【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第37話 裸の付き合い・マッスル

 結論から言うと、初日が一番辛かった。二日目は、忙しさが全くなかった。全員で地下二階まで移動。ケイブチキンの群れを倒して確保、地上に戻る。つまり、自分たちのダンジョンでやっている事をそのままできた。

 初日にひたすら倒したおかげで、ビッグアントとの遭遇は激減していた。地下二階への往復中、時折遭遇はした。倒してゴミ袋に放り込むから、少々かさばったがその程度である。

 人数増加による運搬力の前では誤差の範囲。しっかり人件費以上を見込める成果を得ることができた。そして、ケイブチキンが減るということはそれだけダンジョンが安全に近づくことになる。

 三日目の午後、このダンジョンの管理者に確認してもらった。

 

「こ、これが……うちのダンジョン……」

 

 目の前の光景に呆然とするのは、三十代後半の男性。細身だが、身体には筋肉が付いている。過酷なダンジョン管理業に従事している証だ。

 

「この状態であればビッグアントを一対一で相手にできると思いますが、どうでしょう?」

「ああ……そうだな。できる。囲まれなければ、やりようはある」

 

 聞いた話によれば、彼は一人でここを管理しているという。国や市からの支援を受けて、どうにか続けていたが増えるモンスターに対処しきれなかったとか。……御影兄妹が来てくれなかったら、俺もこうなっていたわけか。

 せっかくなので、新聞紙棒を使用したビッグアントの駆除方法を伝えてみた。大変感謝され、さっそく実践もしていた。

 最後に、ケイブチキンの肉をおすそ分けしてここの仕事を終えた。何度何度も頭を下げられ、感謝の言葉も頂戴した。

 

「浮かない顔ですね、先輩」

 

 現場からの帰り道。助手席に座る勝則からそう言葉をかけられる。一号車はマニュアルなので、ほかの社員からの敬遠されがちだ。俺はもう慣れたし、愛着もあるので気にならないのだが。

 

「顔に出てたか、すまん」

「いえ、自分と先輩だけですし。……それで、どうしました?」

 

 日中、さんざん太陽に焙られたため車体の熱は相当なもの。エアコンは中々涼しくならない。窓を開け、夏の風を通す。汗が吹き飛ぶほど、熱を含んでいる。

 

「……なーんで、ダンジョン管理者はこんなに追い詰められなきゃならんのだ。いい加減、我慢の限界が近い」

「お気持ちはごもっともですが……限界を超えると、どうなるのです?」

「ただキレるだけじゃ、収まりそうにないな」

 

 家にダンジョンが湧くと、人生が終わる。人間関係も破壊される。自分だけでなく、家族までそれが及ぶ。クソだ。クソ過ぎる。

 マイナス方向の宝くじ。交通事故の被害を受けるよりも低い確率。それでも、人生が詰む。理不尽にもほどがある。

 

「そう、何より腹立たしいのは世間の動きだ。……かっつん、見えてきたぞ。俺が殴るべきものが何なのか」

「国会議員に立候補しますか? お手伝いしますが」

「バカ言え。会社放っておいてそんなことできるか。……あと、これはたぶん国会議員には無理だ。少なくとも、今は」

 

 思い返す。あれはつい先日のこと。ダンジョン前で汗水たらして働く俺たちを、遠方から伺う姿があった。例によって、ダンジョン近辺に人影はない。民家は全てもぬけの殻だ。なので、それより離れた場所の住人であろう。日傘をさした複数の女性が、固まってこちらに視線を向けていた。

 

『なんですかねアレ。さっきからずっとこっちを見てるんですが』

 

 宏明が首をかしげる。彼は日が浅いため、自分たちがどのような目で見られているかまだ理解していないようだ。

 

『アレがどういうものか、簡単に見分ける方法があるぞ』

『え。社長、どうやるんです?』

『まあ見てろ。……こんにちはーーー! お騒がせしてまーーーす!』

 

 大声で、挨拶する。御近所がいないから出来る非常識行為。声が相手に届くと、日傘の集いは瞬く間に解散された。

 

『……逃げていきましたね』

『大方、俺らの悪口でも言っていたんだろうさ。だからあわてて逃げていく』

『ええ……? この炎天下に、わざわざ出てきたんですか? そんな事の為に?』

『他人の悪口は、娯楽だからな。自分らが正義側だと余計に』

『正義? っていうかなんで俺らは悪なんです?』

『一般大衆的には、ダンジョンは悪いもんだろ。つい最近まで、どう思ってた?』

 

