【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
暴れる小百合を三郎君が羽交い締めにし、左右をとわ、綾乃が掴んで連れて行く。で元凶のオステアさんは相変わらず笑っているので、その師匠を見る。マリアンヌさんは苦笑しながら頷いてくれた。なんとかしてください貴女の弟子。
ぞろぞろと、相変わらず派手な廊下を歩く。宴会終わったら帰りだから、この建物もそろそろお別れだなとか考えているとふと気づいたことがある。
「ヒロっち、なんかずっと静かじゃない?」
今更ながら、おかしいなと思ったのだ。俺に美人の嫁さんがさらに増えるという話が合ったのに、コイツが全然騒がなかった。心ここにあらず、という感じでぼんやりしている。俺の疑問に答えたのは流だった。
「とわさんに、ガチめのデート申し込まれたんスよヒロっち。なんでフリーズしてるっス」
「まじで? ……踏み込んだなー。何かきっかけでもあったんだろうか」
「別にきっかけとか無くても、人間動くときは動くもんスよ」
「おう、語るじゃないか。そういうリューは誰かいい人おらんのか」
「折角なら、異世界の美人とか引っかけたいっスねー」
「ははは、抜かしよる。しっかり相手を見て責任取れよ」
「その前にまずは気が合うかどうかっスねー」
「それはそう」
そんな雑談をしていたら、宴会場にたどり着いた。今回の人数で悠々と使える広さ。さすがは宮殿、いろんな部屋がある。
中に入ると早速半戸代表が話しかけてきた。彼は真新しい革製の眼帯を左目につけている。
「よう、遅かったな。話し合いは終わったか?」
「ええ、なんとか。お体の調子はどうですか」
「ぼちぼちだなー。捕まっている間、ろくにメシ食えなかったし。竜の目の力やらプラーナやらで誤魔化してたんだけど、限界きちまってよ。おかげでこの街に着いた頃は目の中にいるグラニートに半分ぐらい乗っ取られた感じだったぜ。もう平気だけどな」
「油断するな愚か者」
ぬっと現れたのは天魔神教の
「今までの修練と才があったからこそ、かろうじて安定しているのだ。油断すれば再び均衡が崩れ、今度こそ竜に食われるであろう。故に貴様はこれから徹底的に鍛えねば成らんのだ!」
「……入川ぁ、このおっさんなんとかならんか。さっきからずーっとうるせえんだよ」
「そうですねえ……」
このままだと、半戸代表が天魔神教に入信させられかねない。それじゃあ何のためにここまでやってきたんだって話になる。しかし、彼を助けるために魔功とやらを提供して貰ったと聞いている。うーん、ここは……。
「シェンシア先生、よろしいでしょうか?」
「何?」
「実はご相談がありまして……」
かくかくしかじか、と経緯を簡単に説明する。
「……と言うわけでして、半戸代表の魔功というのが安定するまでご指導をお願いできないでしょうか? もちろんお礼は支払わせていただきます」
「いいよ」
「お、お待ちくだされ武仙様! その物は天魔神教の魔功を……」
「知ってる。使える。教えられる。平気」
「……左様でございますか」
ふ。やはり餅は餅屋だぜ。……ただまあ、これだとちょっと不義理だ。思惑はどうあれ天魔神教側から技術の提供があったのは間違いない。その分の帳尻は合わせなければ。……いや、ここは全体のバランスも取るか。
「シェンシア先生、あと三名ほど同じだけの指導を受けさせていただいても大丈夫でしょうか? もちろんそちらも私の方でお支払いさせていただきます」
「ん? 人による」
「崋山派、閻王殿、天魔神教から一名ずつを考えているのですが」
「なんと!?」
ハオジエさんの大声に、皆が振り向く。特に武侠の方々が熱視線を放っている。
「全員一辺はたいへん。一人ずつで」
「はい。それでは半戸代表の後に天魔神教、閻王殿、最後に崋山派で」
「わかった」
「と、言うお話になったのですけど。あ、ご迷惑でしたら辞退してくださっても全然……」
「「「受ける!」」」
ハオジエさん、リエンウー、モーリーさん。声を揃えて迫ってきた。怖い怖い。それを察したのか、まずモーリーさんが一歩下がってくれた。
「望外のボーナスに、恥ずかしながら声が上がってしまいました。ちなみにこの順番は……」
「魔功を提供してくださった天魔神教、蛮王狩りに頑張ってくれた閻王殿、やらかしの帳消しとして崋山派です」
「ぬ、う……承知した。いや、これでお許しいただけるだけでもありがたい。改めて、謝罪とお礼を申し上げる」
