【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
ダンジョン地下一階に降りる。地上のうだるような熱さは、ここには届かない。適温であるが、気温差で涼しくすら感じる。
しかし、それ以上に感じるもの。精神、あるいは魂に感じる圧迫感。地上とは明確に違う場所であると、心が感じ取る。
「う、わあ……なんだこれ」
「これが、ダンジョンなのか」
初めて足を踏み入れる宏明さんと歩さんが、雰囲気に慄いている。落ち着くまで、しばらく待とう。
「ほう。ずいぶんとしっかり間引きされていますね。入口にビッグアントがいない」
経験者である一樹さんの視点は、俺たちの仕事ぶりに向けられた。
「え? こんなもんじゃないんスか?」
「いえいえ、黄田さん。企業管理のダンジョンは、ここまでじゃあありません。入れば2、3匹のアリに囲まれるのが普通です。雇われハンターはその程度はどうってことありませんが……低賃金で雇われている運搬屋さんには、脅威でしたね。自分は目につく限り潰しましたが、時折事故が」
「うへえ……」
流が、企業ダンジョンの内情に呻いている。俺も、心情的には同じだ。怪我に対する補償とかどうなってんだ。もしかしてそれすらしないのか? 魔法使い以外は慮る価値無しとでも思っているのだろうか。
「あの……この会社での運搬人の立場というのは」
恐る恐る、森沢さんが訪ねてくる。俺が答える前に胸を張る男あり。流である。
「安心してくださいっす。俺が正に運搬係っすけど、しっかりお給金もらえるっす。っつーか、シャチョーがそもそも運搬人とハンターの二刀流っす。ね、シャチョー」
「人手が足りないからねー」
俺が答えれば、新人二人が安堵する。……しかし流め、先輩になるせいか結構はしゃいでやがるな。まあ、おかげで緊張をほぐす感じになっているから良しとするか。あんまり調子に乗ったら蹴とばすが。
「じゃあ、今日は軽く地下二階への階段まで移動し、もどってきます。途中のアリは俺たちで対処するので大丈夫です。ではいきましょう」
俺が先頭を歩き、ダンジョンを進む。隣に小百合。後ろに新人三名と流。殿に勝則という布陣。害があるモンスターはビッグアントしかいないので、基本的に問題はないだろう。
「あの、黄田さん。ちょっとお伺いしたい事が」
「うっす? なんすか芦名さん」
「……なんで社長は、新聞紙の棒なんてもってるんです? それも何本も」
今日の俺の装備は、いつもの防具とクォータースタッフ。そして新聞紙を丸めて作った棒である。持ち運びが楽なようにある程度は細くしてあるが、全力で振るとめこりと折れる。その程度の緩さをあえて作ってある。
「あれは、シャチョー考案の対ビッグアントアイテムなんすよ」
「え? あれで?」
「まー、見てるといいっすよ。ほら、ちょうど来た」
流の言う通り、前方より一匹のビッグアントが音を立ててはい寄ってきてる。硬い石の地面に爪を立てて進むので、音がよく響く。
「う、おお。モンスター……っ」
歩さんが恐れから後ずさる。その隣で、流は気楽な顔をしている。
「だいじょーぶっすよ。アリの一匹ぐらい、シャチョーがあっという間に潰しちまいますから。あっそーれ、シャチョーの、ちょっといいとこ見てみたい!」
「喧しい。持っとけ」
「うっす!」
輪ゴムで束にしていた新聞紙の棒。一本引っこ抜いて残りを流に投げる。そしてゆっくりとビッグアントに向かう。タイミングを計りながら。
対象は一直線に俺目がけて向かってくる。ガチガチと顎を鳴らしながら。コンクリートをも砕く、凶悪な武器。鉄板入りの安全靴でも、場所が悪ければ食いちぎられる。
油断はできない。なので、道具を使うのだ。新聞紙の棒を、奴の口元目がけ突っ込む。
「ガチッ!?」
巻いただけの新聞紙が、ビッグアントの顎に耐えられるはずもない。潰れ、ひしゃげ、折れ曲がる。……が、そこまで。顎の中で、新聞紙は確かに存在している。
はい、攻撃アクション終了ね。じゃあ、俺の番ね。え? 新聞紙は攻撃じゃないのか? あれは攻撃に対するリアクションですから。
