【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第26話 我が社の名は

 黄田家の合流から二日後。早速ダンジョン業務に流を同道させた。なだめすかし騙しながら階段を下らせ通路を進む。内部の空気と雰囲気は独特だ。一般人だからこそ、その空気に流は飲まれそうになる。

 そんな彼の背中を押して地下二階へ。その後、初のケイブチキン戦となった。予想通りの大騒ぎ。しかし怪我無く無事に初戦突破。後は慣れていくだけだ。

 人間は適応する生き物。初日は悲鳴と不平不満を叫んでいた流だが、日にちを跨ぐごとにそれは減っていった。ダンジョン食材のおかげで体力が付いたのも大きいだろう。

 そしてそれは、利益の面にも反映されていた。運搬量は増加され、売り上げも伸びる。それは、全員に給料を支払っても問題ないレベルに通帳の数字を増額させていた。

 つまり、いよいよ準備が整ったと言うことだ。週末の夜。夕食を済ませて人心地ついた居間。ちゃぶ台の上には、各種書類と参考資料が置かれていた。

 

「というわけで、起業します!」

 

 俺の宣言に、社員となる者達が一斉に拍手する。さて、意気込んで起業と叫んでいるが、実際そこまで大事ではない。必要書類その他を準備し、しかるべき所に提出すればそれでおしまいだ。

 大変なのは管理維持。月々の利益の算出、必要経費の支払い、各員の給料振り込み。その他エトセトラ。これらを数字の間違いのないようにしながら計算、記録。

 領収書もらうのにも気をつけなくてはいけない。会社名入れてもらう必要も出てくるし、経費科目ごとの選り分けもある。

 社会保険にも対応しなきゃいけないし……とまあ、作業が大きく増える。正直事務員を雇いたいが、無名の会社に入ってくれるような人のアテはない。ハローワークに相談しても難しいだろう。それでなくてもダンジョンカンパニーだ。一般人はまず近寄らない。

 幸い、俺と御影兄妹は事務作業の経験者。参考書片手に頑張れば、ある程度はなんとかなる。役所にも相談すれば、多少のミスがあってもリカバリー可能であると考えている。

 

「時間を見つけて作業を進めていましたから、提出書類はほぼ完成していますね。……ここ以外は」

 

 勝則が、提出書類の一点を指さす。そこの欄に書くべきものは、名前。会社名の記入欄である。俺は、心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐く。兄妹も、静かに気迫をみなぎらせる。

 

「え? なんすか? なんで三人とも気合い入れてるっすか?」

 

 分かってない黄田母子がオロオロと気を揉み始める。仕方が無い、二人は知らないのだから。

 

「リュー。なんでまだ名前が決まってないと思う?」

「え? えーっと……良い名前が思い浮かばない、とか?」

「いいや。アイデアはいくつも上がっている。だが、三人の合意に至らず今日まで棚上げ状態になっているんだ」

「は? 先輩の言うことなら大抵OK出す御影兄妹が? どうしちゃったの?」

 

 話を振られて、勝則が唸るように語る。

 

「……コレばかりは、流にもこちらに賛同してもらうぞ。先輩のネーミングがユニークなのは、お前も知っているだろう?」

「あー……昭和センス」

「そーなんです。なんで生まれる前の時代のソレで名前つけるんですか。先輩、実は前世の記憶とかもってません?」

「無いよ。って昭和で死んで転生とか、ずいぶんサイクル早いな?」

 

 地獄の沙汰が軽かったのかな? 死んだ後まで過密スケジュールとか勘弁してほしいのだが。生まれ変わりがあるかどうか知らんけど。……いや、魂はあるっぽいと最近聞いたっけな。それはさておき。

 

「よろしい。では、黄田の二人に判断してもらおう。大多数に否定されたら俺も流石に折れるとする」

「それは何より。では先輩から、社名の候補をお願いします」

 

 勝則に促された俺は、胸を張ってそれを口に出した。

 

「ダンジョン屋 入川!」

「ダセェェェェ!!!」

 

 流が全力でダメ出ししてきた。

 

「ダッサ! もう昭和とかじゃない! 昭和に謝れってレベル! なんすか先輩、ネーミングセンス何処に置いてきたんすか!」

「そこまで言うか」

「言いたくもなりますよ! なんでそーなったんすか!」

「よろしい、ならば聞け。……物心ついて世間を歩けば、様々な社名に触れてきたと思う。分かりやすいもの、その逆のもの。読みやすいもの、さっぱりわからないもの。……そんな中で、あからさまに名前負けしているものも、見たと思う」

