【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
第24話 チャラ男の初仕事
歯の根が合わない、という慣用句をご存じだろうか。寒かったり、あるいは恐ろしかったりして身体の震えが止まらない様をそう表現する。実際、その震えで上下の歯が打ち合って音が鳴ったりもする。
現在の、
「ひぃぃぃぃ……怖えぇぇ……」
全身から脂汗。強化プラスチック製の盾を握りしめ、しきりに周囲を気にしている。ここはダンジョン第二階層。一般人にとっては危険地帯なので、その振る舞いは間違いではない。
だが、こうも緊張していてはあっという間に体力を使い果たす。疲れていてはまともに体が動かなくなる。結局余計に危険になってしまうわけだ。
それをほぐしていやる必要があるわけだが、言葉でどうにかなるなら苦労はない。ここはショックが必要だ。
「サッチー。あれ、ちょっとどうにかならないか?」
「んー、そうですねえ……」
外見美少女、実年齢は成人女性。
「……摩擦。空気の乾燥。ウール百パーセント。冬の悪魔!」
そのような胡乱な呪文を唱えると、流の背に両手で触れた。ばちり、と嫌な音が響く。
「ほぎゃぁ!?」
悲鳴を上げて飛び跳ねる。何が起きたかは、十分察することができた。
「なんか、いつもとはずいぶん違う感じの魔法だな」
「即興だったので。私たちが使う論理魔術というのは、しっかりと組み立てて使う物なのです。今回はイメージ優先でやってみました」
だからあんな、身近な単語ばかりだったのかと納得する。
「ちなみにあれ、自分は痛くないのか?」
「そこはしっかりガードしましたから」
「いきなりヒドイっすよ! なにするっすか!」
衝撃から復帰し、抗議のを叫ぶ流。
「しょーがないだろ。あのままだと、あっという間にニワトリに袋叩きにされてたぞ。なんだっけなー、昔の映画の。鳩かなんかに群がられるアレ。そんな感じの未来がまってたぞ」
「先輩、それたぶんカモメです」
「カモメだったかー」
「鳩でもカモメでもどーでもいいっす! もっと優しくしてほしいっす!」
「そこまでだ。騒いでいたおかげで、発見されたぞ」
冷静かつ冷淡な言葉が差し込まれる。真面目に周囲を警戒していた、
「コケーッ! コケーッ! コココッ!」
「おお、来た来た。団体さんだ」
ケイブチキンの群れが、ダンジョンの天井付近を飛んでいた。数はざっと見、十以上。平均より少々多めのようだ。
「それじゃあ各員、ご安全に!」
イケメン兄、美少女妹、そしてチャラ男。そんな個性豊かな面子をまとめるのは俺、平凡極まる
「ワイルドウィンドッ!」
勝則が、両手を群れに向かって突き出す。そこより生まれた風が、群れの飛行を阻害する。彼の魔法は、スペクター戦を乗り越えてから磨きがかかった。移動阻害の風一つとっても、それがわかる。
渦を巻く突風が、的確にニワトリ達を捕えている。自由に移動できず、逃げることもかなわない。
「コケーッ!?」
鳴き声が悲鳴に聞こえる。動物愛護団体からクレームが来そうな絵面だ。なお、ダンジョン発生当初はいろんな団体がダンジョン管理の妨害をしていた。今はいない。皆、管理妨害で捕まったからだ。
人の命を積極的に狙ってくる害獣、モンスターは駆除しなくてはいけない。これは生存競争なのだから。
「チェインスパークッ!」
兄のスキルが上達したのだから、妹もまた同じ。小百合の稲妻が、複数のケイブチキンに突き刺さる。痺れ、地面へ次々と落ちていくニワトリ達。こちらもまた、能力の向上を感じ取れる。まことに素晴らしい。あと、ちょっと怖い。
「先輩……俺、映画で見たことありますよ。ラスボスがあんな感じの攻撃してるの」
「馬鹿野郎、めったなことを言うな。お前も狙われるぞ」
「聞こえてますよー?」
「「ひえっ」」
にっこりとほほ笑む小百合。とってもおっかない。口は禍の元である。
「よ、よーし! 仕事するぞリュー! 手順は覚えているな?」
「う、うっす!」
周囲を確認。地面に落ちたケイブチキンは皆しびれたまま。元気な奴はいない。ヨシ! というわけでいつものごとくシールドを振り下ろす。狙いはニワトリの首。ギロチンアタックで仕留めていく。
コツは腕の力でやらない事。盾をしっかり両手で支え、膝の力を抜くように一気に体重をかけてぶち込む。
「ギョエッ」
短い断末魔。心の中で南無阿弥陀仏とつぶやく。お前らは美味しくいただくからな。成仏しろよ。
二匹、三匹と素早く止めを刺していく。稲妻による痺れはそう長くは続かない。復活されては面倒だ。確認のためにと流の方を見てみれば、最初の一匹の前で躊躇っていた。
「リュー! 時間をかけるな! 起き上がってくるぞ!」
「いや、でも……可哀そうで……」
根性なし、とは言えない。それが普通だ。暴力はいけない。弱いものには優しくしなさい。そういう教育を受け続けて育つのが日本人だ。躊躇って当然なのだ。