リエンウー……さん、最初とはだいぶ変わったな。無礼な感じもすっかり消えた。であるならば、もう長く引っ張るのはよくないな。今後の取引に差し支えるし。
「はい。確かに謝罪していただきました。今後ともよろしくお願いします」
「おお。春夫大侠は器の大きいお方だ。はて、どこぞの長老はそんな方に暴言を吐いたような」
「グギギギ……邪派め。今に見ておれよ」
それはそれとして、派閥間の確執はこれからも大変そうである。
「半戸代表、そういうわけでしばらくリハビリ頑張ってください」
「わりいな……あ、いかん。そもそも礼言ってねえや」
半戸代表はそう言って居住まいを正し、しっかり腰を曲げて頭を下げてきた。
「ありがとう、入川社長。おかげで助かった。それからうちの社員の面倒を見てくれているそうで、その点も合わせて礼を言わせて貰う」
「はい、たしかに。ではこちらからも。ありがとうございました、半戸代表。半年前にあの竜、グラニート相手に時間を稼いでいただいたおかげで俺たちは今生きています」
あの粘りがなければ、一樹さんが間に合わなかった。なので間違いなく、我が社は彼に借りがあるのだ。今回のこれで返したという形にしたいが。
「なあに、あの時はお互い様だろうよ。うちの社員もいたことだしな。どっちかっていうと、俺の方が借りがでかいわけよ」
「いや、それは……」
「まあ聞け入川。俺はこの借りをきっちり返したいと思っている。幸い、この街はチャンスが山ほどある。地球で手に入らない資源の宝庫。マジックアイテムに魔法。どれも高値で捌ける。しかもそのためのマーケットまでアクセス可能ときたもんだ。どん底まで落ちた俺だが、まさかの大チャンスが到来している訳よ!」
「はあ……」
「そこで、だ。リハビリが終わったら、俺はここで新しくダンジョンカンパニーを立ち上げようと思ってる訳よ」
また、とんでもないことを言い出したぞこの人。実に彼らしい、とも感じるが。で、彼のこの発言に驚く者二人ありけり。
「えー! 地球に帰るんじゃないっすか、代表!」
「そうですよ! 皆帰りを待ってるんですよ!」
ここまで彼を探しに来た、憲治と広美の二人である。
「おう。待っててくれるのは嬉しいけどよ、当分帰れん。どうせ地球に戻っても、お上に捕まるだけだ。なんだっけ? 犯罪者ハンター集めてダンジョンに放り込むみたいな部隊をこっそり作ってるって話じゃねえか。そこに放り込まれるのがオチよ。それじゃあ俺のやりたいことができねえ」
ああ、アントニー達が所属してるという話のあの部隊のことか。よく知ってるな半戸代表。そして納得できない憲治はさらに問う。
「そりゃあそうかもしれませんけど……代表は、何がしたいんすか?」
「……金を稼ぐんだよ。慰謝料をな」
それまでは悪童のように笑っていた彼が、このときばかりは表情を引き締めた。
「クソドラゴンにやられたとはいえ、俺の行動で関係ない人間に犠牲者が出た。頭を下げるのが筋だが、筋通せば良いってもんじゃない。人が死んだ。生活が壊れた。立て直すには時間も必要だが、なにより金がいる。だからそいつを稼がにゃならん。数十人分の慰謝料だ。何億あっても足りねえ。日本でそんだけ稼ぐのはハードルがでかすぎる。だからこっちってわけよ」
「代表……じゃあ、俺も」
「バカ言ってんじゃねえよ憲治。責任者は責任取るために居るんだよ。……ま、他にも仕事はあるけどそれはいいとしてだ。俺はこっちで仕事する。お前らは入川ん所で世話になってろ。ヤバくなったら呼ぶからよ」
「ヤバくなる前に呼んでくださいよ!」
「何言ってんだ広美。切り札はな、ギリギリまで伏せておくのが効果的なんだ。異世界から援軍が来るなんて、こっちの蛮王は知りようが無いからな。こいつは刺さるぜぇ」
ぐははは、と悪党のように笑う。体調はともかく、メンタリティは絶好調のようだ。そんなことを思っていたら、こっちに振り向いてきた。
「っつーわけでよ入川。金が無ぇ。倍にして返すから貸してくれ」
「分かりました。こっちのお金に変換するために、ちょっと手間がかかると思うので少々お時間いただきます」
オステアさんに色々頼むことになるだろうなあ。マリアンヌさんに仲介して貰わないと。そう算段をつけていたら、半戸代表が苦笑していた。
「お前な、もうちょっとこう……考えるだろ普通。百万二百万なんて軽い数字じゃねえんだぞ?」
「その数字が軽いってのもすごい話ですが。まあ会社を通さずに稼ぐのも難しくはないので、それこそ億単位でもどうにか。フジくーん、あの鎧またちょっと貸してください」
