【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
歓声が、この控え室まで聞こえてくる。コロシアムの観覧席は満席になったらしい。愚者楽土の住人だけでなく、あちこちの街から人が押し寄せた結果とのこと。安全を保証されていないのに、よくもそんなことが出来るものだ。あるいは、そういうサービスがあるのかもしれない。
結局こちらのことについて、あまり調べられていないなとふと思う。元々は調査だったのに、気がつけばこんなことになっている。まあ、イベントでしか得られない情報もあるとマリアンヌさんは言ってくれたけど。
外から、魔法で拡声したらしい大音量が響いてくる。
『方々からお集まりの勇士の皆様、長らくお待たせいたしました! いよいよ、覇王
歓声がさらに大きくなる。……この声、オステアさんか。なんでアナウンサーやってるんだろう。部下だっているだろうに……趣味かな?
『これよりコロシアムに現れるのは、誰も彼もが一騎当千! 各地で名をはせた蛮王たち! 一体どのような戦いを見せてくれるのか。……それでは、蛮王、入場ー!』
高らかな管楽器の音がコロシアムに響き渡る。……そういえばオステアさん自慢してたっけな。いい音が出る管楽器はこの地で珍しがられているって。地球との繋がりが暴走卿の名を上げているんだとか。
勇壮なテーマが奏でられる中、蛮王が入場していっている……のだと思う。ここからじゃ分からないけど。
「春夫さん、準備を」
「はい」
マリアンヌさんに言われて、最後の準備を始める。まずは、魔法瓶から注がれた茶色の液体を、カップ半分ほど飲み干す。たちまち凄まじい肉の味と香りが、喉を滑り落ちていく。これは、ハウルボアの肉を消化しやすく加工したもの。とてつもないカロリーの爆弾である。
続いて、ファングツリーのジュースも同じくカップ半分ほど。お高い栄養剤のようなきつさが、さらに胃へ押し込まれていく。味は両方とも美味しいのだけど、こんな飲み方じゃあ風情がない。楽しみがないともいう。
続いて、胸元を一度開く。そこに火炎魔神の護符があるのを確認。これがないと死ぬからな。今日もよろしくお願いします。そこにいるらしい炎の精霊に祈っておく。最後に右手を確認。紫の糸で編まれた腕輪がある。ヨシ。
一通りの準備が終わったので、装甲が開かれたスティールドラゴンの鎧に入り込む。中に入り、可動部をチェック。
「はさみ、巻き込み、確認ヨシ! 装甲閉鎖!」
「装甲閉鎖しまーす!」
重々しい音を立てて、前面が閉じる。軽く身を動かして、鎧下が噛まれていないのを確認。問題なし。
「確認ヨシ。動きます。
アビリティを起動。最初のように、細心の注意を払って立ち上がる。竜に目覚めてもらうための大事なプロセスだ。全身の筋肉とプラーナを使って、この重い鎧を文字通り立ち上げる。外では歓声が続いている。焦る必要は無い。大丈夫、間に合う。
たっぷり時間をかけて、鎧は直立した。竜が目を覚ます。鎧から重さが消え、消耗したプラーナが補充される。しかしこの状態は、車で言うならまだアイドリング。ギアはまだ入っていない。周囲に人がいるのだ。そうでなくては困る。
ラットマンが二人がかりで、大きな丸盾を差し出してくる。いつもならオーバーサイズだが、この鎧を着ているとぴったりだ。そのように調整したのだから当然だけど。
「おーけー、目を覚ましました。では、移動します。離れて下さい」
「ご武運を、春夫さん」
マリアンヌさん、猫さんとカラスさん、ラットマンたちに見送られ控え室を出る。あらかじめ伝えられたルートを歩く。……一歩ごとに、地面をハンマーで殴っているような音がする。実際重さから発生する衝撃はそれぐらいなんだろうけど。
通路は照らされているが、やはりうす暗い。しかし出口から入ってくる明かりはそれ以上。光の中に身を乗り出す。歓声が上から降り注ぐ。