それを払しょくさせるには、命の危険を感じさせるのが一番。他ならぬ、俺自身がそうだった。が、今はちょっとよろしくない。ケイブチキンは危なすぎる。やるならビックアントがいい。
なので、今は別の方法をとる。
「忘れるなリュー! そいつは、一匹一万円だ!」
「いち、まん……」
ぐらあ、と分かりやすく流の倫理観が揺れるのがわかる。元々、自分の都合の良い方に流れやすい男である。欲望をつつけばチョロい。
「借金返済して、引っ越ししたいって言ってたろ!」
「そうだ、借金返済、引っ越し……」
よしよし、もう一息。
「そいつ仕留めたら、から揚げ食わせてやる! 美味いぞ!」
「から揚げッ!」
勢いよく、盾が振り下ろされた。やはり、最後は食欲だったか。どこまでも欲望に弱いやつである。問題あるが、今はこれでよい。
「せんぱーい。次、落としますよー」
「おう、やってくれ。リュー、おかわり来るぞ!」
「オッス!」
騒ぎながら、ケイブチキンを仕留めていく。最初とは大違いだ。まあ、経験がある。能力の向上もある。人手も増えた。それらの総合が、事故の可能性を減らしていく。
装備だって充実させた。全員、しっかり防具を付けている。よほどのことがない限り、大怪我する心配はない。仮に、五十羽ぐらいの大群に襲われたとしてもしっかり対処できるだろう。流石に撤退することにはなるだろうが。
勝則がコントロールし、小百合が落とす。俺と流が仕留める。分業がしっかり機能し、最初の群れは無事片付いた。……訂正、片付けは今からだ。
「さあ、ちゃっちゃと拾うぞ。しっかり死んでるのを確認しろよ?」
「うっす」
背負子を下ろし、ビニール袋を広げる。仕留めたケイブチキンを手早く詰め込んでいく。うっかり仕留め損ねたやつが暴れると大惨事となる。実は一度やらかしている。流には内緒だ。
「先輩、食えない所は捨てていくってのはナシっすか? 軽い方がいいじゃないっすか」
「ハンターとしてはそれでもいい。だが俺はダンジョン管理人だからな。それじゃいかんのだ」
「何でです?」
「捨てていく部位……こいつの場合は羽根とかかな? それをこけ玉が食う。餌を沢山食うと、こけ玉は増える……らしい。正確に調べられた人はいないらしいが、そういう報告は多い。で、増えたこけ玉をエサにしてケイブチキンが増える」
「……金になっていいじゃないっすか」
「ハンターとしてはな。だがダンジョン管理人としてはアウトだ。俺が最も大事にしなきゃいけないのは、ダンジョンブレイクを起こさない事だ」
「あー」
管理されていないダンジョンの末路、モンスターの流出。それが引き起こす被害は甚大だ。建物は破壊される。人は襲われる。インフラもガタガタになる。
好き勝手に暴れ散らすモンスターを駆除するには、多くの労力を必要とする。民間のダンジョン管理人が数名集まった程度では到底追いつかない。警察や自衛隊の力が必要となる。場合によっては、政府お抱えの英雄部隊が出動する。
そうやって組織の力に頼っても、事態収拾は容易じゃない。モンスターが完全に駆除されるまで、一般人は現場に入れない。目を皿にして探し出し、何度も確認してやっと安全であると宣言できる。
復旧作業の開始までこれだけ手間暇かかるのだから、終わるのだって相応の時間がかかる。当然、被害地域の生活が元に戻るのもまた同じ。
それらは最終的に、被害総額の数字として表れる。人の人生を2,3回は軽く吹き飛ばすような数字。流石にすべてを背負わされるわけではないが、ダンジョン管理人の責任は重い。
流の父親は家族を伴って逃げたわけだが、善悪はさておいてその決断をしてしまったのもわからないではないのだ。被害者本人である俺としては未だ怒りもあるし許してもいないわけだが。
「基本的に、モンスターが増える速度より多く倒せばブレイクは起きない。そして、倒したモンスターをダンジョンの外に出せば、増える速度は低下できるという研究成果が出ているそうだ」
「はー。んじゃあ、本当にヤベー時は、手あたり次第こけ玉をぶち壊すだけでもブレイクを抑えられるって事っすか?」
「基本的にはそうだろうが、実際は厳しいだろうなあ。その時は他のモンスターもわんさかいるだろうし。最低限、ビッグアントくらいは潰さないと」
「うえー。無理っすよそれぇ」
「素人さんには厳しいなあ……うし、できたな」
背負子にケイブチキンを詰め込んだ袋を固定し終わった。これから、アリ共がいる一階部分を通り抜ける。激しい動きをしても大丈夫なように、固定具合を揺らして確かめる。問題なしだ。
背負う。ずっしりとした重さが肩に食い込む。
「ぐおお……重いっす……」
「膝を使え、膝を。腰を使うと、あっという間に悪くするぞ」
「ういっす……いちまんえーん」
悲鳴を上げながら流が続く。こいつを雇ったおかげで、今まで以上にケイブチキンを運べる。利益の向上、素晴らしい。……しっかり働いてくれれば、だが。
「そいじゃ、一階にもどるぞー」
「「はい」」
「うぃーっすぅ……」
兄妹は元気に、流は悲鳴気味に返事を返す。俺たちは階段へと足を運んだ。