【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第36話 魔法の悪い話

 正式な契約をして、短期間ながら市内ダンジョンの管理補助をすることになった。対象は、個人管理の方。なんでも、ダンジョン管理支援金から今回の依頼料を賄うのだとか。

 使うには何かと制約があるが、今回はそれに合致しているらしい。……それは良かったね、と言いたい所だがモヤっとしたものがなくもない。しかし、少なくとも困窮しているダンジョン管理者の懐は痛まない。それで良しとしておこう。

 管理補助、などとは言うが実際はモンスター退治である。短期間で、できる限りこけ玉、ビッグアント、ケイブチキンを狩り倒す。それもできるだけ多く。

 一つのダンジョンにかけられる日数は、なんと三日だけ。それ以上は予算オーバーと言われてしまえば仕方がない。となれば、最大戦力を投入せざるを得ない。

 

「先生、お願いします!」

「どーれー……で、いいのかな? 私、元ネタ見たことないのだけど」

「自分もー。時代劇だったという事しか知らない」

 

 十年選手の大ベテラン、藤ヶ谷を前面に立たせる。普段は一歩引いて状況を見極め、必要最低限しか手を出さない彼である。こう言うと、手を抜いているように見えるが実際は違う。俺たちが成長できるように助言や手回しをしてくれているのだ。

 それに手を出さないのはあくまでダンジョンの中だけ。雑務に関しては率先してこなしている。むしろそっちを俺たちに押し付けるのが普通だと思うが、彼はそんなことをしない。笑顔で汚れものを洗い、ゴミ掃除をする。嫁さんが呼べば、即座に尻に敷かれに行く。彼はそんな人である。

 とまあ、そんな一樹の戦闘力を今回ばかりは全力で発揮してもらう。見せてもらおうか、大ベテランハンターの性能とやらを。

 ……などと、軽い気持ちでいた俺が馬鹿だった。

 

「患い、広がれ」

 

 たった一言。それで彼から黒いオーラが放たれる。広がったそれに触れたビッグアントは、たちまちひび割れ、崩れ落ちる。そこで終わらなかった。そのアリから同じオーラが立ち上がったと思いきや、すぐ近くの同族に乗り移ったのだ。そしてその後の結果は同じものとなる。

 呪文の感染、とでも呼べばいいのか。目に映る限り、あちこちにいたビッグアントが瞬く間に死んでいく。次々と、容赦なく。

 

「……」

 

 一同、声も出ない。あまりにもひどい状況に、リアクションすら取れないのだ。いやまあ、これまでも、一樹さんの呪文の凄さは間近で見てきた。しかしながら、ここまではっきりと容赦のない性能と効果範囲を認識したのはこれが初。

 俺を含む全員の脳裏に、ある疑問が浮かぶ。これをもし地上で、人間に向けて使ったら? その結果が、簡単に想像できる。死屍累々、いかなる戦場よりも悲惨な光景が生まれるだろう。たった一言で。

 

「とまあ、こんな呪文ばかりなので普段は控えめにしているのです」

 

 そして、これを成した男は気軽にそういってのける。……はっきりと言おう。怖い。冗談じゃない。怪物とかそんなレベルじゃない。あまりにも、能力が違いすぎる。

 月とスッポン、魔王とスライム、やりこみゲーのキャラとモブ。隔絶した差がある。彼がその気になれば、俺たちはあっさりと死ぬのだ。これが怖くないはずがない。

 だが、しかし。これを俺は克服しなくてはいけない。克服できなくても、平気なふりをしなくてはいけない。何故か? 決まっている。俺は社長だからだ。

 細く静かに、深呼吸。

 

「……フジくんが、箒と塵取りを買えというはずだ。軍手じゃどうしようもない。時間がいくらかかるかわかったもんじゃない」

「甲子園の土を集める感じになるっすもんね。昨日の中継みたく」

 

 即座に復帰したのは、やはりというべきか流だった。そしてのろのろと、他の面々も気にしないふりをしだす。

 

「じゃ、じゃあ。始めますか、掃除。自分はこちらから」

「ゴミ袋、こっちで広げておきますね」

 

