【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第32話 倒した後も一苦労

「社長、お疲れさまです。もう少し頑張ってください。撤退しましょう」

 

 呪文の維持を終了させ、勝則が促してくる。座り込みそうになるのを何とか堪える。ひざが笑っている。今回はかなりこたえた。

 

「呪文で軽くした。流、一匹はお前が運べ」

「俺だって疲れてるのにー! う、うげえ、軽くしてまだこんなに重いのかぁ」

「急いでください。藤ヶ谷さんの呪文が効いていても、サンマが近くにいるのは変わりないんですから」

 

 重さを一時的に1/10にする呪文があるという。サンマ一匹、およそ200Kg。それの十分の一だから20Kg。数字だとよくわからないので具体例を出すと、2リットルの大きなペットボトル十本分となる。

 大人でも一人で持つのはかなり厳しい。苦労して、一樹さんたちがいる後方にたどり着く。俺は肩を痛めたのでほぼ手ぶら。盾は流の分も合わせて小百合が持ってくれている。小柄なので辛そうだ。重量軽減の呪文を維持しながらだから余計に。

 未だ右腕が動かない。もしかしたら折れているのかもしれないと、冷や汗が止まらない。そうやって(俺だけボロボロで)合流してみれば、そこは血まみれとなっていた。

 

「お疲れさまでした。見事、丸々二匹狩猟成功とは素晴らしい。こちらも一匹、フラフラと近づいてきたので切り伏せましたよ」

「なる、ほど……」

 

 まき散らされた血は、弾丸サンマのものだった。……攪乱呪文を維持した状態で、ジャミングフィールドの影響を受けていないサンマを斬った? この人、一行動ごとにトンデモを披露してくるな。

 ちなみに、切り伏せたサンマは軽く解体してビニール袋へ。作業は宏明さん達が進めていた。こういう場合を想定して、保冷剤も持ち込んでいたのだ。

 安全のために、地下二階へ移動する。そこでやっと一息つくことができた。

 

「社長、肩を拝見しましょう。私はそれなりに怪我を見てきたので、医者ではありませんが多少心得があります」

「お願いします……痛い痛い痛い」

 

 触れられ、軽く揺すられる。ズキリズキリと肩が痛む。彼はフム、と一つ頷いた。そして。

 

「痛ったーーーーーーい!?」

 

 事もあろうに、いきなり腕を肩へ向けて押し込んできたのだ。今までとは別種の激痛が脳を叩く。恥も外聞もなく絶叫した。

 

「うん、脱臼でしたね。骨折はありません。地上に戻ったら医者に診てもらいましょう。出血などがあったらいけません」

「あ、ありがとうございます……」

 

 呻きながら礼を言う。流石に涙が出た。俺がダウンしている間に、皆が作業を進めてくれている。

 

「あ。ドバドバ出てきましたよ、兄さん」

「本当は水があると捗るんだが、流石にな」

 

 御影兄妹がやっているのは血抜きである。鰓《えら》の内側にある血管を切って血を抜くのだ。流石にデカいので、量も多い。

 血抜きが終わると、次の工程が待っている。

 

「これで、いいよな?」

「練習の時は上手くいった」

 

 宏明さん達が、サンマの顔の前で唸っている。ピックで額に穴をあけ、そこで今回の為に用意したもう一つの道具を使う。程よく硬く、曲がりもするそれは神経締め用ワイヤーと呼ばれるもの。

 これを額に突き刺すと。

 

「お、ヒレが動いた!」

「何とかなったか」

 

 狙い通りに神経に到達すると、ヒレが動く。そしてそのまま、ワイヤーを動かして神経を壊す。こうすると鮮度が保たれる……らしい。そもそも、モンスターに魚の締め方が通用するのか。鮮度が保たれるのかという疑問はある。

 一応、ダンジョンから出てくるモンスターは例外(こけ玉、スペクター)を除き大抵が地球の生物に酷似している。腑分けすると、中身もまたほぼその通りなのだとか。なので、ケイブチキンや弾丸サンマが空を飛べる(泳ぐ)理由が分からず科学者が頭をひねり続ける羽目になっているのだがそれはさておき。

 そんな感じなので、神経締めもたぶん効果がある。流石に、弾丸サンマの神経締め動画や研究はネットになかった。余裕ができたら、どこかに依頼してみるのもいいかもしれない。そんなツテないけど。

 

「社長、片付けが終わりました。地上に戻りましょう」

「お、おれも荷物を……」

「怪我人は大人しくしていてください」

 

 叱られてしまった。というわけで、ここから地上に戻る。サンマは術で軽くして、担架もどきの運搬器具を使って運ぶ。使うのは芦名さんたちである。本当なら俺と流も交代で運ぶ予定だった。

 しかし、俺は負傷で流は解体したサンマを背負っている。予定外だが、二人に頑張ってもらうほかない。

 

「地下一階からは私と勝則さんで交代すれば何とかなるでしょう」

 

 とは一樹さんの言葉である。さて、帰り道だが……なかなか難行だった。

 

「ケイブチキン、第三波きます!」

「やはり、魚と血の臭いに釣られてきますな……迷いの小道」

 