『さあ! 最後に登場したのは暴走卿から推薦された蛮王ハルオ! ご覧下さい、あの重装甲! 竜が踏んでも壊れない! 彼を倒せる猛者はいるのか!』
オステアさんが好き勝手アナウンスしている。闘技場の蛮王たちは、俺の異様な出で立ちに驚いている。鉄の塊が歩いているるようなものだものな。
見知った顔は……ここからじゃ見えないな。まあ、そのうち会うだろう。
『それでは皆様、ご静聴下さい。玄覧様からのお言葉がございます』
歓声が途絶える。そして老人の声が響き渡った。
『まずは、集まった全ての蛮王に相応の実力があることを認めよう。生き残ることこそ、蛮王に求められる第一の能力であるが故に』
奇襲やらなにやらで、少なくない数が脱落したという。家だけじゃなく、複数の組織がそう動いた。暴力に秀でているだけでは蛮王としてやっていけない。あのじいさんはそう言っているわけだ。
『次は、己の力を示すがよい。我が娘が貴様らの手をとるのか。貴様らが我が娘を手中に納めるのか。ここで見守らせてもらおう』
玄覧様が手を上げると、即座にオステアさんご自慢の楽団による勇壮な演奏が始まる。いよいよだ。
『それでは……祭りの始まりじゃあああああああ!』
竜が吠えた。蛮王も吠えた。観客が沸いた。
「それじゃあいきましょう……イグニッション」
そして竜の心臓に火が灯る。周囲のマナを吸収。オイルの血がプラーナを運ぶ。金属繊維の筋肉が隆起する。加圧器が起動し、蒸気が噴出する。当然、熱くない。大変心地よい。
まずは慣らし運転だ。俺は前へ向けて軽く駆け出した。足下で爆発するような衝撃が生まれる。鋼鉄の塊が、短距離走選手のように疾駆する。左手の丸盾を前面に構える。
とりあえず、目標を目の前のオーガに定めた。体にいろいろ、呪術的な飾りも付けている。きっと名のある戦士なのだろう。驚きながらも、大きく無骨なグレートソードを構えている。
やかましい俺が近づいてくるので、それを迎撃するため上段から振り下ろそうという体だ。里奈さんが持つそれよりもさらにでかいが、頑丈さはいかほどのものか。
「おらぁぁぁぁ! 弾丸特急!」
俺は一切躊躇わず、振り下ろされるグレートソードへ突撃した。
「ガァァァァァァァァァァァ!?」
渾身の力を込めたであろう大剣は、あっさり跳ね飛ばされた。というか折れた。当人も俺の突撃を受け、盛大に吹き飛んでいる。ぐるぐると回転してから、地面に落ちた。わあ、冗談みたい。軽いランニングでこれなのだから、本気で走ったらどうなることやら。ましてや、
一旦停止する。鎧のあちこちから、蒸気が噴出する。蒸気圧に使用する水だが、背中に小さなタンクが二つほど、動きの邪魔にならない所に配置されている。が、そんな小さなタンクではあっという間に枯渇する。なので背部の心臓が空気中から水分を補充したり、あるいは魔法で生成している、らしい。
訓練中、ただ走り回るだけなら枯渇することはなかった。それ以外のことをするとあっさり無くなるので、色々注意が必要だ。
「貴様ぁ、なんだその鎧は!」
そう問いかけてきたのは……半魚人だった。こっちと同じくらい、つまり二メートルの半魚人。怖い。ぎょろりとした目がとても怖い。歯もギザギザしている。夜道や洞窟で出会ったら悲鳴を上げていたかもしれない。ここが明るくて良かった。
「答える義理は、ない!」
威勢良く、そう答える。よかった、怯えが声に出なくて。
「ならば我が槍でその騒音を止めるまで!」
半魚人は巨体に見合う長さの三つ叉槍を突き出してきた。おお、あの長さなら、蒸気にあまり触れずに済むな。
俺は即座に動いた。半魚人に向けて、丸盾を投げつける。力は込めない。ダメージを与えることが目的ではないからだ。それでも鎧とアビリティによる強化で、かなりの勢いが出る。まともにぶつかれば骨折必至の一撃を、半魚人は三つ叉槍ではじいた。
「窮したか! ならば……なっ!?」
半魚人はその巨大な目を皿に大きく開いた。俺の手には、いつのまにか身の丈サイズの槍が握られていたからだ。ただの槍ではない。スティールドラゴン材使用、専用投擲槍『ハヤニエ』である。命名は小百合。残酷で分かりやすいと一部で好評だ。
