【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
銀行、正確には地元の信用金庫から融資を受けた。会社(と、俺)の金を預けている所だ。預金の力は偉大で、無事に金を借りることができた。
さて、お金を借りる、返すと一口に言っても色々な種類と方法がある。今回我が社が受けたのは設備融資。企業が事業成長または維持のためにお金を借りる時に使われる区分である。
今回借りたお金は、中々に高額である。なにせ隣家を土地ごと購入し、上物を解体。整地し駐車場に整備。スロープや倉庫を作り、簡易シャワーや大型冷蔵庫を設置しなくてはいけない。
この内、土地と建物は投げ売り価格。何せ隣はダンジョンだ。金を貰っても欲しいという人間がいないレベル。が、それ以外はどうしてもお金がかかる。個人であったら、悲鳴を上げるような金額が。……もっとも、弾丸サンマを取れるようになったら半年とかからず返済可能となる金額でもある。やっぱすごいな、アレ。
とはいえ、捕らぬ狸の皮算用をしてもしょうがない。とりあえず、長期的な返済計画とさせてもらった。設備融資では普通の事であると銀行員……金庫職員から教えてもらった。
思い返すと、ここまでは中々手間と時間がかかった。不動産屋に行き、土地と建物の購入を打診。さらにそこの伝手で解体業者と建築業者、さらには設計業者の紹介を受けて。それぞれの作業にかかる費用の見積もりを出してもらって。
そうしてから我が社の経営状況を揃えて信用金庫の融資担当に持っていく必要があったのだ。なんでもしっかりと設備投資に使いますと証明しないと貸せないのだとか。……ルールというのは、問題が発生して生まれるものだ。
過去にはきっと、設備に使うとか言って別の用途に突っ込んだ企業とかいたんだろうな。例えば借金返済とか。
そんなこんなで、夏真っ盛りの現在。お隣は毎日喧しい。家の解体の真っ最中だからだ。毎日暑い中、作業員の皆さんが汗水たらして仕事をされている。それを依頼した我が社としては、問題なく作業を進めていただきたい。
怖いのは熱中症である。なので冷水はいつでも飲めるように用意している。監督さんにとても感謝された。調子に乗って、昼休みにケイブチキンの味卵もサービスした。作業員さん達にめっちゃ喜ばれた。
解体が終わったら、から揚げもサービスしようかとパート陣と相談中である。そんな騒がしい昼も終わり、皆が帰った夜。俺はハードディスクに保存してあった、断神様特集を酒を飲みつつ眺めていた。なお、脱臼はとっくに完治している。全治一週間。実際は三日で完全に痛みが消えていた。
『……ダンジョン地下五階。そこに恐ろしき怪物が生息している。強靭な四肢。硬質な鱗。ビッグアントをはるかに超える力をもつ、巨大な顎。現代兵器をもってしても、討伐困難なモンスター。レッサードラゴンである』
テレビには、路線バスほどの大きさの巨大なトカゲが映っている。現在ダンジョンから出てくるモンスターで確認されている最大の脅威、レッサードラゴン。これが出現したら、一般のハンターでは状況処理が不可能と判断される。
これは、昨年起きたダンジョンブレイクの記録である。
『噛む、踏む、体当たり、飛び掛かり、尻尾による殴打。どれもが一般人には致命傷。戦闘車両ですら、接近されれば破壊される。恐るべき脅威である』
壊される街並み。ひっくり返る乗用車。逃げ回る人々。ブレるカメラ。散々たる有様を映像は伝えてくる。
これぞモンスター。アリだのニワトリだのサンマだのは、ただの前座。降りれば降りるほど、ダンジョンはその凶暴さをさらけ出す。
自衛隊の戦闘シーンが映る。移動し、有利なポジションを確保して攻撃を加える。アサルトライフルの銃弾が、容赦なく浴びせられる。レッサードラゴンの体表で火花が散る。うろこで弾かれている。かとおもいきや、血肉も飛び散っている。
『ゴァァァァァァ!』
吠える怪物。即座に移動を開始する自衛隊員。それを追って飛び跳ねるドラゴン。揺れる地面、壊れる建築物。別の部隊が攻撃を加え、注意を引く。
一度でも攻撃を貰えば、命に関わる。それでいて、通常火器では致命傷を与えられない。かといって攻撃を加えないという選択肢もない。放置すれば、何処へ行くかもわからない。
