【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第25話 黄田家、参入

 焦げ目のついたチーズから漂う、猛烈な良い香り。黄金のように輝くそれは、グラタンである。

 

「熱いので、気を付けてくださいねー」

 

 小百合が笑顔で食卓に並べていく。視覚と嗅覚、両方に食欲を刺激され流のテンションが爆上がりする。

 

「おおー! こ、これ、食っていいンすか!?」

「おう。火傷に気を付けろよ」

「ひゃっほう、先輩最高ー! いただきまーす!」

 

 流とその母親である陽子さんを警察から引き取ってきたその日の夕方。俺たちはそろって食卓を囲んでいた。……そこまでが、まあ一苦労だった。

 俺に迷惑をかけ、さらに世話になることにひたすら恐縮するお母さん。相変わらず能天気な流。静かにキレる勝則。これらをなだめて食卓に着かせるまで、どれだけ大変だったことか。

 そんな三者三様の空気を吹き飛ばしたのは、ダンジョン食材を使った小百合の料理だった。グラタンにはケイブチキンの卵が使用されている。ほかにもから揚げがあるし、生野菜のサラダも山盛りになっている。

 

「あの、本当に頂いてしまっても……?」

「ええ。元気が無くては働けませんからね。どうぞ遠慮なく」

 

 実際、流もお母さんも大分疲れが見える。最後にわかれた時と比べると、はっきりわかるほどやつれている。逃亡生活は、決して楽なものではなかったようだ。警察での取り調べやら何やらも。

 だからこそ、食べてもらう必要がある。身体は資本だ。元気でなくては働けない。そして、ダンジョン食材による不思議パワーは、体力の回復と増強を与えてくれる。まさしくベストマッチ。

 

「うめー! これめっちゃうめえよー!」

「流、もっと静かに食べなさい。申し訳ありません……」

「いえいえ。ケイブチキンを食べればみんなこうなるので」

 

 そんなやり取りの後に、俺たちも食事に口を付ける。うむ、やはりグラタンは美味い。冬に食べるイメージだが、そんなの吹き飛ばすほどの味わいだ。

 

「先輩、このタマゴ何すか? なんかめっちゃ味があるんすけど」

「ケイブチキンの卵だ。一般には流通しないレアものだぞ」

「へー。こんなに美味いのに、なんで売れないんすか?」

「衛生面の問題で、流通に乗せられないのだ。ああ、もちろんウチはしっかりその辺チェックして料理に使っているぞ」

 

 熱さに果敢に挑みながら、料理を平らげていく流。騒いでいるのはこいつだけで、残りは静かなものだ。勝則も、食事中はそちらに集中している。……どうにも、彼は進んで嫌われ役を買って出ている節がある。

 夕食までのあからさまな態度も、わざとだろう。優秀であり、魔法も使えるようになった彼である。本気になれば、静かに『事故』を起こすことも可能だ。一切の態度を変えることなく、やってのけるだろう。

 そうせず分かりやすく嫌悪感をにじませている。つまりは、そういう事なのだ。苦労をかけているなあ。

 ともすれば、気まずくなる夕食風景。流の食欲と能天気さがそれをぶっ壊している。ムードメーカーというか、ムードブレーカーというか。まあ、俺も嫌な気分で飯を食いたくない。なのでこれで良いのだ。

 食事を終えて、一息ついた所で今後の話を切り出した。今日はこの家に泊まってもらい、明日近所のアパートに引っ越してもらう。最低限の生活費は先渡しする。と、いっても家電を揃えられるほどは渡せない。特に冷蔵庫など高いものは。

 なので、しばらく生活の中心はこの家で行ってもらう。料理や洗濯をここで行えば、家電を買えるまでしばし凌げるだろう。

 

「そこまで、ご厚意に甘えるわけには……」

「いえ。というか、こういう仕事を黄田さんにはお願いしたいんですよ」

 