これに使用されている魔法は、強化と命中である。つまり大変頑丈で、投げるとよく当たる。それを、アップグレードしたパワーでぶん投げる。
「ふんっ!」
「がぁっ!」
半魚人は頑張った。咄嗟に己の槍で、砲弾のような攻撃を弾こうとした。よくもあの早さに合わせたものだ。しかしそこまでだった。肩を貫かれ、勢いのまま地面に縫い止められた。まさしく百舌の早贄だ。先端には竜の牙が使用されているのだ、生半可な守りは貫いて当然。
彼は放っておく。もう戦闘力はないだろう。リタイアか、他の蛮王に殴られるかだ。次へ向かうために、左手を地面に落ちた盾へ向ける。するとたちまち盾は己の手の中に戻ってきた。
これは一樹さんのコレクションの一つ、
流石にこういう戦闘中に大きさを変更できないが、それで十分。通常でも、鎧を着ているときでも使える。それどころか小さくして普段から持ち運ぶこともできる。なんて便利な。
一樹さんがこれを使わない理由は、自分に合わないから。今回、蛇王宮殿の宝物庫から引っ張り出してくれた。今回使用する装備のほとんどは、そこからの提供である。
『蛮王ハルオ、瞬く間に二名を撃破! 流石は暴走卿の肝いり! 伊達ではありません!』
やめてーオステアさん。注目を集めないでー。スルーされるならその方が良いんだからー。
「社長ーーー! がんばれーーー!」
「ぶっとばせー! ぶちのめせー!」
おう、流と三郎君の声がどこからか聞こえてきたな。探す余裕はないから、盾を掲げて答えておこう。
「そのやかましい鎧……宴会の時のチビか!」
そんな声に振り向けば、鬼の人が三人いた。おぼえている、あの時の人たちだ。
「どうも! お察しの通りです!」
「やっぱりか……なんなんだよそれはよぉ!」
「覇王様のお宝ですね! 俺は今日、こいつをアピールするために出場していましてね!」
「くっそ、そういうことかよ!」
適当にデマをばらまいておく。内情をそのまま出すより、分かりやすい話の方が良いじゃない。納得できる事情が伝われば、変に探られることも少ないだろうしね。
「ってことはよお……お前をぶっ飛ばせば、俺たちがそいつを使わせてもらえるかも知れねえよなぁ?」
おっと? 話が膨らんできたぞ。こいつはいい。
「それは勘弁してもらわないとなあ。俺、覇王様にぶっ殺されちゃいそう」
「へっへっへ。なあに、命ばかりはお助けくださいって言ってやるさ」
「だから大人しく……」
「俺らにやられちまいなぁ!」
ここでわ、っと殴りかかってきてくれれば楽だった。しかし仮にもこの場に立つ戦士。そんな雑魚みたいな真似はしない。数的有利をしっかり利用し、側面や背面を取るよう移動する。うん、素晴らしい。だけど無意味だ。
盾を前面に構えて、さっきと同じように前面へ急速ダッシュ!
「はい、ドーン!」
「ぶわっ!?」
さっきのオーガより軽い鬼の人が、この突撃を貰ったらひとたまりも無いのだ。引っかけられただけで吹き飛ばされる。言ってみれば、クソ頑丈だったという昔のアメリカ車に体当たりされるのに等しい。しかも俺は当時の車より小回りが利いて、堅くて、重くて、瞬発力がある。自分で言うのもアレだが、悪夢みたいな凶器である。
残り二人。こっちを遠巻きにしている。流石にあの距離を一瞬で詰めるのは難しい。新しい武器を出そう。盾を放り出して両手で掴むのは、鋼でできたグレートクラブ。スティールドラゴン材使用、専用大型棍棒『ガンテツ』だ。命名は三郎君。俺は分かりやすくて良いと思うのだが、直球過ぎると一部で不評である。
竜の骨、丸々一本贅沢に使用したこれに掛けられた魔法は強化のみ。それで十分だった。何せこの鎧のフルパワーでぶん回しても全く壊れる気配がない。普通のマジックアイテムを破砕してしまうほどの力を発揮できてしまうので、この頑丈さはありがたい。
何も考えず殴ることだけに専念できるからね!