 眉根に皺をよせていた宏明の顔が、さらに険しくなっていく。

 

『……まあ、運の悪い奴らだなって……ああは成りたくないなって……』

『ダンジョンボランティアについては、どう思ってた?』

『何も好き好んで……あんな所に、いくなんて。気が知れないって……』

『笑い話に、していただろう? ……俺もだよ』

 

 鼻で笑う。笑うしかない。こちら側になってみて初めて分かる理不尽。関心を寄せないことによって生まれる差別。無関心による罪。自覚して、羞恥を覚える。

 

『あの人たちは最近までの俺たちであり、世間の目そのものだ。平地に居て、偶然落とし穴に落ちた人間を間抜けと笑う。いやあ、それこそ穴があったら入りたいって感じだな』

 

 笑って、大きく息を吐く。そして気落ちする芦名の肩を叩いた。

 

『お前は気づいた。今はそれでいい』

『うっす……でも、なんていうか』

『一朝一夕でどうにかなる話じゃない。今は目先のことをやっていこう。仕事するぞ。ダンジョン管理は、世間の為になる仕事だ』

『ういっす』

 

 世間の目。かつての自分たち。一人でダンジョンを管理しなくてはいけないあの男性。理不尽がある。無視するには、あまりにも今の俺には邪魔なものが。

 だが、どうやってこれを殴るべきか。拳では届かない。魔法でも無理。魔女の剣もこれには無力。全く違う戦い方をする必要がある。そしてそれが、今の俺には思いつかない。

 しかし、決して目を逸らしてはいけない。いや、できない。

 

「先輩には、できますよ」

 

 思い悩んでいたら、勝則があっけらかんと言ってのけた。

 

「……根拠は?」

「ありません。ですが、信じています。先輩は大きなことを成し遂げるお方です」

「盲信がすぎる。お前、想像の俺と現実の俺が月とスッポンになってない?」

「いえいえまさか。先輩は常に光り輝いていますとも」

「眼科に行ってこい」

 

 軽口を叩いていたら、少し気が楽になった。相変わらず、気を遣わせてしまっているなと思う。そうだな、気落ちしようと腹を立てようと生きて行かなきゃいけない。仕事を続けなきゃ食っていけない。

 先日言ったばかりじゃないか。一朝一夕じゃどうにもならない。腰を据えて取り組まないと。だがその前に生活だ。

 俺は車を走らせる。今日の疲れを癒して、明日に繋げるために。

 

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 管理補助作業は、基本的に順調に進んだ。事故もトラブルもなく、である。しかし、何せ夏場である。そして毎回、知らないダンジョンに足を踏み入れることになる。体力と精神力、どちらもひどく消耗する。

 今回はあえて、一つのダンジョンを片付けるごとに一日休みを取った。スーパー銭湯なども使い、積極的に疲れをとるよう心掛けもした。

 

「シャチョー、いつの間にそんなマッチョに……」

 

 風呂場にて、流がそんな風に驚いた。言われて姿見を見れば、しっかり六つに割れた腹筋が見える。過酷なダンジョン労働と日々のトレーニングの成果。不健康なサラリーマンは、立派な細マッチョへクラスチェンジを果たしていた。

 ちなみに、そんなこと言っている当人も、中々筋肉がついていたりもするのだが。

 

「鍛えたからなあ……でも、体重は増えてるんだよな」

「脂肪より筋肉の方が重いからですね、それ」

「なるほ……ど……」

 

 声をかけてきた歩に振り向き、絶句する。明らかなマッスルがそこにあった。出会った頃の不健康さは何処にもない。ボディビルダーよりも引き締まった、実用筋肉100%を身に着けていた。

 

「ウォーカー……いつの間に、そんなに鍛えた」

「毎日三度、美味しい食事。身体が資本。であれば、鍛えるのは当然では?」

「そりゃそうだが……この短期間でよくもまあ」

「元々、筋肉はあった方なので」

 

 ううむ、と思わず唸ってしまう。才能、いや体質の差というものか。我が社の男性社員は、皆がすっかりマッスルマンになっていた。ほかの銭湯利用客から奇異の視線が飛んでくるほどである。

 まあ、舐められるよりはいい。裸の社交場において、筋肉は健全なアピール力を持っている。……男のシンボル? それを比べるほど俺たちは子供ではない。

 

「まあ、俺たちはいい方っすよね」

 

 汗を流し、湯船に浸かっていると流が小声でそう言ってくる。

 

「何が、だ?」

 