「オラァ!」
というわけで、がら空きの背中に容赦なくクォータースタッフを突き下ろす。アリの殻はそこそこ頑丈だ。だが、鉄で補強された棒の一撃を防ぎ切れるほどでもない。ばっちり貫通、先端が地面を撃つ。
「ガガガガッ!」
顎を鳴らしながら、ビッグアントが暴れ回る。地面を蹴る力はそこそこ強い。だが、そこそこでしかない。後ろ側から、踏みつける。俺の体重を跳ねのけるほどのパワーは流石に無い。じたばたしている所にトドメを刺す。戦闘終了。
「リュー。ゴミ拾い」
「うーっす」
動かなくなったのを確認して、軍手でつかみゴミ袋へ。使い終わった新聞紙の棒も。その動きに躊躇いも淀みもない。
「……本当に、あっという間に倒してしまった」
呆然とつぶやく歩さん。モンスターとの戦闘が、あっさり終わった事にも衝撃を受けている模様。
「俺としては、小百合さんが眉一つ動かすことなく平然としていることにびっくりなんだが」
「この程度、いつもの事なんですよ芦名さん」
そんな中、一樹さんが一歩前へ。流の持っているゴミ袋に躊躇なく手を突っ込みアリと新聞紙を引き出した。彼はビッグアントの顎を間近で眺めて理解する。
「ああ、なるほど。だからか」
「流石経験者。お気づきになられましたか。よし、リュー。新人さんたちに説明したって」
せっかくなので、分かってないお二人にも理解してもらおう。ついでに、流が教えたことを覚えているかの確認もする。
「えー皆さま、ビッグアントの顎をご覧ください。大変頑丈で、力強いです。テレビなどで家や壁、電信柱に噛みついて壊していたのを見ているかと思います」
たどたどしく説明しだす流。真剣に頷く二人。一樹さんは薄く微笑んでいる。
「続いてこちら。シャチョーが使った新聞紙の棒です。噛みつかれた場所をご覧ください」
「……ぐしゃぐしゃだな」
「その通りです芦名さん。でも、千切れていない。ここがポイントです。コンクリを砕くビッグアントが、なんで新聞紙を千切れなかったのか」
「なるほど、柔らかかったから」
歩さんが、あっさりと答えを出す。まあ、ちょっと考えればわかる事だ。
「うっす。コンクリは硬いから砕ける。新聞紙の棒は、わざと少し柔らかく作ってある。だから一発で咬み千切れない。まあ、アリのパワーがあれば10秒程度あれば食いちぎれるらしいんすけど」
「それだけ時間があれば、致命傷を負わせるのは容易い。なるほど、大変低コストで効果的ですね。一般人が真似できるというのが素晴らしい」
ベテランハンターである一樹さんに褒められてしまった。少しばかりこそばゆい。
「まあ、これができるのも間引きがそれなりに進んだおかげですね。二匹三匹と囲まれたら流石にこんな悠長なことやっていられない」
「それに関しては、ハンター側も数を出せばいい。ビッグアントは複数体で動きますが、それでも10匹以上になるのは珍しい。一般ダンジョンでも安全にアリの駆除ができる方法として、周知されるべきかと思います」
うーん、ベタ褒めされてしまった。……御影兄妹が、満足気に頷いているのは何なんだ。
「……それじゃあ、時間がある時でも市役所のダンジョン担当に伝えておきます。さて、それじゃあ先に進みますよー」
「ああ、入川社長。よろしければしばらく自分にアリの対処をさせていただけないか」
先を促そうとしたら、ベテランがそんな提案をしてきた。
「何か、やりたい事でも?」
「ええ。せっかくですので、手加減の練習を。ケイブチキンを、食肉として倒すのでしょう? 私は今まで、そういった事を気にした事が無かった。私の術で問題なく倒せるよう、新しい方法を用意せねば、と」
「なるほど……存分にどうぞ」
特に止める理由はない。ついでに、一樹さんの実力を見ることもできるし一石二鳥だ。隊列変更。小百合が下がって、彼が前に出る。
ダンジョン内を、複数の足音が響く。いつもよりもうるさく、だからかすぐに新しいアリが寄ってきた。
「衰え」
俺の隣で、彼がそう呟く。ただの言葉のはずなのに、酷く恐ろし気に聞こえた。そしてただの言葉ではなかったことを、ビッグアントが証明した。硬い殻で覆われているはずの全身が、瞬く間にひび割れ始めた。
