【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「こんにちは、入川社長。順調のようですね」
この祭りの主役、
違うのは彼女自身だ。腕と足が、金色に輝く竜の鱗に覆われている。喉や頬にもそれがあり、瞳もまた瞳孔が縦に細まっている。
「どうも、竜宮代表。今日は刺激的なお姿で」
「……あら。ずいぶんとあっさり受け入れてしまわれるのですね。悲鳴でも上げられるのかと思っておりましたのに」
まあ確かに、驚いたかと言われればイエスなんだけど。それをあからさまに出すのは友人に対して失礼だろう。
「猫やカラスが人に化ける環境で生活しているんで、人に竜のパーツがちょっと増えた程度は、まあ許容範囲かなと……」
「それはまた……日々が充実されていらっしゃいますね」
「おかげさまで」
苦笑を浮かべる彼女にそう返す。
「それにしても、とんでもない装備ですね。それは暴走卿の所有物ですか?」
「ええ。今回特別に借りてきました。おかげでなんとかやっています」
「……では、私も一回だけ試させていただきましょう」
その一言と共に彼女に凄まじい勢いでマナが集中していく。質も量も、人の領域を越えている。いつぞやの一樹さんを思わせる。それに呼応しているのか、身体の鱗が光り輝き始めた。
その姿が、二つの記憶を想起させる。一つは地球に現れたあのドラゴン。そしてもう一つは、この鎧に搭載されたあの機能。
今考えたことが当たっているなら、今すぐこの場を離れるべきだ。それが当たり前で正しい選択なのだが……彼女は試すと言ったんだ。他ならぬこの場、この祭りの最中で。そうであるならば、俺は別の行動を取らねばならない。
だがどうする? 盾で防げるか? 呼び出せる武器で対応……いやいや、待て待て待て。よく見ろ俺。彼女は光っている。マナの輝きではない。マナを変換して、あのように強い光を宿している。で、あるならば。原始の大君の直感も、思いつきを肯定している。
覚悟は決めた。あとはたった一つ尋ねるだけ。
「竜宮代表! 火傷するほど熱い蒸気、耐えられますか!?」
「炎を直接浴びても今なら平気ですけど!」
「それはなにより!」
竜の心臓、全力運転。脚部クロー、対衝撃固定。吸気スロット、全解放。加圧器、限界稼働。蒸気圧力、臨界!
「スチームブレスキャノン、発射!」
全身の排気口から膨大な蒸気が放出されるのと。
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
竜宮代表の光のブレスが発射されるのは、ほぼ同時だった。読み通り。やはり光だった。レーザー光線は蒸気に弱い、という知識はどこで仕入れたものだったか。多分テレビの特番だったはず。蒸気とは水の細やかな粒である。それが光を阻害する……だったかな? 他にも理由があったような。ともあれ、目論見は成った。
本来ならこちらをなぎ払う威力をもっていたであろうブレスは、蒸気の力でかなり弱まった。もちろん、光のブレスとレーザーは完全に同じものでは無いだろう。しかしそれはこちらも同じ事。まかりなりにも、蒸気の形をした竜のブレスだ。ただの蒸気よりは、効果があったと思う。
蒸気によって拡散された光が、鎧に浴びせられる。周囲の地面がじりじりと焼ける音が聞こえるが、それだけ。表面を軽く火であぶられた程度の威力だろう。火傷はするだろうけど、致命傷にはならない。
鎧の表面も熱せられているが、特にダメージにはなっていない。普段から蒸気を放っている関係で熱さには耐性があるのだ、この鎧は。俺は無いが、代わりに火炎魔人の護符がある。ぶっちゃけ気持ちが良い、で終わる程度の熱さだ。