「あー……まあ、それなりには」

 

 己の記憶を回想した黄田母子が納得の表情を見せる。御影兄妹もこの部分は同じ反応なのだ。

 

「英語ならまだまし。フランス語やドイツ語で格好つけて、何の店だかさっぱり。アパートとかにもよくあるよな。他にも、合併しまくって呪文みたくなった銀行や保険屋の名前……は、ちょっと趣旨がずれるか。ともあれ何が言いたいかというと、名前は身の丈に合った分かりやすものにするべきだということだ」

「うーん……言いたい事はわかるっすけどね……?」

 

 流が悩まし気に唸る。兄妹も同じ。違う動きをしたのはただ一人。

 

「私は、入川さんに賛成です」

「かーちゃん!?」

 

 あまり口数が多くない陽子さん、ここで手を上げて賛同を示す。

 

「だってねえ? 実際沢山あるわよ? よく分からない名前の会社。後、長すぎて書きづらいのも」

「そーだけどさあ……まあ、百歩譲ってダンジョン屋はアリ、じゃない? 勝則っち」

「……分かりやすさという点では、同意しよう。しかし」

「OK、皆まで言うな、ってやつ。先輩、苗字入れる必要あるんすか?」

「ない。他との区別をつけるために入れてる。別アイデアは受け入れる」

「ここまでは、私たちの間でも同意が取れているんですけど……。この先で意見が分かれています。先輩、縛りがきつすぎます。日本語か、分かりやすい英語のみってのは辛いです」

 

 小百合からのクレーム。俺は首を横に振る。

 

「ダメです。ドイツ語のカッコよさやフランス語のオサレに頼ったネーミングはいけません。俺たちの仕事を思い出しなさい」

「……モンスターを倒して、それを持ち帰って売る事ですね」

「かっつんのいう通り。ダンジョン管理の面もあるし、内部にあるいわゆるアイテムの回収もあるから一概に同じではないがほぼ猟師といっていい。……ハンターの会社に、オッサレーな名前はミスマッチじゃないか?」

 

 唸る若人三名。……正直な話、会社の名前にここまでこだわるとは思っていなかった。分かりやすく、覚えやすければそれでいいじゃないかと俺は思うのだが。何でここまでこだわるのやら。

 

「……ちなみに、勝則っちたちはどんなの出したの?」

「グローリー、フォーチュン、ドラゴン、トロール、ソード、ワールド……」

「中学二年生が喜びそうな単語ばっかり」

「文句があるなら、お前が出したらどうだ」

「ない。俺もそれがいい」

「……そうか」

 

 肯定されて眉根に皺を寄せる勝則。大学時代、この二人はそこそこ仲が良かった。誰にでもあけすけな流と、八方美人で本心を見せない勝則。

 社交性はあれど性質は正反対な二人は、だからこそなのかほどほどな関係を築いていた。……それも含めて、勝則はいまだ怒りを抱えているのだろう。

 そんな空気を察したのか、あるいはまったく気づいていないのか。再び手を上げる黄田さん。

 

「英語がダメなら、日本の何かにあやかるのはどうでしょう? 地名とか、有名人の名前とか」

「……なるほど。どうですか先輩?」

 

 小首をかしげて小百合が訪ねてくる。ふうむ、と唸る。

 

「アリだとは思うが、慎重に選ばないとな。だれかが権利持ってそうなのはトラブルになりそう」

「やや慎重すぎかもしれませんが、確かにトラブルは面倒です。では、何処からもクレームが出そうにない版権フリーなものといえば……」

「信長!」

 

 流、ほぼノータイムで叫ぶ。脊椎反射で口に出したのだとよくわかる。

 

「やだよ、ダンジョン屋 信長、とか。炎上しそうで」

「それを言い出したら、戦国武将の末路など大抵討ち死にか病死ですが。ですが、それらを外して有名どころ……八百万の神々?」

「おー……日本神話に、狩猟の神様っていたっけ? 山幸彦?」

「調べてみるっす……建御名方《たけみなかた》、って神様らしいっすよ?」

「ほおん?」

 

