【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
翌日。まだ9時だというのに、空気は夏本番真っただ中。久方ぶりに袖を通した背広は、だいぶ窮屈に感じた。二号車に乗ってやってきたのは市役所。同行者は御影兄妹である。二人もまた、久しぶりの背広であり大変似合っている。
見目麗しい敏腕な部下を侍らせれば、俺も多少はハッタリが効くというもの。ダンジョンで体を鍛えたのも、無駄ではないはずだ。
受付で用件を伝え、案内される。三階にある応接室に通された。少しばかり、ソファーに座って待っていると扉がノックされる。返事をすればいつもの担当者である市役所の兄さんとその上司らしき人物が現れた。
立ち上がって挨拶する。
「失礼します。おはようございます、お呼び立てして申し訳ありません」
「いいえとんでもない。いつもお世話になっております」
とりあえず社会人として社交辞令を交わす。さて、何故俺が呼び出されたのか。市内ダンジョンの管理状況が理由である。
市内には複数のダンジョンがある。合計は10に満たないものの、そのうち3つは市が管理している。理由は単純で、その土地を持っていた者が管理しきれなくなったからだ。
そもそもの話、一般人がいきなりダンジョン管理の責任を負わされるというのが無理な話なのである。その時点で、人生設計が破綻する。管理に専念しなくてはいけなくなるから、今までの生活も維持できなくなる。
そうしなければ、国が維持できなくなる。そこまで追い込まれているというのは分かるが、だからと言って犠牲になるこちらとしてはもろ手を挙げて賛成とはいかない。結果的に逃げる者が現れる。当事者だけでなく、周囲の者も。
話を市のダンジョンに戻す。現在の管理状況を市全体で見るならば、よろしくないというのが現状なのだそうだ。一つのダンジョンを除き、すべてが地下一階で活動している。
こけ玉の駆除が基本。稀にビッグアントを倒す程度。数も減らず、管理者は困窮する。ボランティアを募集するも、人手は集まらない。
そんな状況下で唯一、地下二階で数多くのケイブチキンを狩ってくるダンジョンがある。最近では地下三階にチャレンジしたという話もある。地方ダンジョンでは、大変珍しい事例であるらしい。
そう、我が社のことである。そんなにすごいならば、こちらに手を貸してくれてもいいではないか。苦しんでいる者達からは当然のように声があがり、市役所の職員がそれを受け止める羽目になった。
かくして、現状が出来上がっている。
「それで、今回の件に関してなのですが……」
「市内ダンジョン管理への協力、という『依頼』でよろしいのですよね?」
相手が話しきる前に、俺は動いた。上司の笑顔が強張る。今回の話は、いろいろと問題を抱えている。
まず第一に、市役所の予算には限りがある。それでなくても、市の運営にかかる費用は膨大だ。しかも税金だ。変に使えば、面倒な市民団体の餌食となる。
ダンジョンの管理は、決しておろそかにできるものではない。市民の生活に大打撃を与えるのだ。それは市政にも大きく影響する。かといって、湯水のように金を注ぎ込むこともできない。不況のせいで税収も減っている。ダンジョン一つ増えればさらに減る。政府からの補助金にも限りがある。
なので、支出はなるべく少なくしたい。それ故のダンジョンボランティア。俺の大嫌いな、やりがい搾取である。
役人さんとしては、俺たちをタダで使いたい。あの手この手、何かしらの譲歩もしてでも金を使わず使い倒したい。だが、できなくなった。
それが問題その二。ダンジョン屋ミナカタは、会社であるということ。会社とは利益を求める組織である。人を動かせば人件費がかかり、儲けが無ければ経営に問題が出る。
もちろん、地域貢献や社会貢献を否定するわけでは決してない。会社周辺の清掃や、地域のイベントに参加する程度であれば参加もする。
だが、事はダンジョンである。まかり間違えば、命に関わる話。しかも、市が求めているのはこけ玉清掃ではなく、ビッグアント以上のモンスター討伐だ。それに加えて、モンスター討伐は我が社のメイン業務である。
ボランティアでやるのは、企業として上手くない。自社の価値を落とすことになる。たとえ、立ち上げから2か月たっていなくても、それを落とすことはできない。買い叩ける企業というレッテルは、今後の取引に悪い影響が出るのだ。