 恐縮する陽子さんに説明する。現在、俺たちの中で一番仕事に負担がかかっているのが小百合である。なにせ、家事全般を担っている。もちろん、俺たちも掃除洗濯を分担しているが、それでも一番比重が大きいのが小百合だ。

 まあこれ、彼女が率先して台所に立っているのも原因なんだが。楽しそうにやっているし、ダンジョンで体力付いているしで辛そうにはしていない。だが負担は間違いなくある。

 

「というわけで、いわゆる家政婦的なお仕事をお願いしたいと」

「なるほど……そういうお仕事なら、私にもできますね」

 

 幾分か、張っていた気持ちを緩める黄田さん。どんな仕事をするかで心配していたのか。まあ、ダンジョンの仕事を手伝えと言われるとどうしてもそうなるか。

 

「あとは清掃ですね。ダンジョン関係の道具は結構汚れるんで……」

 

 こけ玉乾燥で使うトラップマット。戦闘で使う武器。材料運搬の袋。作業着に軍手。生き物が相手だけに、どうしても汚れやシミが付いてしまう。洗わなければ衛生面で問題が出る。

 色々な作業で発生するゴミの片付けも、地味に手間だ。一つ一つは小さなものだが、手を出しているとどんどん時間を吸われてしまう。雑務を引き受けてくれる人がいるならば、俺たちは収益作業に集中できる。

 そういった話を、彼女は真剣な表情で聞いてくれた。……ここまでの会話と態度で、この人が十分反省と後悔をしている事がよく伝わった。彼女については、もはや腹を立てる事もないだろう。これから、真面目に仕事をしてくれると信じられる。

 問題は、唐突に湯飲み掴んで居間へ足を運び始めた流である。

 

「まてーい。どこへ行くリュー」

「え? テレビ見ようかと」

「バカヤロウコノヤロウ。仕事の話するんだから座ってろ」

「でも、今日は断神様の特集やるんすよ? さっきSNSで流れてきたんすよ」

「マジか」

 

 日本が誇る英雄部隊。その中でも最強にして良くも悪くも話題の絶えないあのお方。時折モデル業もこなすナイスバディ美女。細腕でグレートソードをぶん回す、あの断神様がテレビに出ると?

 

「よし見よう」

「先輩、自重してください。大事な話の最中です」

 

 わぁお、勝則の怒りの矛先がこっちに向いた。コワイ!

 

「リュー、サクっと説明するから戻れ。間に合わせるから」

「うっす」

 

 素早く席に戻ったので説明を再開する。早く話題を変えたい。勝則の視線が痛い。

 さて。黄田流という男は、面倒事を嫌う男である。まあ、だれしもそうであると思うが、こいつの場合は根性がない。手を抜けるならそうする。逃げれるならそうする。楽する為ならば、良識と常識と良心を鈍化させる。この、鈍化させるという所がポイントで、普段はしっかり備えている辺りが本当に質が悪い。

 クズでも外道でも悪党でもない。ただの根性なし。それが黄田流という男である。なので、普通にダンジョン業務について説明したら絶対に嫌がる。場合によってはこれまでの話を全部ぶん投げて逃げる。やらかす確信がある。

 そんな男をどのようにして使うのか。俺は、大学時代にすでにその技を獲得している。

「リュー、お前の仕事は基本的に運搬だ。戦闘はしなくていい」

「え、マジっすか」

「マジだ。戦闘役は俺ら三人がやる。お前は俺たちが倒したモンスターを袋に詰めて背負子に乗せて運ぶ。あとは自分の身を守る。それだけだ」

「お、おお……それなら俺にも出来そうっす」

 

 操作マニュアルその1。事実を誤認させる。危険を知らせない。苦労を気づかせない。さも楽であるかのように伝えるのである。知らなければ、怯えることもない。怖いことも辛いことも無ければ逃げ出さない。単純な話である。

 

「……いやでも、そんなに簡単なんすか? 危険でヤベーのがダンジョンじゃないすか」

 

