【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
地上に戻ってきた。新人二人は、大きく深呼吸をしている。ダンジョンから出ると、あの圧迫感から解放されるのが分かる。今回は魔法祭りでもあったから、さぞかし普通とは違う刺激を得たことだろう。
片付けをし、一息入れた所で居間に集合。陽子さんが入れてくれた麦茶を飲みつつ、面接の締めを行う。
「……とまあ、うちのダンジョンを体験していただきましたが。改めてお伺いします。わが社への入社を希望されますか?」
まだ入社していない時点で、あえてダンジョンに連れて行った理由。やはりどうしても、向き不向きはある。怖くて足が動かなくなるとか、テレビ等で時折聞く。入ってからやっぱり無理、では手間がかかる。入る前に分かるならそれが良い。
宏明さんと歩さんは互いを見合い、こちらに向き直って首を縦に振った。
「なんとかやって行けそうです。よろしくお願いします」
歩さんは覚悟を決めた表情をしている。やけっぱちではないようだ。
「自分もです。勝則くん達がいてくれるのが何より心強い。っていうか三人も魔法使いがいるってすごいことなのでは?」
宏明さんがちょっと頬を引きつらせつつ笑いながら語る。まあ、確かにそれはそう。一人いるだけで間違いなく環境が変わる。だというのに三人、さらにその中には大ベテランが入っている。反則と言えるだろう。
そしてそんな魔法使いの一人は微笑みを崩さない。
「なかなか楽しい職場のようです。私もぜひお願いしたい」
……絶対この人、ウチじゃあもったいないレベルの人材だよなあ。自分で言うのも何だが猫に小判、豚に真珠だ。だけど、こういってくれるなら是非もない。
「それでは、三名とも採用ということで。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
社員一同、頭を下げる。これで、パート含め総勢八名。俺一人から、ずいぶんと増えたものである。何とも感慨深い。
「早速ですが社長。芦名さんと森沢さんをアパートに案内しようかと」
「ああ、そうか。……というか、引っ越し先あそこにするのか」
「一番近いうえに、家賃も安いので」
勝則の言葉に、強くうなずく新人二人。そうか、金もないか……なんか当分、メシをウチで食うことになりそうだな。別にそれはいい。ダンジョン食材で体力をつけてもらわなきゃいけないから。
問題は手間なんだよなあ。俺らが多少手伝うだけじゃ足りないだろう。裏方にもう少し人員増強が必要に思う。
新人二人が勝則に連れられ出発する。生活が安定するまで、しばらくかかるだろう。まあ、流たちで経験済みだ。
「そういえば、藤ヶ谷さんはマンション暮らしでしたか」
「ええ。あそこの一部屋を買いました。若干距離があるので、自転車でも買おうかと思います。せっかくですしね」
遠方に、八階建てのマンションが見える。たしか、そこそこお高くいい物件だったはず。入口とかキー入力のやつ。流石、東京で稼いできた人は違う。
とまあ、このようにして新体制がスタートし、数日が経過した。とりあえず、目論見通り稼ぎは増えた。我が社は、マンパワーがマネーを生む。そして運び出されたケイブチキンの一部は、食卓に並んで社員の健康に活用される。
「やべーよ。箸がとまらねーよ。無限に食えるよ」
宏明さんがかっ食らっているのは鳥むね肉のねぎ塩焼き。塩味が、汗をかいた身体に染み渡る。これまたコメに合うからたまらない。
「毎日高級食材と、新鮮な野菜。こんな贅沢していいんだろうか」
しみじみとつぶやく歩さん。二人とも、最初見た時より明らかに血色がよくなっている。毎日身体を動かし、食事をとらせた結果だろう。二人の運動能力も順調に延びている。それはケイブチキンの運搬量に現れていた。
……とはいえ、問題がないわけではない。懸念は表面化した。ウチでメシを食う人間が七名いる。朝昼晩、三食。その負担は裏方、陽子さんと小百合に回っている。仕事は食事の用意だけではない。
洗濯も人が増えた分だけ量が増した。まあ、これに関しては俺たちも手を出せる領域だ。分担すれば負担は減る。
だがまあ、他にもこまごまとした事柄がある。放置してはいけないと打診してはあるのだが……。
「あの、社長。よろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」
思い悩みながら食事を続けていたら、ちょうどその陽子さんから声をかけられた。その表情は明るい。もしや?