 言われて俺も調べてみる。日本神話、狩猟の神と検索すると確かに一番上に出てくるのが建御名方神だ。……ちょっと読んでみると、建御雷神《たけみかづちのかみ》と相撲とって腕もがれたとかすごいこと書いてある。

 狩猟の他には、軍神としての面や農耕についてもご利益があるのだとか。……どれも、うちの会社には必要な要素じゃないか。

 

「あやかり先としては、いいんじゃないか。ダンジョン屋 タケミナカタ。……いや、神様の名前全部もらうのはちょっと恐れ多いな。……ミナカタ。ダンジョン屋 ミナカタ、でどうだ?」

 

 一同、新たな社名に付いてそれぞれ思いを巡らせる。その表情に暗いものはなかった。ややあって、勝則が口を開く。

 

「……自分もいいと思います。若干言い辛さはあると思いますが、他社との区別は十分つくかと」

「神様の名前ってあたりが、いいっすよね」

「私もいいと思いまーす」

 

 小百合も賛同し、隣で黄田さんも首を縦に振っている。どうやらやっと、皆の合意を得られたようだ。……気が変わらないうちに確定してしまおう。

 

「よーし。それでは我が社はこれより、ダンジョン屋 ミナカタであーる! 社員一同、会社のため自分のため、励んでいきましょう。はい、拍手!」

 

 全員、手を叩いて賛同する。うん、いい感じだ。その勢いのまま、書類に名前を書き込む。これで明日、提出すれば我が社は正式に稼働開始となるわけだ。

 

「ついでだから、今後の方針についても宣言しておこう」

「方針……って、ダンジョンでケイブチキン捕まえてくるだけじゃないんすか?」

「それだけだと立ち行かなくなる。忘れたか? モンスターを倒し続けると、数が減るんだぞ?」

「あ」

 

 不味い事に気づいたと、流が顔色を変える。そう、現在俺たちの生活を支える美味しいニワトリ。まだまだたくさんダンジョン内で飛んでいるが、無限ではない。

 

「ケイブチキンの数が減る前に、俺たちは次の階層を目指さなくてはいけない。そしてそのために必要なのが、人数だ。何せ次の獲物は……重い」

「……どんだけ重いんすか」

「200Kgとか300Kgとか」

「無理っすよ! お相撲さんより重いじゃないっすか!」

 

 絶叫する流。そうだよな、俺もそう思う。流石に一人じゃ無理だ。……そしてできれば、戦闘員も増やしたい。御影兄妹の負担を減らしてやりたい。

 

「だから人手が必要なんだよ」

「ちなみに、それに備えて重さを軽くする呪文は開発済みでーす」

「さっすが小百合っち! 我らが天使!」

「迷惑でしたねー、そうやって騒ぐ人たち」

「辛辣ぅ! そこがいい!」

「流、そろそろ、な?」

「ヒェッ」

 

 勝則、さわやかな笑顔で肩を叩く。彼の特技の一つに、笑顔で相手を威圧または恐怖させるという物がある。まあ、そんな茶番はさておき。

 

「話を戻す。というわけで、夏に向けて体力を付けながら人員確保に臨みたいと思う。正直、ダンジョンカンパニーに好き好んで就職する奴はめったにいない。人員確保は困難を伴うだろう。だけどこれはわが社の更なる発展に必要だ。各員、承知しておいてほしい。以上!」

 

 という感じで、その日の会議は終了。翌日、ダンジョン屋 ミナカタは正式に起業した。

 

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 ジメジメとした梅雨が終わり、蝉の声が聞こえ始めた七月初め。外気温は上昇し、暑い夏がやってきた。クーラーは六月終わりから稼働を開始。社員の健康のために、電気代は惜しまない。何より俺が暑いのやだ。

 さて、わが社はある一点を除いて順調だった。最初の給料支払いも無事に済んだ。ケイブチキンの売り上げは相変わらず素晴らしい。

 会社勤めの頃に比べると雲泥の差がある生活環境。栄養満点の食事と運動。そしてダンジョンでの労働は、俺たちの身体をさらにアップグレードしている。

 御影兄妹の魔法はさらにレベルを上げた、らしい。何でも、地下三階用の呪文をさらに増やすとの事だ。頼もしい。

 そうそう、梅雨の間に二つばかりイベントがあった。両方とも黄田母子関係。まず一つ目。黄田さんの元に、お友達がやってきた。たくさん。

 