「正直申し上げまして、我が社も余裕があるわけではありません。何をおいても自社が保有しているダンジョンの管理が最優先ですから」
「それは、はい。当然のお話です」
ハンカチで額に浮かんだ汗をぬぐいながら、上司の人が答える。強張った笑顔はそのままだ。
「人員だって、余裕があるわけではありません。モンスターを倒して、それを持ち出す。戦闘と運搬、それらを不足なくこなすとなれば全員でかかる必要があります。魔法使い一人派遣して、後の作業を別の業者に任せられるなら多少は違うでしょうが」
「それは……なかなか、こちらも人員確保に苦労しておりまして」
知ってる。つくづく、人が足りなきゃボランティアで補うという手法は悪であると思う。本来ボランティアというのは、余裕のあるものが自主的に行うものである。状況や環境を理由に同調圧力をもって要請するものではない。
労働には正しく対価を支払うべきだ。少なくとも俺はそう思っている。口に出せばきっと火種になるだろうから腹の中で止めておくが。
「私も、いわゆるダンジョンカンパニーが行っている管理サービスの価格帯について調べてみました。魔法使いを一人派遣するのにかかる費用というのは、結構な額になりますね?」
「ええ。一回だけ頼むのでは焼け石に水。ある程度の効果を求めるならば最低でも一週間以上は雇わねばならず。それをダンジョンの数だけ行うというのは、予算的にとても……」
まあ正直、ダンジョンカンパニーのアレはかなりぼったくり価格だとは思っている。高い金だして契約している魔法使いを出向させる。利益を求めるならどうしてもこれぐらいにはなるだろう。
だが、それにしたってひどい。高級車レンタルするんじゃないんだから、限度ってものがあるだろう。セレブ用かと言いたくなる。
俺が淡々と告げて、上司の人が苦し気に受け答えする。面談は、始まってからずっとこの流れである。担当の兄さんは何も語らない。今回の話が無理筋だとよく理解しているからだ。
というか、この面談が決まる以前から打診は何度もあったのだ。一番初めは、起業直後だった。家が会社としてやっていくと伝えた翌日、わざわざ家までやってきた。
『あくまで質問です。要請ではありません。他のダンジョンにヘルプってできますか?』
『無理っす』
思わず流のような口調で答えれば、市役所の兄さんは半笑いになりつつため息をついた。
『ですよね。ええ、上司にはそのように伝えておきます。これは頭抱えるなあ』
『そんなにですか』
『魔法使いが二人もいて、ケイブチキンを倒せているダンジョン。市内にはほかに居ないんですよ。上はどうにかボランティアに引っ張り出せないかって目論んでましたけどね』
『やっと生活が上向いたばかりの人間に無茶言わないでほしいもんです』
『自分もそう言いましたし、上司もわかってるんですけどね。市内の現状と、内外の声がそれを許してくれないんですよね……』
何処のダンジョンも余裕がない。ひとつボタンをかけ間違えれば、ダンジョンブレイクが起きかねない。そんな状況であれば、無理を押し通して道理を蹴り飛ばす必要が出てくる。
が、なかなかどうしてそれができない。まず、強制させる権力も武力もない。ダンジョン管理に余力があるなら他者を助けろなんて法律はないのだ。
加えて、うちは魔法使いが三人いる。無理やりやらせる、などというのは絶対に無理。市民が囲んだら、管理妨害で警察を呼ぶだけ。
少しでも脅すような言葉を使えば自爆となる。同調圧力すら使えず、窮状を訴えて俺の関心を引くしかない。上司さんは相当苦しい立場だろう。顔が青白い。胃も痛いに違いない。
……そして、事ここに至って俺も覚悟を決めた。上司さんが自爆するかなと構えていたが、その気配もない。市内の状況を説明して、どうにかこっちの譲歩を引き出す。ただその一点で勝負している。分の悪い、どころの話じゃない。コールドゲーム寸前の負け試合で、それでもボールを投げ続けている。
俺も、年上のオッサンいじめて楽しんでいるわけじゃない。お望み通りの譲歩をしよう。飲めないラインもきっちり告げて。
「現状は分かりました。私としても、ダンジョンブレイクが近所で発生するのは望んでおりません」
「おお、では……」
「ですが先ほどまでお伝えした通り、我が社も人員に余裕があるわけではありません。そちらへの作業に割ける労力には限りがあります」
