【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第23話 夏を待つ

 剣を大盾に変え、全力で踏ん張る。

 

「「シールドッ!」」

 

 そこに、二人が揃って魔法の盾を作り出す。三枚重ね。そして兄妹は俺の後ろに逃げ込む。俺たちを壊滅しかねない、アームショット。ボスのそれならば、威力はさらに高いだろうとあらかじめ考えていた。

 その対策がこれ。避けるのは無理。できうる限りの防御態勢をとるしかない。

 

「伏せろっ」

 

 手下が放つそれの五倍ほどのアームショット。一直線に飛んできたそれが、一枚目の盾に着弾。衝撃。回転する世界。痛み、痛み、痛み。転がっている。ぶつかる。呼吸ができない。目が回っている。全身がしびれている。

 

「……ッ!」

 

 誰かが叫んでいる。たぶん勝則だ。だが聞こえない。ひどい耳鳴りがする。全身が痛い。吹き飛ばされた。あれだけ防御したのにこの有様。まともに食らってたら消し飛んでいたかも。

 などと、無駄な事を考えている暇はない。

 

「アタック! アタックだ!」

 

 正直、自分の声すら怪しいがそう叫んでおく。削らないとだめだ。あいつを万全の状態にしていたら今度こそお終いだ。

 立たなくてはいけない。視界がぼやけている。平衡感覚が変になってる。でも、寝転がっている暇なんてない。全身の感覚がおかしい。チャンスだ。痛みが戻ってくる前に立ってしまえ。

 クォータースタッフを握る。吹き飛んだはずだが、望んだら手の中に現れた。流石は魔法、ありがたい。

 

「ふぅぅぅっ!」

 

 声を絞り出して、スタッフを支えに立ち上がる。足はガクガクしているし、吐き気もこみ上げてきた。コンディション悪し。戦闘続行。

 

「吹き飛べぇぇぇ!」

 

 戦場では、小百合が両手から雷を放っていた。今まで見た中では最大の輝きだ。兄妹曰く、器用さは勝則。出力は小百合の方が上なのだとか。なので、メイン火力は彼女ということで決定していた。

 ミスト係にしていたのも、状況対応力が兄の方が上だったから。小百合が不器用だったからではない。そうであったなら、ミスト係すら任せられなかっただろう。

 そんな彼女の全力の稲妻が、スペクターボスに突き刺さっている。一体どんな作用なのか、体表が光っている。ボクサーのように両腕を前に出して防戦一方といった様子。

 勝則はといえば、こちらも風を放っている。行動阻害して、回避させないようにしたのか。流石のコンビネーション。

 だけど、足りていない。体積が減っているように見えない。防がれている。

 

「攻撃中止! 動きを止めろ!」

「先輩、だめです! 下がって!」

「下がったら負ける! 剣を当てるしかない! 行動!」

「無茶ぶりばかり! あとで愚痴りますからね!」

「なんぼでも聞くわい!」

 

 痛みが戻ってきた。腕、脚、胸と満遍なく苦痛を訴えてくる。幸いなことに頭は打たなかったようだ。気持ちの悪さは衝撃と回転のせいか。胃からこみ上げてくるものを飲み込んで、前へ。クォータースタッフを支えに、前へ。

 

「バインドッ!」

 

 小百合の魔法が放たれる。光の環が、ボスの身体を縛り上げる……が、抵抗されている。腕を振り回し、輪を千切ろうと暴れる。近づくのは、自殺行為だろう。

 だが、俺に躊躇いはなかった。クォータースタッフを、ボスに向けて突き出す。腕に衝撃が走る。跳ね上げられる。情けなくも、仰向けにひっくり返ってしまった。

 二人が俺を呼ぶ声がする。だから立ち上がる。見る。明らかに、左腕の密度が薄くなっている。あそこに当たったのだろう。パワーアップ状態でも効果あり。

 だけどもっと威力が必要だ。スタッフじゃだめだ。剣で行こう……と思ったが大盾に変える。ナックルショットが、俺をかすめた。二人の妨害のおかげで、直撃を避けられた。

 だが、ボウリングの球のような大きさのそれが勢いよく飛んできたのだ。盾に伝わった衝撃が腕に響く。脳髄を引っ叩かれるような痛み。意識が飛びそうになる。意識を保てるのは他にも痛みがあるから。

