【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
翌日。勝則が連れてきたのは、二人の痩せこけた青年だった。両者ともややくたびれた背広姿で、片方は左腕にシルバーチェーンのブレスレット。もう片方は背が高く黒ぶち眼鏡をかけていた。
「……はじめまして
「
蚊の鳴くような声で名乗った二人の腹から音が鳴る。腹の虫の方が、よほど音量があった。なお、ブレスレットが宏明さん。黒ぶち眼鏡が歩さんである。
「サッチー、二人に食事を。消化にいいものをたのむ」
「はーい。お二人とも、居間へどうぞー」
「ありがてえ……ありがてえ……」
「感謝……ひたすらに感謝……」
まるでゾンビのような足取りで、家に上がる二人。見送って、俺は勝則に問いただす。
「あれ、本当に大丈夫なのか」
「実際、かなり危ない所でした。会社がつぶれてから、アルバイトで凌ごうとしたようですが……食費を削らないといけないレベルだったようです」
流石の彼も苦笑いを浮かべている。笑うしかないのだろう。居間に移動して、彼らの履歴書に目を通す。
「芦名さんは俺と同い年。森沢さんは一個上か。履歴は……二人とも大学卒業して……新卒で就職できなかったか」
悲しい話だが、今の時代ではさして珍しくない。誰もがダンジョンにかかわりのない、安全な場所で暮らしたい。そんな場所での就職は熾烈な争いとなる。椅子取りゲームの勝者がいれば、敗者だっている。そして、残り物に福があるとは限らない。
よくわかる。俺もまた似たような経験をしている。辛うじて俺は新卒で入れたが、あそこもまた過酷だった。
「二人とも、ご苦労があったようです。なんとか同じ会社に滑り込んだのですが……まあ、いい環境ではありませんでしたから」
「そうか……」
履歴書を読む。技能に関しては、事務仕事関連。運転免許あり。逮捕歴なし。……別人なのに書いてあるものがほぼ一緒。違うのは写真と住所氏名年齢、あと通ってた学校の名前くらいだ。
つまり特徴がない。履歴書では判断が付かない。となれば同僚として働いていた経験のあるものに聞くしかない。
「かっつん、この二人だが……」
「はーい、ちょっと通りますよー。お待ちどうさまでーす」
「「おぉぉぉぉぉ」」
小百合が雑炊モドキを居間に運ぶ。蚊の鳴くような声で歓声を上げる二人。両手を合わせていただきます、とつぶやきかき込み始める。
「熱いので気を付けてくださいねー」
「はふ、はふはふ……」
「ああ、生き返る……」
なんとも、身につまされる光景である。働きたくても仕事がない。あったとしても食べていけない。何の咎もない人々が貧困で困窮する。……変な思想家や宗教が入り込んだら、あっという間にテロ組織になりそうだ。
笑えない。人間、メシが食えなかったら割とどこまでも落ちるからな……。
「社長、何か?」
「……ああ、悪い。この二人について教えてくれ」
「はい。まず二人に共通する事柄から。二人とも同じ会社の営業職についていました。ダンジョン製品の販売ですね」
「ちなみに、なに売ってたんだ?」
「色々ありましたが……主にビッグアントから作られた栄養サプリですね」
「あー……あれ、そんなものまで作れるのか」
「売れ行きはなかなかよかったですよ? まあ、うちは販売を委託されただけなので利益は少なかったですが」
「世知辛い」
まあ、薬品の開発なんて専門の企業じゃないとできないものな。さもありなん。
「しっかり成績を出していましたし、トラブルがあっても自分で対処できる能力もありましたね」
「そこは会社や上司が手伝ってくれるもんじゃないのか」
俺のツッコミに、勝則はただ優し気な微笑みをするだけだった。察するしかなかった。そして思い返せば、俺の会社も似たようなものだった。
「……すまん。えっと、他には?」
「勤務態度に問題なし。会社や上司からの無理な要求からも耐え続けるだけの忍耐力があります。不正などにも手を染めていません」
「生活がかかってると、どうしてもな……」
辞めたら次がないと思えば、サービス残業だろうと無茶なノルマだろうと首を縦に振らざるを得ない。生活を人質に取られるようなものである。
半泣きになりながら、雑炊を食べ続ける二人を見る。
「美味い、美味い。何だこの雑炊。こんなに味わい深いの食べたことない」
「小さく刻んである鶏肉が、ものすごくいい味を出している。卵も少量なのに、身体に染み渡るようだ」
「ケイブチキンのお肉と卵です。とっても美味しいし、栄養満点なんですよ」
二人の目が丸くなる。
「え。小百合ちゃんそれマジ? そんな高級品食べていいの俺たち? 金ないよ?」
「安心してください。私たちが生産者です。取り放題食べ放題です」
「ここが、天国か……」
「おかわりもあるから遠慮なくどーぞ」
ばんざーい、と喜びながら雑炊のおかわりをする二人。たーんとお食べ。早く元気になって戦力になってねゲヘヘ。
「共通点は以上です。次に個人について。まず芦名さんですが……大変、異性に対して積極的です」
「おい、それは……」
「そして、まったくモテません。あまりに積極的過ぎて女性が引きます。おかげでいつもフラれてます」
「おおう……。いや、しかしそれだといわゆる
「ご安心ください、社長。芦名さんはフラれのプロです。自分に良い返事をするような女性には逆に警戒します」
「勝則くん!? ひどいこと言ってない!?」
あ、本人からクレームがきた。お腹が膨れてきて元気が出てきたかな?