だから、攻撃することでコントロールする。命がけの時間稼ぎ。戦車や、より強力な兵器の到着までこれを続ける。間に合わなければ、彼らの命はない。あの場に立つのに、どれほどの勇気が必要だろうか。
そして、希望が現れる。ファンタジーと現代が混じった装備に身を包んだ、日本最強の英雄たちが到着した。
『対ダンジョンブレイク特殊部隊、ドゥームブレイカーズ。全員が、ダンジョン地下五階で活動可能。最高で、地下八階のモンスター討伐を達成。これは、現在の世界記録と同じである』
英雄たちの狩りが始まる。剣、槍、ハンマー。様々な魔法。それらによって、確実にレッサードラゴンにダメージが入っていく。アサルトライフルよりも確実に、深い傷を刻んでいく。
その動きは危なげなく、洗練されている。互いに助け合い、またはチャンスを生かしていく。わずかでも同じ世界に足を踏み入れているからこそ分かる。訓練の果てにある、連携の極み。
レッサードラゴンが悲鳴を上げる。必死の抵抗をするが、牙も爪も尻尾も英雄たちには届かない。彼らの勝ちは揺らがない。誰もがそう思っていた。
『ゴアァァァァァァッ!』
二匹目の、乱入。あわや、という所で辛うじて退避する英雄たち。戦闘はここにきて難易度を向上させた。一体だったからこそ、囲んで戦えた。二匹目が現れたことで、連携を大きく崩さなくてはならなくなった。このままでは長引く。三匹目がもし現れたりもしたら、敗北もありうる。
彼ら彼女らの表情は険しい。……しかし、そんな危険地帯に飛び込む一人の姿あり。
「ハアァァァァァァァァッ!」
大剣一閃。大上段から振り下ろされたのは、グレートソード。ボディビルダーでさえまともに振れそうにない、鉄と刃の塊。それが二匹目のドラゴンの首にするりと入って、抜けた。
声もなく、切り落とされるドラゴンの頭。噴水のように鮮血がまき散らされる。それを成したのは、美しい女性だった。
赤色が入った長い髪は、頭の後ろで縛ってポニーテールに。背は高く、足は長く、腰の位置も高い。運動性重視でレオタードじみた服は、日本人離れしたボディラインを隠していない。防具も最低限だ。
『地下八階到達者。ドゥームブレイカーズ最大戦力。『断神』
凄惨な映像が切り替わり、次々と姿の違う彼女が映し出される。式典用のスーツ姿。訓練用の運動着。そして、様々なファッションショーでの艶姿。
彼女こそが日本の英雄にしてカリスマモデル。断神様こと観月里奈である。その人気はすさまじく、芸能人やアイドルよりも注目度が高い。……それでいてメディア、特にテレビへの露出は少ない。
何故かというと、彼女はいわゆるテレビ業界とすこぶる相性が悪いのだ。ノリが、全く合わない。合わせられない。
有名な事件がある。ある生放送で、彼女が出演した。彼女はその時自分の武器、グレートソードをスタジオに持ち込んでいた。
最初は和やかに話が進んでいた。挨拶、感謝、ダンジョンやモンスターについて。そこまでは良かったのだ。しかし、テレビのノリが出始めた所でダメになった。
『こんなにかわいい子と一緒に戦えるなら、俺もダンジョンいっちゃおうかなぁ!』
そこそこ有名な芸能人がこう発言した。もちろん、冗談である。だが彼女はそう取らなかった。
『ビッグアントにたかられて死ぬのが目に見えているので、止めることをお勧めします』
塩対応、どころの話ではない。今までの和やかな雰囲気を消し飛ばし、戦士としての気迫をみなぎらせてそう告げたのだ。
場の空気は、一瞬で絶対零度かと思うほどに冷え切った。生放送で黙ってはいけない状況であるというのに十秒以上、誰も発言しなかった。できなかった。
なんとか司会がプロ意識を発揮し、場を動かした。とてつもない放送事故で高かった視聴率が更に上昇。批判の電話も殺到。番組は微妙な空気を孕んだまま続行。
現場スタッフも出演者(断神様除く)も冷や汗を流す中、いよいよ最大の問題が起きてしまった。
断神様の愛刀拝見、というイベント。これは事前に彼女にも伝えられていた。ダンジョンより発見された神秘の品。デザインも、淡く光る刀身も人を引き込む魅力があった。再び盛り上がりを見せるスタジオ。
そして、最後のトリガーが引かれる。