 とはいえ、流も馬鹿じゃない。知識も知恵もある。簡単に騙されるわけじゃない。そこでマニュアルその2、納得できる情報を流し込む。

 

「まあ、普通はそうだ。俺が入った当初は、こけ玉がわんさかいたし、ちょっと地下一階を歩くだけでビッグアントに遭遇した」

「う、うへえ……」

「しかし今は違う。しっかり間引きしたからな。数は大幅に減った。遭遇回数も下がっているぞ」

「そんなに変わるものなんすか?」

「変わるんだな、これが」

 

 ダンジョンのモンスターの数は、ざっくり三段階が存在する。それぞれ過剰、適正、減少である。それぞれ呼び方の通りで過剰が限界を超えるとモンスターの流出、ダンジョンブレイクが発生するわけである。

 モンスターは時間経過でゆっくりと増加していく。そして、その順番は下の階層からと決まっている。つまり現在、地下二階のケイブチキンを倒しているうちのダンジョンでは、残りの二種類の増加速度は鈍化している。

 完全にゼロにはならない。特にこけ玉などはどの階層にもいる。速度はゆっくりだが、確実に増えていく。なのでトラップは毎日設置し、確認する必要がある。最近は二日に一回ぐらい乾燥機にかける程度の頻度だ。

 

「……というわけで、地下一階でビッグアントとの遭遇率は下がっているぞ。ちなみにこの法則はこの十年のデータ蓄積で導き出されたものだ。ほれ、この民間ダンジョン管理技法にも乗ってる」

「おー、本当だー」

 

 流が興味深そうに本をのぞき込む。国が出している本だ。説得力がある。……そして、本には決して危険がゼロになるなどとは書いていない。都合のいい話を補完するページだけを見せている。

 程よく意識が疑問からそれた所で止めを刺す。マニュアル3、希望をねじ込む。

 

「さてリューよ。お前たちにダンジョン食材を食べさせたのは健康の為だけじゃない。体力づくりの為でもある」

「え? そーなんすか?」

「そうだ。こけ玉菜園の野菜と、ケイブチキンの肉と卵。これらを定期的に摂取すると、驚くほど身体が健康になり体力が付く。これは俺たちで実証済みだ。当然、ダンジョンでの作業も楽になる」

「ま、マジっすか!? あれだけ美味しいのに、さらにオイシイ効果まで!?」

「食べてよし、売って良しがダンジョン食材よ。というわけだから、モリモリ食べてバリバリ働こう!」

「オッス!」

 

 ……落ちた。食欲に釣られて、ダンジョンへの不安が吹き飛んでいる。実にチョロイ。大学時代、何度この手でこいつを使った事か。まあ、その分出費はそれなりにあったけどそれはさておき。

 本来ならば、危険地帯にそれを知らせず突っ込ませるなど外道の所業。が、こいつはすでに俺に盛大にやらかしている。なので遠慮はしない。なにより、これは流の為でもあるのだし。

 ちなみに、俺たちのやり取りをほかの三人は静かに見守っていた。兄妹は生暖かい目で。母親は息子の情けなさに居たたまれない表情で。

 

「以上、説明お終い。後は明日実地でな……ほかに連絡事項。かっつん、サッチー」

「自分からは特に何も」

「黄田家がこの家に残していった荷物を確認してほしいくらいですかね」

「あ、それは私が」

 

 陽子さんが手を上げたので、その件は任せることにする。それらと自分たちの荷物があれば、生活用品はとりあえず問題ないだろう。足りなければ買えばいい。高いのは無理だけど。

 

「よし……では、リュー。時間は?」

「間に合いました!」

「よし、じゃあ録画もだ。あのDVDデッキ、使い方わからんのだが」

「お任せあれー」

 

 俺たちはひゃっほうと歓声を上げながら、テレビの前に飛び込んでいく。背後でため息が聞こえたが、気にしないのだ。断神様が待っていらっしゃるのだから。わーい、バインバイン!

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