 人間、複数の痛みは一度に処理できないなんて話をどこかで聞いた。このズタボロ状態でもなんとかなっているのは、許容量をオーバーしているせいか? 今はたぶん興奮状態だから動けているが、限界超えたら動けなくなるだろう。そしてそれはもう目の前に迫っている。

 片手半剣を両手で握る。手の感覚も曖昧だ。事ここに至っては、防御を考慮している余裕はない。真っすぐ、倒れるように走りこむ。

 

「おおおおおおおおおおおっ!」

 

 それに、ボスが反応しないはずがない。拘束から腕一本抜き出して、それを鞭に変えて攻撃を仕掛けてくる。避けられない。

 

「やらせるかっ!」

 

 勝則のインターセプト。光の盾が現れて、すんでの所で防がれる。そして、剣が届く。

 

「おぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 突き刺す。ひねる。刃がするりと抜けていく。腰から下を、切り離す。たちまち、拡散していく下半身。集まる様子は見られない。

 俺は勢い余ってボスの背後に倒れこむ。立たなければ、と思うが限界だ。身体に力が入らない。

 不味いと思って見上げれば案の定、下半身を失っているにもかかわらずボスは健在。倒れる様子もなく立っている。そして、こちらに振り向いた。

 そこに、風が吹いた。雷鳴が轟いた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 兄と妹の両腕より、最大規模の魔法が放たれる。混ざり合う風と雷。大嵐がそこにあった。風で混ぜられ雷で打たれ、さしものボスも無事ではいられない。なんとか状況を立て直そうと腕を伸ばしているが、上手くいかない。体積を失いすぎた。

 

「吹き荒べ乱風!」

「煌めけ轟雷!」

「「大嵐(グレーター・ストーム)!!」」

 

 二人の声が重なると、風と雷はいよいよもってその勢いと威力を増した。渦巻く風は球となり、スペクターを閉じ込める檻となった。

 その中で縦横無尽に稲妻が走る。外に出ずに、内部で荒れ狂う稲光。四方八方から滅多打ち。削れていく。薄れていく。その様は……。

 

「洗濯機の中に放り込んだ洗剤の塊みたいだな。みるみる溶けてく」

「先輩! 緊張感!」

「ごめんなさい」

 

 珍しく勝則が叱ってきた。とはいえ、そんな気分にもなる。ほどなくボスはその姿を保てなくなった。嵐が消えると、地面に落ちたのはボスの胸にあった丸い球のみ。

 あの恐ろしい影の姿は、何処にもなかった。

 

「勝った……のか?」

 

 全力を尽くして腕を動かし、クォータースタッフで球をつついてみる。何の反応もない。つまり、そういうことのようだ。

 兄妹が揃って膝をつく。こちらも限界のようだ。

 

「お疲れさん……あんな呪文の話、聞いてなかったんだが?」

 

 肩で息をしている二人にそう声をかける。疲労困憊のようで、汗がしたたり落ちている。

 

「……何とかまとめるために、色々叫びましたが」

「おう」

「ぶっちゃけ、精神力を全部あの一発に注ぎ込んだだけなんですー」

「左様か」

 

 勝則が呻き、小百合がかすれた声を絞り出す。二人とも限界のようだ。

 

「二人とも、よくやった。ゆっくり休め、と言いたいが移動するぞ」

「そんなー」

「いいから聞けサッチー。いつケイブチキンが戻ってくるかわからん。今襲われたらそれこそ全滅だ。帰るまでがダンジョンアタックだぞ」

「先輩こそ、御身体が限界でしょうに」

「まだ、ギリ動く。ここで休んだら本気で動かなくなる。そんな崖っぷちだ。だからいくぞ。立てかっつん」

 