「ひどいも何も、事実でしょう。自分が覚えている限り、三回ほど報告してくださったじゃないですか」
「たしかにそーだったけどね!? フラれのプロという評価は心外だ! 俺だって……俺だって……」
「芦名。見栄を張っても自分を傷つけるだけだぞ。詳細を聞かれればボロが出る程度の嘘しかつけないのだし」
「森沢ぁ……真実もまた人を傷付けるんだぞぉ……」
「どう動いても傷だらけ。楽には生きられないな……あ、小百合さん、おかわりお願いします」
「はーい」
軽くやり取りを眺めてみると、宏明さんは中々ムードメーカーの気質がある。歩さんは真面目そう。そして、御影兄妹と仲が良い。やはり前の職場の仲間であるというのは大きいな。
「なお、芦名さんの営業成績は自分たちの中では一番上でした。ナンパの失敗具合も、他の男性から見れば笑い話。それをきっかけにして他者と仲良くなることが多かったようです」
「なるほど。災い転じて福となす、と」
「嬉しくない……俺は、女の子と仲良くなりたいだけなのに……!」
嘆きつつ、雑炊を食べる手を止めていない宏明さんである。
「で、森沢さんは?」
「はい。彼は端的に表現しますと、エリートオタクです」
「エリートオタク」
聞きなれない単語が飛び出したぞ?
「公私をきっちり分け、普段は仕事に邁進し、休日は趣味に没頭する。必要とあれば上司にどれだけ不興を買おうとも休みを取る。その在り方は我々に大きな希望を与えてくれました。必要ならば、休みを取っていいんだと」
「お、おう……」
「上司はキレました。出世、給料、しまいには辞めさせるとまで脅してきました。森沢さんは決して屈しませんでした。逆に自分の抱えた仕事を被せると上司を脅し返したほどです。その方法を踏襲することで、我々も少ないながら有給取得が可能でした。仕事忙しくてそれ以上は無理でしたが」
「夏と冬の祭典の日はお休みを取らせていただきます。本を出すので」
「クリエイティブな趣味をお持ちですか……」
供給側のオタクとは。たしかにエリートの称号が誇張ではないように思える。
「ちなみに両親は、オタク冬の時代を生き抜いた猛者です。祭典で出会い、交際して結婚したと胸を張っております」
「サラブレッドオタク……ッ!」
「今でも、それぞれ新ジャンルを開拓しては本を描いていますよ」
老いてなお、か。オタク、かくありたいものである。まあ、俺はそこまで漫画アニメに触れてこなかったが。触れられない環境だったともいう。だからと言って偏見もないが。
「えーとそれで。特に問題点などは?」
「ありません。しいて言うなら……二次元の女性にしか興味を持たない所でしょうか」
「筋金入り過ぎる……」
恐れおののく俺に対し、本人は親指を上げて見せてくる。うーむ。万年フラれマンに、エリートオタクか。なかなか濃いメンツが集まったものだ。
二人の食事が終わったころ、ちょうど良く呼び鈴が鳴った。
「はて? 誰でしょう」
「はーい! ……あ、すまんかっつん。伝え忘れていた。今日はもう一人面接にくるんだ」
あの日の夜、すぐアポ取ってきたからな彼。俺の携帯にかかって来たし、タイミングも合わず勝則には言いそびれていた。
「は? 一体いつどこで……」
「昨日、ホームセンターで。わりと急だったが、二人の事もあるし丁度良いと思ってな」
「そういう大事な話は前もってお願いしますよ」
「ベリーすまない。サッチーには伝えてあったんだが」
「小百合?」
「私だって聞いたのは、兄さんが二人を迎えに行ったときです。伝達が遅いですよ社長」
「本当御免なさい」
平謝りしつつ、玄関に向かう。扉を開ければ現れる、先日の優男。
「こんにちは。社長自らお出迎え、恐縮です。面接を受けに来ました藤ヶ谷です」
「はい、お待ちしていました。中へどうぞ」
居間に通すと、茶をすすって人心地ついていた二人が背筋を正していた。
「おや、お食事中でしたか?」
「いや、もう終わった所ですよ。では、そちらに座っていただいて。履歴書をいただけますか」