『それでは、これよりどれほどすごい切れ味なのか。デモンストレーションを行っていただきまーす』
そうして、彼女は巻き藁を切った。物理的には、巻き藁だけが切れた。床も壁も傷一つない。しかし、スタジオにいた一般人はそうならなかった。
彼女が剣を振るう時に放たれる気迫に、耐えられなかったのだ。剣が鞘に納められると、切断された巻き藁が落ちた。同時に司会者や芸能人たちが、バタバタと倒れたのだ。
『あらまあ、これはいけない』
彼女がそう呟き、画面から消える。そのまま倒れた芸能人たちが3分近く生放送され続ける。その後、断神様が連れてきたスタッフによって出演者たちは介抱され放送も止められた。その間テレビ局の外線電話は鳴りっぱなし。現場と外部への対応に、多くの仕事を中断させられる事態となった。
これが彼女の名前を世間に知らしめた『テレビばっさり』事件である。通常であれば、彼女に非難が集中する流れだろう。テレビ局が彼女を訴えても不思議はなかった。だけどそうはならなかった。
この時点で、彼女の人気は絶頂のものだった。ダンジョン発生から十年。凄惨なダンジョンブレイクの場には常に彼女の姿があった。正確には彼女の所属するドゥームブレイカーズが投入されていたわけだが。
彼女達の活躍によって救われたものは多い。加えて、この美貌である。広報活動の一環で写真を撮ったのを皮切りに、忙しいスケジュールの合間を縫ってモデル業務までくわえられた。
これまた人気が爆発した。日本人離れしたスタイルと美貌。そして英雄としての知名度。彼女自身の持つカリスマ。これらが合わさり、絶大な人気を獲得するに至った。
なのでここで彼女と敵対するのは現状がさらにマイナスとなる。テレビ局はそう判断した……のかは分からない。そもそも、ドゥームブレイカーズは政府の組織である。彼女の名声は不安定なダンジョン時代において治安維持に大きく役立っている。もっというと政治への支持にも。
警察や自衛隊にも、彼女のファンは多い。第一の権力である国民。第二の権力である国家機関が支持する英雄。それに泥を被せたらどうなるか。第三の権力とされるマスコミは、この場ではその泥を自分たちで被る選択をした。
結果的にこの選択は功を奏した。生放送さえしなければリカバリーはできる。彼女の出る番組は視聴率が稼げる。視聴者もスポンサーもにっこりである。
ともあれこのようなエピソードを持つのが現代日本の英雄、観月里奈である。多くの民衆と同じく、俺もまたファンの一人。
なにより、スタイルが素晴らしい。ボンキュボン! 男女問わず、彼女に魅了されるものは非常に多い。それで戦闘時は際どいレオタードじみた服なのである。マジ最高。
「先輩がー、いかがわしい映像を見ていまーす」
ぐえっへっへ。と鼻の下伸ばして断神様を眺めていたら、背後から冷ややかな声がかけられた。
「俺は日本国民として正しく断神様へ信仰を捧げている最中だ。いかがわしいとは心外な」
「スケベ心は信仰心にコンバートできませーん。普通に訴訟問題だとおもいまーす」
「馬鹿な。断神様がそのように面倒なことをするわけがない。気に入らなければバッサリよ」
「うーん、解像度が高いですねこのスケベ信者」
「実際その手の事件に事欠かないからな、断神様」
政治家、企業重役、テレビ関係者……彼女の美貌にのぼせ上げて近づく権力者は数多い。そんな連中を、刃を抜かずにばっさばっさとぶった切っている。後に残るのは間抜け面を晒した権力者と取り巻きのみ。
恥をかかされ、彼女を潰そうという試みもあったらしい。しかしことごとく潰し返された。彼女の持つ力は、それほどまでに大きい。……以上、ただの噂である。
「それに、今日ぐらいは許してくれよ。明日は面倒極まる呼び出し食らってるんだぞ」
「……まあ、そうですね。仕方がありません。でも、ビールはそれだけですからね」
「はーい」
小百合からお許しが出た。まあ、地上波で放映できるレベルなので、お色気はちょっぴりだ。そのちょっぴりが、断神様本来の魅力で大増幅されてもいるんだが。
テーブルの上に投げ出された資料に目をやる。そこには『市内ダンジョン管理協力のお願い』とあった。発行は、市役所である。俺は大きくため息をついた。