「いいですよー」
はい、これで俺個人でハウルボアを狩れるようになりました、と。これを崑崙マーケットに持ち込むだけで裏金作りたい放題である。脱税! ……表に出せないからなあ、この話。
「貸し倒れも怖くねえってか? くっそ、やっぱグラニートの前にお前に会えてりゃよかったぜ。そうすりゃ俺とお前で日本取って、世界に乗り出せてた」
「あら、我が竜宮グループをお忘れで?」
「何言ってんだ。入川と付き合うんだろ? ワンセットだ。かーっ、放っておくだけで西日本ゲットしやがった。よーし、やっぱ諦めねえぞ俺。全部片付けて、再度のし上がって、返り咲いてやるぜ!」
「それでこそ代表だぜ!」
うーん、この野心の大きさよ。何が凄いかってこの人ならやりかねないって思えるところかな。まあ、楽しませて貰おう。特等席に座れるなら、資金援助も苦にならない。
「藤ヶ谷一樹。貴様、本座と共に我らが神教へ来い」
……こっちの話が一段落したとおもったら、核爆発みたいな発言が聞こえてきたぞ? ハオジエさんが言ってたが、ここで動くのか。
「この地下世界で覇を唱えるなら、戦力が必要であろう? 教徒は精鋭が揃っている。闇に巣くう怪物共にも引けを取らん。我が手を取るがいい、呪われた覇王よ」
相も変わらず威風堂々とリーミンさんが言ってのける。たしかに、これから先のことを考えれば、優秀なプラーナ使いの戦闘集団なんていくらいてもいい。
「あー、戦力はほしいけど今のところ就職先を変える気はないなー。なので移籍はキャンセルで」
「貴様、妻と子がいるらしいな?」
地雷ーーー! 核地雷ーーー! なんで踏みに行ったの! ハオジエさん!? 貴方伝えなかったの!? あ、びっくりしている。あっちも予想外の展開か。でもヤバイって!
「家族が安心して暮らせる場所がほしくないか?」
が、一樹さんがキレる前にリーミンさんが新しい一言を放り込む。……話が変わってきたな?
「我らが本拠地、十万大山は鉄壁である。何人も貴様の家族に危害を与えることなど不可能。さらには、武功、魔功、霊薬があふれている。貴様の子に、最高の教育を与えることも可能なのだぞ?」
「んんんんんーーー!?」
あーーー、一樹さん、悩んでる! 身体が傾くほど悩んでる! 上手い! 完璧な説得だ! 地雷を踏みに行ったときはどうなるかと思ったが、まさかの展開! これが天魔神教の小教主なのかー! って、実況中継っぽく言っている場合じゃない。
ここは、俺も乗り出すべきか。そうだよな、ここまで色々して貰っているのだから、待遇の向上をこちらからも出すべきだ。
「ちょっと待ったー!」
「ここで入川社長のちょっと待ったコール!」
ノリノリで叫ぶ歩。そして周囲にはいつの間にか人だかり。ねえ、なんでもう酒飲み始めているの? あ、玄覧じいさんがガバガバ飲んでる。それじゃあしょうがないかー。
「来たか、春夫。それで、貴様はいかにしてこの男をつなぎ止めるつもりだ。我らが神教に比肩しうるものを出せるのか?」
「ここまで働いてくれている社員に報いなければ、社長失格というものでしょう。とりあえず……シンプルに一言。あっちは外国、こっちは地元ですよフジ君!」
「それはそう。日本から移動するのやだ。あと、嫁さんの実家が近いのは大きい」
「入川社長、一本先取!」
「異議あり! 今のはただ事実を陳列しただけであろう! 交渉になっていない!」
ハオジエさんが叫ぶ。そうね、何の間違いもない。それはそれとしてやっぱり海外に移住ってハードル高いよね。
「では改めて……我が社は福利厚生の一環として託児所の設置をします!」
おおー、と社員達から喜びの声が上がる。
「これから結婚する社員も増えるだろうし、そうなれば子供もできる。しかし地域的理由から、保育園幼稚園がちょっと難しい。ならば自社で用意すれば良い! 人も新しく雇う! お母さん達喜ぶ! 以上!」
「うーん、有効!」
「覇王一樹より有効いただきましたー!」
手を叩いて喜ぶ我が社員。なお、まだ会議とかしてないのであとで俺が大変になる模様。通るとは思うけどね。
「次、安全と教育。マリアンヌさん、お願いします!」
「はーい、なんでしょう?」
「空間転移魔法による、安全圏へ即座に移動! 危険地帯からの素早い脱出! 我が社というか純金老師唯一のサービス! これは絶対余所では出せないカードだ!」
これも事前の相談無しなので、あとで俺が土下座することになる。……土下座だけで済むかな!? ものすごいサービスさせられそうな予感がする! コワイ!