「はい、こちらに」
我ながら、だいぶグダグダした就職面接だと思う。せめて飯を食い終わるまで二人のチェックは後回しにした方が良かったか? ……ま、いいか。二人が倒れる寸前の空腹状態で来た時点で、まともな面接にはならなかったし。
服装だって、二人は背広だが藤ヶ谷さんはカジュアルだ。それを咎めるわけもない。何せ面接の二人以外背広は着ていないからな。
「それでは拝見させていただきます……うん? 高校卒業の年数が……」
履歴書の違和感を口にすると、すぐに答えが返って来た。
「ああ、自分は高校三年をダブっておりまして。それのせいです」
「なる、ほど。……差し支えなければ理由を聞いても?」
「はい。丁度その年にダンジョンが発生したんですが、それへのアタックに集中しすぎてしまいまして」
「なんと」
ってことは、この人の年齢から換算すると……十年選手。最古参のハンターである。とんでもないな。ちなみに、年齢は28歳だった。
「……なにか、特別な理由でも?」
「趣味です」
「え?」
「恥ずかしながら、ダンジョンが出来たと聞いて喜び勇んで飛び込んでしまいました。まあ、運が良かったので生き延びられましたが。我ながら無謀なことをしたものです。お恥ずかしい」
笑顔でとんでもないことを言ってくれる。聞いているほかの者達もわりとドン引きである。ダンジョン黎明期、あの情報が全くない時代。多くの者が無謀にもダンジョンに挑み帰ってこなかった。
その生き残り。しかも五体満足である。運の一言だけで済ませてよいものだろうか。
「ほかに、パーティメンバーがいらっしゃったとか?」
「いえ、ソロです。幸いにも、初期に魔法の才能が目覚めまして」
彼に指さされ、慌てて履歴書を確認する。そこには魔法使いの証である第一種迷宮特異技術資格の文字がしっかりと記載されていた。ほかには、ダンジョンに正式に入れる乙種ダンジョン免許。刃渡り30cm以上の刀剣の所持を許される刀剣所持許可証などもある。
魔法といっても万能ではないと、御影兄妹を見ていればよく分かる。それ一本ではダンジョンを生きていけない。ホームセンターで見たときも思っていたが、彼が立っている姿はブレがなかった。
体幹が鍛えられている。運動ができる証。さらに剣まで持っている。改めて、ただ者ではないと分かる。
「……あの。本当にウチでよろしいので? 魔法使いといっても、技能手当ぐらいしか出せないのですが」
思わずもう一度確認してしまう。だって、一流ダンジョンカンパニーにいけば我が社の何倍、あるいはそれこそ桁違いに稼げるのだ。後になって話が違うとか言われても困る。
「ええ。御社には可能性を感じております。同業他社にはない、ダンジョンカンパニーという業界への新しい風と申しましょうか」
「過分な評価をいただきまして……」
なのに、にっこりと微笑まれてはこう答えるしかないわけで。……はてさて、どうしたものか。能力的には全く問題ない。諸手を上げての大歓迎だ。
が、我が社が彼を迎えるにふさわしいかというと、まったくのNO。草野球チームに大リーガーが入るがごときミスマッチだ。
「失礼、社長。この方が面接に来るに至った経緯について伺いたく」
勝則が、真剣な表情で聞いてくる。しまったな。俺のミスがこんな所にも響いてくる。反省だ。
「ああ、それはな。昨日ホームセンターで……」
先日の出会いについて、かいつまんで説明する。それを聞いた彼は、藤ヶ谷さんに向き直る。
「すみません、お伺いしたいことがあります。貴方は何故、あのホームセンターにいたのですか? ダンジョンカンパニーを探すのであれば、ハローワークを訪ねるべきだったと思うのですが」
勝則の鋭い指摘に対し、正対した相手は笑顔を崩さない。
「あの魔女殿との繋がりを疑っていらっしゃる。違いますか?」
そして、鋭くそう返してきた。勝則の表情が硬くなる。図星だったようだ。