「はい、それはもちろん」
「ですので、いくつかのお約束をいただければ料金について勉強させていただけるかと思います。……ここからは、双方で記録を取りたいと思いますがよろしいですか?」
俺のこの一言で、市役所の兄さんと小百合がICレコーダーをテーブルの上に置いた。上司の人も頷く。
「まず第一に。今回のサービスはあくまで市内に限定させていただきます。なので他所の市町村から問い合わせが来ても我が社には繋がないようにしてください」
「む……分かりました」
俺の言葉だけで、何を警戒しているか理解したようだ。眉間にしわを寄せつつも、強く頷く。
俺の最大の懸念。それは『サービスを際限なく他者から要求されること』である。
それを、他所の市町村はどう見る? そう、余裕ができた我が社に起きたことと同じである。ウチを手伝えと、あの手この手の要請(または恫喝、脅迫)が待っているに違いない。
貧すれば鈍する。誰も彼も同じ。黄田一家のように、である。俺は社長として、そして友人として。社員が使い潰されるのを黙って受け入れるわけにはいかんのだ。ふざけるな。どうして俺らが犠牲にならなきゃいかんのだ、と。
まあ、それは相手も同じ気持ちかもしれんがね。
「第二に。我が社が入るダンジョンは市役所管理か、個人管理。どちらか一方かつ、片側全部とさせてください」
「は……それはどういう?」
「あの人は手伝って、うちはやらない。絶対禍根になるでしょう?」
「……そうですね。ええ、分かります」
市役所管理ダンジョンが一番、角が立たない。そこが手すきになれば、余った人員を個人ダンジョンに回してくれるだろう。我が社にクレームはこないだろう。
個人ダンジョンに入るなら、市内の同種全てをするべきだ。やらないと絶対、後に響く。半端が一番よろしくない。
「あとはまあ、ダンジョンから持ち出したものは我が社の取り分とさせていただきます。これはダンジョンボランティアでもそうですから、問題ありませんね?」
「ええ、はい。それはもちろんです」
ぶっちゃけ、料金安くできる最大の理由はこれだ。いつもと同じ事すれば最低限、会社の利益は確保できる。高額で魔法使い雇っていない我が社だからこそである。
「以上の事柄を守ると書面でいただきたい。上の人、できれば市長のサインをいただければなお良いのですが」
他所の圧力が来た場合、この上司の首飛ばして約束をなかったことにする。そんな振る舞いをされるわけにはいかんのだ。
「分かりました。ダンジョンに関する事柄です。上にもしっかり掛け合いたいと思います」
力強く請け負う上司の人。とりあえず、今回はこれで良しとするべきか。この後、改めて正式な契約書を交わすと約束し面談は終了。俺たちは市役所を後にすることとなった。
「疲れたぁ……」
二号車の助手席に乗り込む。車内は、サウナを上回る灼熱地獄になっていた。エアコンもまた熱風だけで、しばらく役に立ちそうにない。ネクタイを緩めながら、窓を開ける。
車を発進させながら、勝則が笑う。
「お疲れさまでした、社長。お考え通りに事が運びましたね」
「相手が最初っから崖っぷちだったからなあ」
お上の権力と財力、世間の建前を大上段から振り下ろされれば木っ端企業が抗えるはずもない。そうならなかったのは、ひとえに相手の状況が悪かったから。ただの役人って立場で、無理を通せって言われてたのだろう。いや本当、自分だったら御免被る。
「いざという時の為に用意しておいた『奥の手』ですが、無駄になりましたね」
「上司の人が、無理言ってこなかったからな……まあ、備えなんてものは無駄になるのが一番だ」
「先輩も兄さんも、悪だくみはほどほどにしてくださいね」
後部座席から小百合が呆れたように言うが、本気ではないのが簡単に分かる。笑ってるしね。
「悪だくみとはひどい。それを言い出したら、大学時代のアレの方がもっとひどかっただろう? ……まあ、被害拡大は予想外だったんだが」
「ああ。アレはひどかった。先輩の恐ろしさを、ようく勉強させていただきましたよ」
「可哀そうでしたね、あの人たち。いい気味だとも思いましたけど」
「お前らな。繰り返すけど、あそこまでの炎上は意図したものじゃ……」
笑い声が車内に響く。エアコンが効き始めたので、窓を閉める。夏の日差しが、街を焼いていた。