それよりも深刻な問題がある。水不足だ。今のブレスでタンクは空となった。補充はできるが、僅かながら時間がかかる。幸い、まだ周囲に蒸気がのこっていて視界を塞いでいる。この間に……あ、ヤベッ。
「イリカワァァァァァァ!」
「グッ!」
反応できたのは直感のおかげ。咄嗟に防御を固めたその直後、巨大な剣が俺を襲った。盾で刃は防いだが、衝撃と運動エネルギーまでは殺せない。俺はそのまま、地面を転がる羽目になった。金物が地面を叩く凄まじい音が、コロシアムに響く。
こんな衝撃を与えられたら、臓器や脳に深刻なダメージを負う。三日前までなら、俺はこの一撃で戦闘不能となっていただろう。しかし今は違う。武仙
そう、一夜漬け。三日の猶予期間の内、二日は鎧の習熟訓練に費やされた。一日目は歩く、走る、跳躍、起き上がり、武器使用、盾使用。二日目はモーリスさんのアンデッドを使った対戦。大きな敵との一対一、同じサイズの一対多。ひたすら殴り合った。
そして、防御面で衝撃への弱点が露呈。それの克服のため、一日でこの技を習得することになった。うん、地獄を見たよ。今までいろんな経験をしたけど、その中でも上位に入るきつさだった。短時間で終わった分、蒸気蒸し焼き事件の方が楽だったと言えるくらい。
さてこの武功の仕組みだが、簡単に言えばダメージの分散である。ダメージを臓器にそのまま貰うのでは無く、内功の力で全身の経脈を使って分散させるというもの。
完全に防ぐ、というものではない。そんな物が一日で覚えられるはずも無い。今まで覚えた武功を伝え、その中の技術で流用できそうな物からこれがピックアップされたのだ。
一日中衝撃を受け続けるという地味な地獄を乗り越えた俺は、かろうじてこの技を体得した。全身を均等に痛めつけることになるが、致命傷にはならない。あとは蒸気が復活すれば、護符後からで回復できるという寸法である。
そう、蒸気が復活すれば。今は水がないので無理。気絶はしないが全身が痛む。うぐぐ、これは不味いぞ……。
「見つけたぞイリカワハルオ。派手にやっているようだな!」
巨剣とメイス。二本づつ装備する四本腕のトロール。クワットが地響きのような足音を立てながら近づいてくる。立たなければ。痛む身体にむち打って、鎧を直立させようとする。オイルブラッドに漏れなし。金属繊維の筋肉にも損傷は無い。そちらの力を使えば、俺がボロボロでもなんとかなる。
バネのように跳ねて、俺は立ち上がった。盾を引き寄せて、なんとか構える。
「よしよし、立ったか。そうで無くてはな! さあ、あの時の決着をつけようぞ! 貴様の首、もらい受ける!」
元気よく返したいところだが、声が出ない。呼吸するのがやっとだ。これがばれたら、一気に殴りかかられるぞ。やはり、高下駄程度では圧倒的実力差はいかんともしがたいか。こうなれば、奥の手を使うしかない……。
「そこの四つ腕トロール。お待ちなさい」
その状況に待ったをかけてくれたのは竜宮代表だった。
「ぬ、う。覇王の姫か……邪魔してくれるな。俺はこれと戦う約束をしていたのだ」
「しかし、この場で先に戦っていたのは私です。横から殴りかかるとは、無礼が過ぎるでしょう」
「戦場で無礼とは笑わせる。ただ勝者と敗者があるのみよ」
「この祭りの主旨をお忘れのようですね。ただ暴れるだけの蛮王に、誰が付いていくというのですか」
「姫君は世俗の残酷さをご存じない様子。付いていくのですよ、すがれるものであれば怪物でも。闇の中で、一人で居ることに耐えられる者はおらぬのです。それが蛮族の楽園の真実!」
地面に剣を叩き付けるクワット。彼の目標が、変わったのが分かった。同時に、鎧から蒸気が漏れ始める。よかった、再稼働したぞ! 本来なら致死量の熱が、身体を癒やし始める。ありがとう火炎魔人!