 最後の力を振り絞り、立ち上がる。足が震えるひざが笑う。二人を引き起こし、肩を貸す。貸される。三人四脚のような有様。

 

「それ、拾ってくのか」

「ええ。いいものですので」

 

 勝則が、ボスのコアを拾った。なにがどういいのか。今は聞く気が起きない。大事なのは帰る事だけ。

 

「ボロボロで、かっこ悪いですね……」

 

 弱々しくつぶやく小百合。これはいけない。

 

「ここには俺たちしかいない。誰も見てない。気にしない。……いや、ちがうな。俺たちは格好いいんだ」

「ほう。先輩、その心は?」

 

 カラ元気で笑みを浮かべる勝則。俺はおぼつかぬ足取りで進みながら無理やり笑う。

 

「ここには俺たちしかいない。この三人が世界のすべてだ。つまり三人がかっこいいと言い張ればそれが真実なのだ」

「ぼうろーん」

 

 あはは、と笑う小百合。笑えたならばよし。

 

「俺はこのダンジョンの管理者で、未来の社長だぞー。社長がかっこいいと決めたらそれで決定なのだ」

「これはいけません。会議を開いて横暴に抵抗せねば。小百合、いいな?」

「はーい。無茶言う社長には抗議しまーす。あ、さっきの無茶についても抗議しまーす」

「しまった、藪蛇だった」

 

 ふらふらと歩きながら、地上に向かう。笑いながら。俺たちは、勝ったのだ。

 

/*/

 

「いっせんまんーーー!?」

 

 スペクターボス討伐後、何とか地上まで帰った俺たち。疲労困憊の極みであり、何かをする元気などありはしなかった。怪我の手当てをして、身体を清める事だけはなんとかこなした。そこで限界だった。

 気を失うように眠り、起きたのが午前十時。すきっ腹に雑炊と先日の残り物を詰め込み人心地。改めて風呂やら雑務やらをこなしたらあっという間に昼。

 小百合お手製のナポリタンをいただき、食後の茶を楽しみ。ふと、茶の間に転がっていた水晶球もどきに目が行った。そして聞いたのだ。これって売れるの? と。

 

「はい。おそらくはその位の値段になるかと」

 

 恐ろしい事を、いつもの爽やかさで言ってのける勝則。

 

「スペクターは、ダンジョンで発生するイレギュラー。その出現頻度は日本全国でも半年に一回か二回程度です」

「それに的中するとかどんだけ運がないんだ俺」

「まあ、運の話はさておき。そんな状況ですので、スペクターのコアというのは大変レアな品になっています。しかも、戦闘によっては破損してしまうので常に手に入るというわけでもない」

「まあ、あの戦闘力だからな……さもありなん」

 

 腕を組んで頷く。身体を動かしても痛みはあまりない。全身打撲な先日の怪我だが、例によって一晩寝たらだいぶ良くなった。骨折とか切り傷でもない限りは、この速度で治るようだ。やっぱりちょっと不気味である。

 

「で、何故このコアがここまで高額なのかといえば呪文の増強効果があるからです」

「マジか。ってことはお前らが使えば……」

「弱い呪文で効率よく戦う。強い呪文で強敵を撃つ。いろいろできるでしょうね」

「おおー」

 

 何とも夢が膨らむ話である。そうなると、安易に売るという選択肢は選べないな。今回のような事もあるかもしれないし、切り札として運用も考えられる。

 

「ですが、売るにしても使うにしてもしばらくは控えなくてはいけません」

「なんで?」

「以前にもお話しましたが、スペクター退治は大仕事なのです。ベテランのハンターが十人以上で当たるような。それを、たった三人でやってのけたと世間に知られたら、どうなると思われます?」

「あ」

 

 言われて確かに、と思う。東京では、ハンターの引き抜きが日常茶飯事であると聞かされた。当然、優秀な魔法使いであるところの兄妹はその対象と見られるだろう。ここで会社をやりたいという二人の思惑を、大企業は汲んでくれるだろうか? 正直、期待できないと思う。

 