「あちらから色よいお返事がいただけました。パートで入ってくださるとのお話ですよ」
「おおー、よかった! 助かった。……いつ頃から来れるって聞いてます?」
「明日からでも可能だと。履歴書もご用意してくださったそうですよ」
「おお、なんと手早い。じゃあ、さっそく連絡して明日から……」
「え、社長。新人さんが入るんです?」
宏明さんがおかわりを自分でよそいつつ聞いてくる。この男、太っているわけでもないのによく食べる。
「ああ。パートでね。黄田さんと一緒に働いてくれるんだ」
「女性っすか!?」
……流石、フラれのプロ。まずはそこを聞いてくるのか。
「まあ、うん。女性だな、あと外国人だそうだ。帰化してるけど」
「よっしゃ、よっしゃ! 金髪美女万歳!」
すげえ、一瞬で自分の都合のいいように脳内変換して受け取ったぞ。面倒くさいからそのままにして……いや、だめか。つい最近、情報伝達不足でしくじったばかりじゃないか。
「残念ながら、既婚者かつ御年輩の方だ。ナンパは遠慮してもらおうか」
「希望が! 一瞬で!」
正しく天国から地獄。床へ崩れ落ちる。うーん、見てて面白い。
「社長……この職場は、出会いが無さすぎると思いませんか」
「まあ、確かに営業職にくらべると天と地の差だな。しかし、仕事が仕事だから……転職する?」
「それができれば苦労せんのですわ! というか、こんなにメシが美味い仕事ほかにない! 絶対やめたくない!」
「同じく」
同期の主張に乗っかる歩さん。流の時もそうだったが人間、胃袋を掴まれると弱いなあ。
「そもそも周囲に人がいない! 職場も業者の人も男ばかり! 社長、もっと女性を雇用してください! 美女かつ未婚で!」
「それができれば苦労はない。そもそも男すらめったに雇用できないのが我が社だよ。気長に待ってくれ」
「そんなー」
そんな風に青年の主張をあしらっていると、帰り支度を終えた一樹さんが目に映った。彼は家で食事をとる。なのでおかずを一、二品持って帰らせている。
そんな彼は、食事風景や台所の状態を眺めているようで。
「どうされました?」
「いえ、その……やはり人手が足りていないのでは? と」
「お気づきでしたか。まあ、その通りなんで人員増強を。一人、黄田さんの伝手で都合が付けられたので、ギリギリなんとかなるかなと」
「ふむ、ギリギリ、ですか。でしたら社長、一つ提案が」
「お伺いしましょう」
「実は、妻が働き先を探しておりまして。よろしければ、パートで使っていただけないでしょうか?」
「おお、助かります!」
ダンジョンの近くで働くというハードルを、ハンターの嫁という立場で乗り越えてくれる。こんなに素晴らしい人材が目と鼻の先にいたのに気づかないとは。俺もまだまだである。まあ、社長初めて一か月そこら。簡単に立派になれるはずもないのだが。
「女性……でも、人妻……」
そして、床で悶える万年フラれマン。ほんまにこの男はもう。と、呆れていたら彼の所に一樹さんがしゃがみ込んだ。
「芦名さん、一つよろしいか」
「はい? なんでしょう?」
「自分でいうのもアレですが、私の妻はとても魅力的だ。比肩しうるものはこの世にいないと個人的に思っています」
「へーへー、そりゃよかったですねー」
いじける宏明さん。まあ、のろけを至近距離でぶつけられたらそうもなる。そんな彼の肩を掴み、引き起こして目を合わせる。
「……なので、だ。『俺』の嫁さんに色目使ったらただじゃすまさねぇ。弁えてくれよ、な?」
「はいぃぃぃぃ!」
俺からは、一樹さんの背中しかみえない。どんな表情をしているのか分からないが、それでよかった。宏明さんの狼狽えっぷりが、猛獣の前にいる犠牲者のようだ。
そして、手を放して振り返った彼の表情はいつも通りの柔和な薄笑いだった。