 次々と現れるニワトリの群れ。上から急襲するそれに対して、ベテラン魔法使いが八面六臂の大活躍である。いや本当、おんぶにだっこ。実力不足を痛感する。彼がいなかったらどうなっていた事か。

 ニワトリ達を避けて地下一階に到着。ここで歩さん達が力尽きた。

 

「ぜーっ、ぜーっ、ぜひゅーっ! き、キツイ。もうだめ。ニワトリに追いかけられながら全力疾走は、限界を超える……!」

「命の危険を、今までで一番感じました……」

「はい、お水です。あともうひと踏ん張りですからね」

 

 小休憩をとって、地下一階を抜ける。流石にここは、手間取る事も無かった。ビッグアント程度は、片手間で処理できる。数が現れなければ脅威にはならないのだ。

 ほとんどの者が疲労を覚えつつ、階段に向かう。焦燥が胸を焦がす。一分一秒でも早く、たどり着きたい。そんな気持ちに急かされていた。

 幸いにも、トラブルもなく地上にたどり着く。突き刺すような夏の日差しが、今日に限ってはたまらなく心地よかった。

 帰り付いたら休憩、とはまだ行かない。とりあえず、サンマを冷やす。その為のプールは用意してある。……中古の子供用プール(陽子さんのお友達ネットワーク提供)に、魔法で作った氷を大量に放り込んだもの。

 冷やしている間に、電話をする。相手は、水産品を加工している企業。市役所から紹介してもらったそこに、冷蔵トラックを寄こしてもらうのだ。

 そういった仕事を任せ、俺は一号車で病院へ。運転は勝則である。

 

「何とかなったなあ」

「先輩のケガは、マイナスにはなりますがね」

「済まんな、世話かけて」

「いいえ、それに関してはお気になさらず。ご自分を労わってください」

 

 幸いにも、怪我は大したことなかった。湿布を張ってもらい、三角巾で腕を吊ってお終いである。全治二週間との診断だが、今までの経験からするとこれは短くなりそうだ。

 帰ってくると、すでにサンマは出荷されていた。

 

「ただいまー。どうでした?」

「やー。やっぱ重いっすね。魔法ナシですから、車に運び込むの一苦労でしたよ」

「やっぱりか。時間、どんくらいかかりました?」

「んー、10分……15分かな? そんくらいですね」

「なるほど。ありがとう、お疲れ様」

 

 宏明さんに聞き取りをして、考える。やはり、本格的にサンマを取りに行くのは時期尚早である。俺たちの実力も足りていないし、環境も整っていない。投資が必要だ。

 そんなことを考えていたら、庭から何とも言えない香りが漂ってきた。何かを焼いているが、それが具体的に分からない。なので足を運んでみる。

 

「……なにやってんだ、リュー」

「へっへっへ。久しぶりに我が家のこいつが出陣っすよ」

 

 庭の日陰に流と歩さんが、七輪を囲んでいた。庭の隅には倉庫があり、黄田家の荷物があったのだがどうやらそこから引っ張り出したようだ。漂う香りは、炭が焼ける臭いだった。

 

「なんでまたそんなもんを」

「サンマ、デカいからコンロだけじゃ足りないってかーちゃんがいうので。昔だったらご近所の洗濯物とか気にしたけど、今は誰もいないから楽っすねー」

 

 炭に手持ち扇風機で風を送りながら語る。なかなか、手慣れているように見えた。

 

「……そういえば、藤ヶ谷さんは?」

「あかりさんに呼ばれて台所のヘルプしてます。呪文が必要だそうで」

「呪文が? 料理に?」

 

 歩さんの言葉に首をかしげていると、縁側の窓が開いた。現れたのは、中々味わい深い表情をした一樹さんだった。笑っているような、嘆いているような、何とも言い難い顔である。

 

「お待たせしました、サンマです」

「……なんかあったんですか?」

「いや、その……必死で組み上げた出血の呪文を、サンマの血抜きに利用されまして。まあ、妻の手伝いは望むところなんですが、思う所がそれなりに」

「左様で」

 

 彼が持ってきた大皿の上には、綺麗に血抜きされたサンマの身があった。これは、ほかならぬ彼が切ったアレである。売れないので我々がいただくという流れになったのだが、倒し方の問題で十分な血抜きができなかった。

 それがされたのなら、俺たちは美味しい食事にありつける。一樹さんの胸中はさておき。

 

「おーし、それじゃあ焼いていきますよっと」

 

 流が、網の上にサンマの切り身を乗せていく。すぐに、魚の油が焼けるたまらない香ばしさが漂ってくる。

 

「お、おお……こりゃすごい」

 

 腹が鳴る。疲れて食欲が湧かなかったのに、それがいきなり復活した。夏場で、しかも七輪の熱。クーラーで涼みたいという気持ちを超えて、ここにいたいと思わせる。このサンマが焼ける姿には、そうさせる魅力があった。

 

「社長、ケガしてるんですから中で休んでてください」

 