「よっちゃん! 心配させるんじゃないわよ!」

「ごめんねぇ、みんなぁ」

 

 気勢をあげるのは、うちと取引してくれているあの農家のおばさんである。聞けばなんと、子供のころから黄田さんと友人であったらしい。集まった女性陣(総員6名)も、学生時代からの友達なのだとか。

 格好もバリエーションがある。推察するに、農家、専業主婦、事務員、スーパー勤めなどだろうか。仕事終わりに駆け付けたといった感じ。

 

「かーちゃん、友達とよく旅行とかしてたからなー。まあ、遠くへ行く金ないから近所だったけど」

「長く友達でいられるということは、素晴らしいな」

 

 黄田一家について、知らないはずがない。なのにこうして集まり、再会を喜んでいる。それだけ良い付き合いだったのだろう。うらやましくさえある。俺の友人関係、ほぼ壊滅だからな。

 ……しかし、冷静に考えると背筋が寒くなるものがある。俺たちはよそ者である。この土地での友好関係は狭い。ダンジョンという悪名があるため、中々広がる事もない。

 市役所の職員がこっそり紹介してくれたこの農家のおばさんは、数少ない知り合いだ。……もし彼女に、黄田一家の悪口を言っていたら? 手ひどく報復し、より厳しい立場に追い込んでいたら? 一つボタンをかけ間違えただけで、俺は協力者を失っていただろう。

 野菜の仕入れ先を失うだけ、などと思うなかれ。今の黄田さんの状態を見てもわかる通り、彼女らは友人関係という強いつながりを持つ。一人敵に回せば、地域の多くから悪感情を持たれるだろう。

 ダンジョン管理者というデバフに加え、悪評まで広がったら一体どうなる事やら。全くもって恐ろしい。そしてそれが、ちょっとした弾みで現実になっていたかと思うと震えてくる。

 

「よっちゃん達を助けてくれてありがとね! 困った事があったら何でもいいなよ。あたしらが力になるからね!」

 

 笑顔でそう言ってくれるおば様たち。俺は感謝の言葉を述べつつ頭を下げた。頬がちょっと引きつっていたので、それを隠すために。

 それからもう一つ。今度は流について。梅雨の終わりごろ、暑さが本格的になり始めた辺り。

 

「先輩ー。金貸してくださいー。アパートにクーラー付けたいっすー。あのボロアパート、地獄っすー」

 

 借金(俺への示談金)の支払いが全然終わってないのに、流のこの言葉。勝則の怒りのオーラが陽炎のように立ち上る。

 

「かっつん、ステイ、ステイ」

「ですが、これは流石に」

「俺もそう思う。が、今回ばかりは許す。リュー、金を貸してやる。ホームセンター行ってクーラー見繕ってこい。工事も依頼しろ。あと、社長と呼べ」

「さっすが先輩! いや、シャチョー! 頼れるぅ!」

 

 早速家を飛び出してくヤツの背を見送ると、勝則が大きくため息をつく。

 

「それで先輩……いえ、社長。今回の意図は?」

「流だけなら、今年くらいは地獄を見せてもいいかと思う。ダンジョンで鍛えられてるし、へばる事もないだろう。だが、陽子さんの健康が心配だ」

 

 彼女もダンジョン食材を食べているが、限度がある。年齢もあるし、用心するに越したことはない。

 

「……確かに。失礼しました」

「いや、リューが腹立つのはよくわかる。ふつーにイラっとくる。暑いし」

 

 暑さは人から余裕を削り取るものである。……で、片付いたと思ったら30分後、流が再び飛び込んできた。

 

「先輩、じゃないシャチョー! スンマセン助けて!」

「今度は何だ」

「いや、近くの家電屋いったら、高校時代のイジメグループの一人が就職してたんすよ! あいつに絡まれたら、絶対ひでーことになる! ……ほら俺、アレじゃないっすか。だから余計に……ね?」

 

 流石に限界だったので、新聞紙を束ねて頭を引っ叩いた。なお、この問題は俺の指示どおりホームセンターへ行かせて解決させた。

 そんな些細なエピソードを挟みつつ迎えた七月。順調ではない一つの問題について、俺は頭を抱えていた。

 

「人が、増えない……ッ!」

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