【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
その声を決闘場から離れたロングトークが聞き取り、鼻を鳴らした。
「フン、愚か者共め。商品を台無しにしやがった。罠を踏めってなもんだ」
「……あれは、なんなのですか?」
同道していた長身の男が尋ねる。目深にフードを被っていて、顔はほとんど見えない。
「奴が取り込んだあの目。生きてるんですよねえ、ドラゴンが。身の程知らずが欲を出すからあのざまですよ。全然コントロールができてない。しょうがないから、今まで手かせと檻、それぞれに呪いをかけて押さえ込んでいたのに。バカ共めが、全部台無しにしたに違いない。ああもう、これで今回の仕事がパァだ! 皆死んじまえ!」
つばを吐き、地団駄を踏む。その姿を見てフードの男はため息をつくだけだった。
同時刻、決闘場は混乱の最中にあった。半戸の周囲の床から、土と石が盛り上がる。それらが彼の身体に次々とまとわりつき、一つの形を作り出そうとする。地を掴む四肢。鱗、顎、そして尾。その姿はトカゲにも見えるが、放つ迫力が一つの怪物を思わせた。
「ドラゴン……」
トロールの下からなんとか抜け出した憲治が、呆然と呟く。大きさは全く違うのに、どうしてもかつて見た恐怖の象徴を思い出させるのだ。
「ガァァァァァァ!」
半戸が、人の喉から出しているとは思えぬ咆哮を放つ。するとさらに、顎の周辺に多数の石片が浮かび出す。再び、憲治は直感に従った。
「避けろおおおお!」
直後、無数の石片が前方に向けて射出された。さながらショットガンのように。直撃を食らったものは哀れだった。肉が裂け、骨が折れ、それ以上の重傷を負った。ずいぶん規模は小さくなったが、大地竜のブレスに間違いなかった。
「くそ、くそ、どうしたら……!」
「大気、圧縮、回転……サイクロンエッジ!」
暴風が吹いた。回転のこぎりのような巨大な刃が、ドラゴンもどきの表皮を削る。それを操りながら、勝則は状況を確認する。
「憲治さん、どうなってますか」
「代表が! あんなふうになっちまった!」
「なるほど……竜の目が悪さをしているようですね」
「誘導、伝導、放電! サンダーランス!」
一筋の稲妻が、ドラゴンもどきへと突き刺さる。が、その稲妻は土の皮膚をなめるだけに終わった。ダメージを与えること無く、地面へと流れ出ていく。魔法を放った小百合が悲鳴を上げる。
「直撃したのに、なんで!」
「……なにかしら、雷に対する耐性があるようだな。小百合、防御の方に回ってくれ」
「うぐぐ、了解」
勝則は風の円盤を操って、ドラゴンもどきをけん制する。ブレスを警戒し防御呪文を準備しながら、広美が問う。
「勝則さん、なんとかなりますか?
「あの左目が問題ならば、マナを霧散させれば解決するはず。それが最も簡単にできる社長が、今は居ない。魔女殿もいない。呼んでくる時間もない」
「ガァァァ!」
ドラゴンもどきが石の爪を振り上げてくる。それを軽々と避けながら、勝則は続ける。
「まずはマナを消費させよう。あの外見はそれで作っているはず。削ればそれだけ消耗する」
「承った!」
その声は、背後から聞こえてきた。そして瞬く間に勝則の横を通り過ぎると、ドラゴンもどきへと肉薄する。プラーナで輝く刃が、土と石の皮膚を大きく削り取った。
「中に救出対象がいるならば、細心の注意を払わねばな! というわけで威力控えめで行かせて貰おう! 助太刀いたす!」
「長老、助かります」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたリエンウーだった。後れてフェイロンも一太刀入れる。再びドラゴンもどきが削れ、中の半戸が垣間見えた。しかしそれも、時間がたつごとに塞がっていく。なにせ土と石だ。材料はいくらでもある。
梅花剣士二人が、次々と斬撃を叩き込む。爪や尾による攻撃は舞うように避け、次の瞬間には新たな傷を与えている。ここまでの戦いの疲労を感じさせない、見事な連携だった。
だが疲れを見せぬのはドラゴンもどきも同じ。
「くそ、このままじゃらちが開かないぜ」
等と言いつつも、憲治は手を出しあぐねていた。彼はまだ、プラーナを武器に宿す技術を体得していない。グレートソードに魔法がかかっているので、土や石程度を切っても刃が欠けることは無い。しかしちょっとやそっと削る程度で、状況を改善できるとは思えなかった。
「むむむ。大変なことになってますね」
そこに女神が現れた。女神はグレートソードを担ぎ、この状況でも明るさを保ったままだった。藁をも掴む気持ちで、憲治は叫んだ。
「神様仏様断神様! 半戸代表を助けてください!」
「うーん……あの土の鎧がなくなったら、なんとかなります」
「なるんですか、里奈さん」
けん制を継続したまま、勝則が問う。
「なんとなーく、ですけど。こう、あの人と左目が気持ち悪い感じで絡み合ってるんですよね。なのでそれを『断ち』ます。でもそれにはあのトカゲアーマーが邪魔です」
「よろしい。では本座が一手披露するとしよう」
気負いなく、散歩でもするように近づく女あり。天魔神教小教主、
しかし憲治の直感は、大丈夫であると伝えてきた。そしてその通りになった。
「ふっ」