呻く暇もない。足を動かせば関節からもげる。顎を動かせば割れる。ほんの数秒で、一般社会を恐怖に陥れるモンスターは絶命した。
「「「……」」」
一同、言葉が出ない。たった一言、わずかな時間。起きた出来事に理解が追い付かない。特に、御影兄妹などは顕著だ。凄まじく険しい顔をしている。同じ魔法使いとして、思う所があるのだろう。
そんな中、当の本人は眉根に皺を寄せて首をかしげる。
「……それなりに手加減をしたつもりだったが、これでもダメか。ケイブチキンに使ったら、肉を傷めてしまう。これは少し、難題かもしれないな。社長、つづけてもよろしいか?」
「あ、ああ。どーぞどーぞ。リュー、掃除!」
「お、オッス!」
前進再開。少しばかり、後列の足の歩みが遅くなる。
「やべーよ。あれが魔法かよ。勝則くん達は、あんなの使えるの?」
「いいえ芦名さん。自分はとても、あの域には至っていません。それに……」
「兄さん、あれは論理魔術じゃありません。別系統です」
後ろでひそひそと話し合っている。……そういえば、一般人が間近で魔法を見る機会はそんなにない。稀に街中で大道芸として簡単なものが披露される場合がある。あれは、何かしら許可がいるとかうっすら聞いたっけな。
その後も、一樹さんの練習は続けられた。
「
なんだかよくわからない液体を吐き出しながら悶えて死ぬ。
「苦しみ」
のたうち回ったあげく、全身を震わせ息絶える。
「かゆみ」
こちらものたうち回ったが、自ら壁にぶつかっていく事が多かった。そしてくたばった。
……駆除が仕事のダンジョン管理人が言うことではないのだけど。若干哀れに思わなくもない。後列の面々はもうまったく口を開かなくなった。流含む新人たちはドン引きで言葉が出ない。御影兄妹は真剣に観察している。
「ううむ。よくない。どれもこれも痛めてしまう。……失敬、お二方。そちらはどのようにして狩猟をされているので?」
我が社の魔法使いは互いを見合い、兄の方から口を開いた。
「自分たちは、主に状況のコントロールをするために呪文を使っています」
「兄さんが風で群れを抑え込み、私が痺れさせて落とす。止めは社長たちがやっていますね」
「痺れ……状態異常。それだ」
ぱちり、と指を鳴らす。そして丁度良く、近寄ってくる不幸なビッグアント。
「
一樹さんの呪文を受けると、アリは左右にふらふらと脚をもつれさせる。速度は遅くなり、真っすぐ進めなくなっている。そして彼は満足げに頷いた。
「これか。うん、シンプルで消耗も極めて少ない。いろいろと幅も広げられそうだ。そういえば、この手の術は本格的に触ってこなかったな。とても良い機会を得た。……社長、クォータースタッフをお借りしてもよろしいかな?」
「あっはい、どうぞ」
渡された杖を一振り。手首をひねり、回転させる。まるで演目のように整った動き。それでいてスタッフが風を切る音は鋭い。
彼は無造作に歩み寄る。そしてひと薙ぎ。ビッグアントの首が、壁に叩きつけられた。クリティカルヒット、というべきか。
「ありがとうございました。これで、私もお役に立てられるかと」
にっこりと笑う一樹さんに、俺は愛想笑いで返すしかなかった。ほどなくして階段が見えて往路は終了。帰り道では兄妹が張り切った。なにやら刺激を受けたようで、今まで見たことのない呪文を使っていた。
そしてそれに対して、一樹さんがアドバイスをしている。
「マナをまだ絞れる。把握も甘い。根本的に集中が足りていない」
「はい」
「お嬢さんの方は、感性に任せすぎている。無駄が多い。今一度、基本に立ち戻るべきだ」
「分かりました」
……が、専門用語が多すぎて素人にはさっぱりだった。ただ、なんとなーく、二人の魔法に変化が起きている事だけは分かった。
そんな感じにビッグアントを実験台にするものだから、ゴミ袋はどんどん膨れていく。流が持てる量をあっさり超えたので、次は俺。最後は新人お二人にも手伝ってもらった。
まあ、間引きが進んだのでヨシとしておこう。