「ずるいだろう春夫大侠! 純金老師は流石に鬼札過ぎる!」
「黙っていろハオジエ。確かに、こればかりは我らが神教では提供できぬな。それで、教育は?」
「とりあえず普通に学校教育。塾などで勉強をしたいならダニエラさん……我が社に務めているもと学校の先生に相談します。っていうかまだ赤ん坊なので、マナだプラーナだという話は早すぎると思うんですよね」
「本当にそう。できれば戦ってほしくない。ほしくないけど……身を守る知識と技術くらいは……どうしよう、本当にどうしよう」
お父さん、悩む。……俺も子供ができたらこうなるのかしら。なりそうだなあ。
「それで、戦力は? 他はまあ、思い入れや純金老師のお力がある故、仕方無しと認めよう。しかしこればかりは、神教を越えることはできまい」
リーミンさんが容赦なく告げる。うん、それは間違いない。俺たちはあくまで会社という組織で繋がっているだけだ。友人ではあるが、軍隊ではない。命を賭して戦う兵士ではない。そもそも戦力の提供すら確約できない。
であればもう、俺自身が出るしか無いじゃないか。
「では約束を。一つ、入川春夫は自ら裏切らない。一つ、藤ヶ谷一樹およびその家族が危険または困窮したときにはこれをできるかぎり助ける。一つ、覇王としての活動を生活に支障をきたさない範囲で助力する、でどうでしょう? これをマリアンヌさん力で契約とするというのは」
「社長ー、三番目がかなり玉虫色でーす」
「そうは言うがな、リュー。こっち側ばかりに関わっているわけにはいかんだろう? 会社の運営や、ダンジョンの仕事がある。お金を稼がないと皆や家族が生活できない。もちろんいざというときはそれなりに無理もするが、きっちり約束できるのはこれぐらいだ」
マリアンヌさんの契約は破れば死ぬ。命がけの約束だ。正直これ以上は出せない。ギリギリのラインを出したつもりだが……一樹さんは微笑んでいた。
「うん、実に社長らしい。それで、小教主殿はこれと同じ物を出せるのかな? 特に約束の一番目。純金老師の契約だから、破れば死ぬけど?」
「舐めるな。本座がその程度で臆すると……」
「なりませぬ小教主様。天魔となられる方が、易々と外部の者と命を賭けた約束をするなどあってはなりませぬ」
ここでハオジエさんが待ったをかける。やっぱり教育係的な立場でもあったのか。
「藤ヶ谷が神教に入れば問題ないではないか」
「それでもなりませぬ。天魔は唯一無二、絶対の存在。並び立つ物があってはなりませぬ」
「っち、融通の利かぬ……。ふん、春夫よ。今回はこちらが引こう。次はより大きな品を持って口説き落として見せよう」
「うぐぐぐ、どうぞお手柔らかに」
怖い。とはいえ、強力なプラーナ使い達を傭兵として雇えそうなラインができたのは大きい。我が社では持て余すが、一樹さんならなんとかするだろう。
「ん? 話は終わったかの? じゃあそろそろ乾杯じゃな」
「もう飲んでいらっしゃるじゃないですか玄覧様」
「ばーかもん! こういうのは区切りが大事なんじゃ! その方が酒が美味い。酒が美味くなることをしない方が悪い! というわけでほれ、カズキ。貴様の出番じゃぞ」
「いや、ここは社長で。社長、お願いします」
「まってフジくん。玄覧様の仰る通りここの主は貴方でしょう?」
「じゃあ、覇王命令」
「くそう、逆らえない!」
こんな時ばっかり立場を使ってもう! ええい、頑張るか。
「えー……すでに宴会が始まっておりますが改めまして。今回は皆様お疲れ様でした。おかげで純金老師ことマリアンヌさんの計画は無事成功……成功でいいですか? あ、いいんですね? はい。成功となりました。大怪我した人もなく……俺? 俺は回復したからいいんだよ……おほん、ともかく無事に慰労会を迎えることができました。今回様々な皆様とご縁がありました。これを機会に、色々なお仕事をしていけると嬉しくお思います……サッチー! オステアさんにケンカ売らない! 誰か止めろ! ……失礼しました。えー、今回はお疲れさまでした! 乾杯!」