「オラァ!」
「だぁぁぁ!?」
あちらも金棒で防いだがそこまで。かち上げられたら、踏ん張る事なんてできやしない。放物線を描いて三メートルほど吹き飛んだ。そして最後の一人に向き直る。相手が後ずさるのを確認して、告げる。
「お仲間を連れてお帰りください。これから、もっと酷い火力を発揮する予定なので」
「……くそ、流石は覇王のお宝なだけあるぜ。いいか! お前に負けたんじゃねえ! 覇王のお宝に負けたんだ! 勘違いすんなよ!」
「ええ、もちろん。これが俺の実力だなんて欠片も思ってません。恥ずかしい」
「……っち。負けんなよ」
そういって、最後の一人は仲間を引きずって外周へ向かっていった。うん、乱暴者だが気はいい人達だな。周囲を見ると、あの半魚人の姿は無くハヤニエだけが残されていた。それを拾ってから消し、俺は盾をまた引き寄せた。、最後にグレートクラブを肩に担ぐと、コロシアムの中をゆっくり歩いて進む。
さて先ほどから武器を好き勝手に取り出したり仕舞ったりしているが、当然これには種も仕掛けもある。右手につけた紫の腕輪、これがキーになっている。キーになっているが、全てでは無い。強いて言うなら拡張パーツと表現するべきか。
まず俺は、マリアンヌさんから魔法の剣を借りている。これを正確に表すならば、彼女の魔法の一部である。ダンジョンや世界間の壁を作っているあの巨大な塔のごとき魔方陣。あれの力を借り受けているわけだ。
普段から彼女が使っているゲートの魔法。A地点からB地点へ距離と世界に関係なく移動するアレ。あの延長として、この武器の移動を実現している。
仕組みはこうだ。まず、俺が使いたい武器を思い浮かべる。すると俺の中にある魔法の剣、より正確に言うならそれに繋がっている地球の精霊がそれを理解する。そして腕輪を起点にして武器を送り出してくれる。そういう方法をとっている、らしい。
いつものごとく説明と使い方をレクチャーされただけで、その本質はさっぱり分からない。なんとなく、魔法使いが聞いたら腰を抜かすんじゃないかとは思っている。一般人の俺が聞いても、便利すぎると思うものな。
そんなわけで俺は、相手や現場の状況に合わせて武器をセレクトできる。これがどれだけ有利なことか、素人でもわかりやすく説明するならば……後出しじゃんけんである。まあじゃんけんと違って、必ず勝てるわけじゃ無いのだけど。
メチャクチャ頑丈で、パワフルかつプラーナ補給をしてくれるスティールドラゴンの鎧。そしてそのパワーで振り回しても壊れない数々の武器。怪我をしても治してくれる火炎魔人の護符。これが今回、俺が履かせて貰った高下駄の全てである。わあ、なんて
だが友人の人生がかかっているのだ。申し訳ないが蛮王の皆々様には泣いていただく。なお蛇足だがこの紫の腕輪に使われている材料は、マリアンヌさんの髪の毛とのこと。魔法を掛ける焦点に丁度良いらしい。大事にしなければ、と思った。宏明たちがこれ聞いて、一歩引いたときは張り倒そうとも思った。時間なかったからやらなかったけど。
さて、序盤から暴れすぎた弊害がでてしまった。周囲の蛮王が俺から離れて、それぞれ別の相手と戦い始めている。今日の俺の辞書に正々堂々の文字は無い。適当に強そうな相手の背中をぶん殴ってやろうと犠牲者を探していたのだが……そこに彼女が現れた。