「……さて。では今日はお暇します。妻を連れてくるのは明日でよろしいですか? もちろん、履歴書は持参します」
「あー、はい。お願いします」
帰宅する彼を見送る。玄関のドアが閉まる音を聞いて、一同胸をなでおろす。
「藤ヶ谷さんにとって嫁さんはウルトラ大事。みんな、覚えたな?」
「「「はい……」」」
疲れ気味に返事をする一同。唐突に発生した緊急事態だったからしょうがない。しかしまあ、大きなトラブルになる前に知れてよかった……としよう。うん。何といっても、俺たちの中で最も強いのが彼なのだし。怒らせるポイントが事前に分かるのはいい事だ。
「とはいえ、これでパートの補強もされる。人員的な不安は解消されるな」
あくまで、現在の状況でだが。新人が慣れたら、そろそろ次に向けて動き出そう。そのように決意する。その後、黄田さん経由で連絡しパート二人まとめて面接の流れとなった。
さて、翌日。最近の我々の朝の動きは、このようになってる。六時ごろ、この家に住んでいる俺、勝則、小百合が起床。身支度を整える。そうしていると流たちアパート組がやってくる。
男衆+小百合、庭でラジオ体操。そしてランニング。陽子さんは朝食の準備。昨晩の仕込みもあるので、一人でもできる……ように工夫してくれている。
体操が終わったらランニング。夏場なのですでに日差しが強い。息を切らせながら走る。最初の頃は、必要にかられて始めた。デスクワークしてたサラリーマンが、ダンジョンで生き残るには努力が必要だと感じたからだ。
その後、勝則たちも体力が落ちていたので付き合い始めた。今では会社で定めた行程のようになっている。まあ、強制ではない。藤ヶ谷さんは自主練だしな。
一通り走って家に戻り汗をぬぐう。揃った所で朝食をいただく。ほぼ全員、運動部所属の高校生のように食う。
落ち着き、食器を片付けていると一樹さんがやってくる。その隣には、同年代の女性がいた。
「おはようございます。こちら、妻のあかりです」
「おはようございます! 藤ヶ谷あかりです! 今日からよろしくおねがいします!」
おおう……なんという光属性。明るく元気。活発そうで、ショートボブの髪がよく似合う。一樹さんが自慢するのもよく分かる、美貌とスタイル。何だこの二人。物語の主役とヒロインか?
「おはようございます。社長やっております入川です。とりあえず、中へどうぞ」
家の中に通す。……いかん。新しい問題点を発見してしまった。家が、狭い。元々三人家族の住居だ。この人数は想定されていない。今はまだ対処できるが、これ以上は許容オーバーになるな。
抜本的解決は……建て替え? いやもう、家じゃなくて社屋が必要になるのでは? 今すぐには無理だが、今後の課題として考えておく必要がありそうだ。
「おーい、注目。こちら、藤ヶ谷あかりさんだ。みんな、挨拶」
「「「おはようございます」」」
居間にいる一同から挨拶され、あかりさんも元気よく返す。そのパワーに、ちょっと驚いていて面白い。
「今から面接やるから、仕事の準備に入ってくれ」
「ういーす。暑いんでダンジョン降りてていっすか?」
「入口で待ってろよ」
流にくぎを刺しておく。……ダンジョン管理の面からみると、ちょっとグレーかもしれない。ダンジョン管理免許の甲種は俺しか持ってないしな。この際だし、みんなに資格取得を促すか。
片付けをしていると、再びチャイムが鳴る。陽子さんが対応してくれて、その人物が現れた。
年のころ、七十代。背が高く、背筋がピンと伸びている。見事な銀髪に青く鋭い瞳。なんだろう、この人が来ただけで空気がちょっと引き締まった感じがする。
「社長、こちら私がお世話になっている氷川ダニエラさんです」
「おはようございます、ダニエラです」
こちらも挨拶を返す。座っていただき、さっそく二人の履歴書を拝見する。まず、あかりさん。高卒、東京の製造会社に就職。事務作業をこなす。その後一樹さんと結婚、寿退職。