乾杯、の合唱が響き渡る。ビールのようでそうでない、異世界の発泡酒を喉に流し込む。格別に美味しかった。
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どの国の地図にも乗らぬ、秘密の場所。マリアンヌの領地。そこにそびえ立つ、塔のごとき魔方陣。その直下にある、儀式場。そこに四人の人影があった。大魔導士、純金のマリアンヌ。
唯一の男である彼は、一抱えもある巨大な牙を持っていた。見るだけで、思考が鈍化しそうになる呪物。時間竜クロック・ブラックから抜け落ちた牙である。蛇王宮殿の宝物庫に保管されていたものだ。王座の間に飾られている骨格から引っこ抜いたものではない。
「それじゃあ、そのテーブルの上においてもらえますか?」
「はいはい、こちらですねっと」
覇王が荷物持ちをさせられている理由はシンプルである。彼しかできないのだ。魔法で運搬するだけでも、時間鈍化の影響を受ける。触れた日には、それから離れるまで身体時間が鈍化してしまう。これに抵抗できるのは今の所この世にただ一人、藤ヶ谷一樹のみである。
「これにて納品、でいいですかね?」
「ええ。屋敷に戻りましたら、代金をお支払いしますね」
マリアンヌは、クロック・ブラックの牙を彼から買い上げた。両者ともに、良い取引だった。マリアンヌは時間にまつわる神秘を手に入れることができる。藤ヶ谷は、マリアンヌ特製の様々な霊薬を手に入れることができる。
互いに貴重品を手に入れ、当人には損がない。この手の取引では珍しいことだった。
「それじゃあ、最低限の作業だけ進めさせて貰います。少々お待ちくださいね」
「ええ、勉強させていただきます」
たちまち、牙を中心に複雑な魔方陣が展開する。牙のもつ時間鈍化の影響も考慮された、特別な代物だった。それがゆっくりと、浮かんでいく。上部にある塔の一部となるのだろう。
「今更なのだけど。貴女たちがあの街に居たのには驚いたわ、オステア、シェンシア」
その作業をしながら、弟子へと声を掛ける。並の魔法使いでは理解もできぬ、高度な術を行使しながらである。
「師はこちらにかかりきり。私は仕事にかかりきり。最近はあまり連絡も取り合えていませんでしたからね」
「面倒」
「シェンシア、本音を言いすぎよ。……意外といえば、藤ヶ谷さんへの教導もそうね。彼の腕からすると貴女しかいないとは思っていたのだけど、繋がりがさっぱり見えなくて。無理筋だと結論づけたけど……予想できない繋がりだったわ」
「時間を越えて会いに来たとか、我々の世界でもありませんからねえ」
一年ほど前の記憶をマリアンヌは思い返す。当初彼女は、一樹を
自分もまだまだだ、と反省し、気持ちを切り替える。そして次の話題に移った。
「そういえばオステア。貴女、小百合さんへの態度どうにかならなかったの?」
オステアは両手を上に上げて見せた。
「私としてはアレで正解です。小百合や他の子供達は、しっかり私を敵と見なしたでしょう。これで技術の研鑽に熱を入れてくれれば良し。最低でも、外部に私と不仲と伝わればなおよし。モーリスは……あれで賢い男だから難しい。私の意図を酌んでくれるか、あえて逆を張るか。まあ、ノイズにはなってくれるかな?」
「愛の形が不器用過ぎるわ。それじゃあ伝わらない」
「愛していれば何をやっていいって訳でもないでしょう。それこそ春夫君の行ってたとおりです。……間違っても、私と仲が良いなんて話にはなって貰っちゃ困る。悪い魔法使いの怨恨に巻き込むわけにはいかないのです。組織の権力争いにも」