 が、歩さんにこう言われてしまってはしょうがない。駄々をこねるのは大人のすることじゃない。家の中に入る。

 すると、台所からこれまたいい匂いが漂ってくるじゃないか。こちらでは揚げ物をしているらしく、油の跳ねるいい音が聞こえてくる。

 そちらに向かいたいという気持ちを抑えて居間に。座って休む。やはり、疲れはある。大きく息を吐いていると、一樹さんがやってきた。どうも、庭と台所でサンマの運搬係をやっている模様。達人ハンターに何やらせてるんだ。

 

「そいえば社長、怪我の具合はいかがでしたか?」

「ああ……おかげ様で大したことないって。湿布貼って安静にしていろと言われたよ」

「それは何より……何かお悩みでも?」

「顔に出てました?」

「大きなため息は聞こえましたね」

 

 ダメだと分かっていても、もう一度ため息が出てしまった。……まあ、なんだ。ちょっと最近うまく行き過ぎた。スペクターの問題も、素っ転びつつも自分たちで解決できた。

 会社も設立、人も増えた。とんとん拍子で上手くいく。自重しているつもりであったが、やはりそんな甘い考えがあったのだろう。成果は出たが、ギリギリだ。継続していくには実力不足であると分かり、少しばかり凹んだ。そういう話である。

 ……脱臼でよかった。骨折だったらどうなってた。しばらく働けなくなる。その間どうすればいい。会社は始まったばかりなんだぞ。そんな不安が沸き上がってくる。

 社長になったのだ。責任がある。それを果たさなくてはいけない。身体を動かし、人に会う。社員の生活が懸かっている。プレッシャーを感じる。

 そんなつもりはなかったのだが、一気に気落ちしていく。怪我のせいか、空腹のせいか。

 

「……まあ、ちょっと。実力不足を痛感したというか」

「なるほど……社長、プラーナの訓練をしてみませんか?」

「はい?」

 

 プラーナ。ダンジョンで生物に影響を与えるエネルギーの一つ。マナは思考と精神によって操られるもの。プラーナは命と身体によって運用するもの。ネットやら動画やらでは、そのように解説されている。

 

「あれって、効果のある訓練法ってあるんですか? 大抵、詐欺っぽい話じゃないですか」

 

 魔法とアビリティの需要は常にある。ダンジョンに係らなくても、それに触れたいと思う人間は多い。その欲望に付け込んで、様々なインチキ商法が世にはびこっている。中には、インフルエンサーがそれにかかわったりして被害者を増やすなんて事故も時折見える。

 

「私は知っています。あとは、社長が信じるかどうか」

 

 そのように、いつもの薄い笑いを浮かべて語る一樹さん。……彼を信用しないわけじゃない。家のような零細に入ってくれたベテランだ。能力もダンジョンで見せてくれた。あまつさえ今は料理の手伝いまでしている(嫁さんのためかもしれない。たぶんきっとそう)。

 

「一樹ー! お皿運んでー!」

「はーい! ……まあ、考えておいてください」

 

 答える暇もなく、彼は再び嫁さんの手伝いに戻っていった。さて、空腹に耐えることしばし。陽子さん、あかりさん、ダニエラさんが腕によりを振るった料理がテーブルに並べられた。残念なことに、居間に全員入りきらないのでパートの人たちは別室で食事である。

 

「お待ちどうさまでーす。たくさん食べてくださいね」

「「「おおおーーー!」」」

 

 弾丸サンマは、焼き魚と竜田揚げという形で食卓に並んだ。他にも品はあるが、これらの放つ香りと輝きの前には霞んでしまう。

 これはいけない。俺も耐えられない。

 

「えー、第三階層アタック、おつかれさまでした。色々と課題が見えた試みでした。今後とも頑張っていきましょう。それでは、いただきます!」

「「「いただきます!」」」

 

 皆が一斉に料理にかぶりつく。俺もさっそくそうしたい所だが残念、右腕が三角巾に吊られている。箸が使えない。なので左手でチャレンジ……不格好だが、できなくもない。ヨシ。

 まずは焼き魚についている大根おろしに醤油をたらしたい。が、出遅れたおかげで現在争奪戦が起きている。なので、竜田揚げにいってみよう。付け合わせのカボスを絞る。柑橘類の香りがささやかに色づく。

 食べる。ふわりとした柔らかさ。そしてあふれ出る肉汁と旨味。疲れた体に染み渡る、カロリーという活力。ごはんも食べる。最高に合う。ケイブチキンのから揚げとどちらが上か? それを考えるのは無粋だ。とにかくおいしい、それがすべてだ。

 

「美味ーい! すげえ、これがサンマか!? サンマだけど全然違う感じがする!」

 

 宏明さんがはしゃいでる。他の面々も、笑顔で美味い美味いと連呼する。それでいてサンマを口に運ぶのが止められない。

 俺も、焼き魚に手を伸ばす。醤油が回って来たし。大根おろしと合わせて、食べる。おお……何という香ばしさ。炭火は正解だった。程よく油が落ちて、くどくない。大根おろしの酸味もばっちりだ。

 左手しか使えないのは、プラスかもしれない。右手だったら際限なく米とサンマを口に放り込んでいた。

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