なんというか、ドが付くほどシンプル。いや、今の時代こういう流れで退職できる人あんまりいない気がするな。大抵共働きだし。旦那さんの仕事が影響しているのもありそうだ。東京のハンターは働き場所がよく変わると聞くし。
対してダニエラさん。こちらはすごい。大学卒業後、高校に教師として就職。定年まで勤めあげている。なるほど、この漂わせる気配は先生としてのものか。
簡単に確認事項を聞いて、その後就職を希望した理由を尋ねる。
「夫と同じ場所で働けるということで希望しました。いつもいただく料理のおすそ分け、美味しかったというのもあります」
大変直球。裏表なし。疑う余地もない。
「ダンジョンのすぐ目の前で働くことになりますが、これについては大丈夫ですか?」
「一樹より……夫より強いモンスターなんていないので大丈夫です!」
「おおう……」
信頼。盲信ではない、絶対的な確信。もう、そうですねと頷く事しかできない。……一樹さんがいる限り、大丈夫だろう。絶対ぶれない。
質問をダニエラさんへ移す。
「反省と、戒めです」
険しい表情で、はっきりと告げる。
「黄田一家が逃げ出したと聞いた時、私は己の至らなさを恥じました。苦労していたのは知っていたのに、どうしてもっと手助けしてやらなかったのかと」
「それは……危険もありますし」
「黄田一家はもっとそうでした。それに加え、周囲からは心無い対応をされていたというのもあります。隣人が、ある日突然手のひらを返してきた。それも、運悪くダンジョンが家に発生してしまったという理由で。これほど心を苛む話がありますでしょうか」
身に覚えのある話だ。そして、それは俺も気付くべき事柄だった。俺と同じように、黄田家もまたダンジョンのせいで孤立無援になったのだ。
「ダンジョンで戦えぬまでも、出来ることはあったはず。それを怠った結果、私は友人を追い込むことになった。これほど恥ずかしい話はありません」
「ダニエラさん、どうかお気に病まないでください。……私たちが悪いのですから」
「いいえ。コレを正さぬようでは、私は胸を張って生きていけません」
……世の中にはいるんだな、こんなに立派な人が。横で聞いてる陽子さんも、庭からこっちを覗いている流も少しばかり涙ぐんでいる。
「故に微力ながらお手伝いできるよう、旦那を張り倒してはせ参じました」
「なるほど……なるほど?」
うん、胸を透くようなお話だったけど最後でなんかノイズ入ったな?
「あの、旦那さんはウチで働くことに反対で?」
「問題ありません。文句を言えないようにしてきましたから」
「……気になるようでしたら、いつでも職場見学にいらしてくださいとお伝えください」
「これはご丁寧に」
やはり、かーちゃんは強い。どこの家庭でも大抵強い。旦那さんに会ったら、丁寧に対応しよう。
「お二方の意思は確認させていただきました。基本的に、間引きをしているダンジョンは中からモンスターが出てくることはありません。地上に居る限り安全は保証されていると思ってください。というわけで、これからよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
パート二人の声がそろい、雇用が決定となった。ダンジョン屋ミナカタ、現在の人員はこうなっている。
社長:入川春夫
社員:御影勝則、御影小百合、黄田流、芦名宏明、森沢歩、藤ヶ谷一樹
パート:黄田陽子、藤ヶ谷あかり、氷川ダニエラ
総勢十名。ほぼ素人だらけ。十年選手の大ベテランが入ったのが大変大きい。草野球チームに大リーガーが飛び入り参加したように思える。
コレで人員の憂いはとりあえず無くなった。では増えた人件費に耐えられるよう、新たな利益を求めようか。
行くぜ、地下三階。