小さく息を吐くと同時に繰り出された拳。それが石の爪を根元から吹き飛ばした。今までで最大の破壊だった。そして、それで終わりもしなかった。
電光石火、目にも止まらぬ早業。右の拳が放たれたと思いきや、すでにそれは戻り左の一撃がドラゴンもどき穿っている。まるで両腕が削岩機であるかのように、石と土の身体が削り取られていく。あまりにも圧倒的な攻撃力。
骨、筋肉、神経、血。身体のあらゆるすべてが武術のために最適化されている。そして身体を巡るプラーナは膨大かつ暴力的。春夫達が使うそれとは性質が全く違っていた。これが武林に名を轟かせる絶対的な力の権化、天魔神教の片鱗だった。
憲治達が手を出す必要など無かった。彼女の両手だけで、ドラゴンもどきが解体されていく。ほとんどのものがあっけにとられる中、里奈だけは違った。
「リーミンさーん。それぐらいで大丈夫でーす」
「うむ。では任せた」
彼女が風のように離れるのを確認し、里奈はグレートソードを大上段にかまえた。
「
絶対に刃が届かぬ位置で、振り下ろす。それで十分だった。半戸を覆っていた土と石が、ボロボロと崩れ落ちる。そして先ほどよりやつれた半戸が最後に倒れ伏した。気を失っている。
「代表!」
憲治が慌てて駆け寄る。息をしているのを確認し、即座に背負った。
「これで解決でしょうか?」
勝則が問う。里奈はグレートソードを鞘に納めながら首を横に振った。
「駄目でしょうねー。今は一時的に繋がりを斬っただけですから。目に入っている以上、そのうち繋がると思います」
「……なんとかなりませんか?」
後ろから半戸を支えながら、広美が尋ねる。彼女もまた、憲治と同じような経緯で助けられている。彼女達だけではない。ミナカタに入った元地王カンパニーの者達は、半戸に救われた恩があるのだ。本人はほかの碌でもないハンターたちのやらかしに己の徳を疑っていたが。
「荒治療なら、可能性があると本座は見る」
陰鬱な雰囲気を蹴り飛ばしたのは、リーミンだった。己に視線が集まるのを意に返さず顎で先を示す。
「話は後だ。用は済んだのだから、さっさとこの場を離れるぞ。長男次男三男、貴様らが殿だ」
「心得た」
すぐさま承諾するリエンウー。その物言いに思うところはあったが飲み込んだ。
「では、合図を送ります」
勝則が、上へ向けて三色の光の弾を撃ち出した。色は赤、黄、青。信号機カラーを遠方の屋上で確認したのは、宏明と歩だった。
「撤退信号確認。森沢、投球開始だ」
「
歩が投げ込むのは、特製の煙幕玉だった。アビリティの力により、狙った場所に確実に放り込まれる。一同の撤退を助けるためだった。さらに追いすがるものには、宏明が精神混乱の超能力を叩き込んで無力化した。
援護を受けて一同は外へ走り出す。道選びは苦労しなかった。いつの間にか現れた
ほどなく残りのメンバーも合流し、予定していた逃走ルートへたどり着く。そこにはオステアの用意した馬車が複数台存在した。分散して乗り込み、一旦分かれて蛇王宮殿へ向かう手はずとなっていた。なお宏明達は別ルートで撤退する。
馬車が動き出したのを確認し、リーミンは語り出す。
「結論から言えば、本座はこれに魔功を仕込もうと思う」
「魔功とは……ああ、歩さんがいない」
フィクションの知識でわかりやすく解説してくれる歩は別行動。勝則は彼が近くに居ないことをここまで残念に思うのは初めてだった。
「ここは自分が説明しよう」
身を乗り出してきたのは
「魔功とは……」
「あの眼鏡のように簡単な説明をするのだぞ? 本題はそこではないのだから」
「……はい、小教主様。むむむ……うむ。小僧ども、貴様らは武功を使うな? 剣法や歩法にそれが出ている」
「うっす。社長から翻訳本のコピーもらって練習しています。あと小僧じゃねぇっす」
憲治の抗議を無視して話が進む。
「貴様らが使用しているものは、基本的な武功だ。覚えるのは容易く、扱いやすい。使用するのに代償を求められない安全な代物だ」
「じゃあ、魔功は……」
「うむ。危険で、扱いを間違えれば己を傷つける。そして何らかの代償を求められるものが多い」
「やべーじゃねぇっすか。なんでそんな物を代表に?」
話を振られたリーミンは、眠る半戸の左目を指さす。
「今回の暴走は、左目が強くこやつが弱いのが原因である。そこで、魔功の代償をこの左目に押しつけてやろうと本座は考えるのだ」
「お……おお? ってことは……ドラゴンがパワーダウン、代表パワーアップ! バランスが取れる!」
「か、どうかはこやつにかかっている。本座はどちらでも良い。しくじれば命がない故、よくよく考えることだな」
憲治は絶句する。突然、恩人の命を左右する決断が手の中に転がってきたのだ。当然の反応だった。彼は考えた。普段あまり考えずに行動しているので、それをちょっと後悔するぐらい考えた。
結局いつも通り、直感に頼ることにした。
「なんかこう、秘書さんに頼んで代表に直接どうするか聞いた方がいい気がしてきた」
「純金老師に、か。うむ、霊力や内功を散らす術をもたれているから、可能であろうよ」
そういうことになった。馬車はやがて蛇王宮殿にたどりつく。街を騒がしていた騒動は、終わりを告げようとしていた。
なお、この騒ぎの結果を聞いた
そして愚者楽土の街は、祭りの日を迎える。