グレートクラブは遠くで転がっている。なので新しい武器を取り出す。スティールドラゴン材使用、専用片手剣『ソウコン』。命名は勝則。一番早くついた名前であり、格好良すぎて後のハードルを上げた一品である。
かけられた魔法は強化と鋭利。片刃で、青竜刀のような形状をしている。タフでよく斬れる一品だ。雑に使ってもバッサリ。早速クワットへ声を掛けようとしたところ、直感が働いた。大きく前へ出る。すると立っていたところに、人と同じサイズの岩が投げ込まれた。
「おうおう、避けるのかよ。ちょっと見ない間にだいぶ変わったなあ!」
「お目覚めですか……半戸代表」
振り向けば、そこにいたのは両目をらんらんと輝かせた彼の姿。かつてとは比べものにならないほどの荒々しいプラーナと、さらにマナまで吹き上がらせている。しかしその姿はだいぶボロボロだ。服は汚れているし、口の端には血の跡まで残っている。
「ずいぶんと男前を上げた様子」
「おう。目が覚めるまでに時間がかかってよ。袋叩きにされちまったぜ。まー、そのおかげで完全に起きたし? 三倍にして返したからそこはいいんだよ。なんかどんどん痛みも引いていくしな」
ぐるぐると、肩を回しながらそんなことを言う。……さて、半戸代表がなぜここに居るかと言えば、あの小教主様が放り込んだのである。彼はあのドラゴンの目によって暴走の危険が常に付きまとう状態になっていた。なので魔功なるリスキーな武功を強制的に習得……というより意識の中に流し込んだらしい。
そんなことができるのか不思議だったのだが、魔法使いの皆さんと色々やったらしい。宏明も駆り出されたとか何とか。それであとは、なじませるだけ。ならば戦いの中がいいと、今だ前後不覚の状態だったにもか変わらず出場させたと。
これ全部、事後承諾。聞かされたのもついさっきである。……俺も特訓で忙しかったとは言え、流石に一言ほしかったと思ったり。
「調子はどうです?」
「ああ、ちょっと前に比べれば雲泥の差ってやつだな。グラニートのクソ野郎の声が、だいぶ小さくなった。ちょっかいも簡単に弾き飛ばせる。この……魔功? って奴のおかげだな。回せば回すほどプラーナが出るし、ご機嫌だぜ」
軽く飛び跳ねて、宙返りまでしてみせる。この間の宴会で捕まっていた姿が嘘のようだ。
「……で、だ。入川、今忙しいだろうから大事な所だけ聞くぞ? お前のここでの目的は何だ?」
「この祭りの勝者が、彼女と結婚するんです。怪物の花嫁は酷い話ということで、それを邪魔しに暴れています」
「オーケー、わかった。それは邪魔しねえ。その上で……ならしに、付き合って貰うぜ?」
やはりそうなるか。先ほどから、戦意をまったく隠していなかった。竜の目のせいか、魔功のせいか。それとも捕まっていたときの鬱憤晴らしか。ともあれ、言葉で止まるような状態じゃないな。……あとまあ、部下達を止められなかった責任もあるしな。もっと穏便な方法なかったのかしら。
縦を前へ、剣を肩に担ぐ。隙を見て突っ込んでもいいし、迎撃してもいい。多くに対応できる構えだ。……一対一であればだけど。
直感に従い、対象を変更。再び突っ込んできたクワットの大剣を盾でいいなす。さらに鎧の瞬発力を使い、すれ違いざまに一太刀浴びせた。分厚い皮と筋肉に刃が通り、血があふれ出す。
「おお、早い! いい動きだイリカワ! だがこの程度の切傷では、話にならんぞ!」
クワットはトロール自慢の再生力を使い、瞬く間に切傷を塞いでみせた。これだから厄介なんだ。やはりあれを使わないと……。
巨体へ向き直ると、その彼に巨大な手が襲いかかっていた。いつぞや見た悪魔じみたそれじゃない。どちらかというと竜の手に似ていた。鋭い爪を、クワットは背の腕で防いだ。
「ぐお!? 何やつ!」
「おう、でっかいの。入川は俺と殴り合うんだよ。横から入ってくるんじゃねえや」
「ええい、どいつもこいつも! それはこちらの台詞よ!」
