【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
歓声沸き上がるコロシアムの観客席。その片隅で、フードを目深に被ったの男が頭を抱えていた。震えながら、心底からの絶望を呟く。
「なんてことだ……最悪だ」
フードの男、すなわちアサナギインダストリーの
ロングトークに依頼し、こちらに連れてきて貰った。その過程で別の仕事を請け負ったときは面食らったものだが、それも調査の一環になるからと同道した。
その結果がこれだ。とんでもない状況に遭遇してしまった。
「竜宮グループ、そしてミナカタも。こっち側と繋がっている。地球の裏切り者じゃないか……!」
これで全ての疑問に説明が付いた、と川那部は理解する。田舎のダンジョンカンパニーが何故、自分たちも知らない情報を得ていたのか。ヤクザ者の集まりである竜宮グループが、あそこまで成長できた理由もそうだ。奴らはこちら側の先兵だったのだと、川那部はそう受け取った。
で、あるならば。状況は逼迫している。日本を守り続けていたドゥームブレイカーズの主戦力は、ミナカタに吸収されてしまった。この状況を覆す方法は僅かだ。自分たちも、こっち側の戦力を使うしか無い。幸いなことに、取引相手であるロングトークは貪欲だ。そうであるが故に、利益が出るならば何でもやる。
営業だ。契約だ。ダンジョンで戦うことができないが、サラリーマンとしてなら戦える。日本を、世界を救わなくてはいけない。
「やるしかない。俺が、やるしかないんだ……!」
泣き笑いの表情で、川那部は決意を固めた。……しばらくして心が落ち着いたので顔を上げる。そして周囲を見渡す。試合の途中で、ロングトークは係員に呼び出されてどこかへ行ってしまった。護衛を置いていってくれたから良いものの、一体いつ帰ってくるのだろうか?
周囲は怪物だらけ。心細さを感じていた。
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一方その頃。マーチャント・ゴブリンのロングトークは、貴賓室に招かれていた。調度品は光り輝き、絨毯も見たこともない模様が織り込まれている。どれもこれもが、売り払えばとてつもない富となる。そんな中にいるのに彼の心には喜びが無く、恐怖だけがあった。
「どうやら祭りは終わったようだ。君の仕事も、そうだろう?」
「は、はあ。なんと申しますか、とりあえずは……」
「ああ、そうだった! 君の仕事は、祭りをぶっ壊すことだったか! 流石は音に聞こえたロングトークだ! まさか覇王二人が絡んでいる祭りに泥を塗る仕事を請けるなんて! 君の意地汚さは暗闇の母もお認めになるだろうさ!」
ケラケラと笑う小娘に怒りを覚える。しかしそれを表に出すような間違いをロングトークはしない。金にならないからだ! それに欠片も隙を見せるわけには行かないのだ。
悪名高き、愚者楽土の黒服の小娘。クロック・ブラック時代の有力者たちを打倒、あるいは懐柔し街の実権を掌握した娘。この街と周辺の経済は、この娘に握られているのだ。なんと羨ましい! マネできるものなら直ぐにでもやるのに。その手段がさっぱり分からないので、実行できずにいるのだが。
思考が逸れた。それよりも今の状況をどう切り抜けるべきか。この街、覇王への破壊工作が失敗したのだ。しかもそれがばれている。どうやってここを切り抜けるべきか……。
「まあ、そっちはどうでも良いよ。結果的にオジャンになったし」
「……は?」
てっきり殺されるか、あるいは財貨を奪われるか。そのどちらかだと思ったのだ。たちまち、ロングトークの猜疑心が騒ぎ出す。一族の掟が頭に浮かぶ。タダはだめだ。もっと多くを取られるぞ。
「い、いえ。それはよろしくありません。罪は罪、罰は罰。成したことに責任を取らねば、どうして商売が成り立つでしょう。このたびご迷惑をおかけしたのですから、相応の罰金は支払わせていただきたく……」
嫌だ! 絶対金など出したくない! マーチャント・ゴブリンの魂が悲鳴を上げている。だがロングトークの優れた理性は、ここで金を出さねばもっと酷いことになると冷静に告げているのだ。
しかし、黒い小娘は薄ら笑いを浮かべるだけだ。
