷の矢が通り過ぎた場所へ身を乗り出す。地面に転がるのは武器、怪物、人。風に混ざるのは埃と血の匂い。色々経験してきたつもりの憲治だったが、今回はその中でも指折りの修羅場だった。少なくとも、緑肌の小男、ゴブリンが五匹まとめて目の前に落ちてくるなどという事は今まで経験していない。
「あぶね!」
なんとかのけぞって直撃を回避。呻く連中を避けてさらに進む。そうかと思えば何かが直ぐ後ろを通り過ぎた。振り向けば、ギロチンの刃みたいな刀が壁に突き刺さっているのが見えた。とにかく前へ、ひたすら前へ。もうそれしか助かる道はない。
しかし残念ながら、最後まで運は味方してくれなかった。
「不味い! シールド!」
飛来する何かを、広美が咄嗟に盾の魔法を発動させる。かろうじて間に合ったが、全てを防ぎきれなかった。光り輝く盾は砕け散り飛来物、二メートルのトロールが三人にのしかかってきた。
「きゃぁ!」
「だぁっ!」
憲治にできた事は、二人を前へ押し出すことだけ。自分は巨体にのし掛かられてしまう。力士のような体型をしているだけあって、大変重い。プラーナを使えば押しのけられるが、若干時間が必要だ。
「ぐ……ガガ……ガ……!」
「……代表?」
そして気づいた。半戸の様子が明らかにおかしい。頭、より正確に言えば布が巻かれた左目から異常なマナが噴出している。長くダンジョンで活動していた憲治の直感が危険を知らせる。
「広美! 代表から離れろ!」
返事をする暇も無く、彼女はその場から離れる。そして、半戸が吠えた。
「ガァァァァァァァァァァ!」