「そっくりそのまま、お返ししますわ」
……なんでこの人達、俺を狙ってにらみ合ってるの。そんなに俺、倒しやすそうに見える? いやそれよりも、これからどうしよう。一番最悪なのは三人が結託することだが、それはない。相手方の望みはタイマンであって俺を倒すことじゃないからな。
ということは、殴り合っている最中に後ろから殴るのが正解か? いやでも、それだと今後の付き合いに支障が出るな。ええい、面倒くさい! ……と、悩んでいる最中に直感が働いてくれた。とてつもなく嫌な感じ。慌ててその場を大きく離れれば、そこに身の丈サイズの氷塊が発生した。ぞっとする。今は、氷はやばいんだ。
氷の魔法に襲われたのは、俺だけじゃなかった。竜宮代表達にも、それは放たれていた。それぞれ、拳、岩の壁、メイスという方法で迎撃していた。わあ、竜宮代表男前。……つまり、大きく回避したのは俺だけなのだ。
「やはりな。熱と鉄の塊ならば、寒さは嫌だろうと考えたのは間違いでは無かった」
氷を放った魔法使いは、真っ黒な肌に笹みたいな長い耳をした女性だった。うーん、なんて言うんだっけああいう種族。漫画で見た気がしないでも無い。歩ならわかるんだろうな。
魔法使いは一人では無かった。合わせて三十人ほどの蛮王が肩を並べている。ここに来てかりそめのチームを組んだのか、はたまた元から仲間だったのか。今はどうでも良い。
「狙いは岩使い、トロール、そして鎧! 目立ちすぎたな、バカ共め!」
「戦の流儀をおしえてやる!」
「緑玉大王の加護ぞある!」
一騎当千の強者、蛮王が三十人。いつもなら、絶望的状況と見るべきだが……。
「ええい、雑魚どもめ! 群れたところでどうにかなると思っているのか!」
戦士クワット、ブチギレ。自分の喧嘩を邪魔されているからな。
「バトルロイヤルとしては正しいのでしょうが、不快ですね」
竜宮代表も、戦う気満々のようだ。彼女としても連中を婿として迎える気は無いらしい。
「おい、入川。あいつの台詞本当か?」
「はい。ぶっちゃけ氷属性と凍結は死ぬほどヤベーです」
まず鎧が凍結すると、その能力が全部ダウンする。心臓も停止するし、強化もプラーナ補充も全部消える。氷が溶けるまで持続、解除されてもそこから再度立ち上げなきゃいけない。もうこれだけでだいぶ致命的。
追い打ちとして、火炎魔神の護符の効果が発動する。強い熱エネルギーで回復できるが、代わりに氷属性は弱点となってしまうのだ。これがまあクッソ痛い。神経に直接針を刺されるぐらい痛い。以上のことから、鎧を着た俺にとって氷属性は致死的弱点になったのである。
まあ、これだけのアップグレードだ。それぐらいの弱点は許容するべきだと思っている。それはそれとして、全力で避けるけどね。まともに食らってやる理由も義理もない。
「つまりあのねーちゃんはさっさとノックアウトしねぇと不味いってわけだな。おーけー、おーけー。おい、でっかいの!」
「なんだ……おお!?」
半戸代表が手をかざすと、トロールの身体に石が次々と張り付いていく。
「即席の鎧だ。長持ちしねえ。つっこめ。そこからこっちでフォローする」
「ふん……仕方が無い。乗ってやろう! オォォォォッ!」
雄叫びを上げて、クワットが突撃する。身体に張り付いた石の重量などないかのように。蛮王達も反撃してくる。刃や鈍器、そして魔法が彼を迎え撃つ。所詮は石でしかないので、完全に防ぐなど不可能だ。
しかし彼は元々、分厚い皮と筋肉がある。僅かな上乗せでも、最初の一撃を耐えきるには十分だった。第二撃の前に、彼の剣が敵の戦列に到達する。
「「「ガァァァァァァァッ!」」」
獣たちが咆哮する。蓄えた力と技をぶつけ合う。勝ったのは、クワットだった。理由はいくつかある。彼の方が単純に大きい、相手は多数だが面であり、クワットは一点を叩ける。少数と彼ならば、ドチラに軍配が上がるかなど見れば分かる。
かくして、相手のにわか陣形に穴が空いた。