 直感的に不穏なものを感じて、思わずこちらも小声になる。

 

「女湯。まあ、かーちゃんと先生はさておくとするじゃないっすか。問題は、小百合っちとあかりんっすよ」

「あー……」

 

 今回、慰労及び福利厚生で社員とパートでスーパー銭湯に来ているわけである。女性陣の内、若い二人には格差がある。それは、魔法の才能のことではない。年齢はそれほど離れていないのに……。

 

「何か、不穏な話をしていませんでしたか?」

「ヒェッ」

 

 そして、ウルトラシスコンお兄ちゃんが直感を働かせて寄ってきた。銭湯は水音やその反響で結構騒がしい。近距離でなければ聞き取れるはずのない小声の会話を、あっさり察知してきた。勝則、怖い子……ッ!

 

「私も、気になります。ええ、せっかくですからゆっくりお話をしましょうか」

「ゲェッ」

 

 背後から聞こえてきたのは、嫁さん大好きベテランハンターの声。こいつもか。こんな所でわざわざ耳をそばだてているとも思えない。単純にスペックが高いという事なのだろうか。ハンター恐るべし。

 それはそれとして、ピンチだ。ここで選択肢をしくじるとバッドエンドだ。さあ、考えろ。最高に冴えた返答を……よし、これしかない!

 

「不謹慎な発言をしたことを、心よりお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」

「早! シャチョー、白旗上げるの早いっすよ!?」

 

 ここで下手に誤魔化すと、我が社の最強二人を敵に回すことになる。絶対に勝てないのだから、罪を認めて謝罪するのが最良と判断した。

 

「流石は社長。誠実さは何よりの美徳です。自分は怒ってなどおりません。ええ、社長は返事をしただけですからね?」

「よろしく無い話題を振ったのは……ねえ?」

「お、俺ちょっとサウナいってきますねー……」

 

 タイプの違う美男子二人。その剣呑な流し目を向けられ、流は即座に逃げ出した。命拾いしたな。ここが公共の場だから逃げられた。会社だったら追いかけられていたぞ。……これも運があると言えるのだろうか。

 

「全く、あいつはいつまであのままなのか」

 

 吐き捨てるように、勝則が嘆く。俺もまあ同じ気持ちであるが、ここは宥めておく。

 

「まあ、奴も最近は少しばかり思う所があるようだぞ」

「ああ。彼が社長に向けているあの視線ですか」

 

 一樹が乗ってくる。社員には一応、俺たちの経歴については伝えてある。黄田一家についてもだ。変に伝わって、隔意が生まれてもつまらないからだ。

 

「気づいてたか」

「特に隠しているようでも無かったので。何かを言いたそうにしていましたが……しかし、すでに謝罪は受けたのでしょう?」

「「足りない」」

 

 俺と勝則、同時に言葉が出る。

 

「リューのヤツの謝罪には二種類ある。その場の逃げ用と、ガチのやつ。本気でメンタルがベコベコになると、後者が出る」

「そこまで行って、やっとあいつは反省して学びます。……まあ、社長の所に戻ってきた時に半分くらいは反省したようですが……足りない」

 

 はあ、とため息をついて湯で顔を洗う勝則。一樹は苦笑いを隠さない。

 

「正直、何故お二人がそんな人間と友人付き合いを続けているのか理解に苦しみます」

「まだ、マシだから。それに尽きる」

 

 はっきりと告げる。人間の底辺を眺めるときりがない。自尊心が肥大化したうちの姉。優秀な子を育てたというステータスに認識を曇らせた俺の親。これらなどはまだ序の口。

 約束を守らない。マナーを理解しない。自分の気持ちだけを優先する怪物。それら、人にカウントしたくないような連中に比べれば、流はまだマシというのが俺たちの考えである。

 

「あれで?」

「ええ。あれでも、まだマシなんです。許しがたいほどのやらかしは、これまでの付き合いの中で今回が初めて。会社に入ってから、自分が見ている限りはまじめにやっています。さぼる事もしないし、逃げもしない。正直言えば、今までで一番まっとうとすら言えます」

 

 勝則の言う通り。俺も流の働きには注意を払っていた。本当に、真面目にやっているのだ。今ではあいつ無しは考えられない。間違いなく、戦力となっている。主に運搬方面で。

 

「なんでまあ、俺たちはもう少し待ってやろうって思うんですよ」

「……彼は、友人に恵まれましたね」

「運はあるやつなので」

 

 俺もまた苦笑いを浮かべ、湯で顔を洗う。そして大分温まったので、上がることにした。

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