「誤解を招いてしまったようですが、かの魔女殿に紹介を受けたという訳ではありません。会社については社長に伺ったのが初。ただ、あそこに足を運んだのは確かに彼女が原因なのは間違いなく。色濃い気配を感じれば、気になるというもの」
「……彼女について、ご存じで?」
「噂を少々。このような場では控えたいと考えます」
紳士的な態度を崩さない。正直、とても気になる。が、面接には関係ないと言われればソレまでだ。
「……社長。彼の採用について、相談があります」
本人を目の前に、かなり失礼ではある。だが勝則がここまで余裕無く振る舞うのはめずらしい。何かあるともって良いだろう。
「すみません、席を少し外します」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
え、俺たちこの場で置いて行かれるの、という表情の芦名さんと森沢さんを残し別室へ。
「怪しすぎます。あまりにも都合が良い」
開口一番、険しい表情で勝則が告げてくる。
「まあ、たしかにそう思わなくもない。人手がほしいときに、超優秀な人物が来てくれたからな。ただ、なあ」
「何か?」
「正しく、都合が良すぎる。疑ってくれというようなもの。仮に何かしらの意図があって近づいてきた場合、ここまであけすけに能力を開示するか?」
ウチに疑われることなく入りたいならば、身の丈を合わせてくるはずだ。あんな古強者ではなく、新人ハンターぐらいには。
俺がそれを指摘すると、勝則は閉口した。納得してしまったことが不服のようだ。
「あとな、これは店員さんに注意されたんだけど」
「あの魔女が、何か?」
「あの人、俺たちが束になっても勝てないくらい強いんだと。そんな人が何か企んでるとしたら、むしろ近くに居てくれた方が良くないか?」
勝則、また沈黙。こめかみに指を当てて悩んでいる。俺たちはダンジョンカンパニー。ダンジョンで働くのが仕事。スパイ組織でもなんでもない。
裏でこそこそされたら、対処のしようが無い。日々を暮らすために、仕事をしなきゃいけないのだ。破壊工作対策なんてやっている余裕はない。そもそも、どうやればいいかもわからんのだ。
だったら、日常の中にいてもらったほうがいい。共に生活している分だけ、見えてくるものがある。もっとも、どうあっても負けるようなので知っても知らなくても同じといわれてしまうとソレまでだが。
「まあ、どーしても勝則が嫌だというならお引き取り願うが。どうする?」
「社長は、入社させてもよろしいと?」
「ウルトラおっかないが、これからさらに下へ向かうことを考えれば優秀な人材を放っておくなんてできんからな」
下に行けば行くほど、恐ろしい怪物が待っている。スペシャリストの手を借りられるならすばらしい。社員の安全と生活のために、できることはやっておきたい。
「……社長がそこまでお考えなら、自分から言うことはありません。ですが、油断だけはなさらぬよう」
「あいよ。……まあ、あれだ。入る前提で話をしていたが。これからの試験運用で相手が辞めると言うこともあり得るしな」
「よそとは違いますからね、我が社は」
表情が柔らかくなった勝則をつれて、居間に戻る。
「……っつーわけで、基本は地上と地下二階の往復。社長たちが倒したケイブチキンの運搬っす。最初はキツイし怖いけど、わりと慣れるもんっすよ」
「「なるほど」」
で、戻ってみたら流が身振り手振りで楽しげに話してた。この一か月でコイツもずいぶん変わった。やせ細った哀れな姿はどこへやら。全身にうっすらと筋肉が付き、背筋が伸びた。まるでスポーツマンのよう。チャラ男なのはそのままだけど。
「あ。シャチョー。聞かれたんで、仕事の事ちょっと話してたっす」
「お、おう。ありがとう」
……うむ、ファインプレーと言わざるを得ない。全くの素人だった流。それと同じ立場である宏明さんと歩さん。スタートが同じ人間の説明というのは、伝わりやすいだろう。社長である俺や、御影兄妹が語るよりよほど。
「それじゃあまあ、軽くダンジョンに降りながら仕事の流れを見てもらいましょうか」
俺の言葉に、素人二人の顔色が変わった。