 歩が粉になったビッグアントを集め出す。小百合はそれを捨てる場所の準備。普段だったらダンジョンの床に物など置かない。ビッグアントが噛みつくからだ。今日ばかりは、その心配もない。

 

「いや。こんな弱い呪文にそこまでの反応をされると正直私も困るんだが」

 

 そして、大変ぎこちない俺たちに対し元凶がクレームを入れてきた。

 

「いや怖ぇーよ。無理を言うな。なんだよ今の全滅呪文。人間相手に使ったらどうなるんだよ」

「……まあ、端的に言えば死屍累々かと。一般人は呪文への抵抗力がほぼない。一度かかればそのままあの世行き間違いなし」

「だよね? 呪文一つで大惨劇を引き起こせるって言われたら、普通ビビるんだよ」

「しかし。そういう話をされたらすでに御影さん達も同じ領域にいるのですが」

 

 隣を見る。勝則が視線を逸らす。逆を見る。小百合が明後日を向く。

 

「かっつん? サッチー?」

「……道具というのは、使いようでいくらでも悪事を働けるものではありませんか、社長」

「ミストの呪文を、大盛況の富士山登山道で使ったらひどいことになりそうだなってちょっと思ったりしました」

 

 うん、滑落事故が大発生しそうだね。なんてえぐい。

 

「一時期の東京では、企業間暗闘に魔法使いが投入されそれはもうひどい有様でした。なまじ、呪文で誤魔化しが効いてしまうために遠慮がなく。あの行方不明事件がなければ、今頃一般人にまで被害が及んでいたでしょうね」

 

 いっそ呑気とすらいえる口調で語るベテランハンター。語っている内容は物騒なんてレベルじゃないが。……というか、御影兄妹が前にいってた暗闘の痕跡。実際の内容を知っている人物がでてくるとさらにゾっとするな。

 現実感が出てしまうことが恐ろしく。それ本当に日本の話? と言いたくなってしまう。

 

「正直な所、魔法を学び始めたばかりの自分としては両方の気持ちが分かると言いますか。呪文は、一般人に対して簡単に有利を取れてしまいます。霧を生み出すだけのソレでさえ、使い方次第で大惨事です。簡単な呪文だというのに、です」

「魔法が、個人に依存したレア能力ってのも問題の一端だと思うのですけどね」

 

 二人の言葉には頷ける部分が多々ある。ダンジョンに潜り、素質のある者だけが開花できる能力。様々な超常現象を、使用回数という制限のみで発動できる。その回数だって、精神をゆっくり休めれば回復できるときた。

 ローコスト&万能性。ハンターになれば高給取りが確実となる(実際は楽なものではないが)。誰だって魔法使いになりたいと思う。俺だっていまだにそう思っている。

 これで目覚める方法が確立していれば別だが、それは完全に素質頼り。つまりは運、くじに当たらねば絶対に手に入らない。

 深々と、ため息をつく。気が付けば、ずいぶんとくさくさとした気分になっていた。いかん、切り替えよう。仕事中だ。

 

「よし。この話おしまい。仕事に戻ろう」

「社長……それでいいんですか」

「だって、どうしようもないだろヒロっち。呪文は怖いもの。でも便利なものでもある。上手く付き合っていくしかないんだよ。怖がっても妬んでもプラスにはならんのだし」

 

 持たざる者達(含む自分)に言い聞かせる。改めて考えれば、身近な道具が使い方次第で危険物になるというのはいくらでもある。

 包丁やハサミは分かりやすい。生活に必須の電気だって、感電すれば命に関わる。移動を助ける車だって、交通事故死亡者数を調べれば冷や汗の一つもにじんでくる。

 勝則の言う通り、すべては使い方次第なのだ。

 

「悪かったね、フジくん。騒ぎ過ぎた」

「いえ。自分も少々感覚が鈍くなっていたようで。せめて一言いうべきでした」

 

 自分は悪くないのに、こういう言葉が出せる。無いとは思うが、仮に自分が強大になったとして同じ言葉が言えるだろうか? 自制していかなければいけない部分だろう。

 

「仕事に戻るぞー。今日中に、ここの地下二階への階段を見つけたいからなー」

「社長……こけ玉がすごい勢いで集まってくるのですが」

 