「スカウトの人が雪崩のように来る、か?」

「固辞すれば、嫌がらせもありえるでしょうね。それ以上すらも。それがこの業界です」

「さいあくだ」

 

 うんざりだと呻く。そんな連中に目を付けられたら、起業して安定した生活などできるはずもない。

 

「じゃあ、これは使えないってことか」

「少なくとも、今は。ですが実力をつけ、人を増やし、東京のダンジョンカンパニーに侮られぬ立場となれば」

「……容易に手出しはできなくなると」

 

 つまり暴力。暴力は全てを解決する……というのはまあ冗談。暴力は状況を変化させるだけである。良くなるか悪くなるかは、それ以外の要素にかかっている。

 実力、資本力、社会貢献力、モラル……企業に求められるものは多い。それらを備えていかねば、社会の荒波に飲まれて消えるだけである。

 

「がんばらんとな」

「はい。今回の一件は一筋縄ではいかない厄介なものでしたが、乗り越えた結果得られたものは大きいです。自分たちは実力を大きく上げましたし、経験を積みました。新人がどのような者たちであったとしても、簡単には追い越されないでしょう。もちろん、これからも訓練は必要ですが」

 

 そういえば。マリアンヌ女史から借りた魔法の剣。未だに俺の手元にある。呼び出そうと思えばいつでも現れる。これ、早めに返さないとな。報告もかねて。

 そんなことを思っていると、家の電話が着信を告げる。出ようと思ったら、小百合が取ってくれた。

 

「はい、入川でございます……はい、はい、在宅しております。少々お待ちください。……先輩、警察からです」

「警察ぅ?」

 

 なんだよ、もう新しいイベントかよ。休ませてほしいんだがなあ。そんなことを考えながら受話器を受け取る。

 

「変わりました、入川です。……はい、そうです。……ええ、はい……そうですか、わかりました。それで今後は……はい……そうですか、伺います。はい、では」

「先輩、何のお話だったんです?」

 

 心配そうに尋ねてくる小百合に、肩をすくめて見せる。

 

「流のヤツが警察から解放された。お袋さんと一緒にな」

「弁護士さんのおかげですね」

 

 黄田(こうだ)一家の刑罰は、それほど重いものにはならないという話を弁護士先生から聞いている。やはり自首したのと、反省の色が見えるというのが大きいのだそうな。後は、被害者こと俺との示談も。いわゆる、情状酌量の余地があるというやつだ。

 親父さんの裁判はまだ始まっていない。だがこの流れならば、執行猶予付きの判決が望めそうとも聞いた。

 

「ちょっと呼び出されたから行ってくるわ」

「まだ本調子ではないのですから、自分が代わりに運転を」

「ああ、大丈夫。歩いたり運転程度なら、もう問題はない」

 

 軋む身体を動かして、出かける準備をする。さて、これから忙しくなる。今日はウチで休んでもらい、明日にでも二人を新居に案内しなくてはいけない。

 実はすでに話はつけてある。近所に古いアパートがあるので、そちらに住んでもらう予定だ。ダンジョンのせいで住人がいなくなってしまい、空き部屋だらけと聞いている。

 そこを経営する老夫婦も本当は他所に行きたいらしいのだが、当てがないと世知辛い話を聞いている。まあ、俺たちが管理する限りダンジョンブレイクは起きない。土地の信頼が戻れば、新しい住人も現れるだろう。

 引っ越す二人にとっては、気まずいかもしれないが……そこは努力してもらおう。嫌なら、金を貯めて新しい所に引っ越せばいいわけだし。

 ともあれ、これから本格的に人を雇うことになる。いろいろ面倒事が起きそうだが、新人教育マニュアルを作るためのテストと割り切ろう。

 それが終わったらいよいよ起業、そして新人募集だ。

 

「忙しくなりそうだなあ」

 

 靴を履き、外へ。伸びをしてから、車に乗り込む。この家に入居した頃、まだ寒さが残っていた。今は春を終える季節。そろそろ梅雨が目の前だ。

 すっかり乗り慣れた軽トラのエンジンをかけ、目的地に向け出発した。

 

第一章 了




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