「だったらそれこそ、あの時真実をばらす必要がありましたか?」
「真実はいつか白日の下にさらされるものです。下手に嘘を重ねる方が疑われる。それこそ、私が小百合を守っているなどと見られては危険が増えますからね」
ここまで話してから、彼女は一樹に視線を向けた。彼は黙って頷くだけだった。友人の意図を踏みにじるつもりは無かった。
「あまのじゃく」
「慈愛に満ちた悪の魔法使いがいてたまりますかーっての。まあ、私が関わった子らはなんだかんだ元気だから。できの悪い子らも、こっちで回収できたのはよかったですよ。まあ結果的に私兵が増えたのは棚からぼた餅でしたが」
「自分の子のために、世界中の不良ハンターをかき集めるとか、本当に愛が不器用」
「はっはっは。悪い魔法使いですから!」
そこまで笑って、唐突にオステアは真顔になった。
「愛で思い出しました。師匠、一応聞いておきますが春夫君のことは、本気じゃないですよね?」
「もちろん本気よ?」
笑顔を浮かべるマリアンヌに、弟子の表情は険しくなる。
「冗談はよしてください。いつも通りの遊びと仰ってください。弟子をからかうための嘘であると」
「オステア、何言ってる?」
尋ねられ、オステアは口をへの字にした。
「……そうですか、シェンシアは知りませんでしたか。……師匠?」
「いいですよ。たいしたことじゃありませんし」
「
その一言を聞いて、武仙は目を見開きマリアンヌを見た。その超常的な知覚能力で長年師と慕う相手を見極める。そして理解する。精霊の加護が失われていると。
「……ない」
「ああ、なんてこと! 師よ、どうしてですか! 今までずっと、自重なされてきたではないですか! 本気で愛したりしないようにと!」
「しょうがないじゃない。どうしようもなく愛しい人に出会ってしまったのだから」
慈母のように微笑むマリアンヌ。そして牙を中心とした魔方陣は、塔へとたどり着こうとしていた。
「なんたることだ。偉大なる魔女の道行きが、こんなことで途絶えるなんて」
「あら、オステア。貴女は自分の師を軽く見ているのではなくて?」
「我が敬愛を、お疑いになりますか!?」
「ふふふ、ごめんなさいね。そう言うことではないの。ほら、上をご覧なさいな。完成よ」
魔方陣が停止する。するとそこからさらに様々な文字が加えられていく。あれよあれよという間にそれは広く広く広がり、塔の底部にふさわしい大きさとなった。オステアは知識から、シェンシアは直感で魔方陣の性質を看破した。
「輪廻、転生」
「ああ、なんたる、なんたる……! 師よ、完成されたのですか!
「そういうこと。実はクロックブラックの存在を知ってからずっと、魔法の要にしようとくみ続けていたのよ。今回やーっと、完成したというわけ。どう? 貴女たちの師匠は考えなしかしら?」
「神算鬼謀! 恐るべき英知! 大魔導士の名をさらに高める大偉業にございます、我が師よ!」
「お見事。天帝も仏も、師の御業に仰天必至」
「ふっふっふ。いえーい。これで来世も春夫さんと一緒というわけ。ふふふ、幼なじみ、同級生。憧れのお姉さんも良いわねー」
ダブルピースサインをしてみせるマリアンヌ。その周囲で踊るオステアとシェンシア。そんな女達から一歩離れた所で一樹は大きくため息を吐いた。
『これで社長は、死んでも魔女から逃れられないってわけか。魔女、断神、そして竜の娘。厄介な女ばかり引きつけている。女運を犠牲にして生存をつかみ取っているかのようだ。済まん社長、引き続き生け贄になってくれ。フォローは頑張るから』
自らも厄介な存在であるという自覚がない一樹は、静かにそう祈るのだった。
七章 了