 歩の言葉通り、粉となったビッグアントの死骸に次々と緑の球が群がっている。その数は、うちのダンジョンよりはるかに多い。

 

「こりゃ凄いな。潰して上で乾かそう」

「間引きが進んでないダンジョンって、こんなにやべーんスか……」

「家のダンジョン、もっとすごかったぞ」

 

 などと話をしつつ、やっと仕事を開始する。それぞれが好き勝手やっているのは効率的じゃない。駆除は魔法使い三名。拾い集めるのは宏明と歩。地上への運搬は俺と流という分担でやることにした。

 が、開始三十分でこれが破綻する。駆除速度に対して拾い集めが追い付かない。なので勝則と一樹の二人も拾い集めに合流。これでどうにか、と思ったら今度は運搬部分で滞りが出る。

 

「運んでも、運んでも、袋が減らない……」

「キツイっす。今までで一番キツイっす」

 

 積み上がるゴミ袋の山に対して、運搬が追い付かない。階段の上り下りが、疲労を加速させる。特に下り。急いで一段降りると、その分だけ衝撃が膝に来る。地上から地下一階までそれが続くと、痛みが生まれる。往復を続ければ、それだけダメージが積み重なるというわけだ。

 ゆっくり降りれば和らぐが、そうすると増えるゴミ袋への対処が追い付かない。さりとて急げば、今度はダメージで身体が動かなくなる。それでなくても、荷物を背負って階段を上るというのは疲れるのに。

 ダンジョン食材と、日ごろの運動。鍛えられられ、サラリーマン時代とは比べ物にならない体力と筋力を得た俺たちでも、これは厳しいものだった。最終的に、宏明と歩がこちらに加わった。速度を落として、持久力を重視する。それでやっと、バランスが取れた。

 そうして午前中が終わる頃には男衆が全員グロッキーという事態に。

 

「……いや、舐めてたな。ここまでの量になるとは」

 

 昼食をとって長めに休み、午前中の成果を確認する。大量に積み上がった、ゴミ袋の山。こけ玉は、潰して天日に晒したら粉になっていた。おそるべし、夏の太陽。ヒーター要らず。助かる。これ以上熱源が増えたら俺たちが干からびる。

 

「運搬、どうしますか。一号車では追いつかないと思いますが」

 

 勝則の言う通り。軽トラに載せきれる量じゃない。往復するのも現実的ではない。もっとたくさん載る車が必要だ。そして俺は、それにアテがある。

 

「市役所に電話して、3トントラック貸してもらおう。それで何とかなるはずだ。……たぶん」

 

 結論から言うと、何とかなった。山盛りに積み込んで、ロープで縛って落下防止。市役所に取って返すと係員のヒトが驚きと呆れで動きを止めた。

 運転は俺である。正直、いつも使っている車より大きいわ座席の位置が高いわでかなり戸惑った。大きなトラックの運転など、教習所以来だ。それでもまあ、ゆっくり運転すればどうにかなる。ダンジョンの近くは人通りがない、というのもプラスだった。

 そうして、一日目が終了する。何とか目標通り、地下二階への階段を見つけた。一階の間引きも大変進んだので、明日からはケイブチキンを狙えそうだ。

 

「……久しぶりに心が折れそうだ」

 

 思わず気持ちが漏れ出した。真夏の気候、膨大な仕事、全身を包む疲労。ここは一か所目。これと同じ仕事がしばらく続くと思うと、メンタルに来るものがある。

 

「社長、しっかりしてください。社員の前です」

「おお。すまん……」

 

 そして勝則に叱られた。見れば、新人たちもまた疲労で項垂れていた。例外は魔法使い三人。特に一樹などは平然と汗拭きシートを使っている。うーん、基礎体力が違う。

 

「よーし、みんな帰るぞー。帰ればシャワーとメシがある。メシ食って風呂入ってさっさと寝よう。それが一番だ」

「「「うい~す」」」

 

 ゾンビのようなうめき声。まあ、返事が返ってくるだけまだマシだな。声が出なくなったらいよいよ不味い。熱中症対策はしてある。が、対策があれば絶対大丈夫というわけでもないからな。

 疲労困憊のゾンビモドキたちを追い立てて、俺たちは帰途に着いた。

 

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