「それには及ばないさ。実際、被害らしい被害も出ていない。完膚なきまでに大失敗だったからね! マーチャント・ゴブリンが差し出す金を、考えなく受け取ってはならない。ここの格言だろ? なかなか警戒されているねえ、君たち」
「いえいえ、とんでもございません。商売上の失敗話が、一人歩きしているだけでして……」
ええい、未熟者どもめ! 騙すなら最後まできっちり口を封じろ! おかげで私の商売に迷惑がかかっているじゃないか! ロングトークは、誰とも知らぬ同族を心の中で罵った。
「んー、しかしそうだなあ。君がどうしても何かを差し出してこの話を終わらせたいというのなら……一つほしいものがあるんだ」
「は!? はい、なんでございましょう。誠心誠意、努力させていただきます」
ほらきた! 本命が来たぞ。ロングトークは警戒心を最大にまで高めた。小娘ことオステアは、彼女にできる最大の邪気のない笑みを浮かべてこう言った。
「君たちが連れてきた、竜の目を持つ男。あれをこっちで引き取らせて貰いたい」
「は!? いえ、それは流石に、ご勘弁願いたく。あれは私のものでは無く、えー、とある所からの預かり物でして……」
冗談では無い。すでに
「いいじゃないか! どうせ一度は奪われてしまったんだ。守り切れなかった時点で君たちの落ち度だ。それを素直に向こうさんに報告してくれたまえよ」
「いえいえいえ、それは流石に、私共としましても受け入れがたく……むしろ身代金を支払って買い戻したいくらいでして」
「ふーん、支払えるのぉ?」
オステアの笑みに悪意が混じる。ロングトークの背に、冷たいものが走った。これは駄目だ、危険が目の前にある。
「言っておくけど、あれは高いよ? なんと言っても、暴走卿の知人なんだからね」
「……は?」
「行方不明だったんだよ。方々に情報を買うって話を出していたはずだ。当然、知ってるよね?」
もちろんだとも。どうやって手間を掛けずに情報料をせしめるかで、部族内で激論を交わしたのだから。結局嘘発見の魔法の存在があることを思い出して実行に移せなかったが。しかしその該当人物が、まさかあの男だとは思っていなかった。そもそも確かめもしなかった。
「それを取り返そうなんて、考えない方が身のためだ。今はまだ、ちょっとオイタをしたってだけで終わらせられる。彼をここまで連れてきたんだ。それで相殺って話にだってできる。しかし、買い戻そうとしたり、あるいは腕力に物を言わせたら……覇王の敵になるよ?」
「ぐ、うう……」
それは、どうしようもない破滅だ。金でどうこうできる話を越えてしまう。より多くの金を掴むためにも、避けなくてはいけない。
「あとさあ、何でここで私が『売れ』って言っているかもわかるよね?
「……売れば私のミスという形で落ち着く。しかし奪ったままで終わらせた場合は……覇王の戦争、
「んー、流石はマーチャント・ゴブリンだ。頭が大変回る」
暴走卿対緑玉大王。……否、暗母教団か。ともあれ、戦争になるだろう。そしてそれに引かれて、他の覇王も参戦する可能性も高い。今回の一件があるので、玄覧も関与するだろう。そうなれば、
ロングトークは頭をかきむしった。食いしばった歯はバリバリと音を立てるし、胃は妙な痛みを訴えてくる。どれだけ邪知を絞っても、出てくるのはない。
「……はい。分かりました。お売りします」
結局彼は、諦めることしかできなかった。その言葉を聞いて、オステアの笑顔はさらに邪悪なものとなる。
「そうかそうか! いやあ、決断してくれてよかったよ! うん、私も悪魔じゃない。彼をここまで連れてくるのにかかった経費ぐらいは支払おうじゃないか。……で、そのために聞きたいんだけど、彼はここまでどういう生活をしてきたのかな?」
ロングトークは悟った。値切る気だ! 私から利益をさらに減らすつもりだ! 悪魔め! 詐欺師め! レッサー・ゴブリン以下のクズめ!
罵りたい気持ちを必死に押さえる。こういうときは、次の儲けを考えるに限る。やはりカワナベだ。あの男を使うしかない。我らマーチャント・ゴブリンに匹敵する邪知と商売に長けたあの男を使うのだ。
なんとしても地球の品を手に入れる。それを暗母教団へ献上し、今回の失態の埋め合わせをする。このままでは殺されてしまうだろうから。なんとしてもこの危機を脱してみせる。
金儲けに全身全霊を捧げるゴブリン、ロングトークは精神安定剤である財布を握りしめながら愛想笑いを浮かべた。ここでの損害を少しでも減らすために。